前回のブログでは、2012年大統領選挙の共和党予備選の立候補者ロン・ポール氏について、私の目には候補者の中でただ一人、耳を傾けるに値し真実に迫ることのできる政治家であると書きました。そして、そう思う理由について、前回の大統領選挙(2007−08年)当時の、テレビ討論会の発言を引用しながら、ご紹介しました。ポール氏は、アメリカの連邦議会議員であり、2008年の大統領選挙共和党予備選候補者としてただ一人、911のテロ事件に関連して「彼らは我々が自由で豊かだから攻撃したのではない。我々が中東に介入したから攻撃してきたのだ」と、アメリカの中東への介入政策を見直すべきだと訴えた人物でもあります。
今回は、そのポール氏の政治思想とは何か、またその思想は国家のどんな政策に反映されているのか、見ていきたいと思います。

まず、ロン・ポール氏の経歴について簡単に触れておきます。(ウキペディア:Ron Paul より)
ポール氏は、1935年ペンシルバニア州ピッツバーグ生まれで、父親が乳製品業を営む家庭で育ちました。高校時代は陸上競技200メートルの州チャンピオンでした。大学で生物学を学んだ後、デューク大学医学部に進み、1961年に医師免許を取得しました。1963〜68年まで陸軍と空軍で軍医を務めた後、テキサスに拠点を移し、産婦人科医として開業します。妻キャロルとの間に5人の子供がいます(3番目のランド・ポールは、2010年ケンタッキー州から連邦議会上院議員に選出されました)。
初立候補は1974年。初当選は1976年、テキサス州共和党下院議員に選出されました。1976〜77年、79〜85年、そして1997年から現在にわたり、計10期下院議員を務めています。下院では、外交および金融サービス委員会に属し、「通貨政策とテクノロジーに関する金融サービス小委員会」の委員長です。1986年にはリバタリアン・パーティーから、また2008年は共和党から大統領選挙に立候補しており、2012年の大統領選挙は3度目の立候補です。リバタリアンの政治思想に傾倒していることを表明しており、2008年には共和党候補でありながら、党の方針と対立する数々の政策を打ち出し、その異色の存在が注目を集めました。しかし、主流のメディアからは異端視され、共和党候補の本命と見なされることはありませんでした。
2008年の共和党予備選から撤退したのちも、国民にとって真に益となる政治政策や独自のアイデアを広めるための活動を精力的に展開してきました。その活動のひとつが、 “Campaign for Liberty”(自由のためのキャンペーン)という政治活動団体の創設です。その目的は、「合衆国憲法に根ざした小さな政府のメッセージを広めると同時に、草の根レベルの組織を作って、効果的な選挙キャンペーンを行い国政・地方選挙で勝てる活動家を育成すること」であるとしています。
オバマ政権がいばらの道を歩き始めた2009年、共和党保守の中からティーパーティー運動が沸き起こったのはご存知の方も多いでしょう。実はこのとき、小さな政府、他国への不介入主義、個人の自由、といったポール氏の政治思想が、図らずもティーパーティー運動をバックアップする構図が生まれました。その何十年もぶれのない主張が共和党保守派に新たな高揚感と共感とを呼び起こし、若い支持者たちからは信奉を得るようにさえなりました。
この頃から、共和党の異端児から、時の人へと、メディアの取り扱われ方も変わってゆきます。今回の共和党予備選では、獲得代議員数では現在4番手ながら、そのキャンペーンは熱気を帯びており、メディアへの登場数も他の候補者に引けをとらない活躍を見せています。

次に、ポール氏の政治思想について見てみましょう。現在ポール氏は共和党の政治家ですが、かつてはリバタリアン・パーティーに所属していた経歴にもあるとおり、ポール氏の政治家としての心髄にあるのは、リバタリアニズムという思想です。いったい、リバタリアニズムとはどんなものなのでしょうか。ウキペディアにはこう書いてあります。(ウキペディア:リバタリアニズムより)
「自由主義思想の中でも個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する政治的イデオロギーである。リバタリアニズムは他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだと考える。」
リバタリアニズムの根幹は、この「個人の自由の理念」、すなわち、人はみな、他人に害を及ぼさない限り、自分の選択した生き方をする権利がある、というとてもシンプルな理念です。個人の自由にも身体的自由、信教の自由、財産所有の自由など様々な自由がありますが、リバタリアニズムにおいて最も重要な自由の指標とされているのが、私的財産権の自由です。個人の財産が政府や他のものによって侵害されることは、個人の自由の制限ひいては破壊に繋がると考えるのです。この考え方は、経済・財政政策に大きく反映し、例えば、政府が一方的に様々な税を徴収する仕組みに対しても異論を唱えています(このことについては後でまた触れます)。
リバタリアニズムは「自由主義」ではないのかと思われるかもしれませんが、それは違います。自由主義は、「リベラリズム」の訳語です。ここで、リバタリアニズムとリベラリズムの違いをはっきりさせておかなければなりません。
リベラリズムも、身体的自由、信教の自由、財産所有の自由など個人の自由を尊重します。しかし、リベラリズムはその前提として社会的公正を重んじ、社会的公正のために個人の自由を制限することを認めている点で決定的に異なります。ですから、国民から税金を徴収し、税金で社会福祉や教育など幅広い公共政策を行うことや、弱者や貧困の解消のために法的に富の再配分を行うことは、リベラリズムにおいては正しく、現代の多くの先進国の政治はリベラリズムの理念に基づいています。
これに対し、リバタリアニズムは完全自由主義、自由至上主義であり、公共の福祉のためであれ、使い道が何であれ、政府が税という形で私有財産の一部を強制的に取り上げることは、公権力による個人の自由の侵害であるという点で、基本理念に反するとしています。
これだけですと、血も涙もない思想のように聞こえますが、リバタリアニズムでは、社会的弱者の支援や貧困の解消などに必要な援助などは、徴収した税金で政府が行うものではなく、個人の自由な意思による寄付で行われるべきものである、と主張します。そして、リバタリアニズムの理想とする社会においては、そのような寄付行為は、
「富めるもの当たり前の社会的責任として認識される」「努力した者が経済的に報われることは全くもって正しい事であり、成功者が正しく報われることによってこそ人々に努力のインセンティブを与え、市場経済全体が底上げされる」
としています。(ウキペディア:リバタリアニズムより)
また、リバタリアニズムの考え方によれば、個人の自由には、自分の行動や選択の結果に対する責任が伴うとされています。この自己責任の原理が、人をして正しい行動や選択を行い、成功へ導くモチベーションになると考えられています。また、そこまでの自由が保障されることによってこそ、多様性というものも尊重される社会になるとも考えられています。したがって、リバタリアニズムの考え方においては、国家は法によって個人の自由を“制限”してはならず、国家(=連邦政府)の究極の役割とは、「個人の生命、自由、財産を保護すること」に尽きると考えます。国家の法律で制限されるべきものは、殺人や盗みなどの犯罪に限られ、他人に害を及ぼさないいかなる個人の行動も制限されるべきではない、と主張するのです。

さて、「国家の役割とは、個人の生命、自由、財産を保護すること」が、リバタリアニズムの政治理念であるということを述べてきました。この理念がポール氏の政治家としての根底にあり、「自由のための新たな運動」の先駆者として、ポール氏は長年にわたり様々なメッセージを発信し続けてきました。では、ポール氏はこの理念を、アメリカの国政の場でどのような具体的な政策に反映しようとしているのでしょうか?ここからは、今、現在進行形で繰り広げられている共和党予備選で、ポール陣営が展開している政策提案や公約を、財政、経済、国防、エネルギーの分野を例に、まずは簡単に見ていくことにします。
【財政政策】 Ron Paul 2012 Restore America Now より
ポール氏は、憲法改正により連邦所得税、相続税、キャピタルゲイン税、年金所得への課税を廃止することを公約に掲げています。この大幅減税は、小さな政府の実現、つまり財政支出のカットと車の両輪であり、海外援助、海外派兵、企業への補助金等の中止、5つの省庁の削減により1兆ドルの支出削減を行うとしています(参照)。
【経済政策】 Ron Paul 2012 Restore America Now “Economy” より
自由主義経済を徹底する。政府による企業への税控除や補助金、規制等の介入を一切撤廃するとしています。政府による市場介入は、公正な競争を妨げ、利益誘導や汚職を招き、物価を上昇させ、結果的に経済に悪影響を及ぼすというのが基本的な考え方です。
金融危機に際し、債務超過に陥った銀行を破綻させずに救済し、政府予算の拠出をさらに拡大しました。これは、政府が政府の規制や権限によって特定の企業や銀行をてこ入れするという、大元の構造的問題を再びなぞっただけであり、根本的な問題解決にはなっていないとも主張しています。具体策を以下にあげます。
・ 財政赤字の上限の引き上げを阻止し、歳出を削減させる。
・ FRB(連邦準備制度システム)の徹底した監査を要求し、最終的にはFRBを撤廃する。FRBはドルの価値を減少させ、ドルを増刷しては赤字を埋め合わせるという愚考を繰り返してきた。
・ 巨大企業によるホワイトハウス占拠(ロビー活動)を止めさせる。
・ 高速道路燃料税の廃止、天然ガス仕様の車両への税控除をおこなう。
*経済・金融政策、とりわけFBRについて、次回以降ブログの続編で詳しく検討する予定です。
【国防政策】 Ron Paul 2012 Restore America Now “National Defense” より
国防は、合衆国憲法が定めた連邦政府の最も重要な責務であるとしながらも、世界135カ国に展開する米軍のミッションは往々にして不明確で、何が勝利なのか定義も曖昧であると指摘しています。他国の政治や選挙に干渉したり、他国の特定の指導者を擁立したり、爆撃によって罪のない市民を巻き添えにする行為が、逆にアメリカへの敵対意識を生み、国内外でのテロ行動を誘発させているという見解を持っています。また、このような世界の警察のような振舞いや国家建設(他国への干渉)などの外交政策は、国内財政を逼迫させ、国力を弱体化させていると主張します。
アメリカの自由にとって大きな脅威であるテロリズムへの対処するためには、まずアメリカの外交政策を見直さなければならないとし、「不介入主義」、「平和主義」、「自由貿易」を3本柱とする外交政策を提唱しています。具体策として以下のようなものがあります。
・ 長期にわたる他国への派兵や介入は中止し、軍事作戦はアメリカを標的とするテロリストの逮捕に焦点を絞る。
・ 戦争の開始は、憲法の定めに従い連邦議会が宣言しなければならない(議会の宣言なしに戦争を開始することは違憲である)。
・ 縮小整理で軍事予算を削減し、21世紀型の活力ある軍事力を備える。
・ アメリカ国民の血税で他国の為政者や独裁者を肥やすだけの対外援助(ODA等)は中止する。
【エネルギー政策】 Ron Paul 2012 Restore America Now “Energy” より
自由市場主義に徹する。連邦政府による各種の規制、特定業界への補助金、エネルギーへの高い課税が、末端の消費者を圧迫していると指摘します。環境保護団体や業界団体などの圧力により作られる政府のエネルギー政策(炭素税やCAP&Tradeなど)や規制は、消費者を特定のエネルギーや電力へと誘導し、その市場拡大を狙った作為的なものであるため、エネルギー市場の自由競争が捻じ曲げられ、その結果、石油、炭素、天然ガスなどの従来の生産は打撃を受けるばかりでなく、新しいエネルギー技術開発の模索や公正な開発競争も妨げられる。したがって、消費者は高い電力コストを支払い続けることを強いられていると主張します。具体策として次のようなものがあります。
・ ガソリン税を廃止し、一ガロン当たり18セント価格を引き下げる。
・ 石炭と原子力発電を妨げている規制を廃止する。
・ DOE(環境省)やEPA(連邦環境保護局)を廃止する。企業の環境汚染に対しては連邦政府が関与する必要はなく、環境を汚染した業者は、裁判を通じて被害者に対し直接的な責任を負うべきである。
・ 代替エネルギーの生産や購入には税控除で酬いる。

ちなみに、原子力エネルギーについては、技術面・安全面の可能性は否定していません。むしろ、米原子力潜水艦の実績から、原子力エネルギーの技術や安全性について認める発言も行ったり、政府による規制で原発が妨げられるべきではないとも主張しています。これだけでは一見、原発擁護派のように見えますが、ポール氏が原発エネルギーを支持するのか否か、それを見分けるためには、原発云々以前のポール氏の最も原理的な考え方を理解する必要があります。
ポール氏は、上記の具体策にあるように、エネルギー分野を管轄している米環境省(DOE)を廃止し、エネルギーを完全に自由市場経済の下に晒そうという、突拍子もない提案を行っています。これはどういうことかというと、原発に限って言えば、環境省がなくなるということは、国による様々な規制や安全管理の規定が無くなる代わりに、原発産業への多額の開発補助金もなくなり、原発の管理・運営は完全な企業責任となるということです。また、事故の際には一定以上の補償を政府に転嫁(税金で補償)できるとした「プライス・アンダーソン法」も無効となります。開発から事故処理、廃棄物管理まで一切企業責任で行わなければならないということです。そうなると、それらにかかる一切のコストが電力の小売価格に反映されていくため、公正な自由市場競争では他のエネルギーに勝てないであろうことが示唆されるのです。
つまり、ポール氏の言い分は、ビジネスは自由ですよ、原発の開発も安全性もリスクも全て自己責任で行い、それでも消費者に魅力的な価格で提供できるならおやりなさい、国はそれを妨げる立場にはありません、ということなのでしょう。裏を返せば、政府と業界の癒着、多額の補助金、事故時の責任の転嫁によって成り立っている現在のアメリカの原発産業は、自由競争では勝てないということです。
これは、消費者はモノやサービスが安全で安ければ買うし、そうでなければ買わないという市場原理を徹底的に追求した考え方です。安全管理は国の規制によってではなく、消費者の厳しい目に晒すことによって行われるべきで、リスクが高く価格も高いものは自然と淘汰されてゆく、原子力エネルギーもそれに任せましょうというのが、ポール氏の主張なのです。個人や企業の自由と自己責任、自由市場主義という、まさにリバタリアンの政治理念が反映された政策といえるでしょう。
その他、以下のような政策を提言しています。いづれも、「個人の自由の保護」と、「政府の不介入」という基本理念に基づいています。
・銃規制の撤廃。銃規制は、合衆国憲法修正第2条に記された自己防衛権の侵害に当たる。現在の銃規制が、銃犯罪の撲滅には寄与していないことは明らかである。
・麻薬の合法化。麻薬売買の規制は、当局による取締りと犯罪のいたちごっこを助長するだけである。規制によって、闇の麻薬市場を拡大させ、密輸組織による組織的犯罪を悪化させる要因となっている。
・同性婚については中立(?)。個人的には婚姻は男女間で行われるべきと考えるとした上で、その考えを社会に強要するべきではないとする。そもそも、婚姻とは個人の宗教観価値観に基づくもので、連邦政府が規定したり、法制化すべきものではないと指摘。結果的に、同性婚の合法化に賛成なのか反対なのか、有権者にとっては、判断のつきかねない態度となっている。
・小さな政府を実現するために、連邦政府の役割を縮小し、社会福祉、教育、各種の規制、年金・医療等を各州の自治の下に置くべきである。
さて、ここまで、ポール氏の主張する税制、経済、国防、エネルギー政策について、基本的考え方を見てきました。次回は、医療政策について、詳しく見てみたいと思います。
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