私は、以前書いたエッセイ「子ども手当てに関する考察」 の中で、「子ども手当ての支給は、目的が曖昧で少子化対策としての効果が見込めず、単なるばら撒きでしかない」「5兆円もの財源をつぎ込むなら、費用対効果の検証をすべきだ」と書きました。今回は、この「子ども手当て」がいかに片手落ちの政策であるかを、アメリカで子育てをする筆者の視点から探っていきます。
日本の子育て支援策は片手落ち
大和総研が20代30代の女性700人を対象行った最近のアンケート(産経新聞・2月16日)によると、子ども手当てが満額の月額2万6千円支給されても「出産や子育てに対する経済的な不安は解消されない」と考える女性が55%を占めています。また、子供を埋めない理由としては「経済的理由」(14.1%)と同時に、「身体的・精神的理由」および「育児環境の問題・仕事の両立が困難」が(各13.1%)挙げられています。
このアンケート結果を見るまでもありませんが、子育て支援という名目の「手当て」が支給されても、それだけでは、女性が安心して子供を産み育てることのできる状況には程遠いことは明白です。保育所の拡充が必要なことは言うまでもありませんが、それでもなお子育て支援としては不十分だと思います。そもそも、手当てと保育所、つまり「お金」と「子供を預かってくれる施設」さえあればいいという発想自体、この問題の本質を見誤っています。そんなことでは、少子化問題が解決することもなければ、日本の現状が変わっていくこともないだろうと思います。なぜなら、「お金と施設」は「子育てに必要な必要十分条件」の「必要条件」しか満たしていないからです。女性が安心して子供を産み育てていくためには、お金と保育所の他に、「十分条件」が必要なのです。
ではその十分条件とは何でしょうか。
私は、現在アメリカで子育てをしていますが、その答えに繋がるものをこの社会で垣間見ています。子育て政策の成功している福祉国スウェーデンでもフランスでもなく、その対極にある低福祉国のアメリカに、そんな答えがあるはず無いと思われるかもしれません。後にもう少し詳しく述べますが、アメリカには子育て支援などの政策は皆無です。子育てのための手当てはおろか、出産時の休暇すらろくに取れず、医療費の高いこの国で子供を産み育てることは決して楽なことではありません。従って、政府による子育て支援策のような領域、つまり「必要条件」の部分では、アメリカに学ぶところはないでしょう。
しかし、私がアメリカにあると感じるのは、「十分条件」の方です。それが満たされているがゆえに、アメリカでは、日本社会に満ちている子育てにまつわる悲壮感のようなものは感じられないのです。それどころか、子供を産み育てている人々から受ける幸福感やものすごいエネルギーに圧倒されるのです。そのエネルギーはどこから来るのか、その源を探っていくことで、「十分条件」のヒントが得ることができるのではないかと思うのです。
白人社会で少子化が進むアメリカ
先ず、アメリカにおける出産・子育ての現状を少しご紹介します。出生率(合計特殊出生率)は2.04で、日本はもちろん他のヨーロッパの国々の数字をはるかに超えています。しかし、人種別の出生率では大きな違いが見られ、ヒスパニック系女性の出生率は、アフリカ系、アジア系女子に比べて45%高く、白人女性より65%高くなっています。「人口1000人当たりの出生数」(Crude Birth Rate)で比較してみると、ヒスパニック系では人口1000人当たり99人出生するのに対して、アフリカ系は67人、白人は58人となっています。要するに、白人の間ではかなり少子化が進んでいる傾向があるのです。
また、別の調査によると調査によると、15歳から44歳までのアメリカ人女性の44%が子供を持っていないことがわかりました。(http://www.cbsnews.com/stories/2003/10/24/national/main579973.shtm)。人種別では、アジア女性は半数以上、白人女性は46%、ヒスパニック系は36%が子供を持っていません。
国全体の出生率が2.04だからといって、たいていの女性が二人ぐらいは子供を持っているんだろうなどと考えるのは、まったくの荒唐無稽で、実際には半分近い女性が子供を持っていないわけです。
子供を持たない理由は様々でしょうが、日本を含め、先進国では仕事や個人の生き方を追求することにより大きな価値がおかれ、子供を産み育て家庭を築いていく生き方に意義を見出さない人々が増えていることもあるでしょう。アメリカでも、子供以外のことに生きがいを見出し、ライフスタイルを変えたくないなどの理由であえて子供を産まない選択をしているしている人々が大勢います。また、不妊のため産みたくても産めない、経済的に困難という人々もいると思います。
しかし、大きな違いは、日本では経済的理由で子供を持たない、持てない人々もいる状況ですが、アメリカでは経済的理由で子供を持てないという印象はありません。平均収入の低いヒスパニックの人々の出生率が高いことを見れば、それは一目瞭然です。アメリカでは低所得層の人々も子沢山で、むしろどうやって食べさせているのかと心配になるほどぞろぞろ子供を連れていたりしますから。子供をあまり産まないのは、やっぱり高学歴・高収入の層の人々です。
育児制度のないアメリカ
先に少し触れましたが、アメリカでは育児支援のような社会制度はまったく整っていません。スウェーデンやフランスがモデルケースになることはよくありますが、アメリカの育児制度などという話は耳にしたことはないはずです。出産・育児に関わることは、ほとんどすべて自力で賄わなければなりません。
例えば、出産時に認められる休暇は、自然分娩の場合6週間、帝王切開の場合8週間が一般的です。しかし、これは育児に特化した休業制度ではなく、「家族および医療休暇法(Family Medical Leave Act)」という、本人や家族の病気、介護のためにトータルで12週間認められている休暇の一部を出産のために充てるというものです。その間給料の保証はありません。勤務先によりきりで、休暇中も給料の何割かが支給されるケースもあるようですが、基本的には無給で、出産や入院にかかる費用はもちろん自己負担です。日本の出産一時金のような出産・育児のための手当てのようなものは一切ありません。公立の保育所はなく、みな民間の運営で、乳幼児を預ける場合の料金の全国平均は月額680ドル(約6万5千円)です。日本では無認可保育園でも料金は月額約4〜5万円程度ですので、アメリカではより育児負担が大きいのです。
生き生きと子育てをする女性たち
こうしてみてみると、アメリカでは、出産や子育てがし易いとはとても言い難く、むしろ出産時に一時金38万円ももらえる日本の方がずっと恵まれています。にもかかわらず、子供を持つことに躊躇するとか、安心して生み育てれないとか、そんな不満の声はあまり聞こえてきません。一部の白人女性の間で少子化傾向が見られるとはいえ、子供を持ちたいという女性たちは圧倒的に多く、子育てへの悲観論はありません。周りを見回すと、二人くらいは序の口、3人、4人の子供を持つ母親たちも大勢います。5人以上というのも、それほど驚くことではありません。彼女たちを見ていると、一様に生き生きしているし、驚くほどパワフルです。どこか奥深くから湧き出てくるエネルギーと、子供を産み育て大家族で暮らす喜びや幸せ感に圧倒されます。
もちろん、すべての女性がそうだというのではなく、育った背景、家族観・宗教観、キャリアの有無などによっても育児に関する考え方は様々でしょう。でも、まず前提として、子供を育てることは喜びに満ちている、という人間の本能みたいなものが、男性も女性も含めアメリカ人たちの中に強く保たれているのを感じます。このパワーの前では、育児支援策の不備も養育費の高さも育児ストレスもたいしたマイナス要因とならないのですから不思議です。その理由を考えてみました。
次回、
子育てに必要な十分条件 その(1)父親が育児をシェアすること
に続く・・・