🎨否決されたマリファナ解禁法案Prop19
11月2日に行われたアメリカ中間選挙で、カリフォルニア州で住民投票にかけられたマリファナ解禁法案、いわゆる「Prop19」が、反対56%賛成46%で否決されました。住民投票にかけられた数多くの法案の中でも、Prop19は最も注目を集めたものの一つで、否決はされたものの、州内のみならずアメリカ全土で物議を醸しました。否決された法案について、今回の記事で取り上げようと思ったのは、この法案は、否決されたのでおしまいなのではなく、2012年の選挙でより強力になって蘇り再び住民投票にかけられて、勝利することを予感させるものだったからです。この法案が目指すものは何か、そしてアメリカにおけるマリファナ事情について解説します。
まず初めに、Prop19の概要ですが、カリフォルニア州において、21歳以上の成人に対し、マリファナの所持(1オンス、約28グラムまで)と使用、個人所有地で2.25平方メートル以内での栽培を認めるというものです。そして、州政府は商業用の栽培、輸送、販売に対して規制と課税の対象とすることが提案されています。この法案の最大の目的は、マリファナの解禁によって、州の税収を上げ赤字財政を解消することにあります。解禁となれば、マリファナ市場はカリフォルニア州において140億ドルもの規模、そこから得られる税収は20億ドルとも予想されているのです。
🎨カリフォルニア州の財政事情
少し横道にそれますが、ここで、悪化の著しいカリフォルニア州の財政事情について解説します。今年、州議会は、2010−11年度の予算を通過させるのに10ヶ月もの時間を費やしました。カリフォルニア州は、7月1日が新年度の始まりです。予算は、通常は1月頃に新年度の予算案が議会に提出され、審議を経て5月ごろまでに通過させなければなりません。ところが、今年は199億ドルもの財政赤字を抱えており、増税や分野別の予算カットなど、予算のやりくりや埋め合わせに民主・共和両党の折り合いがなかなかつかず、時間が経過してしまったのです。予算が通らないまま新年度に突入し、100日を経過した10月8日、シュワルツネッガー知事がようやく866億ドルの予算にサインをするという事態にまでなりました。200億ドル近い予算不足は、教育・医療・社会保障費の総額85億ドルの削減(予算全体の約10%)と、連邦政府からの借金53億ドル(そのうち承認されているのは10億ドル程度)、その他州政府の建物売却益や特別枠の予算の移動など52億ドルで補うことが可決されました。
財政赤字の足を大きく引っ張っているのが、12.4%に及ぶ州の失業率です。人口にして250万人に上ります。州が負担する失業手当が110億ドルに膨らんでいるのに対し、予算枠は45億ドル程度です。足りない分は連邦政府からの借り入れですが、今年度の利息だけで5億ドルにもなると見られ、このままでは2011年度までに、失業手当だけで200億ドルの赤字に達すると予想されています(参照)。
カリフォルニア州の財政赤字は2002年から始まり、2007年の不動産バブルがはじけたあたりから著しく悪化、2008年の金融危機以降は危機的状況が続いています。前年同様の規模の赤字を補うために、州政府は様々な政策を採ってきました。その一部には、
• 公務員6万人の解雇(2009−10年度)
• 23万5千人の州公務員に月3日の無給休暇を義務化し、13億ドルを削減。平均給与カットは14%(2009−10年度)。
• 州内の消費税の1%アップ
• 車両免許にかかる料金の値上げ(0.65%から1.15%へ)
• 教育・社会保障費のカット
• 景気回復を見込んだ翌年の予算からの借り入れ
などがあります。その影響で、州立大学の学部・学科が減らされる、小中学校で音楽、理科などの授業が減らされる、公立図書館が閉鎖される、公的医療サービスの適用範囲が縮小するなど、失業とあいまって人々の生活をギリギリのところまで追い詰めています。地価や法人税の高いカリフォルニア州から企業が流出し、失業率をさらに押し上げるという悪循環が続いています。
140億ドル規模、20億ドルの税収が見込まれるマリファナ市場。財政難にあえぐカリフォルニア州にとって、これほど魅力的なものはありません。マリファナ合法化による恩恵は税収だけではありません。現在、マリファナ関連の違法行為(違法栽培や違法所持)で、年間実に7万4千人(2007年の数字)が逮捕されています(参照)。この取締りにかかっていた膨大な人件費や経費を減らし、その分を他のもっと悪質な犯罪の取締りに向けることが可能です。また、これまでに収監されたマリファナ関連犯罪人たちを刑務所から出すことで、年間10万ドル程度の経費削減が可能となるとの数字もあります。
刑務所関連予算は教育予算についで2番目に大きな州の負担です。ギリギリまでカットされた教育や公的サービス予算を、これ以上犠牲にできないという危機感が広まる中、たいした害のないマリファナ所有者などを刑務所に入れるのは止めにして、無駄を省き、マリファナ・ビジネスによってもたらされる税収で赤字を埋めあわせ、財政再建につなげようではないか、という考え方は、次第に大きな支持を集めるようになりました。既に、州議会議員や労働組合、市民権運動の団体など、多くの個人・団体が、マリファナの合法化に賛成の立場を表明しています。住民投票の結果、全体としては54対46で反対票が多かったのですが、州内の複数の自治体では、住民投票の結果、マリファナ・ビジネスに対して課税する条例が通りました。サクラメント市やサンノゼ市の有権者は、市内のマリファナ・ビジネスから10%課税する条例に賛成したのです(参照)。
🎨アメリカにおけるマリファナ事情
さて、いくら財政再建に期待がかかるといっても、ことはマリファナという麻薬に類するものです。これまで違法だったものを180度ひっくり返して合法とし、誰にでも簡単に買ったり使ったりできるようになるというのは、当然懸念の声もあります。気になるのは、世の中の人のどれぐらいが懸念しているかということですが、住民投票結果は反対54、賛成46ですから、有権者の意見はおよそ半々です。もっとも支持率の高かったサンフランシスコでは賛成65%、反対35%でと3分の2が賛成しています。州全体では投票数にすると反対434万人、賛成370万人と差はあるものの、マリファナ解禁を是とする世論はかなり浸透し、両者は拮抗しはじめているようです。マリファナ解禁に懸念があっても、深刻な財政危機に比べて、マリファナ解禁による弊害は少ないだろうと消極的に賛成する人々と、州の財政危機に関係なくマリファナを解禁すべきだと考えるマリファナ愛好家など積極的に賛成する人々を合わせると約半数を占めるということです。衝撃的なのは、この背景にはアメリカでは多くの人々がマリファナを嗜好目的で使っており、社会はそれを黙認しているという現実があることです。アメリカには、既にマリファナが半分容認されているのです。
タイム誌の記事によると、ある調査でアメリカ人の42%が少なくとも一回はマリファナを試したことがあるという結果が出ています。フランス、スペイン、メキシコ、南アフリカなど調査に参加した16カ国の中でもマリファナの経験率が最も高かったのはアメリカです。また、15歳までにマリファナを試したことがあると答えたアメリカ人は20%、21歳までに試したことがあるのは54%と、比較的若い時期に試す傾向があることが分かります。
実際、マリファナ常用者がどれくらいいるか、正確な数を割り出すことは難しいでしょう。National Institute On Drug Abuseによる2007年の調査では、12歳以上のアメリカ人の1440万人が、過去一ヶ月の間に最低一回服用したというデータもあります。また、アメリカ保健省の薬物中毒・精神健康局(The US Department of Health & Human Services' Substance Abuse & Mental Health Administration)による「麻薬の使用と健康に関する全国調査」によると、過去一年間にマリファナを使用した12歳以上のアメリカ人は10%、毎月使用している人は6%となっています。毎月使用する人々の15%は常用者です。
マリファナの使用が、社会に広まっている理由として考えられているのが、他国と比べてマリファナを嗜好物として服用するだけの経済的余裕がある層が大きいこと、マリファナはアルコールやタバコに比べて弊害が少ないという認識が広まっていること、さらに、70年代から80年代のヒッピー文化がアメリカ社会に息づき、彼らが社会の中核を担う世代となった90年代以降も、彼らのトレードマークだったマリファナの服用が大衆文化の一つの形として形成されていったとも考えられます。
ちなみに、前出の調査の比較では、毎月飲酒をしている人は52%、毎月タバコを吸っている人は28%とあり、他の嗜好品と比べマリファナ常習者はそれほど多いというわけではありません。しかし、巷を見てみると、知り合いの中に吸っている人も何人かいますし、話を聞けばあの人もこの人も、という感じで、それほど珍しいことではないというのが、アメリカで生活する筆者の実感です。特に若者たちの間では一種のCoolなことなっているようです。大統領選挙運期間中に、オバマ大統領も学生時代に試したことがあると公言していました。
面白いことに、アメリカでは、タバコの喫煙は「意志が弱い」「教育を受けていない」「ブルーカラー」というようなマイナスの印象で受け止められるのに対して、マリファナの服用は、必ずしもそのような受け止め方はされていません。むしろ、教育を受けたホワイトカラーの人々の間でも当たり前のように見られる現象です。タバコは吸わないけれど、マリファナを吸うという人々が数多く見られるのが特徴でしょう。もちろん、公的な場所で吸うことはありませんし、吸っていることを公言することもないでしょう。通常、雇用条件にはマリファナ使用者は雇用できないことになっていますし、職場での健康診断に麻薬を使用しているか否かの検査項目もあり、違法行為が明らかになれば、解雇の可能性もあります。少なくとも表向きはまだ違法なのです。
🎨既に存在するマリファナ市場
それでは、現法律では禁止されているにもかかわらず、それだけのアメリカ人の需要を満たすマリファナはどこで生産され、人々はどのような経路で入手しているのでしょうか?実は、カリフォルニア州では、1996年、全米に先立ち、医療用のマリファナを合法化する法案が住民投票で56%の賛成を得て成立しました。これは、ガンやエイズ、てんかん、多発性硬化症、慢性神経痛など特定の病気の医師の診断を受けた患者に対し、症状緩和を目的として量を制限した上で所持や使用を認めるものです。それに続いて、アラスカ州、オレゴン州、ワシントン州などでも同様の州法が成立し、現在14州で医療用マリファナが認められました(参照)。
カリフォルニア州では、その医療目的の純度の高い有機栽培のマリファナを生産・販売することが合法化されています。この州法の下に、州のマリファナ産業は大きく成長しました。北カリフォルニアにある3つの郡にまたがった農地や山林は「エメラルド・トライアングル」と呼ばれ、アメリカにおけるマリファナ生産のメッカとなっています。その一つ、メンドシーノ郡だけで産業規模はおよそ10億ドル規模、地元産業の3分の2を占めるといわれ、地元経済を大きく潤しています。しかしながら、州全体に統一した生産者規制や販売規定は無く、取り締まりや罰則も各自治体によって異なっているなど、管理体制は非常にずさんであると言わざるを得ません。医療用マリファナ生産者と医療用でない「レクリエーション用」のマリファナ生産者の区別はつきにくく、医療用マリファナと称して大量に生産し、レクリエーション目的の消費者に闇市場で売りさばくような業者が後を絶たず、取り締まりは後手後手に回っています。ジョージ・メイソン大学教授のジョン・ゲットマン博士による研究「アメリカにおけるマリファナ生産」では、マリファナの国内生産は、年間およそ6500万株、一万トンという数字が算出されています。そのうち、違法業者によるマリファナが取締りで押収されるケースは年々増え続け、その量は2008年に約800万株、660トンに達しています(参照)。
🎨マリファナ合法化に向けた駆け引き
今回のProp19は、住民投票で賛成が多かったとしても、経済的側面や法的側面で不確定な部分が多くあり、社会状況がマリファナ解禁を受け入れる段階にはまだない、という見方も多くありました。連邦政府の薬物取締り局では、マリファナは危険な指定薬物であり、その販売や使用は禁止されています。カリフォルニア州で合法化されても、連邦政府の立場は変わらなければ法律が施行されない可能性があることや、他州の法律との一貫性が無く、狙った効果が得られないなどの理由で今回は反対に回った、という有権者もいます。
また、実はProp19に反対した主なグループは、州内で合法的にビジネスを行っている100以上の北カリフォルニアの医療用マリファナ生産者たちでした。というのは、マリファナ一回当たりの使用量は0.5−1.0グラムで、市場価格は5ドルー20ドル(入手先、品物の質などによって価格にばらつきがあります)と、タバコ一本と比べてはるかに高く設定されています。もし合法化すれば、マリファナはもっとも換金価値の高い農産物となり、現在使われていないアボカドやブドウ等の畑が新たにマリファナ栽培地として開墾されるでしょう。市場が開放されれば、多くの人々がマリファナ業界に参入し価格も下がり、現在の独占状況が一変することになるからです。そのため、医療用マリファナ生産者や製造に関わる労働者たちの雇用や社会保障を求める動きも出始めました。例えば、オークランド市では、比較的規模の大きい医療用マリファナ製造会社の従業員を大手の労働組合のメンバーとして受け入れるなど、マリファナ業界を擁護する方針です。
一方で、ワシントン州、オレゴン州、アラスカ州、コロラド州、ネバダ州などでもマリファナ解禁の世論は巻き起こっており、マリファナ解禁を容認するムードはアメリカ社会のあちらこちらに見えています。カリフォルニアでは、今年9月にシュワルツネッガー知事が28.5グラム未満の所持に対しては、法廷に立つ必要のない100ドルの罰金を科す法律に署名をしました。同様に、多くの州で、少量のマリファナの所持であれば、交通違反同様の過失として扱われ、実刑ではなく、罰金とするなどの州法が可決されています。財政事情と麻薬取締りにかかる費用とのバランスが、多くの有権者にとって不合理に見える状況となっていることが、大きく後押しをしているのです。それと、聞こえてくるのが、「いいんじゃないの?少しくらいは。害はないんだし・・・」という巷の声です。
今回の住民投票は、近い将来のマリファナ解禁へ向けた前哨戦だったと見られています。Prop 19の支持者たちの今後の目標は、マリファナ合法化に向けた世論を他州にも拡大させ、2年後の選挙で、複数の州で住民投票にかけることです。若い世代ほど解禁には賛成派が多く、シニアの世代ほど反対派が多いことを加味すると、住民投票の結果、賛成派が多数を占めるのは時間の問題とも言えるでしょう。
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