2013年05月07日

日本の安全保障と将来の道 シリーズ(4)中国の海洋戦略

前回のブログでは、アジア太平洋地域での米中対立という視点から、南シナ海の領有権問題を取り上げました。「南シナ海の領有権問題のあらまし」「国連海洋法条約」で見てきたように、海洋に関する法の支配、国際的ルール作りの努力が進められる一方、中国は着々と独自の海洋戦略を進めています。今回は、中国の海洋戦略と、南シナ海における米中対立の構造について解説していきます。

🎨中国が南シナ海の領有権を主張する根拠

中国の南シナ海への進出の主な狙いの一つは、豊富な石油や鉱物などの海洋資源と海上交通の確保、つまり経済的な利益にあります。経済発展に伴い貿易相手国が世界各国に広がる中、中国の貿易の70%は海上輸送に依存し、海上交通の重要性はますます高まっています。南シナ海を通過して中国へ輸送される中東やアフリカからの石油輸入の割合は、石油需要のおよそ3分の2を占めています。急増する国内の石油需要に応えながら、輸入依存を減らしたい中国にとって、豊富な天然資源の眠る南シナ海はまさにエネルギーの宝庫です。南シナ海の海洋権益を獲得するために、中国は以下のような独自の主張を行ってきました。

・南シナ海における中国の権利は、国連海洋法条約の成立以前に形成されていたものであり、新しい条約は、一国の歴史的権利を否定することはできない。
・排他的経済水域は、沿岸国の管轄のもと、沿岸国の経済と安全保障利益に資するものであり、公海の一部ではない。よって、他国の艦船や航空機の通行や訓練は事前の許可を得なければならない。
そして、南シナ海の領有権を主張する根拠として中国が必ず持ち出すのが、歴史的な「九点破線(九段線またはU字線とも呼ばれる)」という言葉です。九点線は、中国が領海を主張する境界線で、南シナ海ほぼ全域を含んだU字型の曲線です。

39段線.png

(図:九点破線。赤の9つの破線の内側が中国が主張する歴史的領海)


人民網日本語版に以下のような記事があります。

抗日戦争勝利後、中華民国政府海軍は南中国海(南シナ海)海域・島嶼を使用し始め、水文学調査を行った。1947年には「十一点破線」を主権と権益の境界線として確立し、世界に公布したが、国際社会は反対しなかった。1949年に中華人民共和国が成立すると、ベトナムとの友好関係から二点を譲り、「九点破線」を保持した。これは中国地図に明記し、かつ世界中で発行したが、関係国は黙認した。(中略) つまり、南中国海における中国の歴史的権利はすでに1947年に形成されていたのである。(中略) 南中国海における中国の歴史的権利は「九点破線」にあり、「九点破線」内に公海の存在する余地はないのである。(2011年11月23日人民網日本語版 「南中国海に公海は存在せず」)

つまり、中国の言い分は、この九点破線で示された南シナ海における中国の権益は、50年前、すなわち国連海洋法条約の成立前に形成され、公認された歴史的なものである。従って、国連海洋法条約を根拠として、中国が有する南シナ海における歴史的な権利を否定することはできない、というのです。

天然資源の存在が発見される1960年代までは、誰も中国が南沙諸島の主権を有することに異論はなかったのに、近年ベトナムやフィリピンなどが領有権の主張をし始め、大規模な石油開発を行うなど、中国の海洋権益が侵害されている、というわけです。

しかし、中国の言う歴史的権益とは、一般に海洋法上で認知されている「歴史的水域」とは異なるものです。歴史的水域とは、「内海のように地理的に特殊な状況にある水域で、沿岸国が長年にわたる慣習でこれを領域として扱い、有効に管轄権を行使しており、これに対して諸外国も一般に異議を唱えていない場合に、(外国船舶の無害通航を認めない)内水としての地位が与えられるもの」で、日本の瀬戸内海がその典型です。(佐藤 考一 「中国と『辺彊』:海洋国境−南シナ海の地図上のU字線をめぐる問題−」

南シナ海は、中国が「長年有効に管轄権を行使していた」というのも、「諸外国が意義を唱えていない」というのも事実と違い、歴史的水域とは言えません。それに加え、中国国内でさえも、九点破線の定義について、線内の島や環礁を領土と定義するのか、線内をすべて領海と定義するのかなど、専門家の議論が分かれているという事実もあります。

いずれにしても、中国の主張する「九点破線に基づく歴史的な権利」という概念や、「排他的経済水域は公海の一部ではない」という解釈と、海洋条約の規定の間には大きな隔たりがあるのです(海洋法条約には、中国の排他的経済水域での他国の艦船による通行や訓練を禁止する規定はなく、事前の許可さえ要求しません)。

中国は、このように海洋法条約を逸脱する権利を主張しながら、1996年に海洋法条約を批准してからは、その権利を最大限利用するというご都合主義の政策を推し進めています。中国は、条約で認められた排他的経済水域の考え方に基づき、管轄海域をそれまでの37万平方キロメートルからから300万平方キロメートルにまで拡大しました。そして、条約の持つあいまいさを逆手に取る形で、海洋権益を最大化させるために国内法の整備を行っていったのです。

その80-90年代の歩みはざっと以下のようになります。

1983年 「海洋環境保護法」施行。国家海洋局、「中国海監」によるパトロール開始。
1985年 国家海洋局に2機の航空機の配備を決める。
1986年 「中華人民共和国漁業法」制定。
1990年 海洋政策白書の発表。
1992年 「中華人民共和国領海および接続水域法」が施行。東シナ海(尖閣諸島を含む)、南シナ海(南沙諸島を含む)の領有権を定める。
1996年 国連海洋法条約を批准。
1998年 「中国海監」を「中国海監総隊」に編成し強化。
1998年 中国海事局を創設。海上交通に関する法執行を任務とする。

*「中国海監」は、中国が管轄する水域(排他的経済水域とその接続水域を含む)における巡視活動を行い、中国の海洋権益を守る事を重要な職務としており、尖閣諸島沖で日本の海上保安庁の巡視船と競り合っているのは、この「中国海監」です。

🎨ASEAN+中国の係争解決の歩み

中国の海洋進出に懸念を深めるASEAN諸国は、1991年から南シナ海係争を協議するためのワークショップを開き、対話の場に中国を引き込む取り組みを始めました。

しかし、当初の中国側の反応はあまり融和的といえるものではありませんでした。上記に挙げたように、1992年には南沙諸島の領有を明記した「領海および接続水域法」を公布し、海軍が島のひとつに上陸して領土標識を建てたり、1995年にはフィリピンと領有権を争っていた南沙諸島のミスチーフ礁を占拠しするなど、関係諸国を脅かす行動をとっています。

1994年には、インドネシアの主導で、南シナ海の係争問題を協議する場を、ASEANの非公式ワークショップから、ASEAN地域フォーラム(ARF:日米も含まれるアジア太平洋地域の安全保障問題を協議する閣僚レベル会議)へ引上げることが提案されました。しかし、係争の当事者でない日米が加わることには、中国やマレーシアが反対するなど、ASEAN諸国内でも足並みが乱れていました。

1996年、中国が海洋法条約を批准し管轄水域を300万平方キロメートルに拡大すると、マレーシアやインドネシアは、南沙諸島沖で中国との衝突を想定した大規模な軍事演習を行うなど、1996年ごろ、中国の脅威に対するASEAN諸国の懸念はピークに達しています。しかし、1997年以降のアジア通貨危機の影響を受けて、ASEAN+3(日本、中国、韓国)の場で、中国とASEAN諸国による自由貿易協定を促進するなど、中国側にもASEAN諸国への融和的な動きが見られるようになります。

ようやく2002年、ASEAN+中国の首脳会議で数年にわたり重ねられてきた、南シナ海の係争に関する行動基準を設ける作業が実を結びます。いわゆる「南シナ海における紛争当事者間の行動宣言」が合意に達したのです。この宣言は、関係各国が、「国連憲章と海洋法条約、東南アジア友好協力条約等の原則にのっとり、領海紛争を武力や威嚇によらず、平和的に解決するとし、軍レベルの対話と自発ベースでの軍事演習の事前通知、情報交換、環境保護、海洋調査、航行の安全に関する活動を協調して行う」という内容です。

行動宣言は、領海の分割はせず、領有権に関する具体的な線引きもなく、互いの軍事行動を抑制することに重点が置かれたもので、拘束力はありません。しかし、1991年にワークショップを開催してから10年以上の外交努力を重ねた結果、中国とASEAN諸国が一応の合意に達したことは大きな成果であったといえます。2004年からは、中国とフィリピンによる南沙諸島付近での海底石油の共同調査が行われ、翌年にはベトナムも加わって石油・ガス資源の探索が行われるなど、資源開発の政府間協力も進みました。

しかしながら、これで南シナ海の係争が解決したわけではありません。「行動宣言」の後も、目立った武力紛争には至っていないものの、領有権をめぐる中国と周辺諸国のせめぎ合いは続いています。例えば、2007年、フィリピン政府が国政選挙と地方選挙において、南沙諸島を選挙区に含めると、それに対抗するように、中国は南沙諸島と周辺の岩礁群に新しい行政区域として三沙市を立ち上げました。機会あらば、係争地を自国の行政に組み入れて管轄権を既成事実化しようとする両国の行動は、今に尾を引いています。(佐藤 考一 「中国と『辺彊』:海洋国境−南シナ海の地図上のU字線をめぐる問題−」)

次回に続く・・・


posted by Oceanlove at 07:52| 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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