2011年02月27日

衰退へ向かうアメリカ その(2)  オバマ政策と2012年度予算案


この記事は、前回の衰退へ向かうアメリカ その(1) 大統領演説と「丘の上の町」の続きです。

前回の記事では、17世紀の清教徒ジョン・ウィンスロップによる「全ての人々の目が注がれる丘の上の町」、ジョン・F・ケネディとロナルド・レーガンによって引用された「輝ける丘の上の町」、そして、今年1月オバマ大統領の一般教書演説で使われた「世界の光」という言葉を紹介しました。これらは、アメリカ建国の精神であり、「進歩と自由と民主主義」の象徴として現代に生き続ける国民的信仰とも言えるものだということを述べました。

筆者は、オバマ大統領が使った「世界の光」という言葉に強く引っかかっています。今日アメリカは様々な国内・外交問題を抱えています。景気回復の兆しはあるものの高い失業率と過去最大の財政赤字、中国やインドなど新興国の台頭、中東・アラブ地域における民主化の動き・・・覇権国アメリカの地位を揺るがすような大きな変動が、今まさに起きています。そんな中、オバマ大統領はアメリカが「世界の光」であり続けられるかどうかは、我々の手にかかっている、つまり、いわゆるねじれ状態の連邦議会にあって、どこまで民主・共和両党が協力して法案を通過させ、政策を実行し、苦難を乗り越えていくことができるかにかかっていると言っているのです。

「世界の光」という言葉は、いったいどのような意図をもって使われたのでしょうか?世界最強の大国の地位を保ち続けるということなのでしょうか?今回は、アメリカがどのような方向に向かおうとしているのか、どのような政策を実行しようとしているのかを探ってみました。具体的には、オバマ大統領の一般教書演説で掲げられた政策目標(オバマ政策)と、その実行のため予算が、現在連邦議会で議論が進行中の2012年度連邦予算案にどのように反映されているのかを中心に見ていきたいと思います。

🎨現代版スプートニク
オバマ大統領は、一般教書演説の中で、冷戦時代の敵は旧ソビエトだったが、今日の敵は中国やインドなどの新興国であり、これまでのやり方では競争に勝てなくなってきているとして、アメリカの経済大国としての地位が揺るがされている現状に大きな危機感を示しました。そして、“ゲームの途中でルールがすっかり変更になって戸惑っている”多くのアメリカ人に対し、歴史を振り返り、アメリカはこれまでも数々の困難を乗り越え未来を切り開いてきたという精神を説いています。

そこで取り上げられたのが、約半世紀前、旧ソビエトがスプートニクという名の世界初の人工衛星の打ち上げに成功し、宇宙開発競争で宿敵に遅れをとった苦い出来事です。当時、NASAはまだ立ち上げられておらず、どうやってソビエトに追いつき追い越すか、暗中模索でした。当時のケネディ大統領は、「10年以内に人類初の月面着陸を成功させる」という大目標を掲げ、宇宙開発事業の国家的プロジェクトを立ち上げ、その研究と技術開発に大規模な投資を行いました。

その結果、アメリカは旧ソビエトを凌ぎ、1969年〜1972年の6回のミッションで人類初の月面着陸に成功し、大目標を達成したのです。そればかりではなく、そのプロジェクトは新たな大規模産業と多大なる雇用をももたらしました。オバマ大統領は、新興国と経済大国の座を争う現在の状況を、かつての宇宙開発競争に例えて、現在我々は「現代版スプートニクの瞬間」にいると述べたのです。

オバマ大統領のスピーチは、アメリカ国民に今一度「建国の精神」を呼び起こさせて勇気づけ、共にがんばって自らの手で将来を勝ち取ろうという、いかにも一国のリーダーらしいメッセージでした。では、現代版スプートニクの瞬間にいるアメリカに課せられた課題とはいったいなんでしょうか?いわゆるオバマ政策は、演説中の次の一文に凝縮されていました。

We need to out-innovate, out-educate, and out-build the rest of the world. 
我々は、革新競争に勝ち、教育で勝ち、建設競争で世界に勝ち抜いていかねばならない。


すなわち、オバマ政策とは、
•  クリーンエネルギー分野の技術革新
•  教育改革
•  道路整備や鉄道建設事業における雇用拡大

の3つを柱とする政策です。その上でオバマ大統領は、Win the Future(未来を勝ち取ろうではないか)という言葉を演説中で11回も使い、これらの政策の実現が、アメリカの再生と輝かしい未来に繋がることを強調しました。

オバマ政策の目玉ともいえる「クリーンエネルギー分野の技術革新」と「道路・鉄道整備事業」とはどんなものか、また、それらが2012年度予算案の中でどのような位置づけとなっているか、以下に簡単にまとめてみました。

🎨クリーンエネルギー分野の技術革新 
オバマ大統領が掲げた「80%をクリーンエネルギーに」 は、2035年までに、国内で消費する電力の80%を太陽光、風力、原子力、天然ガスなどを含むクリーンエネルギーでまかなうという大胆なエネルギー政策です。この実現を目指すため、エネルギー省予算案は、現状より12%増加の295億ドルが提案されました。そのうち、クリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費用には、129億ドルが当てられています。

クリーンエネルギー政策の最大の鍵といわれているのが、「電力貯蓄技術」と「スマートグリッド(費用対効果にも優れた電力の安定供給システム)の開発」で、世界の研究者たちが研究開発に凌ぎをけずっています。オバマ政策には、研究者たちがチームワークで技術革新に取り組めるように、国内のクリーンエネルギー技術開発の「ハブ」(拠点)を、現在の3箇所から6箇所に増やす計画が盛り込まれ、そのための予算として、省全体の予算のうち1億4600億ドルが当てられています(参照)。

エネルギー省では、既にクリーンエネルギーの技術革新のためのハブ構想に既にいくつか着手しています。例えば、ウィスコンシン州マディソンのウィスコンシン大学に設置されたバイオエネルギー研究センターは、政府主導で推進された施設で、ミシガン州やアイオワ州の大学と共同でバイオエネルギー研究が進められています。このような「ハブ」は、電力貯蓄やスマートグリッドの技術革新プロジェクトに、大学だけではなく地元の技術関連企業や国立の研究機関が共同で取り組む大規模な構想で、オバマ大統領は、これを「現代のアポロ計画」と呼んでいます。

また、クリーンエネルギー政策の一環として、原子力発電関連予算を現状の185億ドルから約2倍の360億ドルに引き上げました。連邦政府のローンなどと合わせ、新たな発電所を6〜8基建設することが見込まれています。

🎨百万台の電気自動車
オバマ大統領は、「2015年までにアメリカで世界に先駆け百万台の電気自動車を走らせる」という目標を宣言しました。この目標達成のために提案されたのが、電気自動車を購入すると7500ドルのリベート(払い戻し)が得られる仕組みです。これまでは電気自動車を購入すると税控除が得られる仕組みでしたが、リベートは購入時点で還元されるので、消費者にとってより大きなインセンティブになります。

「2015年までに電気自動車百万台」は、現実的には様々な面でハードルは高いのが現状です。例えば、価格面でハイブリッドのプリウスが23,000ドルに対して、電気自動車のVolt(GM)は40,280ドル、Leaf(日産)は32,780ドルです。アメリカにおける電気自動車市場は昨年スタートしたばかりで、合計で700台あまりを販売したに過ぎません。

オバマ政権は、これまでも電気自動車の研究開発・製造・市場整備に意欲的に取り組み、財政投入と共に燃費基準の引き上げなどの改革を行ってきました。2009年から施行されている景気刺激策にも具体的な支援が含まれています。例えば、全国3箇所の電気自動車製造工場の建設費として24億ドルを貸し付け、電気自動車用バッテリーやモーターなどの部品の複数の製造工場に計20億ドルを交付してきました。これらの工場では、今年度中に5万個、2014年までには50万個のバッテリーの製造を予定しています。

また、7500ドルのリベートのほかに、自治体へのインセンティブとして、電気自動車の利用を促進する30都市に対し、都市整備やパワーステーション拡充のための補助として各1000万ドル、計3億ドルを支給することも計画されています。

クリーンエネルギー政策への重点的な財政投入に当たり、エネルギー省予算案では、その財源として、これまで続けてきた石油産業界への462億ドルに上る税優遇措置の廃止、無駄の削減、費用対効果の薄い政府の助成金制度などの廃止を提案しています。しかし、共和党を中心に、「石油会社への税優遇措置を廃止すると、ガソリン価格に跳ね上がって消費者の首を絞めることとなる」などとしてこの措置に反対しています。

🎨道路・鉄道整備事業による雇用拡大
さて、もう一つのオバマ政権の目玉政策が、道路や鉄道などの整備事業、つまり公共事業による雇用の拡大です。オバマ大統領は、「将来を勝ち取る」ためには、文字通り「アメリカを建て直さなければならない」と訴えました。つまり、アメリカ経済を立て直すためには、人やモノや情報の移動のための最速で最も安全な手段―つまり高速鉄道や高速インターネットが必要だというわけです。ヨーロッパ諸国や中国では世界最速・最新の鉄道建設が進む中、アメリカでは修理や整備の遅延が続く高速道路や橋、不便極まりない鉄道システムには何十年も手が入っていない状態です。しかも、建設業に従事する人々の4分の一が失業しているのが現状です。

オバマ大統領は、壊れかけた道路や橋を修復する仕事にもっと多くの人々を雇い、給与や民間投資を保証するなど、アメリカの衰退した建設業界に数千数万規模の雇用を生み出す21世紀型公共事業を倍増していく事を明言しました。更に、今後25年間で、80%のアメリカ人が高速鉄道を利用できるようにするという目標も掲げました。

そのために、道路・橋・公共交通機関および鉄道の整備事業に、6年計画で総額5560億ドルという過去最大の予算が提案されました。通常、国土交通整備事業は5年計画で予算が組まれ実施されますが、前回の予算(5年間で2850億ドル)が2009年で期限切れとなって以来、長期計画の予算は承認されてきませんでした。新たな6年計画では、初年度の2012年度に1280億ドルが見込まれ、州や自治体に配分して、すぐにも建設事業に着手できるように計画されています。530億ドルは高速鉄道の建設、また、300億ドルは交通整備事業銀行の設立基金に当てられ、高速鉄道建設事業に民間の投資家を呼び込む考えです。

🎨「アポロ計画」に匹敵する国家プロジェクト?
さて、オバマ政策の目玉である「クリーンエネルギーの技術革新」と「道路・鉄道整備事業」、そしてそこに投入された予算案をごく大雑把に見てみました。しかし、これら何億ドルという数字だけ見てみても、この財政投入額が果たして妥当なものなのか、多いのか少ないのか、筆者には分かりかねます。

例えば、クリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費用129億ドルというのは、果たしてクリーンエネルギー分野でグローバル競争に勝つために、十分な投資額なのでしょうか?また、1280億ドルの公共事業投資は、十分な雇用を確保し、アメリカ経済を立て直し経済大国の地位を保っていくために妥当な額なのでしょうか?また、これらの予算は、連邦予算全体から見て、どのくらいの割合を占めるものなのでしょうか?

そこで筆者は、オバマ政策とその予算案がどの程度の規模なのかを把握するために、過去の国家的プロジェクトへの投資額と簡単な比較をしてみました。敵に遅れをとり「現代版スプートニクの瞬間」にいるアメリカが、これから世界を相手を勝ち抜いていくための投資という筋書きにおいて、一つの指標となるのが、他でもないオバマ大統領が持ち出したNASAによる国家的プロジェクト「アポロ計画」です。

NASAは、1961−1972年の宇宙開発事業アポロ計画に総額250億ドル、2007年のドル価値に換算すると1360億ドルを費やしました。3万4000人のNASA職員に加え、関連企業や大学研究機関からの37万5000人に及ぶ人々が雇用される巨大プロジェクトでした。1966年のNASA全体の年間予算は最高額の59億3300万ドル(現在の価値で321億ドル)に達し、この年の連邦予算の4.41%という驚異的な割合を占めました。ただし、NASAが連邦予算の2%以上を費やしたのは1963年から69年までの7年間で、月面着陸成功以降は、対連邦予算比は僅かずつ減り続け、2000年以降は0.6−0.7%前後を推移してきました。2006年度の予算は151億ドル、対連邦予算比では0.57%とアポロ計画以降最小を記録しました(参照)。

さて、2012年度の連邦予算総額(オバマ予算案)は3兆7750億ドルです。ですから、エネルギー省全体の予算案295億ドルは、連邦予算全体の0.78%、クリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費予算案129億ドルは全体の0.34%ということになります。この投資額を大きいと見るか小さいと見るか。国家的プロジェクトと銘打っておきながら、あまり大きな額ではないのではないか、という印象があるかも知れません。しかし、先ほどのアポロ計画との比較では、NASA全体の予算が2000年以降は0.6−0.7%前後だったことを加味すると、クリーンエネルギーの新プロジェクトにかける予算配分はそれほど小さくはないのかもしれません。

一方、公共事業費のための予算案1280億ドルは、連邦予算総額の3.39%に当たり、これはかなりの巨額といえます。数字だけ比較すれば、1960年代半ばの最盛期のNASA最盛期の予算に匹敵する額です。アポロ計画は12年間で1360億ドル(2007年のドル価値換算)を費やしていますから、6年間で1280億ドルはその2倍の額です。国土交通関係の公共事業はもともと巨額の歳出ですが、2012年度予算は、前年の765億ドルに比べても68%増加しており、オバマ政権の強い意気込みが感じられます。

「クリーンエネルギー分野の技術革新」と「道路・鉄道整備事業」にかける予算は、アポロ計画との予算比較において、オバマ大統領自身が言うように「相当額の投資」であり、「アポロ計画」に匹敵する国家的プロジェクトと言ってよいのかもしれません。

🎨過去最大の財政赤字
しかしながら、オバマ大統領の果敢な予算案の前には、過去最大の財政赤字と議会の厚い壁が立ちはだかっています。オバマ予算案では、2012年度の財政赤字は、当初の予想だった1兆4800億ドルを上回る1兆6000億ドルと過去最大に達しています。背景には、昨年12月に期間延長された減税政策により税収増が見込めないこと、失業保険の支給増加や、退職を迎えたベビーブーマー世代の年金や医療が財政を圧迫し始めていることなどが大きな原因としてあります。

オバマ予算案はギリギリまでの歳出削減と一定の増税で、何もしなければ10年後には8兆ドルに膨れ上がる財政赤字を、14%減らすことができるとしています。これにより、来年度の財政赤字は1兆1000億ドルまで削減できるとしていますが、このうち4000億ドルは5年間の「裁量的予算」(この後説明)の削減によるものです。これによって、各種低所得者向け補助制度(約半分の25億ドルに減額)、コミュニティーサービスのための補助金制度(3億ドルの減額)や、州への下水処理・環境・森林事業への補助金カット、農家への助成金カット、大学院生向けローンの利子の増額など、国民の生活に直接影響を及ぼす様々なサービスが減額や廃止に追い込まれています。財政赤字の削減と、財政投資の両方が求められる中、2012年度予算案審議は、極めて難しい折衝となっています。

🎨天下の分かれ目の予算決議
ところで、少し横道にそれますが、アメリカの連邦政府予算の内訳について触れておきます。これを頭に入れておくと、各分野の予算の大きさがより把握しやすくなるかと思います。アメリカの連邦政府予算は大きく「必須予算」「国防予算」「裁量的予算」に分けられますが、総額3兆7750億ドルの内訳は以下のようになっています。

・必須予算(年金、社会保障、国債の利子など)・・・2兆6000億ドル(68.9%)
・国防予算・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7380億ドル(19.5%)
・裁量的予算(必須予算と国防予算を除いた全て)・・・・4370億ドル(11.6%)

必須予算のうち、Entitlement Programと呼ばれる年金・社会保障関連の予算は政府が個人への支払い義務を負うもので、それだけで2兆ドル、連邦予算の約60%を占めており、この部分は基本的に動かすことはできません。国防予算は、本来裁量的予算のうちに入るのですが、安全保障目的という性格上、議論を待たずに他の分野に優先される傾向を持ち、しかもその予算は断トツに大きいのでここではあえて分けました。従って、毎年の予算編成で大統領と議会が増額や減額を検討する余地があるのは、文字どうり「裁量的予算」の部分だけということになります。その額は4370億ドル、割合にして僅か11.6%です。その中に、医療(連邦予算の1.7%)、国土交通(1.6%)、教育(0.98%)、農業(0.52%)、商業、外交、・・・など全ての省庁の予算が含まれています。

大統領が、国家の将来をかけて投資するのに動かせるお金は、3兆7750億ドルの中の僅か11.6パーセント。それも提案をしても、議会で反対されれば妥協せざるを得ないというしくみの中で、一国のリーダーとしてどれだけの交渉や采配ができるかが問われているのです。こうした限られたパイをめぐる折衝という観点から見ると、先ほどの、連邦予算全体の0.34%を占めるクリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費予算案129億ドルや、道路・鉄道整備事業への投資額1280億ドルは、極めて大胆な投資額と言えると思います。

しかし、このオバマ予算案がそのまま議会を通ることはまずほとんどありえないといっていいでしょう。現在、この小さなパイをめぐって、財政赤字削減のための予算カットとオバマ政策への財政投資がせめぎ合い、民主・共和両党が激突する形となっています(共和党は、政府主導の財政投資には強い反対を示しています)。

3月4日の決議までに、各予算について両党の合意形成ができなければ、予算が議会を通過できない可能性が十分にあります。上院下院ともに民主党が多数を占めていた昨年の予算でさえ合意できずに、継続決議という形となりました。もし、決議できない場合は、連邦政府は運営費を失い多くの行政サービスが停止に陥ることになります。

さて、はじめに戻りますが、筆者はオバマ大統領の「世界の光」という言葉に引っかかり、これからアメリカはどんな方向に向かおうとしているのか、そのためにオバマ政権はどんな政策を実行しようとしているのかを見てきました。オバマ政策を一文で言えば、“We need to out-innovate, out-educate, and out-build the rest of the world” でした。予算案の話などは面白くなかったかもしれませんが、いかに感動的なスピーチで国民を励まし、自らの手で未来を勝ち取ろうと鼓舞したところで、予算がつかないことには何も実現しません。どんな政策も予算なしには絵に描いた餅でしかないということです。その意味で、2012年の予算決議は、オバマ政権にとって、そしてアメリカにとって、天下の分かれ目ともいえます。

次回へ続く・・・





posted by Oceanlove at 19:31| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

衰退へ向かうアメリカ その(1)大統領演説と「丘の上の町」


Wee shall be as a Citty upon a Hill, the eies of all people are uppon us” - John Winthrop, “A model of Christian Charity”, 1630.

「我々は、全ての人々の目が注がれる丘の上の町とならなければならない」−ジョン・ウィンスロップによる「キリスト者の慈善の模範」(1630年)より


1月25日、オバマ大統領の一般教書演説が行われました。「予算教書」「大統領経済報告」と合わせて三大教書と呼ばれる一般教書演説は、通常1月の最終火曜日に行われ、連邦議会議員と国民に向けて、国の現状についての大統領の見解や主要な政治課題について伝えるものです。約一時間に及ぶ演説の中で、各政治課題への具体的な提言とともに、時の政権が目指す大きな目標や大局的スロ−ガンが語られます。この、アメリカをどのような方向に導いていくのかという理念や大統領の抱負は、しばしば具体的な政策提言以上に重要でシンボリックな意味をもち、聴衆の耳を引き立てます。

大統領演説では、アメリカ歴代の大統領によって、その時々の時代背景や政治情勢を反映させた歴史に残る名スピーチが行われてきました。その大統領演説の中に、古くは建国の時代から今日に至るまで、脈々と受け継がれてきたものがあります。それが、冒頭のジョン・ウィンスロップによる有名な「全ての人々の目が注がれる丘の上の町」という象徴的なフレーズです。「丘の上の町」は、イギリスにおける国家的宗教弾圧を逃れて新大陸アメリカに渡った清教徒たちがつくろうとしていた「自由で公正な神の国」を表す比喩として用いられています。今回の記事では、「丘の上の町」をテーマに17世紀に遡る清教徒たちの(アメリカ建国以前の)建国の精神が、現代にどのように繋がっているかを見ていこうと思います。

🎨ジョン・ウィンスロップの「丘の上の町」
ジョン・ウィンスロップ(1587−1649年)は、清教徒の牧師で1620年から1640年の間にアメリカにわたったおよそ2万人の一人です。裕福な土地所有者で、初期の植民地マサチューセッツ湾岸州の初代総督に選ばれたのを含め以後も総督に12回選出されるなどリーダーシップを発揮しました。1630年、ウィンスロップは新大陸上陸前のアルベラ号上で「A Model of Christian Charity」と題する説教を行いました。その中で、「我々の目的は、神に対しいっそうの奉仕をし、キリストによる恵みと繁栄が与えられ、キリストによる救いを全うするという神との間の盟約に基づいて、神聖なる共同体を建設することである」と、新大陸における彼ら清教徒のビジョンを明確に述べました。

清教徒たちが求めていたものは、必ずしもイギリスの圧制からの開放だけではないと言われています。(参考:Gavin Finley, John Winthrop and “A City upon A Hill” )。彼らは、イギリスと袂を分かつのではなく、新天地アメリカで本国の手本となるような理想的な教会組織を建設しようとしていました。これによって、腐敗に満ちたイギリス社会を贖い、改革し、どちらの地においても、よきイギリスの復興をかなえることができると考えていたのです。つまり、全ての人々の手本となるような理想的で公正な社会を築くことを目指していたのです。ウィンスロップは、それを「これから築く新しい共同体は、世界中の目が注がれる丘の上の町である」と表現しました。その部分を、以下に引用してみます。(全文はこちらを参照)

wee shall finde that the God of Israell is among us, when tenn of us shall be able to resist a thousand of our enemies, when hee shall make us a prayse and glory, that men shall say of succeeding plantacions: the lord make it like that of New England: for wee must Consider that wee shall be as a Citty upon a Hill, the eies of all people are uppon us.

私たち10名が1000名の敵に対抗するとき、また神が私たちを誉れと栄光のものとし、後に人々がこれから建設される植民地について「主がニューイングランド(新しき英国)の植民地のようにつくられた」と言うようになるとき、イスラエルの神が私たちの間におられることを知るであろう。そのために我々は、全ての人々の目が注がれる「丘の上の町」とならなければならない(筆者仮訳)。


🎨新約聖書に語られる「世の光」
「丘の上の町」は、大元はというと、新約聖書の「マタイによる福音書」に記されたイエス・キリストの言葉です。キリストは、有名な山上の説教で聴衆に対してこう語りました。

You are the light of the world. A city on a hill cannot be hidden. Matthew 5:14
あなた方は世の光である。山の上にある町は隠れることができない。−新約聖書「マタイによる福音書」5章14節

キリストの言葉は以下のように続きます。
また、ともし火をともして升の下に置くものはいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のもの全てを照らすのである。そのようにあなた方の光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなた方の立派な行いを見て、あなた方の天の父をあがめるようになるためである。」

ここには、世に暗闇があること、キリストの教えにそぐわない行いをしている人々がまわりにいることが示唆され、「あなたが光となって立派な行いをしなさい。山の上にある町には、人々の目が注がれていて逃げ隠れすることはできないのだから、他の人々の手本になるような生き方をしなさい」と語っていると解釈できます。

ウィンスロップの時代の暗闇とは、イギリスの圧制であり社会の廃退であり宗教弾圧でした。だからこそ、自分たちが世の光となり、新しい土地で真に神聖で公正なる神の国、すなわち「山の上の町」をつくり、全ての人々の手本となって神の栄光を世に示そうとしたのです。ここに示された清教徒たちの信仰は、犯した罪と、キリストによる罪の贖(あがな)いと、神の国の栄光、というキリスト教の真髄とも言えるものでした。

🎨現代アメリカにおける「丘の上の町」
ウィンスロップにとっての「丘の上の町」は、こうした絶対的なキリスト教信仰に基づいた「神聖な神の国」でした。しかし、独立戦争以降20世紀にかけて、「丘の上の町」というフレーズは次第に宗教的概念から解き放たれ、より普遍的な「アメリカ建国の精神」に引き上げられていきました。つまり、「丘の上の町」は、「神聖な神の国」から「進歩と自由と民主主義の理想的国家」へと呼び名を変え、しかもただの「丘の上の町」ではなく「輝ける丘の上の町」へと進化し、アメリカという国家の象徴、国民的信仰とも呼べるべきものとなっていったのです。

ウィンスロップの説教から400年近い年月を経た今日も、清教徒たちの目指した建国の理想は、アメリカ社会に生き続け、社会を動かす大きな原動力となっています。連邦政府や州の議会から、各種メディアから、キリスト教会の壇上から・・・政治の様々な舞台で、清教徒たちが目指していたものと同様のビジョンを持つ人々の声が響き続けています。ウィンスロップの「丘の上の町」のフレーズは、歴史に残る大統領演説にも繰り返し引用されてきました。

例えば、1961年1月9日、大統領選挙で勝利したジョン・F・ケネディは、就任前の演説で次のように述べています。

Today the eyes of all people are truly upon us−and our governments, in every branch, at every level, national, state and local, must be as a city upon a hill ‐constructed and inhabited by men aware of their great trust and their great responsibilities. For we are setting out upon a voyage in 1961 no less hazardous than that undertaken by the Arbella in 1630.

今日、全ての人々の目はまさに私たちに注がれている。政府の全ての機関は、連邦、州、各自治体の全てのレベルにおいて「丘の上の町」とならなければならない。その町を構成しそこに住む者は、大いなる信頼と大いなる責任を備えていなければならない。なぜなら、我々が船出しようとする1961年の航海は、かつてのアルベラ号(ウィンスロップが乗っていた船)による1630年の航海に劣らない厳しいものだからである(筆者仮訳)。


また、1989年1月、ロナルド・レーガンは、大統領として最後の演説で、こう語っています。

I've spoken of the shining city all my political life, but I don't know if I ever quite communicated what I saw when I said it. But in my mind it was a tall proud city built on rocks stronger than oceans, wind-swept, God-blessed, and teeming with people of all kinds living in harmony and peace, a city with free ports that hummed with commerce and creativity, and if there had to be city walls, the walls had doors and the doors were open to anyone with the will and the heart to get here.

And how stands the city on this winter night? More prosperous, more secure, and happier than it was 8 years ago. But more than that: After 200 years, two centuries, she still stands strong and true on the granite ridge, and her glow has held steady no matter what storm. And she's still a beacon, still a magnet for all who must have freedom, for all the pilgrims from all the lost places who are hurtling through the darkness, toward home.(スピーチ全文はこちらを参照)

「輝ける(丘の上の)町」について、私は政治家として生涯にわたり語ってきたが、私が見たものは何だったか果たしてしっかりと伝えることができただろうか。私の心の中に見たそれは、海の荒々しい波にも吹きすさぶ風にも揺るがない堅固な岩の上に建てられた堂々とそびえ立つ町である。その町は神に祝福され、あらゆる人々が調和を保って平和に暮らしている。町の開かれた港は貿易や創造的な活動で賑わい、もし町に塀に囲まれているのならその塀には門があり、その門は入る意思と希望を持った者にならば誰にでも開かれている。

この冬の今宵、その町はどのように立っているだろうか。8年前より豊かで、安全で、幸福である。それ以上に、(独立から)200年、2世紀のを経た今も、この国は力強く真に堅固な岩の上に立ち、そしていかなる嵐の中にあっても町は輝き続けている。そして、この町は今も自由を求める人々の灯台であり、失われた場所の暗闇の中から安住の地を求める全ての旅人たちを惹きつけてやまないのである(筆者仮訳)。


🎨オバマ大統領の「世の光」
そして、2011年1月25日、オバマ大統領の一般教書演説の中にも、国民的信仰の最新バージョンが盛り込まれていました。「輝ける丘の上の町」の代わりに、「世界の光」“Light to the World”という言葉が用いられていました。演説の導入部では、共和党が下院で多数を占める難しい状況にあることを踏まえ、次のように切り出しています。

今夜ここに集まった民主・共和両党議員の間に意見の対立があることは明らかである。論戦では、それぞれの主張を訴えて激しく戦ってきた。それは、良きことである。活力ある民主主義そのものであり、それこそアメリカが他国と異なるところである。

しかし、タクソンの悲劇(今年1月8日、アリゾナ州タクソンで起きた銃撃事件)に、我々は考えさせられている。政治討論の熱戦や嫌悪の真っ最中にあって、誰でも、どこの出身であろうと、我々は党派の違いや政治的信条の違いを超えた偉大なるものの一部なのだということを、タクソンは思い出させてくれている。我々はみなアメリカン・ファミリーの一部だ。我々は、この国には様々な人種、信仰、価値観が共存しながらも、人々が一つに結ばれていること、共通の希望と信条を持っていること、あのタクソンの少女(銃撃で犠牲になった9歳の少女)が抱いていた夢は我々の子供たちが描いている夢と大きく違わないこと、そして、全ての人々にチャンスが与えられるべきことを信じている。それもまた、アメリカが他の国と異なるところである(筆者要約)。


そして、現在アメリカが直面している大きな困難に立ち向かっていくためには、党派を超えた協力が必要であり、それが有権者から託された責務であると述べました。その上で、アメリカが「世界の光」であり続けられるかどうかが私たちの手にかかっている、と続けました。この部分の英文を引用してみます。

“New laws will only pass with support from Democrats and Republicans. We will move forward together, or not at all -- for the challenges we face are bigger than party, and bigger than politics.” “At stake is whether new jobs and industries take root in this country, or somewhere else. It's whether the hard work and industry of our people is rewarded. It's whether we sustain the leadership that has made America not just a place on a map, but the light to the world.”

「民主・共和両党の協力がなければいかなる新しい法案も通りません。この国が前進できるかどうかは、両党が共に協力できるかどうかにかかっています。我々が直面している試練は、党利や政治的駆け引きを超えた大きなものなのです。」「アメリカに新たな雇用や産業がこの国に根付くのか、それとも国外に流出してしまうのか。働く人々の一生懸命さや勤勉さが報われるか否か。そして、アメリカが世界のリーダーシップを摂り続け、単なる地図上の国でなく、「世界の光」であり続けられるかどうか、そのすべてが我々の手にかかっているのです。」(筆者仮訳)



さて、オバマ大統領が使った「世界の光」のという言葉。これまでにも政治の舞台で引用されてきた「丘の上の町」や「輝ける灯台」といった国民的信仰や伝統のようなものを継承したセリフだと、受け止めればそれで済むのかもしれません。しかし、現在の世界情勢の中で、アメリカがどのような位置に立っているかを考えたとき、「世界の光」という表現はふさわしいでしょうか?そこだけ何か浮いてしまったような、決まりの悪い印象を受けたのは筆者だけでしょうか?次回の記事では、オバマ大統領の抱負と政権が直面する課題について、詳しく見ていきたいと思います。
posted by Oceanlove at 04:26| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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