2011年04月03日

被災者支援の小さな活動 カリフォルニアの小都市から

前回の記事で、海外在住の日本人の思いについて次のように書きました。

災害当初から、私たち在外の日本人もみな心えぐられるような思いでテレビ画面を見つめてきました。現地に飛んでいって被災した人々を助けたい、何かできることはないだろうか・・・そういういても立ってもいられない気持ちは、日本にいる人々と変わりはないと思います。遠くにいるもどかしさに苛まれながら、そして平常の生活を送っていることへの罪悪感と折り合いをつけながら、でも何かせずにはいられずに、支援活動などを始めています。

今回は、その支援活動の様子について、レポートしたいと思います。

🎨義援金集めのヤードセール
記事の主役は、カリフォルニア州某市近郊に住む総勢30人ほどの日本人女性たちです。正式な団体ではなく、普段から子育てや趣味などを通して付き合いのある、年齢不詳、しかし気持ちは年齢よりずっと若い女性たちのカジュアルなグループです。3月11日の地震発生直後、互いに連絡を取り合い、日本にいる家族の安否を確認しあうなど、Eメールでの情報交換が始まりました。そして、僅か2日後の13日、ニュースを見ているだけなんてたまらない、何かの支援がしたい、そんな一人一人の沸騰した思いから飛び出すように、義援金集めのためのヤードセールの計画が立ち上がりました。

アメリカのヤードセールというのは、普通、自宅のガレージや前庭で、不用品や中古品を安く売り出すもので、誰でも気軽に行うことができます。家庭で使わなくなった家具やキッチン用品、子供の本やおもちゃ、古着、雑多なものが並べられます。広告を見て買いに来る人もいれば、通りがかりの人が立ち寄っていくことも。高く売ろうなどと欲張らず、どんどん安く引き取ってもらうのがヤードセールの基本です。売る側は粗大ゴミを出さずにすみ、リサイクルしながら多少なりとも収入が得られますし、買う側にとっては掘り出し物があったり、まだ十分使えるものが激安で手に入るので、一挙両得なのです。

そこで、数人のメンバーが中心となり、合同ヤードセールを開き、その売り上げを日本の被災者支援に寄付する企画が、速やかに練られていきました。

善は急げで、開催日は10日後に決まりです。まずは大事な場所選びです。通常は、自宅で行うのがお決まりのヤードセールですが、今回は大勢の人々に来てもらうため、交通量や人通りの多い場所、駐車スペースがある場所、雨天に備えて屋根がある場所などが必要条件です。始めは、カレッジ・キャンパスや広い公園などでできないかと考えました。メンバーの中には、雨の中、町中の公園を下見に廻ってくれたり、大学のオフィスに問い合わせたり、関係のキリスト教会に協力を打診してくれる人もいました。しかし、私たちが正式なNPOなどの団体ではないこと、公園等公共施設では収益を上げる活動はできないことなどで、ハードルがクリアできません。

結局、場所はグループ内のKさんのご主人が経営する会社のスペースを善意で貸して下さることになりました。広さも駐車場の心配もなく、トイレや控え室もあります。ただ、週末は人通りの少ないオフィス街にあるため、果たして土曜日のヤードセールにどれだけ集客することができるか、それが最大の鍵となりました。ならば、徹底的な広告戦略で行こう!ということに。広告と口コミで広めて被災者支援の目的を持って足を運んでもらうしかありません。

🎨女性たちの底力
一方、企画を盛り上げる様々な案が次々に提案されてゆきます。単なるヤードセールではなく、日本の文化を紹介もかねて手作りのクラフトなども売ったらどうか?買わなくても募金をしてもらえるように募金箱を設置しよう。広告には被災者支援の目的を明記すべし。地震・津波被害の状況を伝えるコーナーを作ってはどうか?募金してくれた方にお礼の和風しおりを渡そう・・・などなど。百戦錬磨の女性たちが20人以上も集まれば、それはそれは、もうたくさんっ!!というくらいのアイデアが湧き出てくるのです。

それから、一週間というもの、Fundraiser and Sale for Tsunami Victims in Japanと銘打った支援活動に、十数名のメンバーが奔走しました。それぞれが得意な分野でリーダーシップを発揮し、適材適所で無理なく、そして和気合い合いと準備は進んで行きました。

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広告のビラを作成してくれた人、新聞等に広告を載せてくれた人、ビラをスーパーやカフェや町中に貼りまわってくれた人、サンプル商品の写真付きオンライン広告を出してくれた人、折り紙の鶴を黙々と折ってくれた人、被災地のマップを作ってくれた人、書道のデモを担当してくれた人、キャノピーやテーブルを提供してくれた人、悪天候の中一日販売をしてくれた人、お金の管理と送金の手続きをしてくれた人、当日これなくても出品してくれた人、セール開催中に奥でベビーシッターをしていてくれた人、売れ残った品を次回のセール用に引き取ってくれた人、差し入れのおにぎりや温かいお茶を用意してくれた人、その他ここに書ききれない細かい詰めを、人知れず陰でやってくれた人・・・。

そればかりではありません。女性たちが、日常の仕事や家事や子供たちのために時間が費やせない分を補うように、それぞれの夫や家族が応援・協力してくれました。シャイなご主人も、実は目立ちたがりのご主人も、日本語がペラペラのご主人もそうでないご主人も、企画のアドバイス、商品の運搬などを手伝ってくれ、実に頼もしい限りです。

🎨思いと行動の結晶
当日は、朝から雨。気温も低く、予想されていたとはいえ、ヤードセールにはとてもアンラッキーな天候となってしまいました。準備は朝7時過ぎから始まりました。商品が濡れないようにシートで覆ったり、風で飛ばされないように固定したり、余計に注意を払わなくてはなりません。売り場スペースは約3メートル四方のブース4つ分。大量に集められた品物・商品で、ブースは埋め尽くされます。商品は、1ドル以下の小物から、100ドル以上のものまで様々。始めは客足は鈍かったものの、日が高くなるにつ入れて訪れる人々は続々と増え、数人の売り子さんで各ブースをカバーするのにてんてこ舞となりました。

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通常のヤードセールの常連タさんイプではなく、明らかに広告を見てきてくれた、被災者支援に協力する意思を持ってきてくださった方が大部分です。日本の文化に関心を持っている人もいて、和風のクラフトやアートなどがとても好評でした。お客さんのなかには、商品を買ってくれて、そのうえ寄付をしてくれる方もいました。ただ、黙って大口の小切手を寄付をして下さる方もいました。

私たちの小さな活動は、雨天の中詰めかけて下さった多くのアメリカの方々のお陰で素晴らしい成果を上げることができました。ちりも積もれば・・・とはまさにこのことです。売り上げと寄付をすべて合わせて、合計計5685.46ドルとなりました。私たちの予想をはるかに超えた金額です。著名な方々の募金に比べたら取るに足らない額かも知れませんが、これは「海外に住む私たち日本人一人一人の思い」を行動に移したその結晶です。金額もさることながら、アメリカの皆さんの、被災した方々への励まし、「少しでも支援したい」という温かい心を、私たちは直に感じることができました。そしてそれは必ずや、被災地の人々の心に届いてくれるに違いないと願っています。

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🎨義援金の送り先
今回集まった義援金は、すべてサンフランシスコ日本領事館領事宛に送られました。領事館では、受け取った義捐金をすべて日本赤十字社に送金するとしています。

日本赤十字社のHPには以下のように書かれています。

日本赤十字社では、今回の震災の被害が甚大かつ広範囲に及んでいることから、被災された方々への義援金を受け付けております。この義援金は、今後、被災県で設置される義援金配分委員会に全額が送金され、同委員会で定める配分基準により、被災された方々に届けられます。日本赤十字社では、少しでも早くこの配分委員会が設置され配分が開始されますよう国や関係自治体に要請しています。

つまり、災害義援金は、日本赤十字社の一般事業への寄付金とは分けられており、その用途も異なるということです。集められた義援金はすべて義援金配分委員会(被災自治体、日本赤十字社、報道機関などで構成される第三者機関)へ一括して集められ、そこで配分基準を作成し、被災された方々へ現金で配られるということです。

🎨義援金の配分について
ところで、義援金は被災者の方々に、どのくらいどのように配分されるのでしょうか?
参考までに、阪神淡路大震災の時の記録を見てみました。報道機関(NHKなど)、企業の共同募金、日赤などを通じて寄せられた義援金は、1996年4月5日現在で、総額1759億5000万円でした。これはすべて、「兵庫県南部地震災害義援金募集委員会」(兵庫県,大阪府,神戸市,兵庫県市長会,兵庫県町村会,日本赤十字社兵庫県支部,兵庫県共同募金会等26機関で構成)に託され、その決定により、被災者へ配分されています。配分額は次の通りです(平成8年版 厚生白書より)。

• 死亡者・行方不明者見舞金・・・10万円
• 重傷者見舞金・・・5万円
• 住宅全・半壊・・・10万円
• 被災児助成金・・・1〜5万円
• 住宅助成金・・・30万円
• 被災児特別教育資金(両親を失った遺児)・・・100万円

1億8千万円という多額の義援金(分子)が集まったのですが、住宅全・半壊で義援金を受け取った人だけで44万5千人にもなるなど、被災者数(分母)も大きく、従って、一人当たりの配分額は10万円程度となっています。最高額を受け取ったのは、父母共に死亡した災害遺児で100万円です。100万円では、これからの生活や教育のほんの僅かな足しにしかなりませんが、遺児たちの将来のために最高額が配分されたことを嬉しく思います。

今回の東北関東大震災では、被害地域も死者・行方不明者の数も阪神淡路大震災よりはるかに大きくなっています。義援金の受け取り手である被災者数(分母)は過去に例のないものとなることが予想されています。

政府は、今回の震災の直接被害額を16〜25兆円と試算しているようですが、福島原発の問題を含めれば、さらに経済被害額は拡大するでしょう。その中で、義援金を送ることは、民間レベル、個人レベルでできる最大の支援の一つであることは間違いありません。

日赤によると、1995年の阪神淡路大震災では、1月17日の発生から2週間後の1月31日までに164億577万円、3月31日までに892億2310万円が集まりました。今回の東北関東大震災では、3月29日までに594億と、阪神淡路大震災時を大きく上回るペースで義援金が寄せられているようです(日赤HPより、日本国内のみ集計)。

日本中、世界中の人々からの温かい心と励ましと共に寄せられている多くの義援金が、より速やかに、効率よく配分され、被災された方々の少しでも大きな支えとなってくれることを願っています。



posted by Oceanlove at 06:07| 震災関連 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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