2010年06月24日

ハーグ条約への加盟をめぐる考察 その(2)

この記事は、前回の「ハーグ条約への加盟をめぐる考察 その(1)」の続きです。

前回の記事を書いているときは、ハーグ条約に加盟すべきだと考えていましたが、さらに調べを進めていくうちに、その前提として重大な国内的議論が必要であるということに気付き、拙速な加盟はすべきではないという方向に考えが変わってきました。

「ハーグ条約加盟」−議論の表面下にある重大な国内問題
さて、子どもの連れ去りで昨今批判の渦中にいるのは、もっぱら欧米人との結婚に破綻した日本人女性です。「欧米系男性に憧れて結婚したものの、異文化や言葉の壁などの困難を乗り越えられず、理想と現実のギャップを思い知り、子どもを連れて日本に帰ってくる・・・」などと、批判的に語られることが多いわけです。確かに、国際結婚や国際離婚は、近年増加の傾向にあります。国際結婚は、05年の2万7700件から06年に4万4700件と1・6倍増の一方、離婚は7990件から1万7100件と2・1倍に急増しています(2008年10月25日毎日新聞)。しかし、どのような国籍の相手との国際結婚や離婚が多く、「連れ去りのトラブル」はどの程度の割合なのか、ということはほとんど知られていません。

そんな中、日本人妻に子どもを連れ去られたアメリカ人の夫が、テレビカメラの前で涙ぐみながら「私には父親として子どもに会う権利がある」「子どもを勝手に連れ去った母親を保護するとは日本という国はひどい」などと訴える場面が流れれば、外国には当然「日本人女性は卑怯だ、日本はひどい国だ」などとという印象を持たれてしまいます。それが、対外的にそう思われるのみならず、国内でも国内事情を棚に上げて、「日本のイメージを悪化させているのは、欧米人男と結婚して子どもを連れ帰る女性たちだ」などと、問題の矛先が一点に向けられます。

しかし、そのような見方は極めて短絡的で無見識以外の何物でもなく、ニュースでの取り上げられ方、つまり問題の表面化した一部だけが取り上げらていることが問題なのです。事実、欧米人男性と日本人女性の結婚の破綻(代表してアメリカ人およびイギリス人との離婚430件)は、日本人同士の離婚総数(25万5505件)から見ればほんの僅かであり、離婚に至る割合は日本人同士の離婚や他の国際離婚(日本人男性とアジア人女性、日本人女性とアジア人男性など)と比較すると同程度か、逆に少ないのです(平成16年度。この後、統計を示します)。

では、ニューで取り上げられていることが、表面化した問題の一部だというのなら、表面下にある問題とは何でしょうか?実は、「欧米人との離婚により日本人妻が子どもを連れ帰る」トラブルを防ぐという理由だけで、「ハーグ条約に加盟」すべきという拙速な議論は、重大な問題を見落としています。それももちろんありますが、それ以上に重大なことは、ハーグ条約に加盟するためには、その前提となる日本の民法について議論し改正する必要があるということです。民法の改正は、とてつもなく困難なことと思われます。しかし、それなしに、ハーグ条約に加盟するということはありえませんし、あってはなりません(なぜかは後に述べます)。そのことを強く訴えるために、広く日本人が関わる婚姻と離婚、離婚後の子どもの親権の実態などについて調べてみました。

国際結婚と国際離婚の統計
日本人の国際結婚の統計を見てみると、平成18年度の数字では、日本人女性と外国人男性との婚姻(8708件)よりも、日本人男性と外国人女性との婚姻(3万5993件)の方が圧倒的に多いことがわかります(厚生労働省:夫婦の国籍別に見た婚姻件数の年次推移)。この数値は、平成7年度には、それぞれ6940件と2万0787件でしたから、伸び率はそれぞれ25%、73%で、日本人男性が外国人女性と結婚する傾向が一段と高まっていることになります。

国籍別に見てみると、日本人男性と外国人女性の婚姻では、妻の国籍は、フィリピン(1万2150人)、中国(1万2131人)、韓国・朝鮮(6041人)、ブラジル(285人)の順で、およそ89%をアジア国籍の女性が占めています。日本人女性と外国人男性の婚姻では、夫の国籍は、韓国・朝鮮(2335人)、アメリカ(1474人)、中国(1084人)、イギリス(386人)の順で、およそ半数をアジア国籍の男性が占め、アメリカ人またはイギリス人と結婚した日本人女性の割合は、国際結婚をした日本人女性全体のおよそ20%です。この割合は、平成7年度の数値(21%)と比較してもほぼ横ばいです。注目したいのは、日本人女性と欧米人男性(代表してアメリカ人とイギリス人の数字の合計)の婚姻の割合は、日本人が関わる国際結婚全体の約4%に過ぎないということです。

では、離婚についてはどうでしょうか?国際離婚が増えているといいますが、国際結婚をした人たちの離婚は日本人同士の離婚と比べて率が高いのでしょうか?厚生労働省の人口動態統計表の「夫妻の国籍別にみた離婚件数の年次推移」と「夫妻の国籍別にみた婚姻件数の年次推移」の平成16年度の統計を比較してみます。離婚総数が27万0804件、日本人同士では25万5505件、どちらが一方外国人の国際離婚は1万5299件です。国際離婚の割合は、日本人が関わる離婚全体の5.6%、欧米系男性(代表してアメリカ人とイギリス人)と日本人女性の離婚(430件)の割合は、僅か0.06%に過ぎません。

単純に、離婚数を婚姻数で割ったものをその年の離婚率とすると、日本人同士の離婚率は37.5%、日本人夫と外国人妻の離婚率は37.5%、日本人妻と外国人夫の離婚率は37.5%となります。また、日本人妻と欧米人夫(代表してアメリカとイギリスのみ)の離婚率は23.4%と低めで、逆に日本人夫とアジア人妻(韓国・朝鮮・中国・フィリピン・タイのみ)の離婚率は39.6%と高めです。この数値だけで断定することはできませんが、日本人同士であろうが配偶者が外国人であろうが、今日、離婚は全体の3割から4割近い人々が経験する事態となっているのです。少なくとも、欧米人と結婚した日本人女性だけに特別多い現象ではないことは明らかです。

さらに、「連れ去り」についてはどうでしょうか。これに関しては、正式なデータがありませんが、2009年11月の時点で、日本に子どもの連れ去ったとするトラブルは、アメリカで73件、イギリスで36件、カナダで33件、フランス26件など、合わせて170件といわれています(過去10年間の数とみなします)。件毎年4万人前後が外国人と結婚しているという厚生労働省のデータを元に、最近10年間で国際結婚に関わった日本人全体を約40万人と推定すると、「子どもの連れ去り」の170件というのは、割合にして0.04%程度となります。

割合が少ないから、無視してよいといっているわけではありません。強調したいのは、子どもの連れ去りや「ハーグ条約加盟」に関する議論をする上で、問題の焦点や、重要な観点を、しっかり見極めるべきだということを提起したいのです。この議論は、国際結婚をした日本人だけを焦点とすべきではなく、国内における離婚や親権問題、それに関わる民法を含めた広い観点から議論すべきだということです。そして、感情論に流されたり、米・英・仏など欧米各国からの圧力に押されて節足に加盟するのでなく、ハーグ条約に加盟することの意義や目的を国内で十分に議論する必要があるということを言いたいのです。

ちなみに、日本人男性とアジア人女性の離婚率が比較的高めになのにもかかわらず、アジア人女性が子どもを母国へ連れ去るというようなニュースをあまり聞きません。この辺の事情は把握していないのですが、もし、実際にあまり無いのだとしたら、その理由は、一つには、アジアのほとんどの国で日本と同様ハーグ条約に加盟していないので、仮に連れ去りが起きているとしても政府間で何の取り決めも無く、お互いクレームがつけられない状況にあることが考えられます。もう一つは、妻が後進国出身の場合、母国に連れ帰るよりも経済的に豊かな日本に定住していた方が子どものためになるという考え方から、アジア人妻による連れ去りというケースは少ないのではないかとも考えられます。

日本での、離婚後の親権争いの実態
上記に、日本人同士の離婚件数が25万5505件(平成16年度)、その年の日本人同士の離婚率は37.5%であると述べました。この数字は、現在さらに上昇しているでしょう。子どもがいる夫婦の離婚のついて、親権制度の観点から調べて見ました。

前述しましたが、民法819条に基づく単独親権制度により、協議離婚の場合でも、家庭裁判所が判断する場合でも、親権者は父親か母親のどちらか一方に定められることになります。100%親権を獲得するか、完全に親としての権利を失ってしまうかの二者択一です。また同766条では、子どもの監護権について、「父母が協議で定めるか、それができないときは、家庭裁判所が定める」と書かれています。これが文字通りならば、親権の無い方の親(非養育親)が協議の上子どもと交流をする機会を設けることは可能です。しかし、親権のある親(養育親)が協議結果や約束を破り非養育親と子どもの交流を妨害したり拒否してしまえば、非養育親と子どもが交流する機会は失われます。その場合、家庭裁判所には何ら権限もなく、約束を破った側に法的制裁が課せられることは無いので、子どもに会えない非養育親の父親(または母親)が大勢いるのが実態です。

また、養育費を払っているにもかかわらず、面接権の無い非養育親がいる一方で、養育費の支払いが滞ったり、調停内容を無視して初めから払わない非養育親も見られ、ある調査ではおよそ5割近い非養育親が養育費の支払いを放棄しているという実態があります。しかし、家庭裁判所にそれ以上の権限は無く、その場合でも差し押さえ等の法的な罰則は科せられず、母親側(養育親側)は養育費が滞っても泣き寝入りするしかないのが現状です。

家庭内でDVがある場合(夫婦間のDVや子どもの虐待など)がある場合などは、子どもの福祉の観点から子どもとの面会・交流を制限するなどの措置が採られるべきでしょう。しかし、現状では何か特別な事情でもない限り、母親が親権を得るケースが8割を超えています(平成15年度司法統計調査)。したがって、子どもに危害を加える心配の無い父親や、子煩悩の父親でも、離婚によって子どもとの交流が断ち切られてしまうケースが現実に数多くあるのです。

そのため、子どもの親権争いは壮絶なものとなっており、一方の親による子どもの連れ去りが横行したり、虚偽のDVなどで親権を奪い合うという事態に発展しています。こうなってくると、怒り・ねたみなどの感情が高まり夫婦間の亀裂は深まるばかりです。通常は、いがみ合った状態の両親との交流を持つことは、子どもの安定した生活を阻害する恐れがあるという観点から、「父親が子どもと交流する権利」よりも「子どもの福祉を守る」ことが優先されます。したがって、非養育親は子どもと会う機会を失っていくことになります。夫婦間の熾烈な親権争いは、子どもの福祉に資した解決どころか、一番の弱者である子どもに犠牲を強いる結果を生んでいるのです。

こうしてみると、明治時代に作られられた現在の民法は、父親の権利や義務、子どもの福祉のいずれの観点からも、離婚率が4割近いという現代日本の実情に即していないと言わざるを得ません。日本での両親の離婚後の子どもの親権争い、面接権の無い父親、養育費の支払い放棄等に関する実態は、非常に不幸で深刻なものです。日本人同士の離婚による親権争いで、何万何十万という母親による「子どもの連れ去り」(親権が母親に渡り父親に会わせないこと)、「父親の泣き寝入り」もしくは「父親の養育放棄」が日本では常態化しているのです。その数は、国際離婚で外国から日本に子どもを連れ帰る女性の数(数百?)とは桁が違っているわけで、国際結婚の場合だけが非難の標的になるのはまったくのお門違いなのです。そういう女性たちを擁護しているわけではありません。国際結婚をしている以上、互いの国のルールが異なることをわきまえていなければならないのに、それができない人がいることは遺憾なことです。

しかし、その背景には、母親に圧倒的に有利な日本の民法や社会慣習、子どもの連れ去り(子どもを父親に会わせないこと)が日本国内で常態化して当たり前のようになっていることが一つの要因としてあると言いたいのです。「子どもの連れ去り」が、窮地に陥った国際結婚をした日本人女性の選択肢の一つとなってしまっているのは、欧米では非常識な日本の常識をそのまま持ち出してしまっているからに外なりません。もし、日本国内で共同親権が認められていたり、子どもの連れ去りが法に問われる犯罪行為であったなら、国際離婚の際も子どもを連れて帰国するしようという発想は安易には出てこないはずです。いずれにしても、国内の離婚では「親権を取ってしまえば勝ち」、国際離婚では「連れ帰ってしまえば勝ち」というのは正義に反するのです。

突き詰めてゆくと、「子供の連れ去り」問題で、私が訴えたいことは次の二点に尽きます。
1.ハーグ条約に加盟する以前に、日本国内の離婚と子どもの親権に関わる民法を、社会情勢に即して改善し、「共同親権」を可能にすべきであるということ
2.民法改正やハーグ条約加盟を待つまでもなく、身勝手な「子どもの連れ去り」は、道徳に反した行為であるから言語道断だということ。国際結婚であろうと無かろうと、離婚後の子どもの養育は両親が合意できる方法を探すべき。国際結婚しているならば、その自覚を持って相手国のルールにのっとって解決する覚悟がいるいうこと。

民法改正なしのハーグ条約加盟は絶対反対
ハーグ条約加盟についての議論は、政府の中で少しずつ進んでいるようです。民主党では、離婚後した親の「面接交渉権の法制化」が政策パンフレットにすでに記載されています。千葉法務大臣は、今年3月9日の衆議院法務委員会で、「子どもの利益を考えたときには、どちらの親も、子どもに接触できることは大事なことだ」と述べました。そのうえで、「離婚したあとも、両親がともに子どもの親権を持つことを認める『共同親権』を民法の中で規定できないかどうか、政務3役で議論し、必要であれば法制審議会に諮問することも考えている」と従来より踏み込んだ内容に言及しました(NHKニュースhttp://www3.nhk.or.jp/news/t10013082981000.html )。また、3月には鳩山首相がマスコミに向けて、「日本が(単独親権ののために)特殊な国だと諸外国に思われないように対処しなければならない」と発言し、共同親権法制化に積極的な姿勢を見せました。

ただし、はっきりしておきたいことは、すでに書きましたが、民法を改正することなしに、ハーグ条約に加盟するということはあってはならないということです。前向きな議論が進んでいることは、喜ばしいことですが、ハーグ条約に加盟するためには、その前提となる日本の民法について議論し改正しなければ、とんでもない事態になります。

どんな事態かというと、日本で共同親権が認められいない以上、国際離婚は必ず外国人の父親にとって不利になりますから、国際的には、日本の司法の場で公正な調停を行うことは不可能であるとみなされるでしょう。事実そうです。おのずと、国際離婚や親権などの調停は、全て外国の法律の下で行うしかない事態になります。つまり、国際離婚に関わるすべての権限を外国の法廷に委ねることになり、現時点でのように日本人を保護することすらできなくなってしまうのです。

そうなった場合、日本人妻が離婚して子どもを連れ去ればハーグ条約によって外国に子どもを取り戻され、調停や裁判は外国のルールで行われ、結局、離婚後子どもと暮らすためには外国に留まるしか選択肢はなくなります。子どもの福祉の観点から、母親と日本に居住することが好ましいと判断されるようなケースでも、日本への居住は不可能になります。どうしても日本に帰りたければ、子どもを外国において帰ってくるしかありません。もし、民法が改正されて共同親権が可能となり、外国人の父親にも親権や面会権が認められれば、調停により日本人妻が子どもと日本に居住することも可能で、外国の法律で誘拐罪に問われるような事態にもならないのです。

これは、重大な問題です。繰り返しますが、民法の改正なしにハーグ条約に加盟するということは、現状の「日本人の母親が勝手に子どもを連れ去って外国人の父親が泣き寝入りしている」不平等な状態から、「子どもを合法的に外国人の父親に引き渡して日本人の母親が泣き寝入りする」不平等な状態に変わるだけです。しかも、国内の現状は変わらないのですから、日本人同士の離婚による父子関係の断絶という悲劇は増える一方です。こんな馬鹿な話があってはなりません。ですから、外国からの圧力で、国内の議論を経ず民法の改正なしに、拙速にハーグ条約に加盟してしまうような事態は断じて避けなければならないということを訴えたいと思います。



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2010年06月19日

ハーグ条約への加盟をめぐる考察 その(1)

ハーグ条約とは
外国人と結婚した日本人女性が結婚に破綻し、子どもを連れて日本に戻ってくるケースが増えているというニュースを、最近頻繁に耳にします。主だったものでは、2009年9月、日本人の母親がアメリカから連れ帰った子供を取り返そうと来日したアメリカ人の父親が福岡県警察本部に逮捕される事件がありました。子供を無理やりアメリカに連れ戻そうとしたとして、未成年者誘拐の疑いがかけられたのです。男性は10日間の拘留後釈放されましたが、この件は、日本人妻による子ども奪取(Abduction)事件としてアメリカのマスメディアなどで大きく取り上げられることになりました。テレビのインタビューで父親が「私は何も間違ったことはしていない。子どもは両方の親と会う権利がある」「子どもに会えないことほど辛いことはない」と涙ながらに訴える姿が、一般の視聴者の同情をそそり、そのお陰で、「子どもを父親から引き離しても平気とは、日本はなんという残酷な国か」というような印象がアメリカの人々の間では広まっています。

国際結婚の破綻などによる子供の連れ去りは年々増えており、このような事態に対処するために、1980年、「国際的な子の奪取に関するハーグ条約」という国際条約が締結されました。欧米諸国を中心に、現在82か国がこの条約を締結しています。この条約は、一方の親が他方の親に無断で子供を自国に連れ帰るといった親権の侵害を伴う、国境を越えた移動について、子供を移動前の居住国に返還するための国際協力の仕組み等を定めるものです(外務省)。この条約は、このような移動により生じる有害な影響から子供を保護することを目的とし、親権の所在を決着させるための裁判手続は移動前の居住国で行われるべきである、との考えに基づいています。

つまり、加盟国は、子ども(16歳未満)が、どちらか一方の親に連れ去られもう片方の親にその子どもを返すよう求められた場合、子どもの居場所を調べ在住していた元の国へ戻す義務を負います。親の代わりに、国が子どもを連れ戻すということです。

しかし、日本はこの条約に加盟していません。G7の国の中で加盟していないのは日本だけです。日本人の妻に子どもを連れ去られた外国人の夫が、子どもを連れ戻そうとしても、日本政府には協力をする義務がなく、妻と子どもの居場所が分からないケースや、父親が子どもと長期間にわたって会えないケースが増えています。

「子どもの連れ去り」の現状
現状では、様々な問題が未解決の状態になっています。例えば、カナダ人との結婚が破綻した日本人女性が夫の同意なく子どもと日本に帰国。夫は子どもとの面会見を求め、カナダで裁判を起こし勝訴しましたが、日本にいる母親と子どもには実効性はなく、ハーグ条約に加盟していないため、日本政府にも対応する義務はありません。また、子どもを連れ帰った日本人女性は、元の在住国の刑法によって実子誘拐罪に問われる可能性があり、その場合日本国内にとどまっていることはできても、一歩国外に出ればICPO(インターポール:国際刑事警察機構)の通じて国際指名手配され、外国の入管で拘束・逮捕されることになります。
逆のパターンもあります。日本在住の国際結婚カップルで、英国人の父親が「日本で離婚すれば日本人の妻に親権を取られ、子どもと会えなくなる」と、母親に無断で子どもを連れてイギリスに帰国。日本がハーグ条約を締結していないために、イギリス政府の協力は得られず、母親は、自己負担で相手国の弁護士に調停を依頼し約700万円の報酬を支払って子どもを取り戻したケースなどです。

欧米では、離婚後の子どもの親権は父親・母親、両者に共同で与えられる「共同親権」が一般化しています。調停により、子どもが母親と暮らすことになった場合でも、父親が子どもと面会する機会(面会権)は法的に認められています。したがって、母親が父親の面会権を無視して一方的に子どもを日本に連れ帰ることは「子の奪取」であり、「親権の侵害」と見なされます。

取り組みの遅れている日本政府
これまで、アメリカ、カナダ、フランス、イギリスなどを含む各国から、日本に条約に加盟して欲しいとの度重なる要請がありました。しかし、日本政府は何ら具体的な対応を取っていません。さかのぼること4年、当時の小泉首相は、カナダのハーバー首相との会談中で条約への加盟を促され、「協力できることがあれば協力したい」と述べましたがが、その後も条約締結に向けての日本側の動きはありませんでした。昨年5月には、米・英・仏・加の駐日大使らが、東京の米大使館で共同会見して「日本へ連れ去られると、取り戻す望みがほとんどない」と訴えました(2009年7月15日 朝日新聞)。

各国の大使館によると、2009年11月の時点で、日本への子どもの連れ去ったとするトラブルは、アメリカで73件、イギリスで36件、カナダで33件、フランス26件など、あわせて170件に上っているということです。アメリカのキャンベル国務次官補は、2009年11月のオバマ大統領の初来日を前に、上院外交委員会での最初の会談でこの問題を取り上げたいと表明しています。さらに、キャンベル氏は、今年2月初めの来日の際には、「北朝鮮拉致問題での米政府の対日支援に悪影響を及ぼす恐れがある」という脅迫めいた言い方で外務省幹部に警告、加盟を強く求めています。英語では、子どもの「連れ去り」にあたる単語は「Abduction」で、日本語の「拉致」に当たります。北朝鮮による日本人の拉致問題と、日本人の母親に子どもを連れ去られた米国人の悲しみには「共通点がある」として、日本政府に早急な対応を求めたというのです(2010年2月7日 共同通信http://www.47news.jp/CN/201002/CN2010020601000521.html)。

2010年3月18日、8か国の駐日大使が共同声明を発表し、日本に対し、子供の連れ去りを防ぐためのハーグ条約に加盟するよう、あらためて要求しきました。http://news24.jp/articles/2010/03/18/10155609.html

条約加盟に消極的な理由
日本政府が、ハーグ条約加盟に慎重な姿勢を保ってきた理由には、離婚家庭の子どもの「単独親権」か「共同親権」の法的違い、家族観や文化の違い、日本人女性がDV(ドメスティック・ヴァイオレンス)の被害者となっているケースが多いこと、などが挙げられます。これらの理由について検証し、考察をしてみたいと思います。

「単独親権」か「共同親権」の違い、家族観に対する理解や文化の違い
日本では、両親が離婚した場合、子どもの「共同親権」は認められておらず、どちらかの親の「単独親権」となります(民法819条)。多くの場合、母親が「単独親権」を得て養育することが習慣となっている日本では、外国人の父親が親権を主張して子どもを連れ戻そうとしても、日本では外国の法律は適用されないのですからすれ違うばかりです。ハーグ条約を締結するということは、父親の親権を認めること、すなわち「共同親権」を認めることですから、そのためにはまず日本の民法を改正しなくてはなりません。また、日本の現行法は、子どもの所在を突き止めて強制的に連れ戻す権限を国に与えてはいません。ハーグ条約に加盟するためには、この権限をかかる省庁に付託する法的整備が必要になりますが、関係する省庁が、法務省、外務省、警察庁と複数にまたがるため、その手続きの制定や法律改正を行う必要があります。

しかし、「単独親権」か「共同親権」かは、国際結婚のトラブルでのみ発生する問題ではありません。日本人同士の夫婦が離婚した場合、親権がほぼ自動的に母親に与えられ、父親には子どもの養育にかかわっていく権利が認められないという現在の民法、日本の社会習慣は果たして公平か、子どもの福祉にとって最良のものといえるか、ということを考える必要があるのではないでしょうか。これは、離婚後子どもを養育する責任は誰が負うべきか、離婚後の親子関係はどうあるべきか、という社会の本質的問題です。この部分を考慮し、国内での親権問題の議論を行い必要ならば法改正をすることなしに、国際結婚の場合だけハーグ条約を当てはめるというのは筋が通っていないと私は考えます。日本国内での離婚件数が増加傾向にある今日、まずは国内の問題として見直していく必要のある問題だと思います。

しかしながら、こうしている間にも、日本人が関わる子どもの連れ去りは起きています。日本政府としても、こうした、悲劇的な状況を改善・解決していくための他国との約束ごととして、両方の親にとって公平で、そして何よりも最大の被害者である子どもの福祉を優先した何らかの制度を設けることは、急を要していると言えます。その選択肢として、ハーグ条約の締結を検討することは必要急務だと考えます。

欧米が主張する親の面接権の重要性
離婚後の親権については、日本では「単独親権制」で母親が子どもを引き取る場合がほとんどなのに対し、欧米では共同親権を採用し、離婚後も両親が子どもの養育に関わっていく考え方で、両者に大きな差異があることは周知の通りです。子どもの問題に限ることではありませんが、異なる習慣・文化を持つ者同士が国際結婚をする大前提として、自分の国の考え方や習慣を押し通すのではなく、互いに相手の主張に耳を傾ける姿勢が必要であることは言うまでもありません。

日本では、両親ともに日本人であっても、親権の無い親(多くの場合父親)には、子どもとの面会権が保障されていないことはすでに述べました。母親と不仲の父親との交流は、子どもの安定した生活を阻害する恐れがあるという観点から、「父親が子どもと交流する権利」よりも「子どもの福祉を守る」ことを重視するとしています。しかし、欧米諸国の一部では、子どもは両親との交流を保ちながら成長するのが好ましいという考え方から、親権の無い親であっても、子どもとの面接権は適正に与えられています。アメリカでは、離婚の原因がDVであったとしても、子どもに対して危害を加えていない場合には、子どもとの一定の面会権は与えられます。

アメリカ国務省のミシェル・ボンド国務次官補代理は、「面会がなぜ重要なのかを説明することは、親がなぜ子どもを愛するのかを説明しようとすることと同じ。面会は、親権のない親に親子関係を育む機会を与えるために重要」。(中略)「世界の多くの国は、親による子どもへの接触と面会を基本的人権と見なしている」。そして、「家族法や文化が違っても変わらないのは、子どもに対する親の生涯変わらぬ愛であり、子どもが自分の両親が誰であるかを知り、両親を愛する必要があるという点」であると述べています(「国際的な親による子の奪取−子どもの親権をめぐる問題に対する米国国務省の取り組み」)。

従って、アメリカでは、たとえ子どもを連れ去った者が母親であったとしても、その行為は子どもと父親との関係を断ち切ろうとする行為であり、父親から法律で定められた「親としての権利」を奪う犯罪とみなされ、刑事告発される要因となるのです。この規範は、米国では、連邦およびほとんどの州の刑法で定められています。「親の権利」という点だけでなく、子どもが「親と関係を持つ権利」つまり「子どもの権利」という点からも、同様に犯罪とみなされます。

ハーグ条約を支持するアメリカの主張
前出のボンド米国務次官補代理は、ハーグ条約の目的は、「子どもが違法に連れ去られる前に居住していた国の法廷で、親権問題を解決するための管轄権を守ることにある」と述べています。つまり、ハーグ条約は、子どもの福祉を最優先して公正な親権調停をするものではなく、あくまで子どもの定住国における法の適用の保護、親権の保護に重点が置かれています。ですからハーグ条約によって子どもが元の居住国に戻された後の対処(連れ去った親は刑事告発されるか、子どもがどちらの親と居住するか、他の親とどれほどの面接権が生じるかなど・・・)は、国によって異なることになります。

アメリカ国務省によると、「子どもの連れ去り」の案件に対応する国務省児童課では、ハーグ条約に基づき「米国市民である子どもの福祉を守ることを最優先事項とし、連れ去り先の国の政府に対し虐待や育児放棄などの懸念を提起し、親権を持つ親の元に取り戻すために合法的で適切なあらゆる手段をとる」としています。

日本のようなハーグ条約非加盟国との間でおきている問題への対処としては、子どもを連れ去った親を刑事告発する選択肢があることを残された親に助言する、国際刑事警察機構へ通報する、奪取者を米国査証不適格者とする、といった手段をとっています。これは、子を連れ去った親の移動を制限し、問題解決のための交渉に応じるよう圧力をかけるためです。

次回へ続く・・・


posted by Oceanlove at 18:45| カルチュラル・エッセイ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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