2012年04月20日

アメリカの医療政策−代替医療をめぐる政治的攻防

前回の記事「米大統領予備選−ロン・ポールの目指す医療政策」では、共和党予備選候補者のロン・ポール氏が提唱する医療政策について、「マネージドケアの功罪」という側面から取り上げました。マネージドケアの現場では、医療に関する様々な駆け引きが、保険会社、医療機関、医師、連邦政府、そして法律をコントロールする連邦議員など、複数のステークホルダーたちによって行われており、そして、その駆け引きをめぐっては、各ステークホルダーを代表するロビイストたちが奔走していることに触れました。

今回と次回の二度にわたるブログでは、医師であり、リバタリアン思想を持つ政治家ポール氏の掲げる医療政策について、「アメリカにおける代替医療の現状」、「製薬業界とサプリメント業界の攻防」、そして、「医療ロビー活動がもたらす影響力」をテーマに、さらに踏み込んでいきたいと思います。まずは、過去に行われたポール氏の演説から見てみましょう。

We dont have enough competition. There is a doctor monopoly out there. We need alternative health care freely available to the people. They ought to be able to make their own choices and not controlled by the FDA preventing them to use some of the medications.

Source: 2007 GOP Presidential Forum at Morgan State University , Sep 27, 2007

(医療に)十分な自由競争がないのです。医療は独占市場になってしまっています。しかし、例えば代替治療も患者に自由に提供されるべきなのです。患者は薬や治療法について、様々な選択肢の中から自ら選べるべきであり、FDAによってその選択肢をコントロールされるべきではないのです。(筆者仮訳)

You don’t have to throw anybody out in the street, but long term you have move toward the marketplace. You cannot expect socialized medicine of the Hillary brand to work. And you cant expect the managed care system that we have today to work, because it promotes and rewards the corporations. It is the drug companies & the HMOs & even the AMA that lobbies us for this managed care, and that is why the prices are high. It is only in medicine that technology has raised prices rather than lowering prices.   

Source: 2007 GOP primary debate in Orlando, Florida, Oct 21, 2007

 今すぐ既存の医療システムを放棄して患者を見放せといっているわけではありませんが、長期的には医療を自由市場へと移行するべきです。ヒラリー議員が提唱したような公的皆保険制度は機能しないでしょう。また、現状のマネージドケア医療も機能していません。なぜなら、企業が儲かる仕組みになっているからです。製薬会社やHMO(マネージドケア組織)やアメリカ医師会までが、マネージドケア医療の維持のためにロビー活動をしているのです。だから医療費が高くなるのです。技術革新と共に価格競争が行われないのは医療だけです。(筆者仮訳)


アートアメリカにおける代替医療について
このスピーチに集約されているポイントの一つは、代替医療(
Alternative Medicine) または補完代替医療(Complementary and Alternative Medicine)の選択が患者に広く提供されていない状況への危惧と批判です。

代替医療とは、西洋医学に基づいた医療(以下、通常医療)の代わりに、あるいは通常医療と補完的に用いられる医療のことです。代替医療と一言で言いますが、東洋医学やアーユルベーダのようにきちんとした理論体系があり実践の歴史と伝統がある医療、カイロプラクティックや鍼灸のような身体の一部を介する手技的療法、サプリメントやハーブなどの薬草を用いる民間療法など、いくつかに分類されています。

これらの代替医療は、健康増進、特定の疾患の予防や治療に効果があるとされ、近年その恩恵が知られるようになって来ました。
アメリカでは、1980年代後半ごろから一部の層(特に高学歴、高収入、知識人層など)を中心に、健康志向が高まり、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸、漢方薬、ハーブ薬など(以後総じてサプリメント)による民間療法が、健康増進のみならず、特定の疾患の予防や治療に効果的であるという、代替医療への関心が高まっていきました。サプリメントを含む健康食品市場は、1992年から1998年の間に15%の成長をみせるなど、急激に拡大していきました。

しかし、アメリカではこれらの代替医療は、通常医療との共存というよりは通常医療に「対抗する」もの、時に通常医療のあり方を批判し、「通常医療のあり方を見直していこうとする医療」として捉えられる傾向があります。

逆に、西洋医学の立場からは、代替医療は科学的根拠に乏しく、医学的効果が証明されていない不確かな方法だとして、通常医療への影響を歓迎しない、もしくはできるだけ排除しようとする傾向があり、両者は科学的な見地から対立軸の中に置かれてきました。サプリメントの疾患予防や治療効果についても、医学界においては“根拠に基づいた医療(
Evidence-Based Medicine)”によって認知されていません。代替医療は、日常の医療の中に取り入れられてはおらず、医療現場でも代替医療が患者への治療の選択肢として提供されることはまずありません。

診療の現場では、例えば、食生活を改善し、サプリメントや適切な自然薬を使用しながら病気の根本原因を取り去り回復を試みるという方法は取られずに、健康保険が下りる医薬品がすぐさま処方されるのが日常の光景となっています。そして、患者側も、他に代替医療という選択肢があるかもしれないことをよく知りませんから、処方薬を服用するのが当然と思ってしまっています。また医療保険の適用は、西洋医学における診療と治療に基づいているため、サプリメントを含め、これらの代替医療による治療のほとんどが保険の適用外とされています(カイロプラクティックは、近年、保険プランによって選択できるようになってきています)。

アートHealth Freedom-医療の自由を求める運動
しかし1990年代以降、通常医療と代替医療の攻防は、科学的な見地のみならず、むしろ政治的な見地からも激しさを増してきました。その先駆けともなったのが、1992年に設置された国立衛生研究所(NIHNational Institute of Health)の国立補完代替医療センター(NCCAMNational Center for Complementary and Alternative Medicineです。

民主党上院議員トム・ハーキン氏の強力なリーダーシップのもとに実現した代替医療センターは、当初年200万ドルの予算がつけられ、
NIH
が管轄する27の専門研究機関のひとつとして、アメリカにおける代替医療研究と教育の中核となりました。代替医療センターのミッションは、「厳密な科学的研究により代替医療の有効性と安全性を検証し、健康増進とよりよき医療のため、代替医療の役割を定義付けること」と謳われています。

なぜ、これが政治的攻防の先駆けともなったかというと、NIHという最も権威あるアメリカ政府の医療研究機関に、代替医療センターが設けられたことで、代替医療が“科学的研究”を通して通常医療の聖域に公明正大に食い込んでいくことを可能にすると同時に、代替医療やサプリメントを推進するHealth Freedom Movementを強力に後押ししていったからです。Health Freedom Movementとは、サプリメントの恩恵を享受する自由、必要なサプリメントを自由に入手する権利、そして自分の健康や病気の治療に関して、通常医療だけでなく、代替医療を含めたあらゆる可能性を追求する自由を求めて広がった市民運動です。

Health Freedom Movement による政治的働きかけやロビー活動の成果を反映し、代替医療センターの年間予算は年々増加していきました。1998年には、代替医療センターは、全米の研究機関と連携し研究予算を提供するなど、アメリカにおける代替医療に関する研究を全て統括するため、予算枠を5000万ドルへと拡大し、さらに2009年には1億2200万ドルまで増加していきました。代替医療に関する研究は、NIHNational Cancer Institute(国立がん研究所)でも行われ、独自に1億2200万ドルの予算を持っていますから、NIHの年間予算290億ドルのうち、およそ1%に当たる3億ドル弱が代替医療分野の研究に当てられていることになります。

アート製薬業界とサプリメント業界の攻防
このHealth Freedom Movementが背景にあるものとして見逃せないのが、医薬品市場に割って入ろうとするサプリメント業界と、既存の認可医薬品市場を守ろうとする製薬業界による政治的攻防です。90年代のサプリメント産業の急速な市場拡大の契機ともなったのは、1994年、クリントン政権時代に制定された「栄養補助食品健康教育法」(DSHEADietary Supplement Health and Education Act of 1994) (以下、略称でサプリメント法)です。それまでにもサプリメントは市場に出回っていましたが、その効用の表示や過大広告をめぐり、規制に乗り出す米食品医薬品局(
FDA)と、消費者世論の摩擦が長年続いていました。

この法律により、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸、ハーブなどの植物は、Dietary Supplement、いわゆるサプリメントとして定義され、医薬品としてではなく食品として区分されました。通常の医薬品はFDAの厳格な基準を満たし承認されなければ販売はできないのに対し、サプリメントは医薬品ではないのでその基準を満たさずとも、一定のプロセスを踏むことで販売が可能になりました。一定のプロセスとは、製造者が、かかるサプリメントの原材料や成分内容、人体に無害であること、製造過程で安全性が保たれていること等の報告とともに、FDAに販売許可の申請・審査を経ること等で、90日後には販売が可能となります。通常の医薬品の承認に際して義務付けられる治療効果を立証する臨床試験データや、副作用に関するデータ等の提出は義務付けられていません。

ただし、これらのサプリメントの販売は、個々のサプリメントが「病気を治療する」「予防する」と直接的な宣伝をしないことが条件となりました。つまり、この法律(DSHEA)は、サプリメントの効用について直接表示しない限り、監督省庁であるFDAの監視を最小限に留め、自由に市場に流通させることを可能にしたのです。ただし、かかるサプリメントがもたらしうる効果を間接的に宣伝することは許されています。例えば、「グルコサミンは関節炎に効きます」ではなく、「グルコサミンは関節の健康な機能をサポートします」といった文句です。(参照 Wikipedia: Dietary Supplement) 

サプリメント法(DSHEA)を契機として、一般の消費者は、健康維持や特定の疾患予防や治療に役立つと考えられるサプリメントを、自由に入手することができるようになりました。その種類も豊富になり、今日アメリカの市場に出回っている製品は実に56,000種類に上ります。サプリメント市場は急激に拡大し、年6%近い成長を続け、現在では250億ドル規模の産業に成長しました。アメリカ全体の経済成長率は(景気が急落した2008年から2010年を除いても)せいぜい年2〜3%台を推移していますが、サプリメント産業の成長率は2011〜15年にかけては9%前後の成長を続けるであろうと予測されています。サプリメント産業はこれまで製薬会社が独占していた健康・医療関連商品市場の一角を取り崩し始めたのです。

しかし、サプリメント法(DSHEA)によるサプリメントの自由化、サプリメント市場の急成長には、様々な波紋も投げかけられています。医薬品と異なり、サプリメントの製造業者には、試験データに基づいたサプリメントの有効性や安全性の立証責任が定められていません。また、品質が一元的に管理されていないことから、従来よりその安全性や製品ごとの有効成分のばらつきなども指摘されてきました。

有効性が疑わしいサプリメントがあった場合には、それらを市場から撤去するためには、実際にそれらのサプリメントのリスクを実害を基に立証しなければなりません。しかし、その立証責任は製造者にはなく、FDAの責務とされることが法に定められています。これまでに、実際に市場から撤去させられたサプリメントはたった一種類に過ぎません(*)。サプリメント(DSHEA)は、サプリメント業界の強力なロビー活動の影響をうけて成立していることもあり、サプリメント業界にとって有利な面のある法律となっています。
Ephedra
(麻黄)が、2004年に販売禁止されました。

しかし、この法律のおかげで、効果の立証されていない、品質の保証のないサプリメントが市場に出回り消費者を困惑させているという批判は、主に製薬業界から根強く、品質の保証問題は、製薬業界がサプリメント業界にダメージを与えるための格好の材料となってきました。科学的とはいえない方法でサプリメントの効果を否定したり、サプリメントのリスクをむやみに強調して消費者の購買意欲を削ぐようなネガティブ・キャンペーンが張られたりしてきました。

アート実は、
Win-Winの産物だったサプリメント法(DSHEA
しかし、このサプリメント法(
DSHEA)は、必ずしもサプリメント業界にとってのみ有利で、製薬業界にとって不利な法律というわけではなかったのです。むしろ、恩恵があったとも言えるくらいです。それはなぜかと言うと・・・。

ひとつの医薬品を世に送り出すまでには、開発、製品化、数々の臨床試験を通って承認されるまで、通常10年程度の長い年月がかかります。一万種もの化合物が特定疾患の処方薬の候補となり、研究開発され最終的に承認されて商品化されるのはたった一つという、極めて狭き門です。しかも、承認されても採算が取れる売り上げが見込める医薬品は20のうち3つといわれています。ひとつの新薬の開発にかかるコストは、およそ13億ドルと見積もられています。アメリカでは、過去10年間にFDAに承認された新薬は、年平均で23種類でした。

製薬会社は、新薬が商標登録されると、一定期間(約20年)はブランド薬として独占的に販売することができます。この期間は、ジェネリックと呼ばれる同成分・同効果のノーブランドの医薬品は市場参入できませんので、この間に、製薬会社は、開発コストを回収しさらに、それを上回る利益を上げようとする、そういった仕組みになっています。

さて、先に述べた1994年のサプリメント法(DSHEA)は、病気の予防や治療に利くという表記をしないという条件付ではありましたが、サプリメントの自由化をもたらしまし、それは、一見サプリメント業界のロビー活動の勝利であったかに見えます。しかし、それは同時に、製薬業界にとってもまた大きな意義のある法律でもあったのです。つまり、上記のような、長く厳しいプロセスを通って
FDAに承認される医薬品を扱う製薬業界にとって、サプリメントが特定の疾患予防や治療に利くという宣伝を禁じられる条件は、“サプリメントも医薬品と同列”という意識を消費者に植え付けることを回避するうえで極めて重要だったのです。

わざわざ医者に行かなくても、ドラッグストアでサプリメントを買えばいい、という意識が患者(消費者)に広まってしまったら、医薬品の販売にとって大打撃となります。ですから、サプリメント法(DSHEA)は、サプリメントの自由化を計るサプリメント業界と、これまでの医薬品の聖域を守りたい製薬業界との間の、ある意味Win-Winの関係、別の言い方をすれば交換条件での決着だったと受け止めることができます。

しかし、これで、両者の攻防に決着がついたわけではありません。そもそも、年間の売り上げ2890億ドルを誇る製薬業界に比べて、サプリメント業界は250億ドルと産業規模は比べ物になりません。いくら代替医療やサプリメントなどへの関心が高まっているとはいえ、このような関心を持つ層というのは人口全体から見ればまだ少数派で、サプリメント業界が製薬業界を脅かす、というような状態にあるわけではありません。大多数の人々にとっては通常医療が医療であり、サプリメントなど他の方法による病気の予防や治療が選択肢としてあるという認識は、一般には広まっていないのが現状です。

製薬会社にとっては、この現状が続くことが望ましい状態であるということなのでしょうが、医療の自由やサプリメントの自由−
Health Freedom-を追求する人々は、サプリメント法(DSHEA)は一つの通過点だと見ているようです。サプリメント商品のラベルに病気の予防・治療効果を表記することが禁じられている現状が、正しい知識の広まりを阻んでいるとし、サプリメント法の改革を視野に入れた次なるHealth Freedom Movement はすでに始まっています。次回は、製薬業界とサプリメント業界の攻防の行方、そして、医療分野におけるロビー活動の影響力について考察していきます。

次回につづく・・・



posted by Oceanlove at 14:24| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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