2010年11月24日

メキシコの麻薬戦争とマリファナ解禁のゆくえ

🎨メキシコの麻薬戦争(War on Drug)
前回の記事「カリフォルニア州の財政危機とマリファナ解禁法案」で、アメリカの中間選挙と同時に行われたカリフォルニア州の住民投票で「マリファナ解禁法案Prop19」が54対46で否決されたことについて書きました。そのProp19を、通過の期待を持って見守っていた国があります。メキシコです。メキシコは、麻薬のアメリカへの最大の供給国であり、アメリカ国内で消費される麻薬類の90%がメキシコから流入しています。アメリカ司法省麻薬調査局(National Drug Intelligence Center)によると、メキシコの麻薬組織は、アメリカのおよそ230都市で取引されるコカインの90%、マリファナ、メタ・アンフェタミン、ヘロインのほとんどをコントロールしています。

1980年代頃までは、メキシコとアメリカの国境あたりで行われていたマリファナやヘロインの密売は比較的小規模なものでした。しかし、状況が大きく変わったのは、クリントン政権時代、一定の成功を収めた麻薬取り締まり政策によって、コロンビアからアメリカへのコカインの空の密輸ルートが閉ざされた後のことです。コロンビア産のコカインはメキシコ経由の陸ルートで運び込まれるようになり、密輸組織の規模は一気に拡大してゆきました。いまや、メキシコの麻薬組織は、1980〜90年代に暗躍していたコロンビアやドミニカ共和国の麻薬組織に取って代わっているのです。アメリカに密輸される麻薬は、コカイン、ヘロイン、メタ・アンフェタミン、マリファナなど何種類もあります。コカインの90%はコロンビアを中心とした中南米で生産され、メキシコに運ばれてきます。メタ・アンフェタミンはアジアの生産地からメキシコの港に運びこまれます。そして、それらはメキシコ国内で生産されているヘロインやメタ・アンフェタミンと共に北部アメリカ国境へと密輸されていくのです。

アメリカとメキシコとの国境は、総距離は3,169キロメートル。世界一往来が激しく、年間2億5千万人、一日平均69万人が行き来しています。国境を接するアメリカの州は西から、カリフォルニア州、アリゾナ州、ニュー・メキシコ州、テキサス州の4州です。麻薬組織の主な拠点となっているのが、カリフォルニア州サンディエゴに近いティワナ、メキシコ湾岸のテキサス州ブラウンズビルに近いマタモロスです。この拠点地域が、2006年から2010年までの4年間でおよそ2万8千人が殺害される「麻薬戦争」の舞台となってきました。

これらの地域では、闇の麻薬市場で利益を奪い合う組織間抗争が激化しています。殺害の8割は、武装したギャング同士の殺し合いです。その他に、取り締まりにあたっていた警察官、政治家や自治体の長、その家族、そして銃撃に巻き込まれた一般市民たちも多数犠牲になっています。昨年には各地で何人もの市長たちが殺害されました。いまや、密輸組織は警察を見方につけ、麻薬取引の邪魔となる人物の殺害を行っているといいます。アメリカとの国境に近いティワナでは、市民たちはギャングの暴行におののき、夜間の外出は控えるなど、日常生活に深刻な影を落としています。

🎨カルデロン大統領の戦い
2006年12月、メキシコ大統領に就任したフェリペ・カルデロンは、この麻薬戦争を戦うことを宣言しました。4万5千人の陸軍を麻薬組織の摘発に投入、ロケットミサイル、催涙弾、機関銃、狙撃銃などの武器を使用を含め、年間90億ドルの予算を支出してきました。2008年には、組織犯罪対策を強化するための警察組織と司法組織の大改革を行いました。それまで国と州、各自治体で異なっていた採用、訓練、昇進、業務などを統一した他、連邦警察の人員を9千人から2万6千人に増員、検察官も増員するなどし、最初の2年間に、70トンのコカイン、2億6千万ドルの現金、3万を越える武器、5万8千人の検挙などを達成しています。

しかし、武装化した麻薬組織の広がりに、政府や警察が太刀打ちできない状況は続いています。大統領の格闘空しく、最初の2年間で800人以上の警察官が殺害されました。4年間で2万8千人、平均しすると一ヶ月600人が殺害されるという非常事態が続いているのです。これまでのところ、一般の人々が狙われているのではなく、異なる組織間の抗争による殺し合いが多いのですが、取締りにあたった軍人や警察官が犠牲になったケースも全体の約7%に上ります。これは、本当の戦争です。

さらにことを難しくしているのは、メキシコ全体を覆っている賄賂の横行や政治的腐敗です。警察の麻薬取り締まりの特別部隊が麻薬組織グループに逆に取り込まれ、寝返って組織に加担しているという事態まで起きています。司法長官管轄の麻薬組織を取り締まり官が、月45万ドルに及ぶ賄賂を受け取って、密輸組織に情報を流していた容疑で検挙される事件も発生しました(The Economist)。

🎨麻薬消費国・武器提供国アメリカ
2006年ごろから始まった麻薬戦争の脅威は、メキシコ全土を凌駕し、いまやアメリカとの国境を越えて雪崩れ込む勢いです。2007年、当時のブッシュ政権は、麻薬犯罪の対策費用としてメキシコ政府に3年間で14億ドルの資金協力を約束しました(Melida Initiative)。麻薬押収や密売業者の摘発などへの物的および人的貢献をするものです。取り締まりに当たる警察官の訓練や夜間業務遂行を可能にする装備、金属探知機といった機材の提供も含まれています。しかし、国境付近で麻薬に絡んでアメリカ人が殺害される事件も増え続け、2008年には56人、2009年には79人、2010年の前半だけで、47人のアメリカ人が犠牲となっています。

この麻薬戦争の事実が広くアメリカ人に知れ渡ることとなったのは、2009年2月に司法省麻薬取り締まり局(Drug Enforcement Administration)が全国一斉に麻薬捜査を行い、750人の検挙、12,000キログラムのコカイン、500キロのメタ・アンフェタミン、160以上の武器の押収が明らかになった頃です。それら全てがメキシコの麻薬組織と関わっていました。つい最近の11月、カリフォルニア州オテイ・メサとメキシコのティワナにある倉庫を結ぶ約540メートルに及ぶトンネルが発見されました。市場価格2千万ドルに及ぶ30トンのマリファナが押収されたのです。

2009年1月大統領に就任したオバマ氏にとっても、メキシコの麻薬戦争は、政権の最重要課題の一つとなってきました。それもそのはず、麻薬戦争を誘発しているのはアメリカ、つまり、国内では麻薬は違法でありながら、ゆるい規制のもとに需要の絶えることのないアメリカの巨大麻薬市場なのです。コカイン、マリファナ、ヘロイン、メタ・アンフェタミンをすべて合わせた年間の取引額はおよそ600億ドルに上ると見られており、その売上金の180〜390億ドルはアメリカからメキシコへと流れています(3月26日 ワシントン・ポスト紙)。2009年4月、オバマ大統領は、就任後初めてのメキシコを訪問した折、カルデロン大統領と共に麻薬戦争への取り組みにおいて2国間協力を更に強化することを宣言しました。今年3月に、ホワイトハウスの麻薬対策室はアメリカ国内での麻薬の需要を減らすためのキャンペーン予算を増加することを決めました。麻薬防止キャンペーンには13%増、中毒患者の治療に4%を盛り込んでいます。

🎨こう着状態のアメリカの銃規制
もう一つ、両国を悩ませているのが、麻薬と逆向きに、アメリカからメキシコに流れている銃や武器類です。麻薬組織が所有する銃や自動小銃などの武器は、その多くがアメリカの銃マーケットで販売され、メキシコに持ち込まれているという実態です。アメリカではライフルなど殺傷性の高い武器の2004年まで販売が規制されていましたが、現在はそれが解かれ、ガン・ショップで合法的に購入することが可能です。メキシコで押収されたこれらの武器の90%はアメリカで販売されたものであるとも言われています。

カルデロン大統領は、アメリカに対し銃規制への取り組みを迫りましたが、オバマ大統領は「できる限り努力をする」と述べたに留まりました。銃規制は、アメリカ国内では、政府が個人の銃所持を制限することへの反対世論が根強い上に、保守層や銃の業界団体などからの強力な政治的圧力があり、難しい政治問題のひとつです。反対派は、「メキシコの麻薬組織の武器の90%がアメリカで販売されているというが、それらは押収された武器のうち、製造番号等で販売元の特定が可能なものだけに絞った数字であり、実際には、中南米、ロシア、中国などから密輸された武器も大量に出回っている。アメリカ産の武器の実質的割合は17%程度だ」「アメリカでの銃の販売に歯止めがかかっても、麻薬組織の犯罪防止に効果は期待できない」と指摘しています(Obama positioning for back door gun control)。

憲法に記された「銃を所持する権利」と「犯罪組織による悪用阻止」の狭間で、難しい状況に立たされる中、オバマ大統領は、武器の違法製造と売買を防止する地域間協力会議(CIFTA:Inter-American Convention Against the Illicit Manufacturing of and Trafficking in Firearms, Ammunition, Explosives, and Other Related Materials)への批准を連邦議会に提案しました。これは、1997年に立ち上げられた武器の製造と売買に規制を設ける地域間協力の仕組みで、既に33カ国が批准しています。アメリカでもクリントン政権時代から批准を試みているものですが、これも実質的な銃規制だとして、業界と議会の強硬な反対でいまだ実現に至っていません。

🎨麻薬戦争に勝つための麻薬合法化論
麻薬消費を抑えることも銃規制もできないアメリカ。アメリカとメキシコ2国間で膨れ上がる闇市場。潤沢な資金で高度に武装化する麻薬組織。メキシコに蔓延る政治汚職と麻薬組織に取り込まれる警察。歯止めのかからない凶悪犯罪や殺人・・・。100億ドル、国家予算の5%を麻薬対策に費やしながらも、この巨大な犯罪構造にメスを入れられないメキシコ政府。メキシコでの世論調査によると、59%の人々が麻薬組織がこの戦争に勝ちつつあると考えています(5月28日、ワシントン・ポスト紙)。がんじがらめになっている麻薬戦争に勝つにはいったいどうしたらよいのか。犠牲者を減らすためにはどうしたらよいのか。

現状の対策が功を奏していないこと、麻薬を法律で禁止することでは需要を消し去ることも市場を消し去ることもできないことは火を見るよりも明らかです。そんな中、「麻薬を合法化して管理した方が犯罪は減る」という発想に基づいて進められてきたのが、麻薬の合法化推進の議論です。カリフォルニア州でマリファナ解禁法案Prop19が住民投票にかけられた背景には、合法化によって国境付近の「麻薬組織による犯罪を減らす」という目的と期待があったのです。

仮に、マリファナを合法化して他の農産物と同様に課税すると、いずれマリファナは需要と供給のバランスを満たす形で、現在より低い市場価格に落ち着いていくだろうと考えられます。すると、麻薬ディーラーたちはこれまでのように利潤を得ることができなくなってゆき、次第にブラックマーケットは縮小、衰退していくと予測できるのではないか、ということです。歴史を振り返ってみれば、アメリカではアルコール類を法律で禁じることには失敗しています。闇の業者や密輸組織、そして犯罪を拡大させた苦い経験があります。メキシコの麻薬組織は、ブラックマーケットでの取引で得る莫大な利益を、組織の拡大、武器の購入、賄賂などに潤沢にまわしています。その利益を減少させ、闇市場で潤沢に回っている資金を収縮させることが、犯罪の減少に繋がるというのが、麻薬合法化支持者たちの主張なのです。

🎨メキシコでも高まるマリファナ合法化の声
マリファナ解禁法案がカリフォルニア州で住民投票にかけられたのを受けて、この夏、メキシコでもマリファナの合法化を求める声が高まりました。麻薬は、より高価格で取引できるアメリカへ密輸されているため、メキシコで合法化しても、アメリカでも同様に合法化の措置をとらない限り、効果は期待できません。従って、メキシコにおけるマリファナ解禁の議論は、アメリカで合法化の動きが出てくる最近になるまでお預け状態でした。8月、カルデロン大統領は、「(マリファナの合法化は)本質的な問題であり、賛成意見、反対意見の両方を注意深く分析しなければならない」と延べ、国内議論を巻き起こしました(9月5日 ワシントン・ポスト紙)。

メキシコの人々は、個人的なマリファナの使用を求めて合法化を叫んでいるのではありません。そもそも、麻薬の消費量はメキシコではそれほど多くはなく、アメリカでは47%の人々がマリファナを試したことがあるのに対し、メキシコでは僅か6%、メキシコ国内での消費量は、流通量全体のおよそ20%程度と見られています。合法化の声は、あくまでも、麻薬による凶悪犯罪や殺人を少しでも減らしたい、麻薬組織の力を何とか縮小させなければならない、という悲痛な叫びです。カソリック教徒の国、保守的なメキシコ人々が、マリファナの解禁を求めるという、つい最近まで考えられなかった大きな世論の転換が起きています。

🎨ポスト「麻薬撲滅」−麻薬対策の新アプローチ
近年、国際的な麻薬対策のアプローチは、「法律による禁止と刑罰」よりも、麻薬に関する知識の普及や中毒症状の治療など、「健康への害を最小限度に留めること」に重点を置くようになってきました。

1998年、国連の常任理事会は、人類の健康と麻薬および麻薬犯罪への取り組み(Drug Control)を重要課題の一つに掲げ、10年間で麻薬の生産と消費を大幅に削減することを目指し、加盟国に積極的な対策を採ることを促しました。しかし、それから、10年以上たった現在も世界全体の麻薬生産・消費状況はほとんど変わっていません。2008年、国連常任理事会は、麻薬問題に関して次のような見解を示しました。

世界の麻薬問題は一定状態にあると言える。1990年代後半から2008年にかけて、世界の15歳から64歳までの人口に占める麻薬消費者の割合は4.7〜5%と、およそ10年間安定している。種類別に見ると、マリファナでは3.9%、コカインは0.4%、ヘロインは0.3%、アンフェタミン類は0.8%という数字である。深刻な麻薬中毒者の割合は0.5%、およそ2千5百万人以下であり、麻薬問題の非常事態は収まっている。http://www.unodc.org/documents/wdr/WDR_2008/Executive%20Summary.pdf
しかしながら、現在の状態は不安定で、永久的な麻薬撲滅に向かっているわけではない。継続的な麻薬コントロールのために、麻薬の知識や危険性について広めることと中毒患者の治療により重点を置く必要がある。これは、かつての麻薬撲滅という理想論ではなく、「麻薬問題は健康問題および社会問題である」という観点を重視した麻薬コントロールの新たなアプローチである。


この見解に見られる、もっとも重要で画期的なことは、国際社会の麻薬対策は既に、「麻薬のない世界」を目標とはしていないということです。麻薬撲滅は不可能であるという現実的判断の下に、麻薬コントロールの焦点は、「法と犯罪」の分野から「健康と公衆衛生」の分野へと移りつつあるということです。これまで見てきたように、アメリカでは、年間400億ドルもの経費を麻薬取り締まりに使い、150万人もの人々を逮捕していますが、麻薬消費者は一向に減っていません。国連のアプローチは、これまでの「法律による禁止、取締りと罰則」というやり方では効果がないことを認めたものです。

🎨受け入れられつつあるマリファナ
最近、マリファナ合法化を後押しするかのような、もう一つの画期的判断がアメリカ医学界でも下されました。11月10日、アメリカ医師会(AMA)は、72年間保持してきた「マリファナは医学的効用のない物質」であるという立場を転換し、マリファナには痛みの緩和や治癒力を高める働きがあることを認め、更なる検証と研究を進める考えを示しました(Executive Summary: Use of Cannabis for Medicinal Purposes) 。

短期的な臨床試験では、マリファナの使用により、神経痛の緩和、食欲の増進、多発性硬化症の患者の痛みや痙攣の緩和などの結果が見られているといいます。それに先立ち、2008年には、アメリカでAMAに次ぐ医師団体American College of Physician (ACP)が「マリファナの医学的効用の有無とその種別の再定義すべきか否か、臨床試験に基づいて検証すべき」という声明を出しています(Supporting Research into the Therapeutic Role of Marijuana)。

医師会の方針転換は、医学的には驚くほどのことではないかもしれませんが、政治的には重大な意味をもっています。この判断は、10月にオバマ政権が法務省に対し医療用マリファナの使用には寛大であるべきだという態度を示したことの流れをくんでいるとみられています。この流れはあくまでも、医療用マリファナの合法化を後押しするものですが、既に合法化されている13州以外の州でも近い将来医療用マリファナが合法化される可能性が高まってきました。そうなると、需要は増大する一方、医療用マリファナとレクリエーション用(嗜好目的)マリファナの区別はつけるのは困難で、マーケットをさらに拡大させることになるでしょう。そのことはカリフォルニア州で既に証明済みです。法による取り締まりには限度があることから、カリフォルニア州では、シュワルツネッガー知事が、28グラム以下の所持であれば罪に咎めず罰金で済ませる法案にサインをしたのは耳に新しいところです。

近年、ヨーロッパやラテンアメリカのいくつかの国々でも、麻薬の売買や使用を犯罪として処罰するのではなく、嗜好品として個人的に少量使用するであれば良しとする、あるいは罰金程度にする、という考え方が広がりつつあります。例えば、オランダ、スペイン、ペルー、メキシコなどでは、少量のマリファナの個人使用は刑罰の対象とならず、スウェーデン、ノルウェー、ロシアなどでは少量のマリファナの個人使用は罰金を課して済ませる形です(Legality of Cannabis by Country)。

しかし、これらの国々でもマリファナを合法化したわけではありません。麻薬が違法である限り、ブラックマーケットは存在し続け、そこで利潤を得る麻薬組織は暗躍し続け、組織的犯罪は永遠になくなることはないでしょう。

🎨マリファナ合法化への課題
では、話をマリファナ解禁に戻します。合法化は、深刻な組織犯罪が政治的重要課題であるメキシコでは受け入れられやすいが、逆に消費国であるアメリカでは、賛否両論が渦巻いていて、合意形成は極めて困難であろうというのが筆者の印象です。緊迫したカリフォルニアの財政事情が後押ししたマリファナ解禁法案Prop19は世論を大きく盛り上げましたが、いくら「麻薬戦争に勝つため」あるいは「麻薬コントロールの新アプローチ」とは言え、合法化が難題であることには変わりはありません。2年後の大統領選挙で、再び有権者に問われることになりそうなマリファナの解禁について、見えている課題をまとめてみました。

1) マリファナだけ合法化するのでは、他の麻薬がより多く密売されることになるだけでしょう。ですから、「麻薬を合法化して、管理した方が、犯罪は減る」という論理が成り立つためには、全ての麻薬を合法化する必要があります。ただ、メキシコの麻薬組織の利益の60%はマリファナによるものであることから、当面はマリファナを、最終的には他の麻薬も段階を追って合法化すべきではないかという意見もあります。

2) カリフォルニア州だけで合法化しても、他州での取引が違法であればどれほどの効果が期待できるのか、また、アメリカ全体の麻薬取引にどのような変化が起こるか予測し難い部分もあります。やはり、アメリカの全ての州で同様に合法化し、裏取引の抜け道を残さないようにしなければ、効果は期待できないかもしれません。

3) 合法化によって、マリファナの需要と供給がどのように変わるか、それによる税収がどれくらい期待できるかを正確に予測することは困難です。もし、安全で合法的なマリファナが今より安価に入手できるようになれば、消費人口は増加し、麻薬が社会に蔓延するのではないかという危惧もあります。そのことを加味して、マリファナの税込販売価格を、一般消費者には「高くて手が出にくい値段」かつ「闇市場が成り立たない安い値段」という微妙なラインで設定することが重要となってくるでしょう。

4) マリファナ解禁についてのアメリカ国内の温度差をどう克服するのか。カリフォルニア州ではマリファナ解禁への世論は拮抗しつつあっても、中西部など保守層の多い州ではまだ反対派が圧倒的です。マリファナを吸わない人々の主張や麻薬に対する嫌悪感を覆すのは相当難しいでしょう。子供たちが麻薬に手を出す可能性が高まるのを不安がる親たちは、麻薬の解禁などとんでもないと考えるでしょう。麻薬中毒の危険性について知識を普及させるキャンペーンや、中毒患者への治療を軸にした政策を、もっと徹底すべきでしょう。マリファナより依存性の強い麻薬について危険性や害などを知らしめることによって、より害の少ないものの方へと消費者を誘導できる可能性もあります。

5) アメリカの有権者たちの中には、アメリカ国内さえ安全ならいいと、麻薬が犯罪組織の手を渡り、多くの犠牲者を出していることを省みない人々もいます。マリファナの使用者でさえも、合法化に賛成と葉限りません。「現状でも麻薬が入手できるのだし、多少高価でも、どうしても吸いたい人は吸えばいい。しかし、違法としておいた方が一般には蔓延しにくいので、今のままの方がいいのではないか・・・」という身勝手な発想です。麻薬戦争は、アメリカを含む先進国での需要と消費が、メキシコを含む生産地・発展途上国での犯罪や汚職を誘発している事実を、有権者たちはもっと知る必要があるのではないでしょうか。

マリファナ合法化は、最良の策とは言えないでしょう。しかし、麻薬犯罪をこれ以上深刻化させないために、臭いものには蓋ではなく、逆に明るみに出すことによって生まれる効果に期待する時に来ているのかもしれません。
posted by Oceanlove at 06:45| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月10日

カリフォルニア州の財政危機とマリファナ解禁法案


🎨否決されたマリファナ解禁法案Prop19
11月2日に行われたアメリカ中間選挙で、カリフォルニア州で住民投票にかけられたマリファナ解禁法案、いわゆる「Prop19」が、反対56%賛成46%で否決されました。住民投票にかけられた数多くの法案の中でも、Prop19は最も注目を集めたものの一つで、否決はされたものの、州内のみならずアメリカ全土で物議を醸しました。否決された法案について、今回の記事で取り上げようと思ったのは、この法案は、否決されたのでおしまいなのではなく、2012年の選挙でより強力になって蘇り再び住民投票にかけられて、勝利することを予感させるものだったからです。この法案が目指すものは何か、そしてアメリカにおけるマリファナ事情について解説します。

まず初めに、Prop19の概要ですが、カリフォルニア州において、21歳以上の成人に対し、マリファナの所持(1オンス、約28グラムまで)と使用、個人所有地で2.25平方メートル以内での栽培を認めるというものです。そして、州政府は商業用の栽培、輸送、販売に対して規制と課税の対象とすることが提案されています。この法案の最大の目的は、マリファナの解禁によって、州の税収を上げ赤字財政を解消することにあります。解禁となれば、マリファナ市場はカリフォルニア州において140億ドルもの規模、そこから得られる税収は20億ドルとも予想されているのです。

🎨カリフォルニア州の財政事情
少し横道にそれますが、ここで、悪化の著しいカリフォルニア州の財政事情について解説します。今年、州議会は、2010−11年度の予算を通過させるのに10ヶ月もの時間を費やしました。カリフォルニア州は、7月1日が新年度の始まりです。予算は、通常は1月頃に新年度の予算案が議会に提出され、審議を経て5月ごろまでに通過させなければなりません。ところが、今年は199億ドルもの財政赤字を抱えており、増税や分野別の予算カットなど、予算のやりくりや埋め合わせに民主・共和両党の折り合いがなかなかつかず、時間が経過してしまったのです。予算が通らないまま新年度に突入し、100日を経過した10月8日、シュワルツネッガー知事がようやく866億ドルの予算にサインをするという事態にまでなりました。200億ドル近い予算不足は、教育・医療・社会保障費の総額85億ドルの削減(予算全体の約10%)と、連邦政府からの借金53億ドル(そのうち承認されているのは10億ドル程度)、その他州政府の建物売却益や特別枠の予算の移動など52億ドルで補うことが可決されました。

財政赤字の足を大きく引っ張っているのが、12.4%に及ぶ州の失業率です。人口にして250万人に上ります。州が負担する失業手当が110億ドルに膨らんでいるのに対し、予算枠は45億ドル程度です。足りない分は連邦政府からの借り入れですが、今年度の利息だけで5億ドルにもなると見られ、このままでは2011年度までに、失業手当だけで200億ドルの赤字に達すると予想されています(参照)。

カリフォルニア州の財政赤字は2002年から始まり、2007年の不動産バブルがはじけたあたりから著しく悪化、2008年の金融危機以降は危機的状況が続いています。前年同様の規模の赤字を補うために、州政府は様々な政策を採ってきました。その一部には、
• 公務員6万人の解雇(2009−10年度)
• 23万5千人の州公務員に月3日の無給休暇を義務化し、13億ドルを削減。平均給与カットは14%(2009−10年度)。
• 州内の消費税の1%アップ
• 車両免許にかかる料金の値上げ(0.65%から1.15%へ)
• 教育・社会保障費のカット
• 景気回復を見込んだ翌年の予算からの借り入れ
などがあります。その影響で、州立大学の学部・学科が減らされる、小中学校で音楽、理科などの授業が減らされる、公立図書館が閉鎖される、公的医療サービスの適用範囲が縮小するなど、失業とあいまって人々の生活をギリギリのところまで追い詰めています。地価や法人税の高いカリフォルニア州から企業が流出し、失業率をさらに押し上げるという悪循環が続いています。

140億ドル規模、20億ドルの税収が見込まれるマリファナ市場。財政難にあえぐカリフォルニア州にとって、これほど魅力的なものはありません。マリファナ合法化による恩恵は税収だけではありません。現在、マリファナ関連の違法行為(違法栽培や違法所持)で、年間実に7万4千人(2007年の数字)が逮捕されています(参照)。この取締りにかかっていた膨大な人件費や経費を減らし、その分を他のもっと悪質な犯罪の取締りに向けることが可能です。また、これまでに収監されたマリファナ関連犯罪人たちを刑務所から出すことで、年間10万ドル程度の経費削減が可能となるとの数字もあります。

刑務所関連予算は教育予算についで2番目に大きな州の負担です。ギリギリまでカットされた教育や公的サービス予算を、これ以上犠牲にできないという危機感が広まる中、たいした害のないマリファナ所有者などを刑務所に入れるのは止めにして、無駄を省き、マリファナ・ビジネスによってもたらされる税収で赤字を埋めあわせ、財政再建につなげようではないか、という考え方は、次第に大きな支持を集めるようになりました。既に、州議会議員や労働組合、市民権運動の団体など、多くの個人・団体が、マリファナの合法化に賛成の立場を表明しています。住民投票の結果、全体としては54対46で反対票が多かったのですが、州内の複数の自治体では、住民投票の結果、マリファナ・ビジネスに対して課税する条例が通りました。サクラメント市やサンノゼ市の有権者は、市内のマリファナ・ビジネスから10%課税する条例に賛成したのです(参照)。

🎨アメリカにおけるマリファナ事情
さて、いくら財政再建に期待がかかるといっても、ことはマリファナという麻薬に類するものです。これまで違法だったものを180度ひっくり返して合法とし、誰にでも簡単に買ったり使ったりできるようになるというのは、当然懸念の声もあります。気になるのは、世の中の人のどれぐらいが懸念しているかということですが、住民投票結果は反対54、賛成46ですから、有権者の意見はおよそ半々です。もっとも支持率の高かったサンフランシスコでは賛成65%、反対35%でと3分の2が賛成しています。州全体では投票数にすると反対434万人、賛成370万人と差はあるものの、マリファナ解禁を是とする世論はかなり浸透し、両者は拮抗しはじめているようです。マリファナ解禁に懸念があっても、深刻な財政危機に比べて、マリファナ解禁による弊害は少ないだろうと消極的に賛成する人々と、州の財政危機に関係なくマリファナを解禁すべきだと考えるマリファナ愛好家など積極的に賛成する人々を合わせると約半数を占めるということです。衝撃的なのは、この背景にはアメリカでは多くの人々がマリファナを嗜好目的で使っており、社会はそれを黙認しているという現実があることです。アメリカには、既にマリファナが半分容認されているのです。

タイム誌の記事によると、ある調査でアメリカ人の42%が少なくとも一回はマリファナを試したことがあるという結果が出ています。フランス、スペイン、メキシコ、南アフリカなど調査に参加した16カ国の中でもマリファナの経験率が最も高かったのはアメリカです。また、15歳までにマリファナを試したことがあると答えたアメリカ人は20%、21歳までに試したことがあるのは54%と、比較的若い時期に試す傾向があることが分かります。

実際、マリファナ常用者がどれくらいいるか、正確な数を割り出すことは難しいでしょう。National Institute On Drug Abuseによる2007年の調査では、12歳以上のアメリカ人の1440万人が、過去一ヶ月の間に最低一回服用したというデータもあります。また、アメリカ保健省の薬物中毒・精神健康局(The US Department of Health & Human Services' Substance Abuse & Mental Health Administration)による「麻薬の使用と健康に関する全国調査」によると、過去一年間にマリファナを使用した12歳以上のアメリカ人は10%、毎月使用している人は6%となっています。毎月使用する人々の15%は常用者です。

マリファナの使用が、社会に広まっている理由として考えられているのが、他国と比べてマリファナを嗜好物として服用するだけの経済的余裕がある層が大きいこと、マリファナはアルコールやタバコに比べて弊害が少ないという認識が広まっていること、さらに、70年代から80年代のヒッピー文化がアメリカ社会に息づき、彼らが社会の中核を担う世代となった90年代以降も、彼らのトレードマークだったマリファナの服用が大衆文化の一つの形として形成されていったとも考えられます。

ちなみに、前出の調査の比較では、毎月飲酒をしている人は52%、毎月タバコを吸っている人は28%とあり、他の嗜好品と比べマリファナ常習者はそれほど多いというわけではありません。しかし、巷を見てみると、知り合いの中に吸っている人も何人かいますし、話を聞けばあの人もこの人も、という感じで、それほど珍しいことではないというのが、アメリカで生活する筆者の実感です。特に若者たちの間では一種のCoolなことなっているようです。大統領選挙運期間中に、オバマ大統領も学生時代に試したことがあると公言していました。

面白いことに、アメリカでは、タバコの喫煙は「意志が弱い」「教育を受けていない」「ブルーカラー」というようなマイナスの印象で受け止められるのに対して、マリファナの服用は、必ずしもそのような受け止め方はされていません。むしろ、教育を受けたホワイトカラーの人々の間でも当たり前のように見られる現象です。タバコは吸わないけれど、マリファナを吸うという人々が数多く見られるのが特徴でしょう。もちろん、公的な場所で吸うことはありませんし、吸っていることを公言することもないでしょう。通常、雇用条件にはマリファナ使用者は雇用できないことになっていますし、職場での健康診断に麻薬を使用しているか否かの検査項目もあり、違法行為が明らかになれば、解雇の可能性もあります。少なくとも表向きはまだ違法なのです。

🎨既に存在するマリファナ市場
それでは、現法律では禁止されているにもかかわらず、それだけのアメリカ人の需要を満たすマリファナはどこで生産され、人々はどのような経路で入手しているのでしょうか?実は、カリフォルニア州では、1996年、全米に先立ち、医療用のマリファナを合法化する法案が住民投票で56%の賛成を得て成立しました。これは、ガンやエイズ、てんかん、多発性硬化症、慢性神経痛など特定の病気の医師の診断を受けた患者に対し、症状緩和を目的として量を制限した上で所持や使用を認めるものです。それに続いて、アラスカ州、オレゴン州、ワシントン州などでも同様の州法が成立し、現在14州で医療用マリファナが認められました(参照)。

カリフォルニア州では、その医療目的の純度の高い有機栽培のマリファナを生産・販売することが合法化されています。この州法の下に、州のマリファナ産業は大きく成長しました。北カリフォルニアにある3つの郡にまたがった農地や山林は「エメラルド・トライアングル」と呼ばれ、アメリカにおけるマリファナ生産のメッカとなっています。その一つ、メンドシーノ郡だけで産業規模はおよそ10億ドル規模、地元産業の3分の2を占めるといわれ、地元経済を大きく潤しています。しかしながら、州全体に統一した生産者規制や販売規定は無く、取り締まりや罰則も各自治体によって異なっているなど、管理体制は非常にずさんであると言わざるを得ません。医療用マリファナ生産者と医療用でない「レクリエーション用」のマリファナ生産者の区別はつきにくく、医療用マリファナと称して大量に生産し、レクリエーション目的の消費者に闇市場で売りさばくような業者が後を絶たず、取り締まりは後手後手に回っています。ジョージ・メイソン大学教授のジョン・ゲットマン博士による研究「アメリカにおけるマリファナ生産」では、マリファナの国内生産は、年間およそ6500万株、一万トンという数字が算出されています。そのうち、違法業者によるマリファナが取締りで押収されるケースは年々増え続け、その量は2008年に約800万株、660トンに達しています(参照)。

🎨マリファナ合法化に向けた駆け引き
今回のProp19は、住民投票で賛成が多かったとしても、経済的側面や法的側面で不確定な部分が多くあり、社会状況がマリファナ解禁を受け入れる段階にはまだない、という見方も多くありました。連邦政府の薬物取締り局では、マリファナは危険な指定薬物であり、その販売や使用は禁止されています。カリフォルニア州で合法化されても、連邦政府の立場は変わらなければ法律が施行されない可能性があることや、他州の法律との一貫性が無く、狙った効果が得られないなどの理由で今回は反対に回った、という有権者もいます。

また、実はProp19に反対した主なグループは、州内で合法的にビジネスを行っている100以上の北カリフォルニアの医療用マリファナ生産者たちでした。というのは、マリファナ一回当たりの使用量は0.5−1.0グラムで、市場価格は5ドルー20ドル(入手先、品物の質などによって価格にばらつきがあります)と、タバコ一本と比べてはるかに高く設定されています。もし合法化すれば、マリファナはもっとも換金価値の高い農産物となり、現在使われていないアボカドやブドウ等の畑が新たにマリファナ栽培地として開墾されるでしょう。市場が開放されれば、多くの人々がマリファナ業界に参入し価格も下がり、現在の独占状況が一変することになるからです。そのため、医療用マリファナ生産者や製造に関わる労働者たちの雇用や社会保障を求める動きも出始めました。例えば、オークランド市では、比較的規模の大きい医療用マリファナ製造会社の従業員を大手の労働組合のメンバーとして受け入れるなど、マリファナ業界を擁護する方針です。

一方で、ワシントン州、オレゴン州、アラスカ州、コロラド州、ネバダ州などでもマリファナ解禁の世論は巻き起こっており、マリファナ解禁を容認するムードはアメリカ社会のあちらこちらに見えています。カリフォルニアでは、今年9月にシュワルツネッガー知事が28.5グラム未満の所持に対しては、法廷に立つ必要のない100ドルの罰金を科す法律に署名をしました。同様に、多くの州で、少量のマリファナの所持であれば、交通違反同様の過失として扱われ、実刑ではなく、罰金とするなどの州法が可決されています。財政事情と麻薬取締りにかかる費用とのバランスが、多くの有権者にとって不合理に見える状況となっていることが、大きく後押しをしているのです。それと、聞こえてくるのが、「いいんじゃないの?少しくらいは。害はないんだし・・・」という巷の声です。

今回の住民投票は、近い将来のマリファナ解禁へ向けた前哨戦だったと見られています。Prop 19の支持者たちの今後の目標は、マリファナ合法化に向けた世論を他州にも拡大させ、2年後の選挙で、複数の州で住民投票にかけることです。若い世代ほど解禁には賛成派が多く、シニアの世代ほど反対派が多いことを加味すると、住民投票の結果、賛成派が多数を占めるのは時間の問題とも言えるでしょう。
posted by Oceanlove at 16:13| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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