2010年03月23日

海を渡ったお雛様 〜雛人形の美に関する考察〜

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「いつかはお雛様を飾ってあげたい」。娘が生まれて以来抱いていた願いが、去年叶いました。娘6歳の春でした。

ご覧の7段飾りの雛人形は、私が生まれた年に、祖父母が買ってくれたもので、長い間日本の実家の押入れの中に眠っていました。2年前の里帰りの際に、しっかり梱包し、段ボール箱5つに分けて、船便ではるばるカリフォルニアへと送ったのです。到着までに3ヶ月くらいかかったでしょうか。重くて料金が高くつくスチール製の段組は送らず、新たにベニヤ板と角材を使って手作りの階段を作りました。

リビングの一角に設置し、段に赤い毛氈を敷き詰め、人形、台座、屏風、調度品などを次々に箱から取り出します。それぞれの人形の持ち物や帽子を取り付け、順序正しく備えていきます。娘も嬉しそうに、作業を手伝います。母が丁寧に保管しておいてくれたおかげで、傷みはほとんどなく、とても何十年もたったとは思えない品々です。一体一体の人形はもとより、雪洞(ぼんぼり)の電球まで昔のまま、明かりをつけることが出来ました。

こうして飾り付けられた7段の雛人形。最後に飾ったのは、確か私が小学校6年生くらいの時だったので、かれこれ○○年ぶりに日の目を見たことになります。整然と並べられた様は、何とも美しく豪華です。早速、何人かの友人たちに声を掛け、披露しました。雛人形を見るのは初めてのアメリカ人たち。みな一様に「Wow, Beautiful!」と言って、感嘆の声を上げています。彼らには、異国情緒たっぷりの美しい芸術品に見えるようです。

私自身も、今まで味わったことのない感動を覚えました。以前は、昔の日本の形式ばった風習になどあまり興味は無く、伝統行事としてお雛様を飾っても、特に深い思い入れはなかったのです。それなのに、この歳になって雛人形に感動するなんて、自分でもちょっと驚いています。    

その感動は、雛人形の美しさ、つまり、人形の表情や指先、着物のディテールの繊細さなど、純粋に日本の伝統工芸の素晴らしさということもあるし、祖父母にもらったものを我が娘に受け継ぐことが出来たという喜びもあります。

でも、今回私が抱いた感動は、私が日常の中で経験している、ある二組の対比・・・つまり、「古風な価値観と現代的な価値観との対比」および「西洋的な価値観と日本的な価値観の対比」から生まれたのではないかと思うのです。


古風な価値観と現代的な価値観の対比


私は雛人形の美しさを、特に、左右対称に上位から下位へと整然と並べられた全体像に感じます。「秩序のある美」とでも言ったらいいでしょうか。

言うまでもなく、人形の立ち位置やそれぞれの持ち物、役割、序列などの決まりや意味づけ、それらは、封建時代の宮中のしきたりに由来するもので、民主主義とか個人の尊重などの現代的な価値観とは全く相容れないものです。着物にしても、きちんとした作法があって、身分の違いによって身につけるものも異なったり、柄や紐の結び目一つにまで細かい決まりがあり、現代の感覚ではとても堅苦しいものです。たまに、着物姿の女性を街で見かけて、美しいなと感じることはあっても、決して昔風の暮らしに戻りたいとか、封建時代的な秩序の中で生活したいと思うわけではありません。

にもかかわらず、その美しさに惹きつけられたり、新鮮な驚きと感動を覚えるのはなぜなのでしょうか。

私はこんな風に思うのです。秩序というものがあらゆる意味で失われつつある現代社会において、人は(私自身も含めて)そのことの危うさと憂いを感じていて、そして、心のどこかで「ある種の秩序」を求めているのかもしれないと。

それは封建主義的な秩序そのものではなく、その時代の人々が持っていた精神性、例えば、礼儀とか忠義とか和を重んじる心の持ち方のようなものです。

もちろん、過ぎ去った時代のシステムの一部分だけ取り出して、都合よく現代社会に当てはめることなど出来るはずもありません。それでも、それらは、時代を問わず人の生き方の基本として普遍的に価値をもっているからこそ、伝統の中で輝きを放ち、現代の私たちの心を惹きつけるのではないでしょうか。

現代社会の中では「形」として見えにくいそのような精神性が、古典的価値観の象徴である雛人形の姿かたちの中にはっきりと見えるがゆえに、その美しさが衝撃的に映るのかも知れません。


 西洋的な価値観と日本的な価値観の対比

雛人形に感動したもう一つの理由は、異文化的意味合いによるものだろうと思います。

つまり、秩序を重んじる日本的価値観と、個人主義的で自由がより尊重されるアメリカ的価値観とのギャップからくるものです。

単純比較するのはどうかとも思いますが、あえてアメリカのクリスマスツリーと日本のお雛様を比較してみます。どちらも、一年に一度一ヶ月程度、室内に飾って家族で伝統行事を祝う、という共通点があります。どちらも、見た目にとても豪華です。

でも、姿かたちの決められた雛人形に対して、クリスマスツリーには決まりがありません。大きさも色も形も実に様々なオーナメント、リボンやライトで自由にツリーを飾り付けます。全体としてみればきらびやかで美しいツリーは、バラバラな個が作り出す、言わば「無秩序の美」です。

お雛様は、秩序や全体の和を重んじてきた古典的な日本文化の象徴であり、クリスマスツリーは個性や自由な生き方を尊重するアメリカ文化の象徴、そんな風にも見えるのです。それぞれに価値のある、しかし、全く異なる二つ文化と価値観。

アメリカで暮らし、その開放的で自由なライフスタイルに慣れ親しみながらも、いつもどこかでその光と影を垣間見る私にとって、整然と立ち並んだ雛人形の美しさは、目から鱗とでもいうような、ツリーとは対極に位置する何かとても大切なものを思い起こさせてくれているような気がするのです。

今は亡き私の祖父母。明治生まれの二人にとって、アメリカははるか遠い異国だったことでしょう。孫娘に贈った雛人形が、半世紀近くを経て海を渡り、日本人の母とアメリカ人の父親を持つひ孫のもとに届くとは、誰が想像したでしょうか。

これから先ずっと、この雛たちは、我が家の、そして娘の大切な宝物であり続けるでしょう。お雛様を大切にする心は、日本の伝統文化を大切にする心、異国の文化や価値観を尊重する心。アメリカで育っていく私の子供たちに、ぜひとも、アメリカのよさと、日本のよさと、両方の素晴らしいものを受け継いでいって欲しいと願いを新たにしたのでした。


posted by Oceanlove at 14:28| カルチュラル・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

子育てに必要な十分条件 その(3) キャリアウーマンの子育て回帰現象とワーク・ライフ・バランス

この記事は、「子育てに必要な十分条件」4回シリーズ、

・アメリカの育児事情に見る、子育てに必要な「十分条件」
・十分条件 その(1) 父親が育児をシェアすること
・十分条件 その(2) 相互扶助のパワーと子育て支援
に続く、最終回です。

キャリアウーマンの子育て回帰現象
厚生労働省の調査によると、6歳未満の子供を持つ母親の就業率は、日本では35.5%に対し、アメリカでは51.5%とかなりの開きがあります。残念ながら、日本では、再就職が難しい、残業のある正規雇用で働くのはきつい、夫からのサポートが得られない、パートに留めたいなどの理由から、子育てをしながら仕事をする女性は少ないのが現状です。この数字のように、アメリカでは、出産後も子育てをしながらバリバリと仕事を続ける女性が多いと思われがちなのですが・・・最近はちょっと違った新しい傾向も見られるのです。

それは、90年代以降、キャリアウーマンの子育てへの回帰現象が始まったことです。この傾向は、主に30歳以上の高学歴・高キャリアの女性に多いのですが、出産を機に仕事を少なくとも一定期間中断し、育児に専念する母親が増えてきたのです。その後、完全なフルタイムマザーとして子供や地域のためのボランティアに活躍する女性、子育てをしながらパートタイムで仕事に復帰したり自宅で出来る仕事を始める女性、キャリアチェンジのための資格を取る女性など、仕事と家庭のバランスを求めて様々なライフコースを歩むようになってきています。

2005年に行われたエール大学卒業生の追跡調査によると、20代のうちはキャリア志向に男女の差が見られませんでしたが、子育て真っ盛りの40代になると、キャリアを継続していた卒業生は男性で90%に対し、女性は56%に減少しています。また、2001年のハーバード大学卒業生を対象とした同様の調査でも、卒業から10〜20年後、31%の女性はパートタイムか契約社員となり、31%は全く働いていないという結果がでています。

全米トップクラスの大学の卒業生は、それぞれの道でリーダーシップをとり将来のアメリカ社会を担っていくことが期待される中、その半数を占める女性たちが家庭に入り子育てをするという傾向があることに危機感さえ持たれ始めています。男女共学のために力を注いできたハーバード大学のマーリン・マクグラス教授は、「女性にも教育や雇用の門戸を均等に開く努力を続けてきた結果、社会は今そこからどんなリターンを期待できるのか」と疑問を投げかけます。

1970年代くらいの女性は、「女は家庭」という古い概念を打ち破るために、男性と対等かそれ以上にがむしゃらに働いて社会進出の道を切り開いてきました。一方で、子供を産み育てるという仕事を犠牲にせざるを得ず、子供を産まない選択をしたり、産んでもすぐに保育所に預けて職場復帰を果たしてきたわけです。この年代の女性たちからすると、今の若い世代の女性たちがキャリアを捨てて子育てに専念したいと考えることに驚きや戸惑いがあるようです。

しかし、今の30〜40代の女性にしてみれば、キャリアを培っていく環境はすでに整えられており、子供を産み育てることを犠牲にしてまで働きたくない、と考えるのも不思議ではありません。そこには、当然子供とのかけがえのない時間を大切にしたいという思い、仕事は他人に代わってもらえるけれど、自分の他に母親の代わりはいないという気持ちもあります。女性の社会進出の影で見過ごされてきた子育ての価値や意義が再び見直され、少なくとも乳幼児期の一定期間は保育所に預けるのではなく、自分の手で育てることを望むようになってきたというわけです。今の若い世代は、古い価値観や外からのプレッシャーではなく、自分の意思で子育ての選択ができるという恵まれた状況にあるわけです。

ワーク・ライフ・バランスの企業努力
もちろん、育児でキャリアを中断した後に仕事に復帰するというのは、決して容易なことではありません。しかし、十分条件その(1)の「男性が育児をシェアすること」の中で触れた「ワーク・ライフ・バランス」の広まりによって、様々な雇用形態のあり方が可能となってきており、多くの女性たちが、クリエイティブな発想で仕事と家庭のバランスをよりよく保ちながら働く道を模索しています。

前に述べましたが、アメリカには出産・子育てに特化した休暇制度や公的な支援はありません。また、ワーク・ライフ・バランスの奨励も、法律によって義務化されているものではなく、あくまで企業努力です。しかし、ある調査では勤務形態の融通が利かない場合は、離職・転職をしたいと考える女性が64%を占めるという数字が出ています。このような傾向からも、ワーク・ライフ・バランスを奨励するプログラムを導入することは、出産後の女性の離職を防いだり、優秀で意欲的な人材の雇用を安定的に確保し、業務効率の向上を図ることができる点で、企業にとってもプラスになると考えらるようになってきています。

ワーク・ライフ・バランスを重視した企業の前向きな努力としては、Flexible Work Arrangement (以下、フレックス制と呼びます)の導入が挙げられます。フレックス制の下で、出勤・退社時間が調整できる、勤務時間を短縮(それに応じて給料は削減)できる、子育て中の従業員への手当てを出すなど、子育て中の女性(および男性)にとって働きやすい環境が整備されつつあります。

アメリカ労働省統計局の調査によると、フレックス制を利用している女性の正規雇用労働者は26.7%です。年齢別では25〜34歳(27.7%)、35〜44歳(28.1%)などとなっています。女性全体では、4人に一人程度とそれ程高い数字ではありませんが、職種別では、コンピューター関連(48.5%)、コミュニティーサービス(39.8%)、広告・マスコミ関係(37.0%)などと、フレックス制が利用しやすい職種も増えています。男女共に、プロフェッショナルと呼ばれる専門性の高い職種ほど、比較的自由な勤務が可能な傾向があるようです。

また、子育て中の従業員への手当てを出す企業もあります。例えば、1989年にBank of Americaが導入した「チャイルド・ケア・プラス」というプログラムでは、年収3万ドル以下の対象従業員に対し、子供一人当たり週35ドルを上乗せします。その結果、導入前と比較して対象者グループの離職率は半減したため、このプログラムを年収6万ドル以下の従業員にまで拡大し、かつ、子供の学校でのボランティアのための週に2時間の有給休暇制度の導入しました。

ワーク・ライフ・バランスを実践する女性たち
「子育て回帰」「職場復帰」「ワーク・ライフ・バランス」。私の周りには、この三つのキーワードに当てはまる女性たちが大勢います。専門職を持っていてもいなくても、出産を期に仕事を止め、数年後パートタイムで職場復帰したり、在宅勤務の形をとったり、新たな学位を取り直してキャリアチェンジする母親たちです。もちろん、その多くは学歴があり、経済的にも比較的恵まれた階層であることも事実です。また、仕事を止めた後、夫一人の収入で一家の生計が一定期間成り立っていることが条件ともなります。一方で、所得レベルが低く、夫婦二人の収入がないとやっていけない人々、育児に専念したくても出来ない人々が大勢いることも確かです。しかし、あえてこの「キャリア女性の子育て回帰」という現象を取り上げたのは、この層の人々はいろんな意味でアメリカ社会をリードし活性化しており、注目に値すると考えるからです。では、実際に私の周りにいる女性たちを数人ご紹介しましょう。

リサ。2人の小学生の母親です。応用化学の博士号を持ち、出産までは製薬メーカーで開発研究の仕事に携わっていました。二人の子供の出産を期に仕事をやめ、4年間ほど育児に専念した後、地元のコミュニティーカレッジで非常勤講師となり、化学の講座を教えています。講義は週3日午前中のみで、午後は子供たちを学校に迎えに行き、家で過ごす時間を確保しています。講義の準備などの仕事は家で出来るため、家事や子育てとのバランスを保つことができます。また、地域の母子ネットワーク活動にも積極的に参加し、リーダーシップを発揮しています。

ローリー。小学生から高校生まで3人の子供を持つ母親で、建築関係の会社のオフィスマネージャーです。忙しい夏場はフルタイムですが、朝7時前に出勤し午後4時に退社するフレックス制を利用しており、4時以降は子供の宿題、クラブ活動のサポートや送り迎え、すべて子供のために当てます。冬場は金曜日がオフの週4日勤務になり、クリスマスの時期は子供の学校の冬休みに合わせて2週間ほどのまとまった休暇をとることが出来ます。

クリスティン。やはり小学生から高校生まで3人の母親です。一番下の子供が小学校に入った頃から、所属する大規模なキリスト教会の教育部門のディレクターとして、週3回勤務を始めました。日曜日には朝から夕方まで計3回行われる礼拝の準備をする仕事です。現在は新たに教育学の学位をとるために、仕事の合間をぬって大学の通信講座で勉強しています。さらに、ボランティアで学校のバレーボールティームのコーチをしたり、ガールスカウトの指導もするなど、常に精力的です。

ジョアンナ。2人の子供の母親です。教員資格をもち、子供が小さいうちは、代用教員(欠勤先生の代わり)としてパートタイムで仕事をしていました。下の子供が幼稚園に入ったのを機に、看護士にキャリアチェンジするため大学の看護学科に入学しました。午前中に授業を受け、午後は子供たちの宿題や習い事などの世話をし、レポートは夜遅くまでかかって仕上げるといいます。それでも、週一回の学校でのボランティアは欠かしません。3年間の課程を終え資格を取ったら、小児科の看護士になり、取りあえずは子供が学校に行っている時間のパートタイムで働くつもりだそうです。

子育ても仕事も、納得できるやり方で・・・
いずれも、自分のキャリアは一時中断して、子育てという「仕事」を第一優先にし、そして現在ワーク・ライフ・バランスを成功させている女性たちです。彼女らの成功のカギは、(日本に比べ)労働時間が短く勤務形態に柔軟性があること、父親が子育てをシェアすること、子供や地域のための相互扶助活でよりよい子育て環境を作り出していること、この3点でであろうと思います。
つまり、ここまで3回に分けて分析してきた子育てに必要な十分条件:

・十分条件 その(1) 父親が育児をシェアすること
・十分条件 その(2) 相互扶助のパワーと子育て支援
・十分条件 その(3) キャリアウーマンの子育て回帰現象とワーク・ライフ・バランス

これらの条件は、それぞれが単独で機能しているわけではなく、むしろ3つの条件が重なり合ってあって、相乗効果を発揮していると言えるでしょう。ある意味、現代のアメリカ女性たちはより贅沢になってきているのかもしれません。でも、それゆえに、母親たちはエネルギッシュで生き生きとし、それに続く若い女性たちも希望を持って子供を産み、希望を持って仕事を続けることができるのだと思います。アメリカの子育て中の親たちがパワフルで、子育てにまつわる話に悲壮感がないことを、お解かりいただけたでしょうか? 

もちろん、アメリカでも、すべてが上手くいっているというわけではありません。今回は取り上げませんでしたが、子育てや教育をめぐる社会問題はたくさんあります。しかし、それでもなお、社会全体を前進させている人々のエネルギーというか、底力のようなものがあるのを感じるのです。これらの「十分条件」から、日本が見習うべきことはたくさんあるのではないでしょうか。

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2010年03月02日

子育てに必要な十分条件 その(2) 相互扶助のパワーと子育て支援

次に注目したいのは、アメリカでは相互扶助活動、つまりボランティア活動が非常に盛んなことと、ボランティアで支えられる子育て支援ネットワークが広く行き渡っていることです。

ボランティア活動に費やす時間
「ボランティア活動時間の国際比較」によると、一日当たりの平均活動時間は、日本では男女共に4分ですが、アメリカでは男性19分、女性22分となっています。一週間あたりにすると日本人は28分、アメリカ人は140分も費やしています。また、少なくとも一つの非営利団体(社会福祉団体、教育団体、宗教団体、スポーツ・レクリエーション団体等、各種ボランティア団体)で無償で働いている人の比率を国際比較すると、アメリカでは65%に対して、日本では16%というデータもあります。
http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3005.html)(http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3003.html

もう少し詳しく見てみましょう。2009年のアメリカ労働省統計局の調査によると、ボランティアをしている人の人口比は全体で26.8%と人口の4分の1以上が参加しています。年齢別では、35〜45歳が31.5%と最大で、45〜55歳が30.8%と続きます。また、雇用別では、フルタイムで働いている人では28.7%、パートタイムで働いている人では33.7%、失業中の人では22.9%となっており、働き盛りで子育てにも忙しい年齢層におけるボランティア活動が盛んなことがわかります。また教育のレベル別では、大学卒業者が42.5%、高卒者では18.8%と、学歴の高い人ほど参加率が高くなっています。

また、アメリカ人がどのようなボランティア活動に携わっているかを分野別に見てみると、宗教関係が34.0%と最大で、以下教育・青少年関係(26.1%)、社会福祉・コミュニティー関係(13.9%)、医療・介護関係(8.5%)となっています。キリスト教などの教会主宰の活動および学校や子育てに関わるボランティアが圧倒的に多いことがわかります。私の周りでも、親たちが、子供の通う学校、地域コミュニティー、教会などを通じた様々なボランティアに積極的に活動する姿を毎日のように目の当たりにしています。私もその一員として加わりながら、ボランティアの生み出すパワーを実感しています。

こういったボランティア活動の風土は、やはり宗教信仰に基づいた助け合いの精神から生まれており、何も特別なことではなく、日常的に行うことが当たり前といった感覚なのです。地域の人々が、「お互いに助けあい協力し合って暮らしをよくしていこう」「支援を必要とする人々に手を差し伸べていこう」という相互扶助の精神は、日常の様々な形で現れています。ここでは、乳幼児期から学童期の子育てに関わる二つのボランティアを紹介しましょう。

母親たちによる相互扶助ネットワーク
一つ目は、母親と乳幼児のための相互扶助ネットワークです。これはわかりやすく言えば、育児サークルのようなものですが、母親が乳幼児と共に参加し、子育てに関わる様々な活動や情報交換を行っています。

例えば、私が参加していたMom’s Clubという団体では、週に3回の集まりがあり、都合のいい曜日に参加することが出来ました。活動内容は、「絵本の読み聞かせ」「歌やダンスなどの情操教育」「公園で遊ぶ」「季節の行事」など、様々です。月に一度、子供を父親に任せて母親だけでレストランディナーに出かけたり、外部から講師を招いて育児に関する講座を開く企画もありました。また、互いにベビーシッターをし合ったり、出産直後のメンバーの自宅に交代で夕食を届けたりといった、まさに助け合いそのものです。

このような育児サークルは、地域のNPO主催であれ、キリスト教会が主催であれ、自分から進んで参加する意思さえあれば、誰でも気軽に参加することができ、活動内容も母親たちの話し合いで決められます。しかも、すべてボランティアで賄われているので、僅かな年会費以外はすべて無料です。全てが母親の母親による母親のためのボランティア活動なのです。

Mom’s Clubでの活動は、私にとって、自宅に閉じこもることなく親子で外出する機会となるばかりでなく、子育ての悩みを話し合ったり、互いに助け合い、励まし合う最適の場所でした。24時間途切れなく子供と過ごす母親にとって、こういった活動の場が近くにあることは、何よりの精神的な支えとなると思うのです。日本でも、自治体の育児支援や母親サークルなどが盛んになってきているとは思いますが、このような活動が広く社会に行き渡ることは、よりよい子育てのための環境に絶対に欠かせないと思います。このような育児環境からは、孤独な母親の育児ストレスとか、幼児虐待とか子育てに関わるネガティブな問題は生まれにくいのではないでしょうか。

学校現場でのボランティア
もう一つは、どの親でも多かれ少なかれ参加する、キンダー(幼稚園の年長期にあたる)や小学校でのボランティア活動です。日本では、授業参観と運動会などの行事以外では親が学校に行くことはあまりなく、PTAなどの役員でもしていなければ、直接関わることはあまりないと思います。アメリカでは、大きな行事やPTAの活動ももちろん盛んですが、特徴的なのは、日常的に教室に親が入り(基本的に自分の子供のいる教室)、先生のアシスタントとして仕事を手伝うということです。特に子供が幼稚園や小学校の低学年のうちは先生の側のニーズも多く、親たちも自分の子供が教室でどんな風に過ごしているか様子を見ることが出来るので、とても人気があるボランティアです。

手伝う内容は、先生によっても様々です。低学年では、グループで算数の数の遊び一緒にしたり、工作で画用紙の切り抜きをしたり、子供たちの宿題を確認して記録するような仕事もあります。学年があがってくると、読書の時間にグループの輪に入って一緒に音読したり、掛け算割り算などのプリントを使って計算をさせることもあります。

その他、教室以外でも、図書館での仕事、休み時間に運動場で子供の安全を監視する仕事、クラブ活動の指導補助、寄付金集めの活動など、学校教育の様々な面においてボランティア活動の場が開かれています。逆に言うと、教育現場がボランティアの親たちの手で支えられている、教育の予算不足で音楽の授業やクラブ活動が削られたりしているために、親のボランティアなしには充実した教育が成り立っていないという現実があり、これはアメリカの公教育の問題点でもあります。

この考察はまた別の機会にしたいと思いますが、教育の現場で起きていることのポジティブな面を見てみると、こういった親たちの活動は、自分の子供のためだけでなく、同じクラスにいる子供たちの学力向上、学校全体の利益、ひいては学校全体の教育の質の向上に繋がっているということです。こうした熱意ある親たちのボランティア活動が盛んな学校ほど、州ごとに行われる標準テストの成績がよいなど、子供たちの学力にも反映されています。

確かに、公教育はどの子供にも平等に与えられなければなりません。親の学歴や熱意や財力といったものの影響で学校間格差が生まれることは好ましいことではなく、長らく批判の対象になってきました。ただ、強調したいのは、人々は教育の問題について、政府や州、学校を批判するに留まってはいないということです。いくら政治家が教育の充実を叫んでも、情況がすぐ好転するはずもなく、こうしている間にも、満足な教育が受けられず、落ちこぼれていく子供たちが大勢いるわけです。だから、その子達のために、自分たちで今出来ることをする、ボランティアで時間を費やす、アイデアを出し合う、出来る範囲で寄付などの金銭的支援もする、そういったことを惜しまないということです。要するに、これも相互扶助のパワーだと思うのです。

社会を活性化させる相互扶助パワー
アメリカはあくまでも、自由と自己責任と相互扶助の国であり、福祉の国ではないのだということを実感します。元に戻りますが、子育て中の親たちは多くの時間を無償で子供たちや地域や学校のために費やしています。子育てに専念している母親のみならず、フルタイムで働いている母親たちも、そしてもちろん父親も、5時きっかりに仕事を切り上げて、子供のクラブ活動の支援をしたり、日曜日に教会でボランティアをしたりしています。その規模や社会への浸透度において、アメリカはやはり凄いと言わざるを得ません。

繰り返しになりますが、この完全ボランティアの母親や父親たちの生み出す相互扶助のパワーが、公的な子育て支援の欠如や、予算不足で満足な教育が施されていないといった行政問題、つまり「子育てに必要な必要条件」の欠如を補っているのです。そしてそのパワーが、自分の子供や家庭にとっての利益のみならず、地域全体の潤滑油となり、社会を活性化させ、満足とはいかずとも、「子育てに必要な十分条件」とも言える環境を作り出しているのです。

次回、
子育てに必要な十分条件 その(3)キャリアウーマンの子育て回帰現象とワーク・ライフ・バランス
に続く・・・
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2010年03月01日

子育てに必要な十分条件 その(1) 父親が育児をシェアすること

前回、アメリカでは公的な子育て支援、つまり「必要条件」がないにもかかわらず、子育てへの悲観論といったものは感じられず、多くの女性たちがパワフルで生き生きと子育てをしていて、その背景には、きっと「十分条件」とも言える何かがあるのだろうと書きました。今回は、その「十分条件」として考えられることを以下の三つにまとめてみました。

十分条件その(1)父親が育児をシェアすること
十分条件その(2)相互扶助のパワーと育児支援のネットワーク
十分条件その(3)キャリアウーマンの子育て回帰現象とワーク・ライフ・バランス

十分条件その(1) 父親が育児をシェアすること

労働時間とキリスト教の家族観
まず、考えられるのが、父親がより多くの時間子育てに関わっていることです。国立女性教育会館の「家庭教育に関する国際比較調査報告書」(平成16年・17年)によると、父親が子供と一緒に過ごす時間は、アメリカ4.6時間に対して日本は3.08時間と開きがあります。ついでに、子育ての役割分担(しつけ)を見てみると、アメリカでは「両親共同でする」が54.5%、「主に母親がする」は28.9%、「主に父親がする」は11.8%です。それに対して日本では、「両親共同でする」は49.2%、「主に母親がする」は43.4%、「主に父親がする」は4.2%となっています。日本では、しつけなどの子育ての役割分担も、母親の方により大きな負担がかかっているようです。(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo0/toushin/07020115/004.htm

どの国の父親であろうと、子供と共に過ごす時間をより多く持ちたいのは山々でしょう。しかし、それが出来るか出来ないかには、それぞれの国の社会事情や労働環境によります。日本人の長時間労働の現状はよく知られていますが、週に49時間以上働いている日本人男性の割合は43%にもなります。これに対し、アメリカでは75%の男性の労働時間は週44時間以内、50時間以上働く男性は17%に過ぎません。
(男女別労働時間国際比較より http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3132.html

アメリカ人の労働時間が日本人ほど長くない理由の一つは、なんと言っても、キリスト教の教えが反映された社会モラルや家族観が、広く社会に行き渡っていることにあると言えるでしょう。毎週日曜に教会に行くか否か、どれだけ熱心に信仰しているかは人それぞれでも、大雑把に言って、人口の半数がプロテスタント、カトリック、ユダヤ教を含むキリスト教徒です。キリスト教の影響力は絶大で、それ抜きにはアメリカ社会を語ることはできません。

伝統的キリスト教的家族観のもとでは、家族の絆に大きな価値が置かれ、仕事や他のことにために、家族との時間を犠牲にすることを決して善しとしません。そのため、大前提として、仕事と仕事以外の時間はきっちり分けられ、勤務時間以外は職場の同僚や仕事上の付き合いよりも、家族と共に過ごすことが尊重されるという、社会全体の大きなルールが存在するのです。日本ではおなじみの、上司が帰るまで帰れないとか、付き合いで飲みに行くとか、残業で毎日のように深夜に帰宅するとかいう話は、アメリカではほとんど聞くことはありません。

ワーク・ライフ・バランスの推進
また、アメリカでは、1990年代頃から、仕事と仕事以外の生活のバランス(ワーク・ライフ・バランス)のよりよいライフスタイルを実現するための、様々な雇用形態のあり方が広まってきました。これは、1970年代・80年代、女性たちが社会進出を果たしてきたことが背景にあるのですが、仕事と家庭を両立させたい女性のみならず、子育てにもっと関わりたち父親たちからも、柔軟な勤務形態のあり方が望まれてきたのです。

従業員のワーク・ライフ・バランスを尊重した企業の前向きな努力としては、Flexible Work Arrangement (以下、フレックス制と呼びます)の導入が挙げられます。フレックス制の下で、出勤・退社時間が調整できる、勤務時間を短縮(それに応じて給料は削減)できる、子供をもつ従業員への手当てを出すなど、子育て中の親たちにとって働きやすい環境が整備されつつあります。

アメリカ労働省統計局の調査によると、何らかのフレックス制を利用している正規雇用労働者の割合は、1985年には12.4%だったのが、2004年には全体の27.5%まで増加しています。管理職に限ると36.8%という高い割合で利用し、職種別では、IT関連(52.4%)、社会福祉関連(46.1%)、法律(44.5%)、エンジニア(43.6%)、金融関係(42.3%)、販売(38.1%)などとなっています。専門性の高い職業についている人ほど、フレックス制を利用できる傾向があるようです。(http://www.bls.gov/news.release/flex.toc.htm

ワーク・ライフ・バランスの奨励は、法律によって義務化されているものではありません。あくまで企業努力というが現状ですが、企業にとっても、ワーク・ライフ・バランスを奨励するプログラムを導入することは、優秀で意欲的な人材の雇用を安定的に確保し、業務効率の向上を図ることができる点で有意義な制度だと考えらるようになってきています。

子育てに関わる父親たち
このように、家庭が尊重される社会システムの中で、父親たちは、基本的には5時きっかりに仕事を終えて、まっすぐ家に帰り、家族と一緒に食事をするのがごく当たり前です。顧客の接待や残業もたまにはあるでしょうけれど、連日のようにあるわけではなく習慣化もしていません。接待などで遅くなったり商談をかねて休日にゴルフをしたりするのは、よほど地位の高い会社の幹部レベルの人たちでしょう。普通のセールスマンやエンジニアが同僚と飲み歩くということは先ずありません。

私の周りのアメリカ人の父親たちを見てみても、平日の夕方から夜にかけて、週末は決まって家族と過ごし、仕事以外のことにもたくさんの熱意を注いでいるように感じられます。そして、赤ちゃんの世話をしたり、子供を習い事に送り迎えしたり、野球やバスケットボールのコーチをしたり、運動不足解消のためにジムに通ったり、キリスト教徒の人たちは毎週日曜日には家族揃って礼拝に出かけたり、より多く家族との団欒の時を過ごしたりするのです。育児サポートというより、男性も共同で育児をするということなのです。また、家にいる時間が長ければ、育児のみならず家事も自然と分担して行う状況となります。「仕事が忙しいから」というのは、家事や育児を分担しないことの言い訳にはなりません。

父親が育児をシェアすることによって、母親に肉体的・時間的・精神的ゆとりが生まれます。これはものすごく重要です。この観点から見ると、父親が仕事に長時間拘束される日本社会は本当に不幸です。父親の帰宅が遅いために、平日は父親と子供が顔を合わせることがないのも当たり前、といった状況の中では、24時間365日、休みのない子育てを一手に背負う母親が育児ストレスに陥るのも当然です。また、そんない父親不在の家庭環境や育児環境が子供にとっていい影響を及ぼすはずがありません。

次回、
子育てに必要な十分条件 その(2)相互扶助のパワーと育児支援のネットワーク
に続く・・・
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