2012年03月22日

米共和党予備選とオバマ・ケアの行方


過去2回のブログで、アメリカ大統領選共和党予備選の候補者であるロン・ポール氏について取り上げてきました。ポール氏の“真実に迫る”興味深い発言や、その政治思想の根底にあるリバタリアニズム、個人の自由と社会的責任に基づいた理想的社会の実現に向けた政治政策について、いくつかご紹介しました。

今回は、アメリカの医療問題に焦点を縛り、ポール氏の政策提言を吟味していきたいと思います。2012年米大統領選挙における医療分野の争点は、オバマ政権が2010年に成立させた包括的な医療保険制度改革法−通称“オバマ・ケア”です。国民皆保険を目指したオバマ政権が何とかこぎつけたこの医療改革ですが、選挙結果いかんでは実現されない可能性があるのです。この争点について話を始める前に、まずアメリカの医療問題について、簡単に触れておきたいと思います。

アート アメリカの医療問題

アメリカには公的な医療保険制度として、メディケア(65歳以上の高齢者・障害者向け医療保険)とメディケイド(低所得者・子供向け医療保険)、また、連邦職員と軍人・退役軍人用の公的医療保険制度があり、合わせておよそ9700万人(国民の約30%)が受益者となっています。一方、それ以外の国民は、雇用者を通じてもしくは個人で民間の医療保険に加入しなければなりません。民間の医療保険は保険料が高額なこともあり、およそ4600万人、国民のおよそ6人に一人が無保険の状態です。医療費は極めて高額で、保険のない人は医者にかかれないのが現実です。

医療保険加入状況
 
U.S. Census Bureau. 2008 *民間医療保険と公的医療保険の両方に加入している人が一部重複しています)

68.2%・・・民間医療保険加入(雇用者を通じた団体契約59.3%+個人契約8.9%) 

27.8%・・・公的医療保険加入(メディケア、メディケイド、連邦職員、軍人・退役軍人用保険)
 

15.3%・・・無保険

その結果、無保険者が救急医療に殺到(救急医療では誰に対しても診療拒否ができないことが法で定められています)したり、その無保険者の医療コストをカバーするために正規加入者の保険料が吊り上げられたり、また既往症のある人が保険への加入を拒否されたり、重病になった患者の家族が借金で家を手放さなければならない、などということが実際に起きています。

公的医療保険のメディケアやメディケイドに加入していれば安心かと言うと、そうも言えません。実際、公的医療保険メディケアはすでに2008年から赤字経営となり、2011年の保険料収入は支出の57%に留まっています。このままでは、今後数年間で破綻するとも言われる状況です。おりしも、アメリカの連邦予算は債務上限に達しており、メディケアとメディケイド合わせて6000億ドル(2011年度)、連邦予算の21%近くを占める医療保険をこれ以上膨らませるわけにはいかず、コスト削減が緊急課題となっています。


アメリカにおける医療費は、高齢者人口の増加と共に年々増加し続け、2009年にかかった総医療費は2.5兆ドル(国民一人あたり8,047ドル)、
GDPの17.3%を占めました。WHOによると、一人当たりの医療費は国連加盟国191ヶ国中最高でありながら、国民の総合的健康状態は72位にランクされています。医療費の高騰、無保険者問題、近い将来に予測されているメディケアの破綻など、アメリカの医療は、国民の健康と命、そして国家の財政にとって極めて深刻な状態におかれています。(Health care in the United States) 

アート 医療保険制度改革法−オバマ・ケア

この問題を改善し、全ての国民が安心して医療を受けられるような社会を実現するという使命感のもと、オバマ政権は2010年3月、医療保険制度改革法(Patient Protection and Affordable Care Act)、通称オバマ・ケアを成立させました。オバマ・ケアはワンフレーズで言うと、「全ての国民に対し、公的医療保険もしくは民間医療保険いずれかの医療保険への加入を義務化することにより、無保険者をなくそうとする改革」です(国による公的皆保険制度ではありません)。

低所得者には、保険加入に当たって税控除や様々な政府の支援が可能になると同時に、加入しない個人や企業には罰金が科せられることが定められました。またこれまでは、既往症がある患者は民間の保険会社から加入を拒否されてきましたが、保険会社はこのような拒否をしてはならないという条項も加えられました。この法律は、段階的に施行され、2014年度から本格導入される予定です。

2000ページ以上に及ぶ法の内容は極めて複雑で分かりにくいという評判ですが、以下に挙げたものが、医療保険制度改革法の主な中身です。(Wikipedia: Patient Protection and Affordable Care Actより)

・3200万人が新たに医療保険に加入することにより、国民の95%がカバーされる。

・保険会社は、既往症を理由に保険加入を拒否したり、加入者の発病を理由に契約解除したりできない。
・保険会社の医療費支払いの上限を撤廃する。
・子供は26歳になるまで親の医療保険でカバーできる。
・メディケア加入者は、自己負担の50%まで国の補助が出る。
・低所得者に対し、医療費負担が所得の15%を超えないような補助の制度を作る。
従業員50人以下の中小企業は、従業員用医療保険料負担の最大50%の税控除を受けることができる。
・従業員50人以上の企業は、全ての従業員用医療保険の負担が義務となり、違反には罰金が科される。
・全ての医療保険は、避妊薬や堕胎に伴う処方箋にも適用されなければならない。
・民間の高額医療保険への加入者に対し、保険料に40%の税金を課す。
・製薬会社と医療機器業者への計470億ドルの増税をおこなう。 
 

 アート オバマ・ケアヘの批判
 


さて、鳴り物入りで成立した医療保険制度改革法ですが、もともとこの法案には共和党を中心に反対派が多く、連邦議会での賛否は真っ二つに分れ、1年以上にわたる大論戦の末にようやく法案可決に漕ぎ着けました。しかし、法律にはなったものの、いまだ改正や廃止の声が上がり続けており、予定通り2014年から本格的に施行されるのかどうか、先行きが分からない状態です。

改革法に関する一般の世論調査も、支持しないが50%、支持するが42%と、評価は二分しています(12年2月27日、ワシントンポスト紙)。11月の本選では、医療保険改革法を守り貫きたいオバマ大統領とオバマ・ケアの廃止を目指す共和党との激しい戦いとなるのは間違いないでしょう。

国民皆保険制度に慣れている日本人から見れば、国民の命や健康を守り、安心して医療にかかれる制度を作ることは政府の義務であると思われるかもしれません。なぜアメリカの世論の半数近くが改革法に反対しているのか、不思議に思われるでしょう。また、オバマ・ケアを潰すなどというのは、国民の健康や福祉よりも自由主義経済や金儲けばかり重視する共和党の典型的な言い分だと思われるかもしれません。

実際のところ、アメリカ国内でも、「共和党は無保険者のことなど本気で考えてはいないのだ」、「高額な民間医療保険に加入して高度な医療を受けられる富裕層は、現状を変えたくないのだ」、「政治家やその家族は、政府の公的医療保険に加入しているくせに、これ以上加入者が増加するとメディケアは経営破たんするなどといって、低所得者たちを締め出そうとしている」・・・そんな巷の声も響いています。

しかし、相変わらずオバマ・ケアへの風当たりは強く、共和党予備選における医療問題はオバマ・ケアへの批判で一色です。ちなみに、オバマ・ケア(Obama Care)という呼び方は初めからあったわけではありません。医療保険制度改革法を指し示す用語としては以前はHealth Care Billとか Health Care Reformなどが使われていました。それが、法律の成立後、同法律反対派が、「医療改革は必要だが、オバマ改革には反対である」ということで、オバマ・ケアと呼ぶようになったのです。ですから、オバマ・ケアという言い方には少々批判的な意味が込められています。

では、いったい反対派は医療保険改革法の何を批判しているのでしょうか?主な点をまとめると以下のようになります。

・総合的に、10年間で約5000億ドルの増税になる。
・製薬会社等への増税により医療コストは上昇する。
・医療費支払い上限の撤廃により、保険会社の出費が増大し、保険料も上昇する。
・3000万人以上が新たに加入しても、それでもなお数百万人が未加入状態のままになると予測される。
・メディケア・アドバンテージを利用する高齢者(メディケアのオプションで、民間の保険も選択できる)の半数は、保険料の自己負担が増加するためこの制度が使えなくなる。
・避妊薬や堕胎に伴う処方箋への保険適用の義務化は、堕胎に反対する宗教法人の運営する病院やクリニックに、その主義に反するサービスを強いるもの、つまり道徳心に背かせる義務(Anti-Conscience Mandate)であり、容認できない。
・One Size Fits All(保険適用の一律のルールを全ての人に押し付けること)は、個人の自由と宗教の自由に違反する

参照:What is the Patient Protection and Affordable Care Act of 2010?
参照:Top Ten things Obama never told you about Obamacare
参照:The Impact of Obama Care
参照:Obama care Anti-Conscience mandate: An Assault on the Constitution

まとめると、オバマ・ケア反対派の主張は大きく2つに絞られます。

一つ目は、一言で言えば、オバマ・ケアは絵に描いた餅ということです。つまり、オバマ政権は、無保険者が保険に加入できるようにし、医療費を抑制することを目指し、財政赤字を増加させずに医療システムを改善する・・・と謳っているが、そんな都合のいい話はない。実際には、様々な形の税や手数料や規則で盛り込まれ、向こう10年で5000億ドルの増税となる。3000万人が新たに保険に加入することによって医療コストそのものは膨張し、保険料はつり上がり個人負担は増える。アメリカの医療問題は解決せず、事態は悪化するというものです。

二つ目は、「政府が個人に対し医療保険への加入を義務付けること」とは、それは言い換えれば、「政府が個人に対し特定のサービスを強制的に購入させること」であり、個人の選択の自由を定めた合衆国憲法に違反するという主張です。先の世論調査でも、個人への医療保険加入の義務付けは憲法違反だと考えている人の割合は76%に上っています(12年2月27日、ワシントンポスト紙)。

アート 共和党予備選候補者、それぞれの主張

さて、共和党予備選候補者は4名全員が、オバマ・ケアへの反対を表明しており、医療保険加入の義務は合衆国憲法違反であるという見方で一致しています。各候補の医療保険問題の考え方や政策には多少のばらつきは見られますが・・・

実は、先頭を走るミッド・ロムニー氏は2006年マサチューセッツ州知事時代に、州政府による公的保険制度いわゆるロムニー・ケアを導入しました。州民への医療保険加入の義務付けや罰則など、オバマ・ケアと類似した制度です。ロムニー・ケアの導入に当たり、保険加入義務への賛否両論はあったものの、「全ての州民に医療保険を提供する」という大目標を成し遂げるためのトレード・オフと理解され、民主・共和両党の協力により鳴り物入りで歓迎されました。

導入からおよそ5年が経過した現在のロムニー・ケアについての評価ですが、州財政への負担が当初の予想よりも重くなっていることや、中小企業経営者の従業員への保険料負担が増加していることへの不満がある一方、現在医療保険に加入している州住民は全体の98%を達成しています。マサチューセッツ州の世論調査では62%の住民がロムニー・ケアを支持していると答え、ロムニー・ケアはおおむね成功しているという評価が上がっています。Poll finds vast majority of Massachusetts residents like Romneycare

このような経緯のため、ロムニー候補はオバマ・ケアへの対応に微妙な立場に立たされています。政府による医療保険加入の義務化は合衆国憲法違反だと口を揃えてはいますが、自身がマサチューセッツ州で導入した医療保険制度の業績は正当化しているのに、オバマ・ケアを否定するのは自己矛盾だと批判される余地は否定できません。ロムニー氏は、基本的な考え方として、医療保険制度は連邦政府ではなく州政府によって運営されるべきであるとしています。ロムニー氏が、オバマ大統領と対峙する共和党候補としてふさわしいと認められるか否か、ロムニー・ケアはその行方に大きくかかわっていきそうです。
参考までに、ロムニー氏、ギングリッチ氏、サントーラム氏、それぞれが主張する医療政策を簡単にまとめて見ました。

【ロムニー氏】
・メディケアの拡充、プランを多様化する
・保険会社が既往症のある患者の加入を拒否できないとする規則は、条件付で撤廃する
・ヘルス・セービング・アカウント(*)を奨励する
・医療訴訟の賠償額に上限を設け、医療全体のコストダウンを図る
・民間医療保険を州をまたいで自由に購入できるようにする
・民間保険への個人加入者に対し、税控除を適用する

(*)ヘルス・セービング・アカウント(HSA)とは
医療費や保険料の支払いなど、医療に関係する使途のために自由に使える銀行預金口座。一定条件の医療保険に加入していれば開設可能で、この口座への預金は所得から控除することができ、連邦所得税や利子への連邦税もかからない。税控除により、医療目的の貯蓄を支援・奨励する仕組み。

【ギングリッチ氏】キャンペーン・オフィシャルサイトより
・メディケアを拡充し、民間保険の選択を含めプランを多様化する
・メディケイドを改正し、州ごとに患者のニーズに応じたサービスが提供できるようにする
・ヘルス・セービング・アカウントを奨励し、患者の医療負担を支援する
・保険会社に対し、加入者の発病を理由とした契約解除や保険料の増額を禁止する
・保険料や医療費に対する税控除を行う仕組みを作る
・医療訴訟を減らし、医療全体のコストダウンを図る
・医療の自由競争を促し、サービスの効率化とコストダウンを図る
・治療に関する選択肢を広げ、患者が医療情報や自由にアクセスできる仕組みを作る

【サントーラム氏】 (キャンペーンオフィシャルサイトより)
・メディケアを含む公的医療保険の拡充には反対
・ヘルス・セービング・アカウントを奨励し、患者の医療負担を支援する
・医療の自由競争を促し、サービスの効率化とコストダウンを図る
・民間保険への個人加入者に対し、税控除を適用する
・民間医療保険を州をまたいで自由に購入できるようにする。

(参照:GOP Presidential Hopefuls: Where They Stand on Health Care

ロムニー氏、ギングリッチ氏は、メディケアなどの公的医療保険を拡充し、サントーラム氏は医療の自由競争をより重視していますが、オバマケアに盛り込まれた「保険会社は既往症のある患者の保険への加入拒否できない」とする規則には3氏とも基本的に反対し、保険業界を擁護する立場です。サントーラム氏は、疾患を抱えている人がより高い保険料を払うのは当然であるとも明言しています。(参照

3氏とも一様に、オバマケアは医療問題を解決しないとしその撤廃を求めていますが、ではその代案は何かと言えば、ヘルス・セービング・アカウントの奨励、保険料に対する税控除、サービスの効率化によるコストダウンなどといった政策であり、あまり抜本的な改革とは言えないと私は感じています。要するに、彼らが主張しているのは、大枠ではアメリカの医療システムの現状維持であり、そこへ仕組みの変更を多少加えて問題に対処しようとしているだけであり、アメリカの医療問題の核心部にはまったくメスは入れられていないというのが、私の印象です。

次回は、もう一人の共和党候補者ロン・ポール氏の医療政策について、見ていきたいと思います。



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posted by Oceanlove at 04:52| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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