2010年10月10日

尖閣諸島と日本の安全保障


9月8日、尖閣諸島付近の海域で、中国漁船と日本の海上保安庁の巡視船が衝突した事件は、中国人船長が沖縄検察庁に拘束され、その後処分保留のまま釈放という経過をたどりました。菅政権の不能さと日本の安全保障について憂うことを、整理してまとめてみました。

🎨 事件のいきさつ
まず、大雑把ないきさつですが、日本政府は、尖閣諸島には領有権問題は存在しないという立場で、日本の領海内で起きた事件について、日本の法律に基づいて粛々と対応するという発言を繰り返してきました。前原外務大臣は、「尖閣諸島は日本の領土。主権をしっかり守っていく」として、衝突の様子を撮影した海上保安庁のビデオ内容を根拠に「中国漁船がかじをきって体当たりしてきた。公務執行妨害での逮捕は当然だ」と語るなど、毅然とした態度を見せていました。

しかし、中国人船長を逮捕という日本の行動は、中国の猛反発を引き起こしました。船長を釈放せよとの要求に留まらず、閣僚級の接触禁止、政府の国際会議参加を取り止め、文化交流の中止など、事は急激に二国間問題に進展しました。温家宝首相は「不法拘束中の中国人船長を即時・無条件で釈放することを日本側に求める」「釈放しなければ、中国はさらなる対抗措置を取る用意がある。その結果についてすべての責任は日本側が負わなければならない」とも発言し、レアアースの日本への輸出停止やフジタの社員3人の拘束など、複数の報復措置を取るにまで至りました。

そして、9月23日、両国間の対立が激しさを増す中、那覇地検は逮捕した船長を「日中関係への配慮」を理由に、処分保留のまま釈放しました。これに対し、与野党内から「日本は圧力に簡単に屈することを対外的に示してしまった」「拘留された日本人の身柄の安全や経済へのダメージを避けるためには仕方ない」「釈放は司法の独立した判断だとは誰も思わない」・・・などと喧々諤々の議論が飛び交いました。一般世論も「中国とはなんという横暴な国だ」「ごねた者勝ちという感じで悔しい」「日中関係を悪化させたくないので釈放も仕方ない」などと、一般市民の中国への反感も急激に高まっています。

小川敏夫法務副大臣は、「刑事訴訟法248条により、検察官は様々な状況を勘案して(処分を)決定する。社会に起きている事象もすべて判断したうえで、検察も判断する」「検察の捜査は政治が主導するものではない。捜査は独立している」と、検察への政治介入を否定すると同時に、釈放の判断には問題がないとしました。(9月28日 読売)。

しかし、地検の釈放判断に、政治介入が全くなかったというのなら、釈放の理由として「日中関係への配慮」という文句を使ったのは非常に紛らわしく、政治家の判断が影響したと誤解を受けても仕方ありません。しかし、小川法務大臣の言うように、「検察も社会状況を勘案して判断する」というのよしとするならば、日本の法を犯す者がいても、状況次第で逮捕されたりされなかったり、起訴されたりされなかったりすることがあるということを公言しているわけで、法治国家の呈をなしていません。

🎨 尖閣諸島に領土問題は存在する
尖閣諸島について、日本政府は「日本固有の領土だ」として、領土問題は存在しないという立場に立っています。しかし、「わが国固有」とはどういうことでしょうか。いったい歴史のどの時点での認識をもってわが国の領土だと主張するのでしょうか。マスコミなどでは、その根拠として挙げられるだけのものを挙げて正当化しようとし、領土問題の検証をする姿勢は見られません。根拠として一番重要視されているのが、沖縄がアメリカ占領下にあったときは沖縄の一部として認められていたのだから、そのまま日本に返還されたので当然日本の領土だという、アメリカを後ろ盾にした根拠です。

もともとは、尖閣諸島というのは、中国名を釣魚諸島といい、古くは明の時代から中国領だったものを、明治時代の天皇制日本政府が台湾侵略の足がかりとして狙ったものです。日本の領有が記録されるのは、日清戦争の勝利後、日本が沖縄県所轄に組み入れたときです。ただし、これは講和条約に含まれていたわけではなく、日本が勝手に閣議決定したものでした。その後、日中戦争時に日本が台湾の一部として占領しました。ですから、1945年に日本の敗戦と共に台湾に返還されるべきものだったはずが、アメリカが沖縄県の一部として占領することになったのです(その時点では中国側からは公式には抗議が出ていません)。しかし、1972年の沖縄返還時、尖閣諸島も日本の領土として返還されることを知って初めて、中国はそれはおかしいと抗議したのです。1945年の時点ではほっておいて、天然資源が埋蔵されていることが明らかになったこの頃になって、突然自分たちのものだと主張し始めるなど虫のいい話ですが、尖閣諸島を巡る今日的な領土問題はこの頃発生したと考えていいでしょう。1978年の日中平和友好条約の調印の際は、尖閣諸島の領土問題は解決を次世代に先送りすることで両国が合意しました。1992年には、中国は海洋法を制定し、正式に尖閣を自国の領土だと宣言しています。

これはもう、歴史的経緯や話し合いでどちらかの領土として決着するような問題ではなくなっているというのが現実です。戦中に書かれた文書や新聞記事などをいくらひっくり返して、「ほらここに沖縄の一部だと書いてあるじゃないか、あの時はお前(中国)もそれを認めていたじゃないか」などと言ったところで、どうにもなりません。これは互いに国益にかかわる問題なので、日本政府も中国政府も「自分の領土だ」と永遠に言い張るでしょう。両国政府が、表向きはなんと言おうと、明らかに、尖閣諸島に「領土問題は存在する」のです。

🎨 尖閣諸島問題は、実は中国とアメリカの争い??
ところで、日中戦争時代、尖閣諸島が日本の占領地であったのは日本が力ずくで占領していたからで、その後アメリカの占領下に置かれたのはアメリカが戦勝国であったからですが、ならば中国も戦勝国です。アメリカが尖閣諸島を沖縄の一部として占領する時点で、「元々は中国のものなのだから中国に帰せ」となぜ主張しなかったのでしょうか?このときアメリカが独断で決めたとしたら、これは、日中間の領土問題ではなく、米中間の領土問題です。そして、その後もアメリカは、沖縄を返還するとき、中国の抗議を押し切って、日本に返還をしました。敗戦国日本に返すのか、日本の占領前に遡り台湾あるいは台湾を中国の一部だと主張する中国に返還するのかという争いになってしかるべきだったのが、そうはならず、アメリカは尖閣諸島は日米安全保障条約に含まれる地域として、日本に返還しました。

尖閣諸島に日米安保条約が適用されるかどうかは、2009年の衆議院予算委員会で当時の麻生首相がアメリカに確認すると答弁し、アメリカから「安保適用」との公式見解を受け取っています。(読売新聞 2009年3月9日)。当然、中国は面白くありません。日本は、日米安保を武器に「日本の固有の領土」と主張しているわけですが、もしアメリカの後ろ盾が無ければそれほど強硬に出ることなどできないでしょう。とすれば、これは表面的には日中間の領土争いであるのですが、実はその水面下を探っていくと、尖閣諸島付近の海域、南シナ海、ひいては東アジア・太平洋地域全体を巡る米中間の争いであることが見えてきます。

🎨 日本の国内政治に神経を尖らすアメリカと中国
今回の衝突事件が意味するものは、こうした経緯を念頭に、日中間外交を超えたところを見据えて分析する必要があります。事件は突発的に偶然起こったものではなく、むしろ「起こされたもの」だと考えるべきでしょう。問題は、どちらがどんな意図を持って仕掛けたのかということです。

注目したいのが、衝突事件が起きた時期、9月8日です。民主党党首選が9月1日に告示され、菅さんと小沢さんが激突する選挙戦に突入していました。次期首相がどちらになるかで、日本外交の進路は大きく変わってきます。太平洋を挟んでそそり立つ大国のアメリカと中国にとって、そして日本政府の外交方針を見極めること、日本を自国に有利な方向に引き寄せることは極めて重大な問題です。両国とも、民主党党首選の行方に神経を尖らせていたはずです。アメリカは当然のことながら、菅政権の継続に向けて様々な「働きかけ」と行っていました。では中国はどうでしょうか。

民主党は結成以来、政権交代を視野に入れて中国との戦略的互恵関係の構築に努め、共産党幹部とのパイプも培ってきました。菅さんは国会議員として数十回も訪中しているし、小沢さんにしても幹事長だった2009年12月の600人訪中で胡錦濤国家主席とも会談するなど、親中派であることには変わりはありません。しかし、中国にとって、菅さんと小沢さん、どちらが首相になった方がメリットがあるでしょうか。

菅さんなら、政治主導と口では言いながら実質はこれまでの自民党政治と大きく変わらず、外交や安全保障政策は対米追随主義が継承されるでしょう。一方、小沢さんは、日米関係とと日中関係は辺の長さが同じ二等辺三角形だ、という主張をしてきました。日米同盟は維持しながら、東アジア諸国同盟を構想し、脱対米追随外交を展開することが予測されます。ただし、小沢さんは領土問題をめぐっては、歴代の政権の誰よりも明確な意思表示をしています。例えば、小泉政権時代の2004年3月24日、尖閣諸島の魚釣島に中国人活動家7人が不法上陸したことがあります。しかし、政府の判断で送検はされず、すぐに強制送還となりました。小沢さんはこの時の政府の判断を「事なかれ主義」と批判し、「僕が首相の立場なら、日本の主権を意図的に侵した活動家7人は法律にのっとって適正に処理する。そして、日本の領土である尖閣諸島に海上保安庁の警備基地などを設置して、国家主権の侵害を認めない」と断言しています。

🎨 中国の国家戦略
中国にとってのメリットを考える前に、その背景として確認しておきたいのは、近年の西太平洋沿岸(東シナ海、南シナ海、台湾付近)を巡る米中両国の対立です。中国は、海軍の近代化を推し進め、近海防御型から外洋展開型に移行して海洋権益を拡大しつつあり、今年3月頃からは南シナ海を中国の「核心的利益」と呼び始めています(毎日新聞9月20日)。7月にベトナムのハノイで開催された東南アジア諸国連合(ASEAN)の地域フォーラムで、クリントン米国務長官は「南シナ海の航行の自由は米国の国益であり、軍事的脅威に反対する」と述べています。日本にとっても、その地域はシーレーン(中東からのエネルギー供給路)でと呼ばれ、まさに日本の生命線が脅かされている状況です。

中国の南シナ海展開の背景にあるのは、中国の当面の目標である「台湾併合」を達成するために、この海域におけるアメリカの軍事介入を削ぐことにあります。もし、中国が台湾や周辺の海域を制圧するようなことがあれば(それはすなわちアメリカの敗退を意味するわけですが)、日本はアメリカではなく中国の配下に入れられることになるでしょう。今日明日そんな事態になることはないとしても、東シナ海や南シナ海で一足触発となる可能性は常に存在するのです。それがいわゆる台湾有事、周辺事態などと呼ばれるもので、それを阻むために両者が睨みをきかせているのが現在の状況です。尖閣諸島の問題は単なる日中間の領土争いではなく、尖閣の海域を含む西太平洋地域全体の覇権を巡る、中国とアメリカの争いと見なければなりません。

では、このような中国の国家戦略において、日本はどう位置づけられているのか、中国の対日戦略とは、いったい何でしょうか。その柱となっているのは、「台湾有事の際に、日本に米軍の台湾救援の軍事介入に協力させないこと」です。中国と台湾が衝突した場合、アメリカは台湾を援護するための軍事行動を起こすでしょうが、その時、日本は日米同盟と「周辺事態法」に基づき自衛隊を派兵し米軍を後方支援することが可能です。はたして、日本が実際に周辺事態法を発動させるかどうか、つまり日米同盟はどれくらい強固であるかを測るのに、民主党党首選前の段階で二通りのシナリオが考えられまた。

シナリオ1:菅政権(対米追随主義)となり、日本がアメリカに追随すればするほど日米同盟は強固になり、周辺事態の際自衛隊が後方支援する可能性は高まる。中国海軍の外洋展開やその先の台湾開放には大きな障害となり、しかも、自衛隊が出動すれば歴史問題とあいまって日中関係は最悪となる。

シナリオ2:小沢政権(脱対米追随主義)となった場合、日本が単なるアメリカの駒となって動く可能性は低くなり、日米関係が悪化する分、日本は中国との新しい戦略的協力関係の構築が不可欠となる。ただし、小沢さんは尖閣諸島や台湾海域のシーレーンは断固堅守するはずで、やはり領土問題と海洋権益をめぐっては戦略的互恵関係の構築も容易くは無い。

🎨 アメリカをけん制する中国
党首選を前に、小沢さんの勝利を阻もうと画策する日本政界の動きや、日本にてこ入れし傀儡政権の菅政権を誕生させようとするアメリカに、中国は神経を尖らせていたに違いありません。いずれにしても、中国にとって、日本の新政権が日米同盟を何処まで重視しているか、日本はアメリカの駒となるのか、実際に周辺事態法を発動させるつもりどうか等を測ることは、対日軍事戦略上非常に重要です。中国漁船と海保の巡視船の衝突事件が、中国側によって「起こされた」のだとしたら・・・、中国は、尖閣諸島付近で衝突が起きればどうなるかという展開を読んだうえで、意図的にアメリカをけん制した、そして日米の反応を試したのではないでしょうか。事件を受けて日本がとりうる対処は「日本の国内法に基づいて拘束して起訴する」か、「早々に釈放してものごとを荒立てない」か、の二者択一です。日本が船長拘束の強攻策に出た場合、対抗して強攻策に出て、日本が屈するまで手を緩めない、というのが中国側の筋書きだったと考えられます。日本が強攻策に出るとすれば、それはアメリカの後ろ盾あってのことですから、中国の目的は、まさに日米同盟の結束の度合いを測ることだったのではないでしょうか。

さて、選挙結果は、菅さんの再選となり、菅改造内閣が発足しましたが、この事件がもたらした影響は様々な方向に及んでいます。まず、文頭で述べたとおり、日本国内では菅政権の危機管理体制の甘さ、リーダーシップの欠如、全てに後手後手に回り行き当たりばったりの政権運営に対する世論の批判が噴出しています。船長釈放の決断には「政治介入が無かった」などと見え透いた嘘を押し通そうとするなど、国民を舐めるにもほどがあります。対外的には、弱腰外交丸出しで日本は圧力に屈しやすい国、御し易い国であることを印象付けてしまいました。政権交代しても対米追従に逆戻りし、独立した国家としてのビジョンは見えず、世界はおろか、アジア地域におけるリーダーの風格も無い・・・これが現在の日本の姿です。




posted by Oceanlove at 15:20 | TrackBack(0) | 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。