前回の記事で、1%の人々に富が集中していることへの不満と抗議の運動であるウォール街占拠とその背景について述べました。この先に広がっているのは、1%の彼らがその財力で何人の連邦議員を確保できるかという問題、つまり、経済における支配の問題ではなく、政治における支配の問題です。ここからは、アメリカにおける金と政治権力の関係について、解説していきます。
まず上位1%の特権階級による政治支配の目的は何かと言えば、自分達の利益や富を維持・拡大するための政策を実行することであり、彼らは、そのための税制改革や、自由貿易推進といった政策の実行に尽力してくれる議員に対し、政治献金を提供します。選挙に多額の資金を要するアメリカでは、政治家は多くの献金に頼らなければ当選できません。したがって、献金を受けた政治家は、選挙区の住民の意思ではなく、献金を提供してくれた個人・企業・団体の意志を反映させた政策を実行することになります。
ハーバード大学ロースクール教授で、政治と金の問題に厳しい発言で知られるローレンス・レーシッグ氏は、アメリカ政界における金の影響力について、示唆に富んだ発言を行っています。
「選挙に最高額を貢献したものが一番の力を持つということは、暗黙の了解となっている」
「われわれの議会を構成する議員は、30〜70%の時間を再選のための資金集めに費やしている。そして、ますます政治献金に頼るようになってきている。」
「もし、一部人間たちだけでなく、全ての有権者が何らかの方法で資金協力をすることで、選挙資金を賄えるようなシステムがあったとしたら、巨大な影響力を持つ人物や団体から解き放たれた自立した議会を臨むことができるだろう。」(10月22日NPRニュースより)
はっきりしていることは、アメリカでは政治が金によって動かされていること、そして、政治への金の影響力を排除しなければ、国民の声を政治に反映する真の民主主義は実現できないことを、当の政治家たちも自認しているということです。
レーシッグ教授は、個人献金の最高額を提供できるドナーというのは人口の約0.05%でしかなく、したがってウォール街占拠運動のスローガンは、99%の庶民ではなく、「99.95%の庶民」と言い換えなければならないと言い切っています。金の大きさが言論の自由の大きさとなり、金のない人の言論の自由はあってないに等しい、それが現在のアメリカの姿です。
🎨アメリカにおける政治献金規制の歩み
では、アメリカでは政治資金はどのように扱われ、どのような規制が敷かれているのでしょうか?
アメリカにおける政治資金規正の試みが始まったのは1800年代にさかのぼりますが、はじめての全国規模の法令が適用されたのは1972年の連邦選挙運動法です。1974年には、連邦選挙委員会が設立され、個人・企業・団体からの献金額の上限が1000ドル程度と定められ、献金の情報開示が義務づけられました。この連邦選挙運動法によって管理された政治献金はハードマネーと呼ばれます。
しかし、これとは別に、アメリカには政治資金を調達するための仕組みが存在してきました。PAC(Political Action Committee)と呼ばれる、企業や労働組合、ロビーグループなどが作る政治献金組織です。規模は様々ですが、大小合わせて4千から5千にも上るとされています。PACは、連邦選挙運動法によって、合法的に献金を集め、それぞれのPACが理念や政策を共有する政治家たちに対して献金を行っています。例えば、銃業界のPACには「全米ライフル協会」というのがあり、武器メーカーから潤沢に資金提供を受けています。そして、合衆国憲法修正条項第2条に定められた「武器を所持する権利」を保護するために、銃規制に反対する議員に対し政治献金を行っています。
PACから候補者への直接献金は一回の選挙あたり5000ドルと一定の上限はあるものの、PACが独自に行う間接的な政治活動やテレビ広告は、定められた条件(「〇〇候補に投票しよう」などの表現を使わない、など)を満たしている限り、規制の対象になってきませんでした。したがって、企業や団体はPACを通すことで、特定の候補者の選挙運動を、法に抵触せずに金銭的に支援することが可能なのです。こちらの政治献金をソフトマネーといい、これがアメリカにおける政治献金の抜け道となっています。(Wikipedia: Political Action Committee)
ハードマネーとソフトマネー。法の規制をくぐってほぼ無制限の政治献金ができる制度のおかげで、巨額の選挙費用が賄われるなど、政治に対する金の影響力は強まり、金権政治の横行は常態化していきます。
ハードマネー関する規制では過去10年ほどの間に、興味深い動きがありました。きっかけは2001年、大手エネルギー会社のエンロンが巨額の不正経理・不正取引により破綻した事件です。エンロンの不透明な政治献金の流れは政治スキャンダルとして大きく騒がれ、同社から巨額の政治献金を受けていたブッシュ前大統領に対する批判が沸き起こります。
政治献金規制を強化する機運がいよいよ高まり、2002年、共和党マケイン議員と民主党のファインゴールド議員が超党派で推し進めていた選挙資金改革法、「マケイン・ファインゴールド法」が成立しました。これによって、個人を除く、企業・団体からの政党への献金が全面的に禁止されたのです。その代わりに、候補者や議員に対する直接的な個人献金は認められ、その上限は一回の選挙あたり2400ドルに引き上げられ、州や選挙区の党支部への献金の上限は1万ドルと定められました。
これらの規制が及んだのはハードマネーのみですが、少なくとも、企業・団体献金による直接献金は違法となり、個人の政治献金も連邦選挙委員会の下に厳しく管理されることとなったのです。
ところが、2010年1月、政治と金の問題をめぐるある判決がアメリカ国内を騒然とさせました。
連邦最高裁判所が、企業・団体の政治献金を禁じた「マケイン・ファインゴールド法」は違憲であるする判決を下したのです。この判決の基になったのは、「政治資金の提供は、政治的言論の自由の一形態として、合衆国憲法修正1条が保障している表現の自由の問題として保護されるべきだ」という考え方です。政治資金の提供を規制することは、企業の表現権の侵害であると判断され、これまで個人にしか認められていなかった「表現の自由」が、企業にも認められることとなったのです。これにより、これまでも行われていたPACを通じた政治献金(ソフトマネー)と共に、企業・団体からの特定の政治家への献金(ハードマネー)が可能となり、企業・団体は複数のルートから事実上ほぼ無制限に政治献金を提供することが可能になったのでした。この判決は、いわば、アメリカ政治が企業・団体に乗っ取られた瞬間でした。
🎨ノースカロライナの衝撃
さて、話は、この最高裁判決から一年を待たずに行われた2010年の中間選挙に移ります。これまで圧倒的な民主党の基盤だったノースカロライナ州で、共和党が大躍進し、州議会の過半数を獲得するという衝撃的なニュースが流れていました。2011年10月、雑誌「The New Yorker」に掲載された記事「State For Sale」を、以下にご紹介します。(筆者要約)
選挙期間中、州議会上院議員を3期務めていた民主党保守派のジョン・スノウ議員は、過去に例を見ないネガティブキャンペーンの嵐に巻き込まれました。対戦相手は、ティーパーティーの支援を受けた共和党のジム・デイビス候補です。デイビス候補は新人で政治経験も浅く、当初スノウ議員の勝利は確実視されていました。ところが、ふたを開けてみると、デイビス陣営にはどこからか底なしの選挙資金が注ぎ込まれ、テレビコマーシャルや郵便物などあらゆる広告を利用して、スノウ氏のこれまでの政治活動の揚げ足を取るようなネガティブキャンペーン(相手を中傷する選挙広告)が繰り広げられたのです。
例えば、スノウ氏は2009年に州議会で人種差別禁止法案に賛成票を投じていました。この新法は、判決が陪審員の犯人への人種差別意識によって左右されたと認められた場合には、裁判官が死刑判決を再考することを可能にする法律です。死刑判決において、人種間の著しい不公平な現状を改善するための州法でした。しかし、これに賛成したことを逆手に取られ、ネガティブキャンペーンでは、「スノウ候補のおかげで、もうすぐ死刑囚が解き放たれるであろう」というメッセージが、黒人犯人の顔写真入でばら撒かれたのでした。
事実の歪曲や意図的に誤解を生ませるような中傷攻撃が容赦なく続き、選挙結果は200票の僅差でスノウ氏の敗北に終わりました。選挙後の調査で、ある二つの政治団体が、州議会の一選挙区を争うキャンペーンとは思えない額の数十万ドルの広告費を注ぎ込んでいたことが分かりました。この政治団体とは、地元の企業オーナー・資産家のアート・ポープ氏の出資で設立されたPAC(政治献金組織)、「Real Job NC」と「Civitas Action」です。ポープ氏からデイビス陣営への政治献金は、州が規定する個人献金の限度額4000ドルのハードマネーのほかに、ポープ氏所有の複数の系列企業から、合計で20万ドル(約1400万円)におよぶソフトマネーが「Real Job NC」を通して提供されていました。デイビス候補を支援するこれらの団体は、テレビ広告などで徹底的なネガ・キャンを張り、スノウ候補を敗北に追い込んだのです。
ポープ系列PACのネガキャンの標的となって議席を落とした候補者は他にも多数いました。地元弁護士で選挙改革に積極的だったクリス・ヘガティー氏、7年間州議会下院議員を務め上院議員を目指していたマーガレット・ディクソン元議員など、地元のコミュニティーやビジネスの支援を受けていた民主党候補たちが軒並み落選しました。
最終的に、2010年のノースカロライナ州議会選挙では、ポープ攻撃の対象となった22選挙区のうち、18区で共和党候補が勝利し、1870年以来初めて、州議会上・下両院で共和党が与野党が逆転を成し遂げたのでした。ポープ系列の企業・団体がこの選挙で費やした資金は、総額220万ドル(1億5400万円)に上りました。敗れたクリス・ヘガティー氏は、「個人の資金力がこれほど巨大化することは脅威だ。ノースカロライナの政治は金で買われている」とコメントを残しています。
🎨スーパーPACの出現
このような現象はノースカロライナに限ったことではありませんでした。企業・団体の政治献金を認めるれ連邦最高裁判決後の初の選挙となった2010年の中間選挙では、財力を持った人物や大企業をバックにした候補が、潤沢な資金でテレビコマーシャルを駆使し、選挙を有利に戦うという選挙戦が、アメリカ全土で繰り広げられました。
政治献金は選挙の勝敗を左右しますが、同時に当選した議員の投票行動をも巧みに左右します。選出区の有権者の代表のはずの議員が、しばしば地元の有権者の意向と異なる投票行動をするのはなぜか。その背景にある驚くべき現実に注目してみたいと思います。
それは、議員が受け取っている政治献金総額に占める、出身州の選出区以外の大企業や有力なドナーなどから受け取っている献金の割合の高さです。各議員がどのようなタイミングで、個人、企業、各種団体などのドナーからどれだけの政治献金を受け取っているかは、情報開示義務によって、有権者である国民につまびらかにされています。ある政治系シンクタンクによると、連邦議会下院議員では、選出区外から受け取った献金の献金総額に対する割合は、平均で79%に上っています。中には9割以上の献金を選挙区外のドナーに頼っている議員もいます。
例えば、債務上限問題で赤字削減策をまとめるスーパーコミッティーのメンバーである、カリフォルニア州選出の民主党下院議員ザビア・ベセラ氏と、ミシガン州選出の共和党下院議員デイブ・ケンプ氏が2009〜2011年の2年間に受け取った献金について見ました。
ザビア・ベセラ議員 (参照)
• 総額 147万589ドル
• 選挙区外のドナーからの献金額 144万3998ドル(99.1%)
• 内およそ3分の1の54万ドルは、ワシントンDCを拠点とするドナーからの献金
デイブ・キャンプ議員 (参照)
• 総額 389万7600ドル
• 選挙区外のドナーからの献金額 169万3038ドル(94%)
多くの議員たちが受け取っている選挙区外・州外からの政治献金の多くは、政治献金組織PACから提供されています。すでに述べたように、PACは大小あわせて数千もありますが、例の2010年の判決の後、複数のPACが寄り集まった組織、「スーパーPAC」なる巨大組織が出現し始めました。個人、企業、団体等からの無制限の献金を集め、それぞれの理念や利益を追求するために働いてくれる議員たちに無制限の支援活動を行っているのです。現在84のスーパーPACが存在し、2010年度には総額6500万ドルの活動費を支出しています。
例えば、ワシントンDCに拠点を置くスーパーPAC「Club for Growth Action」。もともとは1999年に結成された保守系PACでしたが、現在では527の関連組織・団体が結集し、減税、小さな政府、歳出削減、自由貿易などを政策目標に掲げ、保守派議員の活動を全面的に支援しています。2010−11年度にはおよそ500万ドル(約4億円)を集め、そのうちおよそ500万ドルを選挙キャンペーンに費やしました。(Club for Growth Action Independent Expenditures)
守系の組織ばかりではありません。やはりワシントンDCに本部のある「NEA Advocacy Fund」は、National Education Association(全米教育協会)を母体とした労働組合・リベラル系のスーパーPACです。2010年には、420万ドルの献金を集め、教育費の削減や教員数の削減を阻止するためのキャンペーン活動を展開しています。(NEA Advocacy Fund Independent Expenditures)
特記すべきは、支出の内訳です。「Club for Growth Action」では、共和党保守系議員への支援キャンペーンは59万ドル(全体の約12%)に留まり、対立する民主党候補へのネガティブキャンペーンには410万ドル(約82%)が使われました。「NEA Advocacy Fund」の支出は、民主党議員への支援キャンペーンはわずか1000ドルに対し、ほぼ全額の419万9000ドルが共和党議員へのネガティブキャンペーンに支出されています。(参照)
ノースカロライナの例のように、2010年の中間選挙で当選を果たした共和党の新人議員たちの多くは、ネガキャンの嵐の中、ティーパーティー運動の波に乗って浮上してきました。その全米各地のティーパーティー運動の資金源となっているのも、無数の地元の保守系PACであり、そして各地のPACが緩やかに繋がって最強の力を持つようになったスーパーPACなのです。
テキサス州ワコのティーパーティーの代表であるトビー・マリー・ウォーカ氏が、興味深い発言をしています。「選挙区以外または州外から提供される寄付金の限度額を定める法律などできれば、選挙において地元の有権者の意思がより反映されるであろう。」(NPRニュース)
小さな政府を目指し容赦のない戦略展開を見せているティーパーティーでさえも、政治に及ぼされる金の影響力について懸念を持っているとは、なんとも皮肉なものです。
🎨アメリカ政治の真の支配者
「政治献金は、政治的な言論の自由の一形態」であるとし、企業にも政治献金の権利を認めた最高裁判決は、このスーパーPACを誕生させ、アメリカの民主主義を根底から崩壊させ始めています。議員たちはもはや、選挙区の有権者の代表などではなく、選挙区から何百、何千マイルも遠く離れたワシントンDCで、法の抜け道すら探すことなく公明正大に金をばら撒き采配を揮う、スーパーPACのロボットと化しているのです。
2012年の大統領選の予備選がいよいよ熱を帯びてきました。それぞれの候補者に対し、支持者からの直接の政治献金(ハードマネー)と共に、スーパーPACを通じて個人、企業、団体から選挙資金(ソフトマネー)が続々と集められています。
共和党大統領有力候補の一人ミット・ロムニー候補のもとには、2011年の第二期(3ヶ月間)に、50名の大口ドナーから、まずは個人献金の上限である一人2500ドル、計12万5千ドルが寄せられました。この50名は、ロムニー候補のスーパーPACである「Restore Our Future」を通じて、さらに一人あたり10万ドル〜100万ドル、総額640万ドルもの献金をしています。オバマ大統領も例外ではありません。再選を目指すオバマ陣営のスーパーPAC「Priorities USA Action」には、同時期に9名の大口ドナーから260万ドルの選挙資金が集められました。この資金こそが大統領選の行方をも決定していくのです。("We are the 99%," but the 1% Buy Elections, Reports Show)
「アメリカ政治の真の支配者とは?」という問いの答えは、スーパーPACを通して大口献金をすることができ、巨額の資金で醜悪極まりないネガキャンを張り、選挙キャンペーンを背後から操作している人々であり、政治献金で議員の投票行動を思うままにコントロールするスーパーPACとそのドナーたちであるといえるでしょう。彼らはみな、そのような形で政治を操る仕組みを勝ち取ったまさに所得上位1%、いえ、0.05%の一握りのアメリカ人たちなのです。
一見、自由や平等や民主主義が当然と思われている今日のアメリカ。しかし、現実はアメリカ政治は金で買われており、アメリカの民主主義はうわべだけのものに過ぎない・・・。富の集中する1%による経済と政治の支配の現実を日の下に晒し、差別と不公平に怒りの声をぶつけるウォール街占拠運動。クリスマスも、年が明けても続ける覚悟だという彼らの運動は、2012年、どのような形になっていくのでしょうか。