2013年05月17日

日本の安全保障と将来の道 シリーズ(5)中国の核戦略と近海防衛戦略


前回のシリーズ(4)「中国の海洋戦略」では、中国が南シナ海の領有権を主張する根拠と、ASEAN諸国と中国の係争の歩みについて解説しました。

中国の南シナ海への進出の主な狙いの一つは、豊富な石油や鉱物などの海洋資源と海上交通の確保、つまり経済的な利益のためであるということは既に述べましたが、今回は、もう一つの狙い、すなわち安全保障上の狙いについてみていきます。

CSIS(Center for Strategic and International Studies :戦略国際問題研究所。アメリカ、ワシントンにある超党派シンクタンク)が発表した、「南シナ海における資源、領有権問題、そして米中の戦略的対立関係」と題するレポートには、中国の海洋戦略の目的として、以下の三つが示されています。

1)   台湾独立を阻み、アメリカが台湾支援のための武力行使することを抑止すること。
2)   中国の原油輸入の80%が依存するインド洋からマラッカ海峡へと抜ける海洋貿易のルートを守ること。
3)   太平洋において、中国海軍が、アメリカとの武力衝突を回避する究極の抑止力である、「核の報復能力(Second−strike nuclear capability)」を保持すること(この後説明)。

The Washington Quarterly Spring 2012  “The South China Sea: Oil, Maritime Claims, and U.S.-China Strategic Rivalry”

この報告書は、もし中国の南シナ海進出の目的が、海洋資源の開発や海洋貿易のルートの確保など経済的な利害だけであるならば、中国とASEAN諸国による協議により、係争の平和的な解決が可能であったであろう、とも述べています。現に、すでに触れたとおり、ASEAN諸国は中国を協議の場に引き入れ、南シナ海における各国共通の行動ルールを設け(2002年の南シナ海行動宣言)、そのルールを尊重することで、平和的に係争を解決する努力を進めてきました。

にもかかわらず、その努力が報われていないのはなぜでしょうか。


それは、中国にとって南シナ海は、アメリカとの武力衝突を念頭に置いた海洋戦略を展開する舞台として、どうしても支配する必要がある場所だから、なのです。

つまり中国にとって、敵はASEAN諸国ではなく、太平洋に展開する米軍です。中国にとって南シナ海は、米中関係で優位に立つために、ASEAN諸国との係争を招くことを承知の上で、どうしてもコントロールしなければならない海域だということです。

中国の海洋戦略のもう一つの目的は、「核の報復能力を持つこと」、そして「アメリカの武力行使を抑止すること」にあるといっていいでしょう。

「核報復能力」とは、「第二撃能力(second strike nuclear capability)」とも言い、敵の核による先制攻撃を受けても、生き残った核戦力で敵に報復攻撃を行い、壊滅的打撃を与える能力です(これに対し、先制核攻撃によって敵の核戦力を無力化する能力を「第一撃能力(first strike capability)」と言います)。これは、すなわち、中国は核戦力を含めた軍事力をアメリカに勝るとも劣らぬレベルにまで高め、それによって、アメリカが中国にうかつに手出しできなくなるような状態を作るということです。

アート中国の核戦略

長年、中国の軍事戦略には、台湾の独立を武力で阻止するという大きな目的がありました。1996年の台湾総統選挙時には、中国は台湾の北側海域で軍事演習を行い、ミサイルを撃ち込むなど威嚇を行いました。そして、台湾問題にアメリカが介入するなら、中国は米西海岸に核兵器を撃ち込むなどと恫喝し、緊張が高まりました。これに対し、アメリカは台湾海峡に太平洋艦隊の空母「インディペンデンス」とイージス艦「バンカー・ヒル」、そしてペルシャ湾に展開していた原子力空母「ニミッツ」とその護衛艦隊を派遣し、その圧倒的な軍事力を見せ付けたのです。

先ほどのCSISのレポートによれば、中国は、この時より、アメリカとの武力衝突を回避する究極の手段は、中国海軍による「核の報復能力」であるという理解に至ったと分析しています。

中国が「核の報復能力」を保持しようとする背景には、「相互確証破壊(Mutual Assured Destruction)」という核戦略に関する概念があります。核兵器を保有して対立する陣営のどちらか一方が、相手に対し戦略的核兵器を先制使用した際に、もう一方の陣営がそれを確実に察知し、核の報復攻撃を行うことにより、一方が核を使えば最終的に双方が必ず破滅する、という状態のことを指します。互いに核兵器の使用をためらわせることを意図しています。(ウキペディア 「相互確証破壊」より)

つまり、中国は、アメリカが台湾の防御等の理由で、中国に対する先制核攻撃を行う可能性を想定し、もしそうなった場合でも速やかに確実に核報復を行う能力を保持することにより、中国を先制攻撃すれば報復を受けるのでやめておこうとアメリカに思い止まらせる、「相互確証破壊」に基づく抑止力を働かせようというわけです。両者の核能力が拮抗すればするほど、この抑止力は機能を高めることになります。

核開発は時代とともに進化してきました。技術的に未熟だった初期の核ミサイルは、互いに相手の固定大陸間弾道ミサイル(ICBM: Inter Continental Ballistic Missile)の発射基地に向けて発射するものでした。とにかく、相手より多く核ミサイルを保持し、相手の発射基地や都市をより正確に攻撃できる能力を保持し、相手を威嚇することを目指しました。

しかし、自分の発射基地を破壊されてしまえば攻撃が行えません。それで、冷戦時代には、相手国から発射された核ミサイルが自国に着弾する前に、こちらからも発射する即応性が求められるようになりました。しかし、相手のミサイル発射から着弾までの30分以内という短時間に、自国への攻撃かどうか確認し発射準備を整える自動システムは、事故や偶発発射による偶発核戦争のリスクを高めました。

その後、GPSによる自己位置の計測や移動式ミサイルの開発により、潜水艦に搭載した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM:Submarine Launched Ballistic Missile)を発射する戦略へと進化します。SLBMは、相手から位置を発見されにくく、移動することで相手の先制攻撃から逃避可能であるため、自国の核の生存性が大幅に高まります。

中国が初めて導入した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM、JL1)は、射程距離が2700キロと太平洋を横断することはできず、ハワイより東に移動して発射しなければ米西海岸にも届かないものでした。しかし、2004年に運用開始された、2隻の弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN: Submersible Ship, Ballistic Missile, Nuclear Powered)に搭載された潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM、JL2)は、射程距離が8400キロと、アメリカ本土を攻撃可能な飛距離に伸びています。また、アメリカの艦船や空母に対して攻撃を加えることを目的として開発された新兵器、対艦弾道ミサイル(ASBM:Anti Ship Ballistic Missile)DF−21Dは、射程距離は約2000キロにのぼります。

SLBMのJL2と、2012年に実験に成功した最新鋭の大陸間弾道ミサイル(ICBM−DF41、射程1万7千キロ)は、一基あたり最大10発の核弾頭が搭載可能で、アメリカ本土の攻撃能力も格段に高まりました。中国は、従来から「核の先制不使用」を宣言し、あくまでも他国から核攻撃を受けた時の報復としての使用を核戦略の根幹としてきました。これは、射程距離の低さや核技術の未熟さの表れだとも言われてきましたが、いまや、中国は第一撃能力を有するまでに核の能力を高めたといえるでしょう。

アート中国の近海防衛戦略(Zone Defense) 

ところで、中国の海洋戦略の基本的理念として、すでに80年代に確立されていたのが、劉華清による「近海防戦略(Zone Defense)」という考え方です。「近海」とは、日本、台湾、フィリピン、ボルネオ島をつなぐいわゆる第一列島線の内側のゾーンを指します。そこに含まれる黄海、東シナ海、南シナ海は「中国が生存と発展を依拠する資源の宝庫であり、安全保障上の障壁」だとし、それまでの「沿岸防衛」から、第一列島線まで防衛ラインを広げた「近海防衛」への転換を図ってきました。李鵬首相が全国人民代表大会で、「防御の対象に海洋権益を含める」と表明したのは1993年のことです。参照:毛利亜樹 「現代海洋法秩序の展開と中国」)

法制上は、1992年の「中華人民共和国領海および接続水域法(領海法)」で、台湾、魚釣島(尖閣諸島)、澎湖列島、東沙諸島、西沙諸島、中沙諸島、南沙諸島を中国領土としました。1996年には、海洋法条約を批准し、200カイリの排他的経済水域に基づき、中国の「戦略的辺境」をそれまでの37万平方キロメートルからから300万平方キロメートルにまで拡大したことはすでに述べました。さらに、1997年、国防法を施行して、国防の範囲に「海洋権益の維持」を明記しています。

要するに、中国の海洋戦略は、第一列島線内の黄海、東シナ海、南シナ海のほぼ全域を防衛する近海防衛戦略(Zone Defense)であるということです。

海上の防衛力は、さまざまな機能を持つ戦闘艦や軍用機、潜水艦等によって構成されます。一般に、戦闘艦は、航空母艦(Aircraft Carrier)、巡洋艦(Cruiser)、魚雷を装備し主に敵の潜水艦や上空の戦闘機を攻撃する駆逐艦(Destroyer)やフリゲート艦(Frigate)に分類されます。ちなみに、日本は憲法上戦力を持たないことになっているので、海上自衛隊の保有する駆逐艦やフリゲート艦は「護衛艦」と呼ばれていますが、国際的には戦闘艦であることに変わりはありません。また、日本は空母は保有しませんが、ヘリコプター搭載の護衛艦やミサイル搭載のイージス艦(イージス・システムを搭載した護衛艦)を保有しています。

その他、敵の潜水艦や艦船を察知・攻撃する哨戒艦艇哨戒機、敵のレーダーに捕らえにくいステルス機やステルス艇、敵の空母を標的として弾道ミサイルを発射する原子力潜水艦、そしてパトロールを行う巡視船などによって海上戦力は編成され、連係プレーにより作戦の実行にあたります(これらは一般的名称と役割で、各艦船の定義や機能には差異があります)。

中国は近年、空母の開発と運用に力を入れてきました。旧ソビエト製の廃艦空母を改修した初の中国海軍空母「遼寧」が始めて出航したのが、2011年8月でした。翌12年の11月には、空母艦載機J−15が、初めて離発着に成功しました。アジアでは初めての空母保有国となり、フルサイズの空母を運用する5カ国(米、露、仏、印、ブラジル)の仲間入りをしました。さらに、2015年までには中国製の空母、2020年までには原子力空母を保有することも予測されています。

これらの艦船や潜水艦を配備し作戦を実行するためには、中国沿岸の海軍基地と太平洋への自由なアクセスが必要不可欠です。

中国海軍は、北海艦隊(青島や旅順を拠点)、東海艦隊(寧波や上海を拠点)、そして南海艦隊(広州や海南(ハイナン)島に基地を置く)の3部隊から成っています。第一列島線内の海域において、北海艦隊は黄海を、東海艦隊は東シナ海を、そして、南海艦隊は南シナ海を防衛するというわけです。中でも、中国最南端の海南島の海軍基地には、最新の原子力潜水艦、空母、護衛艦等が配備されています。海南島のすぐ南に位置する西沙諸島および南沙諸島(Spratly Island)が、中国の太平洋へのアクセスにとって極めて重要な海域であることは一目瞭然です。 


以上のことをまとめると、中国の海洋戦略とは、近海防衛戦略(Zone Defense)に基づき、第一列島線内への敵(アメリカ)の進入と影響力を排除し、海洋権益を掌握することです。そして、そのための手段が海軍の増強であり、核の報復能力の保持である
と言えるでしょう。

次回へ続く・・・



posted by Oceanlove at 16:06| 日本の政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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