「アメリカに急拡大するティーパーティー運動」
「アメリカに急拡大するティーパーティー運動 その(2)」
「高まるオバマ政権への批判−オバマ支持者たちはどこへ?−」
に続く最終記事です。
オバマの反論と忍耐論
そんな中で、オバマ大統領が、国民に向かって繰り返して訴えていることは、「大統領就任時に引き継いだのは、ブッシュ時代に膨らんだ1兆3千億ドルの財政赤字、泥沼のイラク戦争、世界的不況という負の遺産である」ということです。つまり、今ある財政赤字はオバマ政権が生んだものではなく、最悪の経済状況の中、これだけの負の遺産を元手に国家運営をするのだから、物事を好転させるまでには時間がかかる、もっと忍耐が必要である、ということを訴えているわけです。さらには、「人種差別や過激な人々の発言は、対話を阻害し、民主主義や自由の精神と逆行する。泥仕合はやめて、国のために一丸となって政策を実現していかなければならない」とも述べています(Obama defends priorities, makes plea for civility)。それはもっともだと思う読者の皆さんも多いのではないでしょうか。
つまり、こういうことです。予算を増やさずに、景気対策も、医療制度改革も実現することはできない。予算を増やせば財政赤字の膨張を批判されることになるが、批判は承知の上で、公約に掲げたことを一つ一つ実現していかなくてはならない。すべての人のニーズを満たすことなどできはしないのだから、限りある財と選択肢の中で、優先順位をつけ、システムの効率化を計りながら、一つ一つ対処するしかない。自分たちが選んだオバマ大統領を信頼して、もう少し長期的な視点で政策の実現を見守っていくべきではないか、と。
私個人としては、これは極めて論理的で冷静な態度に見えます。しかし、そのような目でオバマ大統領を支援し続けているアメリカ人は、いったいどれほどいるのでしょうか。私が見る限り、その様な「忍耐をもって見守る」という捉え方や見方は、アメリカという国ではあまり一般的ではないという気がします。。「忍耐を持って見守る」という状況は、日本ではよく遭遇することですし、一般に肯定的に受け止められる姿勢でしょう。しかし、アメリカでは「忍耐を持って見守る姿勢」は、「問題があるのに我慢するだけで解決に乗り出さない消極的な姿勢」とみなされることが往々にしてあります。積極でないものの見方はあまり魅力的ではなく、ニュース性もなく、ニュースで取り上げられないことは広まらないので世論の主流にはなっていきません。ゆえに、忍耐を持ってオバマ氏を見守りたいというアメリカ人がいたとしても、表面的にはわからず、その声はかき消されてしまっているというのが現状です。
ちなみに、なぜ、「忍耐を持って見守る」という姿勢がなぜ一般的でないかというと、これはあくまで私的な意見ですが、アメリカは、「忍耐」ということにあまり価値を置く国ではないからです。誤解を招く言い方かもしれませんが、政治問題に限らず、日常的・個人的なレベルでも、「不満があっても忍耐する」よりも「自分の意見を堂々と言う」「個人の自由を尊重する」といったことに重きが置かれているという実感があるからです。現状の問題点に対して意見を言い合ったり、その解決のために積極的に行動したりすることが求められる一方、「厳しい状況でも忍耐力と地道な努力で乗り越える」という選択肢はあまり人気がないようです。
有権者心理を利用する政治の駆け引き
これは、アメリカ社会の特徴というより、現代社会の特徴のひとつかもしれませんが、人々は欲しいものはすぐに手に入れたいし、我慢しながらただ待っているなどというのは嫌なわけです。政治の世界でも、同じことです。政権や党の支持率などは、せっかちな有権者の欲望をどれだけすばやく満たせるか、あるいは、満たされていない有権者たちをどのような甘い言葉で勧誘できるかに大きくかかっていると言えます。政治家たちは常に、有権者たちを納得させ喜ばせることが必要で、困難な政策でも、支持者たちの“Patience“つまり忍耐の尾が切れる前に、回答を出すことが情け容赦なく求められているのです。
4年に一度の大統領選挙と、その中間で行われる中間選挙のタイムラインは設定されています。中間選挙での勝敗は、政権一年目でどれだけの結果が出せるか、つまり、どれだけ有権者たちを満足させられるかにかかっています。アメリカン・ポリティクスはその意味で大変シビアです。アメリカの2大政党政治における優劣は、極論すれば、そのような有権者心理を巧みに利用し、メディアを総動員して世論を形成することにかかっているといっても過言ではないでしょう。
返り咲くサラ・ペイリンと中間選挙を見据えた攻防さて、その政治の駆け引きは、早くも今年11月の中間選挙が焦点となっています。中でも最も注目を集めている人物の一人が、前アラスカ州知事で2008年選挙の副大統領候補だったサラ・ペイリンです。共和党が敗れた後、しばらく沈黙していたペイリンですが、ティーパーティー運動の波に乗るように、政治の表舞台に返り咲こうとしています。中間選挙の共和党候補者の応援で各地を駆け回り、行く先々で何千人もの聴衆を集め集会を開いています。
今年4月7日、最も名の知れた共和党女性議員二人が、ミネソタ州ミネアポリスで開かれた大規模な集会に姿を現しました。ミシェル・バックマン(ミネソタ州下院議員、3選を目指す)とサラ・ペイリンです。共に知名度のある共和党のセレブ的存在なだけあって、数千人の聴衆が会場に詰めかけました。二人は、ティーパーティーの組織からも絶大な支持を得ています。集会では、核軍縮や非核化を推進する外交政策や、拘束したテロリストに「ミランダの権利(事件の容疑者に、黙秘権や弁護士と話す権利について伝えること)」を適用することなどの批判を連ね、オバマ政権を軟弱だと徹底攻撃しました。「オバマ政権は一期で終わる。次期大統領には、最も勇敢で、憲法を遵守する保守派の史上最強の大統領を選出する。」といった強気の発言に、聴衆は歓喜の声を挙げています。この夜に開かれたパーティーでは150万ドルを集めたそうです。
集まる群集を前に、様々な政策に莫大な国家予算をつぎ込むオバマ政策を批判し、有権者たちの不満をあぶりだします。「我々のものは、我々のもの。政府には、個人の財を税という形で取り上げて貧しいものに与える権利はない。公平や平等という言葉は、社会主義と同格である。オバマの目指しているものは、社会主義だ」「だから、オバマ政権を打倒しよう、みなで力をあわせて戦おう」と。
そしてせっかちな有権者たちに、「共和党が政権を取れば、あなたたちの不満は解消されるでしょう。そして、あなたたちの欲しいものが手に入る(すなわち政策が実現する)でしょう」と訴えているのです。巨大メディアとティーパーティーを巻き込み、有権者たちの不満を共和党支持のエネルギーに変換・拡大する作業、いわゆる選挙キャンペーンが、今まさに進行中です。2年ほど前、不満を抱えた有権者たちがオバマ支持の草の根キャンペーンで熱狂していたのと全く同じ構図です。
オバマ大統領は有権者の忍耐を引き出せるか
ワシントンポスト紙のコラムニスト、デイビッド・ブローダーは、「オバマ政権の進める改革のスピードに天運がかかっている」と書いています( Obama and the challenge of slow change。
「欲しいものはすぐに手に入れなければ満足できないこの国と人々の風潮の中で、結果を出すまでに時間のかかる政治手法は、受け入れがたい面がある」と。以下、要約です。
「大統領が、自身の任期を越えた長期的なビジョンで政策を実行していることは賛成だが、それらが実現する以前に、有権者の支持離れが広がり政権を維持できなくなる恐れがある」
「もし、世論の不満がさらに募り、共和党の逆襲を助け、中間選挙で予想以上の敗北となれば、医療制度改革にしても外交問題にしても、見直しや廃止を迫られることになるだろう。」
「しかし、オバマ大統領は、(子供程度の我慢しかできない)有権者を速やかに喜ばす政策を善しとしないのなら、彼らに大人並みの我慢強さを植え付けるような努力も怠ってはならない。」
政策実現のスピードが、2大政党間の綱引きの材料として使われるアメリカン・ポリティクス。中間選挙まであと5ヶ月。共和党はどこまで優勢に立ち、オバマ民主党はどこまで有権者を引き止められるか、予断を許さないといった雰囲気です。
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