2010年03月12日

子育てに必要な十分条件 その(3) キャリアウーマンの子育て回帰現象とワーク・ライフ・バランス

この記事は、「子育てに必要な十分条件」4回シリーズ、

・アメリカの育児事情に見る、子育てに必要な「十分条件」
・十分条件 その(1) 父親が育児をシェアすること
・十分条件 その(2) 相互扶助のパワーと子育て支援
に続く、最終回です。

キャリアウーマンの子育て回帰現象
厚生労働省の調査によると、6歳未満の子供を持つ母親の就業率は、日本では35.5%に対し、アメリカでは51.5%とかなりの開きがあります。残念ながら、日本では、再就職が難しい、残業のある正規雇用で働くのはきつい、夫からのサポートが得られない、パートに留めたいなどの理由から、子育てをしながら仕事をする女性は少ないのが現状です。この数字のように、アメリカでは、出産後も子育てをしながらバリバリと仕事を続ける女性が多いと思われがちなのですが・・・最近はちょっと違った新しい傾向も見られるのです。

それは、90年代以降、キャリアウーマンの子育てへの回帰現象が始まったことです。この傾向は、主に30歳以上の高学歴・高キャリアの女性に多いのですが、出産を機に仕事を少なくとも一定期間中断し、育児に専念する母親が増えてきたのです。その後、完全なフルタイムマザーとして子供や地域のためのボランティアに活躍する女性、子育てをしながらパートタイムで仕事に復帰したり自宅で出来る仕事を始める女性、キャリアチェンジのための資格を取る女性など、仕事と家庭のバランスを求めて様々なライフコースを歩むようになってきています。

2005年に行われたエール大学卒業生の追跡調査によると、20代のうちはキャリア志向に男女の差が見られませんでしたが、子育て真っ盛りの40代になると、キャリアを継続していた卒業生は男性で90%に対し、女性は56%に減少しています。また、2001年のハーバード大学卒業生を対象とした同様の調査でも、卒業から10〜20年後、31%の女性はパートタイムか契約社員となり、31%は全く働いていないという結果がでています。

全米トップクラスの大学の卒業生は、それぞれの道でリーダーシップをとり将来のアメリカ社会を担っていくことが期待される中、その半数を占める女性たちが家庭に入り子育てをするという傾向があることに危機感さえ持たれ始めています。男女共学のために力を注いできたハーバード大学のマーリン・マクグラス教授は、「女性にも教育や雇用の門戸を均等に開く努力を続けてきた結果、社会は今そこからどんなリターンを期待できるのか」と疑問を投げかけます。

1970年代くらいの女性は、「女は家庭」という古い概念を打ち破るために、男性と対等かそれ以上にがむしゃらに働いて社会進出の道を切り開いてきました。一方で、子供を産み育てるという仕事を犠牲にせざるを得ず、子供を産まない選択をしたり、産んでもすぐに保育所に預けて職場復帰を果たしてきたわけです。この年代の女性たちからすると、今の若い世代の女性たちがキャリアを捨てて子育てに専念したいと考えることに驚きや戸惑いがあるようです。

しかし、今の30〜40代の女性にしてみれば、キャリアを培っていく環境はすでに整えられており、子供を産み育てることを犠牲にしてまで働きたくない、と考えるのも不思議ではありません。そこには、当然子供とのかけがえのない時間を大切にしたいという思い、仕事は他人に代わってもらえるけれど、自分の他に母親の代わりはいないという気持ちもあります。女性の社会進出の影で見過ごされてきた子育ての価値や意義が再び見直され、少なくとも乳幼児期の一定期間は保育所に預けるのではなく、自分の手で育てることを望むようになってきたというわけです。今の若い世代は、古い価値観や外からのプレッシャーではなく、自分の意思で子育ての選択ができるという恵まれた状況にあるわけです。

ワーク・ライフ・バランスの企業努力
もちろん、育児でキャリアを中断した後に仕事に復帰するというのは、決して容易なことではありません。しかし、十分条件その(1)の「男性が育児をシェアすること」の中で触れた「ワーク・ライフ・バランス」の広まりによって、様々な雇用形態のあり方が可能となってきており、多くの女性たちが、クリエイティブな発想で仕事と家庭のバランスをよりよく保ちながら働く道を模索しています。

前に述べましたが、アメリカには出産・子育てに特化した休暇制度や公的な支援はありません。また、ワーク・ライフ・バランスの奨励も、法律によって義務化されているものではなく、あくまで企業努力です。しかし、ある調査では勤務形態の融通が利かない場合は、離職・転職をしたいと考える女性が64%を占めるという数字が出ています。このような傾向からも、ワーク・ライフ・バランスを奨励するプログラムを導入することは、出産後の女性の離職を防いだり、優秀で意欲的な人材の雇用を安定的に確保し、業務効率の向上を図ることができる点で、企業にとってもプラスになると考えらるようになってきています。

ワーク・ライフ・バランスを重視した企業の前向きな努力としては、Flexible Work Arrangement (以下、フレックス制と呼びます)の導入が挙げられます。フレックス制の下で、出勤・退社時間が調整できる、勤務時間を短縮(それに応じて給料は削減)できる、子育て中の従業員への手当てを出すなど、子育て中の女性(および男性)にとって働きやすい環境が整備されつつあります。

アメリカ労働省統計局の調査によると、フレックス制を利用している女性の正規雇用労働者は26.7%です。年齢別では25〜34歳(27.7%)、35〜44歳(28.1%)などとなっています。女性全体では、4人に一人程度とそれ程高い数字ではありませんが、職種別では、コンピューター関連(48.5%)、コミュニティーサービス(39.8%)、広告・マスコミ関係(37.0%)などと、フレックス制が利用しやすい職種も増えています。男女共に、プロフェッショナルと呼ばれる専門性の高い職種ほど、比較的自由な勤務が可能な傾向があるようです。

また、子育て中の従業員への手当てを出す企業もあります。例えば、1989年にBank of Americaが導入した「チャイルド・ケア・プラス」というプログラムでは、年収3万ドル以下の対象従業員に対し、子供一人当たり週35ドルを上乗せします。その結果、導入前と比較して対象者グループの離職率は半減したため、このプログラムを年収6万ドル以下の従業員にまで拡大し、かつ、子供の学校でのボランティアのための週に2時間の有給休暇制度の導入しました。

ワーク・ライフ・バランスを実践する女性たち
「子育て回帰」「職場復帰」「ワーク・ライフ・バランス」。私の周りには、この三つのキーワードに当てはまる女性たちが大勢います。専門職を持っていてもいなくても、出産を期に仕事を止め、数年後パートタイムで職場復帰したり、在宅勤務の形をとったり、新たな学位を取り直してキャリアチェンジする母親たちです。もちろん、その多くは学歴があり、経済的にも比較的恵まれた階層であることも事実です。また、仕事を止めた後、夫一人の収入で一家の生計が一定期間成り立っていることが条件ともなります。一方で、所得レベルが低く、夫婦二人の収入がないとやっていけない人々、育児に専念したくても出来ない人々が大勢いることも確かです。しかし、あえてこの「キャリア女性の子育て回帰」という現象を取り上げたのは、この層の人々はいろんな意味でアメリカ社会をリードし活性化しており、注目に値すると考えるからです。では、実際に私の周りにいる女性たちを数人ご紹介しましょう。

リサ。2人の小学生の母親です。応用化学の博士号を持ち、出産までは製薬メーカーで開発研究の仕事に携わっていました。二人の子供の出産を期に仕事をやめ、4年間ほど育児に専念した後、地元のコミュニティーカレッジで非常勤講師となり、化学の講座を教えています。講義は週3日午前中のみで、午後は子供たちを学校に迎えに行き、家で過ごす時間を確保しています。講義の準備などの仕事は家で出来るため、家事や子育てとのバランスを保つことができます。また、地域の母子ネットワーク活動にも積極的に参加し、リーダーシップを発揮しています。

ローリー。小学生から高校生まで3人の子供を持つ母親で、建築関係の会社のオフィスマネージャーです。忙しい夏場はフルタイムですが、朝7時前に出勤し午後4時に退社するフレックス制を利用しており、4時以降は子供の宿題、クラブ活動のサポートや送り迎え、すべて子供のために当てます。冬場は金曜日がオフの週4日勤務になり、クリスマスの時期は子供の学校の冬休みに合わせて2週間ほどのまとまった休暇をとることが出来ます。

クリスティン。やはり小学生から高校生まで3人の母親です。一番下の子供が小学校に入った頃から、所属する大規模なキリスト教会の教育部門のディレクターとして、週3回勤務を始めました。日曜日には朝から夕方まで計3回行われる礼拝の準備をする仕事です。現在は新たに教育学の学位をとるために、仕事の合間をぬって大学の通信講座で勉強しています。さらに、ボランティアで学校のバレーボールティームのコーチをしたり、ガールスカウトの指導もするなど、常に精力的です。

ジョアンナ。2人の子供の母親です。教員資格をもち、子供が小さいうちは、代用教員(欠勤先生の代わり)としてパートタイムで仕事をしていました。下の子供が幼稚園に入ったのを機に、看護士にキャリアチェンジするため大学の看護学科に入学しました。午前中に授業を受け、午後は子供たちの宿題や習い事などの世話をし、レポートは夜遅くまでかかって仕上げるといいます。それでも、週一回の学校でのボランティアは欠かしません。3年間の課程を終え資格を取ったら、小児科の看護士になり、取りあえずは子供が学校に行っている時間のパートタイムで働くつもりだそうです。

子育ても仕事も、納得できるやり方で・・・
いずれも、自分のキャリアは一時中断して、子育てという「仕事」を第一優先にし、そして現在ワーク・ライフ・バランスを成功させている女性たちです。彼女らの成功のカギは、(日本に比べ)労働時間が短く勤務形態に柔軟性があること、父親が子育てをシェアすること、子供や地域のための相互扶助活でよりよい子育て環境を作り出していること、この3点でであろうと思います。
つまり、ここまで3回に分けて分析してきた子育てに必要な十分条件:

・十分条件 その(1) 父親が育児をシェアすること
・十分条件 その(2) 相互扶助のパワーと子育て支援
・十分条件 その(3) キャリアウーマンの子育て回帰現象とワーク・ライフ・バランス

これらの条件は、それぞれが単独で機能しているわけではなく、むしろ3つの条件が重なり合ってあって、相乗効果を発揮していると言えるでしょう。ある意味、現代のアメリカ女性たちはより贅沢になってきているのかもしれません。でも、それゆえに、母親たちはエネルギッシュで生き生きとし、それに続く若い女性たちも希望を持って子供を産み、希望を持って仕事を続けることができるのだと思います。アメリカの子育て中の親たちがパワフルで、子育てにまつわる話に悲壮感がないことを、お解かりいただけたでしょうか? 

もちろん、アメリカでも、すべてが上手くいっているというわけではありません。今回は取り上げませんでしたが、子育てや教育をめぐる社会問題はたくさんあります。しかし、それでもなお、社会全体を前進させている人々のエネルギーというか、底力のようなものがあるのを感じるのです。これらの「十分条件」から、日本が見習うべきことはたくさんあるのではないでしょうか。



posted by Oceanlove at 15:50| 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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