2011年11月13日

TPP交渉と国民の思想 〜日本が守らなければならないもの〜


11月11日、野田総理大臣は、日本がTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉に参加することを決断しました。予想はしていたことですが、とうとう始まるのか、という思いです。

今回のブログは、前半でTPP交渉参加に関して、私なりに検討した要点を5つにまとめて解説しました。この部分は、ニュース報道や専門家の意見等を参考にしていますので、皆様もすでにご承知のことと思います。そして、後半では、経済のグローバル化という問題を「国家の主権」と「国民の思想」という観点から考察し、TPP交渉に参加するにあたり、日本が守らなければいけないものについて思うところを述べていきます。


TPP交渉参加に関する5つの要点

1) TPPはアメリカが貿易黒字を出すためのアメリカの国家戦略である。
2) TPP交渉は実質日米自由貿易協定である。
3) 「TPPにより日本の製造業の輸出が伸びる」は誇張。「TPPに参加しなければ世界の孤児になる」は大うそ。
4) 公共の利益を守れない可能性のあるIDS条項は取り除くべき。
5) 非関税障壁の撤廃を許してはならない。


1) TPPはアメリカが貿易黒字を出すためのアメリカの国家戦略である

TPPはアメリカ主導の自由貿易協定です。アメリカがなぜこのような新しい自由貿易の仕組みを設けようとしているかを考えればその本質が見えてきます。

イラクとアフガニスタンという二つの泥沼戦争と、2008年の金融危機に端を発する世界恐慌のおかげで、世界を取り巻く政治、経済、軍事の情勢は大きく変化しています。アメリカは世界の覇権国の地位を揺るがされるのみならず、財政難や国力の緩やかな衰退という歴史的な厳しい状況に直面しています。アメリカ経済が一向に回復せず失業者があふれる中、オバマ大統領は、「アメリカが世界の消費地である時代は終わった。これからは新興国の集まるアジア地域をターゲットとしてアメリカ製品の輸出を増強していくことを新たな国家戦略とする」と明言しました。

アジアには、TPP構想が持ち上がる以前から、ASEAN+3という、東南アジア諸国連合10カ国と日本、韓国、中国を加えた地域協力の枠組みがありました。1997年のアジア通貨危機をきっかけに始まった、東アジアと東南アジア諸国が強調して発展していこうという共同体構想です。しかし、近年の中国の目覚しい経済発展と軍事力の増強、そしてその周辺アジア諸国の発展はアメリカを脅かす存在となってきました。

ASEAN+3による地域全体の発展は、地理的にも経済的にもアメリカにとって不利となりますから、アメリカはこれをけん制しようとしてきました。でもただけん制するのではなく、自らが中に入ってその発展の恩恵を自らに取り込もうとしたのです。アメリカはまず、シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド4カ国で始まった自由貿易協定に目をつけ、それを拡大する形でTPP「環太平洋パートナーシップ」と名付けた新しい貿易協定のリーダーシップを自ら取る形になったのです。

当然、自由貿易協定には地域全体の発展とか、グローバル経済の恩恵などのメリットもありますが、TPPの本質は、TPP各参加国にプラスの経済効果があろうとなかろうと、アメリカによる「他の参加国を相手に貿易黒字を出し、アメリカ経済を生き長らえさせる」という至上命題を持った国家戦略であるということです。交渉参加にあたっては、この本質をしっかりわきまえておく必要があります。

ちなみに、TPPに中国が招かれていないのは、中国がアメリカにとって政治的敵国であること、新興国である中国と衰退期のアメリカが「共に発展する」ことはありえないこと、政治機構の異なる中国を相手に自国に有利な交渉ルールをしくことは困難であること、従ってアメリカが対中貿易で黒字を出せないであろうこと、などの理由によると思われます。

2) TPPは実質的に日米自由貿易協定である。

すでにニュース解説等で示されている数字ですが、TPP参加国とされている10カ国のGDP(国内総生産)は日米で91%を占めています。アメリカが67%、日本が24%、オーストラリアが4%で、残りの7カ国はあわせてたったの5%です。圧倒的なGDPを持つアメリカが農産物を大量に売ることのできる相手は誰でしょうか。

日米豪を除いた7か国(シンガポール、ブルネイ、チリ、ニュージーランド、ペルー、ベトナム、マレーシア)の経済規模ははるかに小さく、しかも、これらの多くは外需依存(輸出型)の経済で成り立っている国です。つまり、国内消費能力の低いこれらの国々に品物をいくら売ろうとしても高が知れています。オーストラリアも大国ですが、アメリカと同様に農産物立国なので、自国の農産物を日本へ輸出することがTPP参加のメリットとなる立場に立っています。つまり、アメリカが輸出で儲けることのできる国、それだけの消費能力を持つ国は日本なのです。だから、TPPは実質的に日米自由貿易協定に近いと言えるということです。

3) 「TPPにより製造業の輸出が伸びる」は誇張。「TPPに参加しなければ日本は世界の孤児になる」は大うそ。

2)と同様の理由で、日本の工業製品の購買能力のある相手国は、経済規模から考えてアメリカとオーストラリアです。しかし、アメリカもオーストラリアも、日本製品を輸入するより、自国製品を日本へ輸出することで儲けたい国です。いったい両国への輸出をどれだけ伸ばせるのでしょうか。

仮に自動車産業で見ると、北米向け日本車の3分の2ほどがすでにアメリカ国内の工場で生産されています。これは為替の変動等のリスク回避のためにもすでにそうなっているのであり、現地生産されているものに関しては、関税の撤廃は何の意味もありません。そもそも、自動車の関税は2.5%、テレビは5%とすでに低いレベルになっており、それが取り払われたとしても効果は限定されており、関税撤廃で利益が大きく伸びるとはいえないでしょう。不況のどん底にあるアメリカに、日本製品の輸出の伸びしろがどれほどあるのかも首をひねりたくなります。また、他の小国7カ国を相手に、いったいどれほどの輸出が期待できるのかも、政府に示してもらいたいものです。

また、関税撤廃により日本の製造業の競争力が強まるというのは、必ずしも正しくはありません。なぜならば、いまや貿易による利益を左右するのは関税ではなく為替だからです。たとえ、関税撤廃により日本製品の輸出を多少伸ばすことができたとしても、円高ドル安により実益とならない可能性があります。

11月1日、衆議院本会議で共産党の志位委員長が、実に的を得た発言をしています。
「TPP参加によってアメリカへの輸出が増えるでしょうか。アメリカへの輸出の最大の障害となっているのは、関税ではありません。円高とドル安です。TPP参加による関税撤廃と円高・ドル安によってもたらされるのは、アメリカからの一方的な輸入拡大ではないですか。そしてそれがもたらすのは350万人もの失業者だということは、農水省の試算でも示されている通りです。失業者が街にあふれれば、労働者の賃下げ、家計と内需の縮小がいっそう深刻になるでしょう。総理、TPP参加によって「世界経済の成長を取り込む」どころか、アメリカの対日輸出戦略に日本が取り込まれる。これが、真実の姿ではありませんか。それは日本経済を成長させるどころか、内需縮小と衰退への道ではありませんか。」

先月25日に発表された政府の試算ではTPP参加による経済効果は10年間で2.7兆円だということですが、年平均ではたったの2,700億円です。500兆円を超える日本のGDPに対して0.054%でしかないことも指摘されています。一方で、農林水産省の試算(2010年10月)では、農業関連のGDPが7.9兆(1.6%)円減少し、雇用は340万人減ると示されています。

以上のことから、「TPP参加により製造業の輸出が伸びる」は誇張であり、TPP参加による経済的メリットはそれほど大きいとは言えないと考えます。また、TPP参加国はたった9カ国。他に貿易ができる相手は世界にたくさんいるし、TPP以外の手段もあります。「TPPに参加しなければ世界の孤児になる」はTPP推進のための脅し文句に過ぎないのです。

4) 公共の利益が守れない可能性のあるIDS条項は取り除くべき。

以前から、アメリカが主導となって推し進めてきた諸外国との自由貿易協定には、投資家とその現地国家との間で争いが起こったときの解決方法に関する取り決めであるISD条項(Investor-State Dispute System)というものが含まれています。これは、現地国が自国の利益のために制定した政策や規制によって、海外の投資家が不利益を被った場合には、投資家は世界銀行傘下の「国際投資紛争解決センター」という第三者機関に訴えることができる制度です。

このISD条項によるアメリカの暴挙が次第に明るみに出ていったのは、1994年にアメリカ・カナダ・メキシコの3カ国によってNAFTA(北アメリカ自由貿易協定)が結ばれた後のことです。ISD条項により、アメリカ企業はビジネスを行う現地国家を相手に数々の裁判を起こし、アメリカ企業にとって有利な結論を引き出し賠償金を請求してきました。

例えば、2001年、カナダ政府が、国内で販売されるタバコのパッケージに、「マイルド」「ライト」という表示することを禁止する規制を設けようとしました。「マイルドだから吸っても大丈夫」という誤ったメッセージを消費者に与えないための規制だったわけですが、カナダでタバコを販売する米フィリップモーリス社は、規制の導入はNAFTA協定違反だと訴え、カナダ政府はこの計画を断念したのでした。(U.S. companies profit from investor-state dispute system

TPP交渉反対派としてメディアにも頻繁に登場している京都大学の中野剛志准教授も、このISD条項に関して強い警告を発しています。以下の文章は、中野氏の「米国丸儲けの米韓FTAからなぜ日本は学ばないのか」からの一部抜粋です。
「ある米国の廃棄物処理業者が、カナダで処理をした廃棄物(PCB)を米国国内に輸送してリサイクルする計画を立てたところ、カナダ政府は環境上の理由から米国への廃棄物の輸出を一定期間禁止した。これに対し、米国の廃棄物処理業者はISD条項に従ってカナダ政府を提訴し、カナダ政府は823万ドルの賠償を支払わなければならなくなった。」

「メキシコでは、地方自治体がある米国企業による有害物質の埋め立て計画の危険性を考慮して、その許可を取り消した。すると、この米国企業はメキシコ政府を訴え、1670万ドルの賠償金を獲得することに成功したのである。」

韓国は、TPPに参加せず、アメリカとの2国間協定であるFTAを締結しました。去る10月21日、オバマ大統領はこの米韓FTAに正式署名をし、韓国国会での承認を経て来年1月発行となる見込みです。ところが今頃になって、韓国国民の間で米韓FTAにISD条項が含まれていることへの不満が噴出し、野党はISD条項を取り除かなければ承認しないなどと、議会を混乱させています。与党は国会で過半数を占めているので最終的には承認される見通しだそうです。

私たちは韓国の例から学び、TPP交渉参加にあたり、このISD条項については特に慎重に検討しなければなりません。現地国の公共の利益を犠牲にしてまで、企業利益を保護するような訴訟を可能にするISD条項には断固反対し、全ての参加国にとって公正なルールを策定すべきです。

5) 非関税障壁の撤廃を許してはならない

TPPは、関税撤廃だけでなく、関税以外の貿易障壁―「非関税障壁」の撤廃を大原則とした協定です。政府は、関税や規制の撤廃に個別の例外を設けること、交渉の余地があるなどとしていますが、確約されたものは何もありません。例えば、米韓FTAでは、関税の撤廃により韓国からアメリカに輸出する自動車にかかる関税が撤廃されることになりました。

これについて、前出の京都大学の中野剛志準教授は、「(もし韓国車が)米国製自動車の販売や流通に深刻な影響を及ぼすと米国の企業が判断した場合は、無効になるという条件が付いている」、更には、「関税撤廃の条件として、韓国は、排出量基準設定について米国の方式を導入するとともに、韓国に輸入される米国産自動車に対して課せられる排出ガス診断装置の装着義務や安全基準認証などについて、一定の義務を免除することになった。つまり、自動車の環境や安全を韓国の基準で守ることができなくなった」と指摘しています。

TPPに関するアメリカの通商代表部の報告書によると、アメリカから日本に対し、非関税障壁の撤廃が求められている分野には、次のようなものがあげられています(一部の例です)。

・牛肉のBSE(牛海綿状脳症)対策で日本が行っている月齢制限などの規制の緩和
・残留農薬や食品添加物の規制の緩和
・遺伝子組み換え食品の表示義務の撤廃 
・医療の混合診療の全面解禁
・株式会社の病院経営への参入
・血液製剤の輸入規制の緩和

まさに日本国民の「食の安全」や「健康」にかかわる様々な規制撤廃・緩和要求が列挙されているのです。非関税障壁が撤廃されれば、医療面では健康保険の使えない医療ビジネスが増加し、お金のある人しかよい医療を受けられなくなる、医療の過疎地が拡大するなどの危惧は現実のものとなるでしょう。これらの分野での非関税障壁が全て撤廃されれば、私たちの生活は根底から脅かされることになります。野田総理大臣は、「守るところは守る」と言いました。個別の規制を守るために断固たる態度で交渉に臨まなければなりません。


TPP交渉と国民の思想

さて、ここから後半に入ります。まだTPPの具体的なやルールや仕組みの全容が見えない現段階ではこれ以上の検討のしようがありませんが、素人なりの検討の結果、私自身はTPP交渉は日本にとって経済的利益より不利益のほう大きいと考えています。しかしながら、交渉参加が決定した以上、交渉自体を少しでも実りのあるもの、日本の国益を損なわないものとしていくことを考えなければなりません。

ここからは、経済のグローバル化にまつわる問題を、「国家の主権」と「国民の思想」という観点から考察し、国の未来を大きく左右するTPP交渉への参加にあたり、私たちが忘れてはならない大切なもの、日本が守らなければいけないものについて思うところを書いてみます。

🎨グローバリゼーションと国家の主権

それぞれの国が得意とするモノを効率的に生産し、それらのモノを国境を越えて売り買いする貿易によって互いに経済発展をしていくといグローバル経済の光。しかし、そこには、先進国のグローバル企業が、途上国の労働者を低賃金で働かせ、製造した製品を大消費国に逆輸入し大量販売して巨大化していく、そんな図式が存在します。グローバル化が進んだ90年代から、この図式の中で、企業側が現地の労働者たちに労組を結成する権利を与えなかったり、現地国家の環境への影響を無視した操業を行ったりという、様々な弊害が指摘され、グローバリゼーションの影の部分として国際社会で問題視されてきました。そのリーダー格のアメリカ社会でさえ、現地国の人々の人権や環境を代償にモノを安く手に入れるという行為への一種の罪悪感、あるいは良心の呵責からか、「グローバリゼーションの影」はメディア等で自己批判的に取り上げられたり、大手企業がバッシングを受けたりしたこともありました。

しかし、グロール化によって犠牲になるのは、環境、健康、そして安全のための規制といったものだけではありません。グローバル企業との間に結ばれた協定やルール(例えばISD条項) が優先され、その国が自国と国民の利益のための政策を自己決定することができなくなる、つまり、国家の主権やその国の民主主義そのものを崩壊させてしまう危険がグローバリゼーションの影には潜んでいるのです。ノーベル経済学賞を受賞したコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ氏が「NAFTAには、新しい形の企業権利が盛り込まれており、これは国家の民主主義を弱体化させる可能性がある」と述べたのは、NAFTAの弊害が明るみにでていった10年以上も前の話です(U.S. companies profit from investor-state dispute systemより)。

しかし、このような影が付きまといながらも、グローバリゼーションの光が陰ることはありませんでした。グローバリゼーションを正当化し続けたのは、Trickle Down Theory (恩恵が底辺にもこぼれ落ちるという理論) と呼ばれる理論です。つまり、自由貿易によって生産性が向上し、モノや金の流れが大きくなり、GDPが増えて国全体が豊かになれば、富める人がより豊かになるだけでなく、水が高みから低きへと流れ落ちるように、貧しい人々にもその恩恵がまわってくるのだから、それはいいことなのだという考え方です。確かに、グローバリゼーションの仕組みには、先進国の消費者にはモノを安く大量に供給する一方で、途上国には雇用を提供するという相互メリットの要素もありました。

TPP交渉参加国の中には、NAFTAにおけるアメリカとメキシコのような相互依存のメリットがもたらされる国もあるかもしれません。しかし、日米間にそのような相互依存関係は存在しません。TPPによってより大きな利益を得るのは、前述のオバマ大統領の戦略どおり、様々な分野で日本市場への参入を図るアメリカです。日本にとって、TPPに参加するということは、企業活動の効率化や生産性の増大のために、安全性・健康・環境などに関する様々な非関税障壁を撤廃し、国民を守る手段を自ら手放す結果になるかもしれないということです。さらに言えば、国の政策を自ら策定する国家の主権や民主主義が脅かされる可能性をも意味しているのです。

TPP交渉への参加を前に、私たちはこのこと−つまり、交渉台に載せられるのは農業だけではなく、国民生活を守る手段であり、国家の主権であり、そして日本の民主主義であるということ−を良くわきまえなければなりません。TPP交渉は、国家主権をかけた戦いといっても過言ではないのです。

🎨アメリカ人にとっての普遍の命題

私はアメリカに10年以上暮らしてきて、日本人とアメリカ人の思想の違い、考え方の違いを日々味わってきました。個人の生き方、考え方から社会全体で共有されている価値観、政治思想に至るまで、アメリカという国に厳然と横たわっている「普遍の命題」を、今強く感じています。それは、個人の「自由と幸福追求の権利」です。アメリカ独立宣言に記された「生命・自由および幸福追求の権利」は、植民地から立ち上がり、自由を手にした人々が獲得したアメリカの原点です。独立宣言の原文の日本語訳は以下のようになっています。
「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられているということ。こうした権利を確保するために、人々の間に政府が樹立され、政府は統治される者の合意に基づいて正当な権力を得る。」
アメリカ大使館ホームページより

私は、この「自由と幸福追求への権利」意識が、普遍の命題として、アメリカ人の生き方・考え方の根底に組み入れられていると強く感じるのです。そして、彼らはこの権利を脅かすいかなる力をもことごとく警戒します。

上記の宣言には、個人が「こうした(幸福追求の)権利を確保するために政府が樹立される」と書かれています。言い換えれば、政府は個人の「自由と幸福追求の権利」を担保する義務を負っているということです。そして、政府の働きを監視するチェック・アンド・バランスの機能を果たす三権分立制をしきました。それでもなお、政府の権限が強大化して個人の権利が侵害されることを恐れ、上記の独立宣言の続きには、「政府がその目的に反するようになったときには、人民は政府に反旗を翻し、新たな政府を樹立する権利がある」(筆者意訳)とまで書かれています。

さらに、合衆国憲法修正第14条では、「いかなる州も合衆国市民の特権または免除を制限する法律を制定あるいは施行してはならない。」と定め、様々な行政上の規定を定める州法によって、個人の「自由と幸福追求の権利」が矮小化されることをも、入念に禁じています。

アメリカ政治において、よく「小さな政府、大きな政府」と分類されることをご存知のことでしょう。簡単に言えば、小さな政府とは、民に対する政府の関与は最小限にすべきで、企業活動を妨げる法律や規制をなくしていくべきだという考え方です。減税や社会保障のカット、企業利益を最優先した市場至上主義政策を目指します。一方の大きな政府とは、政府の権限や国民生活にかかわる行政上の規制を強化し、増税するかわりに、様々なサービスを提供し、社会福祉や年金、医療といったセイフティーネットを拡充する政策を目指すわけです。

伝統的に共和党は小さな政府を、民主党は大きな政府を目指しており、アメリカにも様々な考え方と政策があることは事実です。しかしながら、ここで私が強調したいのは、人々の持つ「自由と幸福追求の権利」意識は、支持政党や人種や所得階級などの違いにかかわらず、アメリカ社会全体を凌駕する普遍的な思想であり、国を突き動かす原動力となっているということです。

🎨日本人の考える幸福追求権との違い

私たち日本人にも、憲法で個人の「自由と幸福追求の権利」が保障されています。しかし、この権利に対するアメリカ人と日本人の意識には、大きな違いがあると感じます。単なる程度の差ではなく、その権利を求める姿勢の違い、または価値の置き方の違いといったらよいでしょうか。

日本国憲法第13条は以下のように記されています。
「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。」

お気づきかと思いますが、日本国憲法の幸福追求条項には「公共の福祉に反しない限り」という文言が付いています。

「公共の福祉に反しない限り」とは、平坦にいえば「他人や社会に迷惑をかけない限り」という意味で、個人が自由や幸福を追求する前提条件です。この条件は、人に迷惑をかけるような勝手なことはしてはいけないという、日本人が昔から当たり前にもち続けてきた道徳観に他なりません。そんなことはわざわざ言われなくても、他への配慮なしに勝手に自分の自由や幸福を追い求めることを権利だと主張する思想は、日本の風土の中にはなかったものです。日本社会には、個人の自由や幸福の追求よりも、家族や集団、地域社会全体の「和」や「調和」というものを重んじる考え方や行動が根付いてきたのであり、それを徳と見なす思想を日本人は育んできました。

日本人にとっては当たり前の「公共の福祉に反しない限り」という文言がアメリカの独立宣言には存在しません。この文言があるか無いかは、決して単なる形式的な文句の有無ではなく、実は日本人とアメリカ人の精神文化、思想における極めて大きな違いを象徴しているように思うのです。

無論、アメリカ人が他人や公共の福祉をまったく省みないと言っているわけではありません。しかし、アメリカ人にとって「自由と幸福追求の権利」は、建国と独立への戦いの中で自ら勝ち取ったものであるがゆえに、その権利の保持のためにはいかなる前提条件をつけることもありえないのです。それは、絶対的に最優先されなければならない命題であり、国家と国民がよってたつ思想なのです。

これはどちらが良いとか悪いとかの話ではありません。それぞれ民族固有の、国の成り立ちや歴史の中で時間をかけて形成してきた人々の考え方・思想であり、行動様式だということなのです。そして、その思想こそ、人がその国の国民であることの証であり、誇りであり、決して失ってはならないものだと私は思うのです。

🎨🎨TPPは思想と思想の対決

この日本とアメリカの国民的な思想の違いを、経済のグローバル化や、もっと言えば今日のTPPの問題に絡めて考えるのは我田引水かもしれません。「自由と幸福の追求」と「経済的利益の追求」は同じではないという反論もあるでしょう。しかし、現実的に「経済的利益の追求」も「自由と幸福の追求」の一部でありましょうし、ある人々にとっては全てかも知れません。

でもあえてアメリカ人的な思想を用いれば、「経済的利益の追求」に「公共の福祉」を介入する余地は無いと言えるでしょう。要するに、お金儲けは「自由と幸福追求の権利」なんだから、正当な行為なのだ、誰にも邪魔される理由はない、政府は口出しするな、というわけです。かくして、アメリカ社会では企業利益を最優先する市場至上主義が台頭し、行政上の規制を無くし小さな政府を目指す共和党が財界から強力な支持を受け、そして、その勢いは国境を越えてグローバル化に突き進んでいきました。

しかし、市場至上主義と、経済のグローバル化が何をもたらしているかは、今日アメリカ社会が抱える様々な窮状に歴然と現れています。医療費の高騰と機能不全の医療保険システムで、国民の3分の一が医療を受けられない現状。無担保ローンでマイホームを売るからくりや怪しい金融商品を生み出し金儲けに走った金融業界。金融危機をもたらした張本人たちを救うために公的資金を投入した政府。州や地方財政の悪化で次々に切り捨てられる行政サービスや教育。雇用の回復は見込めず、大学を卒業しても就職先がない若者たちの抗議行動によるウォール・ストリートの占拠・・・。

はっきりしていることは、「公共の福祉に反しないことが幸福追求の前提条件」という思想を持つ国民と、「幸福追求は前提条件の付かない命題」という思想を持つ国民の間には、決して埋められない溝があるということです。この両者の関わるTPP交渉というビジネスにおいて、いわゆる非関税障壁を撤廃するか否か、ISD条項を設けるか否かは、すなわち「公共の福祉に反しない限り」という文言を設けるか否かとおなじことであり、これはまさに二つの国の思想と思想の対決なのです。

思想で飯が食っていけるかと叱られるかもしれません。しかし、思想のない国は滅びたも同然だと思います。「平成の開国」、「世界の孤児」、とんでもない勘違いだと思います。国民の生活を守る砦を取り払い、アメリカ企業を儲けさせてあげた挙句に残るのは、荒れ放題になった農村の風景、勤勉な日本人の貯蓄が外資に崩されますます困窮する庶民、利益至上主義と米国流の訴訟習慣の広がりとでさらに無味乾燥になってゆく人の心と人間関係、失われていく「和をもって尊しとなす」の思想とと日本人の誇り・・・。

そのようなことにならないように、TPP交渉への参加と交渉開始にあたり、日本の国益を経済的な観点からのみでなく、「国家の主権」や「日本人の思想」という観点からも追求し死守していかなければならないと主張します。野田総理は、守ることろは守る、勝つところは勝ち取る、と言い切りました。必ずや国民の暮らしと、国家の主権と、日本人の思想を守り、未来の日本を勝ち取ってもらいたいものです。



posted by Oceanlove at 08:54| 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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