スノーデン事件に見る米国民の自由(=Liberty)を護る闘い その(1)
の続きです。
🎨機密情報の漏えいについて
スノーデンは、機密文書の公開と告発の手法として、情報を第3者のジャーナリストに託し公表させる方法を選んだ。2013年5月、スノーデンはあらかじめ計画していた通り、機密情報が保存された4台のパソコンを渡航先の香港で、アメリカ人の法律家で英ガーディアン紙のジャーナリストだったグレン・グリーンウォルトと、ベルリン在住のアメリカ人映画監督のローラ・ポイトラスに手渡している。この二人を選んだのには理由がある。
ポイトラスは、数々の社会派ドキュメンタリー映画を作成し成功を収めている映画監督だ。2012年にも、元NSAの職員ウイリアム・ビニーによる内部告発をドキュメンタリーに描いている。2006年には、米軍占領下にあるイラクの人々を描いた作品“My Country, My Country”がアカデミー賞にノミネートされた。しかし、その後のポイトラスの活動は米国土安全保障省による監視の対象となり、出入国時の不自由やパソコンや携帯電話の捜索等、不当な扱いを受けてきた。ポイトラスに加えられた言論・表現の自由への圧力・侵害についての記事をガーディアン紙に書いたのがグレン・グリーンウォルトだった。
なぜジャーナリストらに機密情報を託したのかと言えば、第3者であるマスメディアに公表させることによって、“取り返しのつかない弊害”が生じないような情報が選別されて発表されることを期待したからだ。スノーデンは、グリーンウォルトらに対し、事前に政府と交渉し、この公表により特定の個人などが危害を被ることのないように配慮し、情報を選別することを要求していた。
ウイリアムズ: もし、アメリカに帰国できるとしたら、歓迎パレードで迎えられるか、終身刑となるかどちらだと思いますか?
スノーデン: それは、私のような立場のものが決めることではないでしょう。パレードで迎えられたいとも思いませんが、かといって刑務所に入りたくもありません。私と同様、国家のプログラムが憲法に抵触していると感じている同僚や政府関係者は大勢います。彼らへの見せしめのように、受刑者の立場に甘んじるつもりはありません。
ウイリアムズ: 帰国して、堂々と裁判で戦えばいいではないかという意見もありますが。
スノーデン: 妥当な質問ですが、私に課されている罪は通常のものではありません。アメリカの過去の歴史を振り返ってみれば、スパイ法によって起訴された者にはまず弁護の機会が与えられません。証拠を出そうとしても、その証拠が機密情報として使用できないなどの理由で、自分に有利な弁護をすることが許されていないのです。
スノーデンが言及した過去の歴史とは、告発者が裁判で勝つ見込みがない現実をいう。最も最近のケースでは、ブラッドリー・マニングが挙げられるだろう。米陸軍上等兵で諜報アナリストだったマニングは、2010年、アフガニスタンやイラクでの戦地報告書、民間人を犠牲にした空爆のビデオ映像、他の外交文書など70万点に上る機密文書をウィキリークスに漏えいした。
マニングの動機は、アフガニスタンやイラクにおける米軍の軍事行動の過ちや、安全保障の名の下に犯している重大な犯罪を、真実を知らされていない国民に公表することだった。しかし軍人であるマニングは2013年8月、十分な弁明の機会がないままに、軍事法廷においてスパイ行為や窃盗など19の罪状で、35年の刑を言い渡されている。
当然のことながら、国家機密を扱う職務に就く者が、それを勝手に持ち出したり公開したりすることは違法だ。そんなことが許されては、諜報活動など無意味になる。国防や安全保障政策には機密がつきものだ。
だが、安全保障やテロとの戦いの名の下に、軍による人道上の犯罪行為や、国家による個人の自由やプライバシーの侵害が起きていることも事実だ。それらは普通、機密事項として国民の目に触れることはない。しかし、国民を欺くこのような国家の犯罪を許してはいけないと考える者たちが、機密情報を扱う職務に就く者たちの中にも少なからずいる。それを漏えいすることは違法だ。そして、それを暴き告発することは、犯罪人として告訴され受刑者の身となることに他ならない。しかし、それを覚悟の上で、国家の重大な犯罪が機密のベールに隠され続けることを、良心が許さない国民が米国にはいる。マニングがそうであり、スノーデンがそうだ。
ニューヨークタイムズの元特派員で、ピューリツア受賞者のクリス・ヘッジ氏は次のように述べている。
「もし、スノーデンやアサンジやマニングがいなかったら、自由なメディアや言論は存在しない。スノーデンは、信頼のおけるメディアのフィルターにかけた情報のみを公表する、という正統な内部告発のやり方をとったのです。このような行為が犯罪として処罰されるのであれば、行政の誤りや国家権力による違憲な行為を追及しようとするものは皆無になるでしょう。」
「確かに、法に照らしてスノーデンの行為が犯罪か否かを問えば、犯罪でしょう。しかし、重要なのは彼の犯罪は、それより大きな国家の犯罪を告発するための行為であるという点です。国家権力が犯す犯罪です。権力側にいる者たちは、規制や監視の対象にもならず、その行為に対する摘発や社会からの反発を受けることもなく、大規模な犯罪の実行が可能なのです。特定のターゲットの暗殺を実行したり、国際法を無視した戦争を仕掛けたりといったことは、アメリカ国民を欺く重大な犯罪です。もし、厳密に法に照らしてスノーデンを犯罪者にするというのであれば、それは国家権力が犯しているより重大な犯罪を保護することと同じなのです。」 Is Edward Snowden a Hero? A Debate with Journalist Chris Hedges and Law Scholar Geoffrey Stone
🎨スノーデンの功績
ウイリアムズ: あなたは、自分のしたことは潔白だと思いますか?あなたは公共のために良いことをしたと考えますか?
スノーデン: そう考えます。私が最も強調したいのは、アメリカの歴史を見てみれば、「正しいこと」は必ずしも「合法なこと」ではないということです。正しいことをするためには、時として法を犯さねばならない場合もあるのです。
ウイリアムズ: あなたは愛国者ですか?
スノーデン: もちろんです。ただ、愛国者という言葉は乱用されて、その価値が薄れていますが、政府の機関で働くことだけが愛国者ではありません。愛国者とは、国家を護る意思を持ち、憲法を護る意思を持ち、敵の侵略や暴行から国民を守る意思のある者のことです。そして、その敵とは外国とは限らないのです。自らの誤った政策かもしれないし、説明責任の足りない官僚たちかもしれないのです。
NBCニュースによると、「スノーデンを愛国者とみなす」と考える視聴者は、インタビューの放映前は約半数だったが、インタビュー後には60%に増加した。アメリカ国民の過半数が、スノーデンを支持・理解するか、好意的に受け止めているのだ。
ロシアでの亡命生活は延長されるのか、アメリカに帰国する日が来るのか、スノーデンの今後は、アメリカとロシアを含む関係各国間の極めて政治的な駆け引きの対象となりそうだ。アメリカ政府は、将来同様の告発者が出ないように、見せしめのようにスノーデンに重罪を負わせようとするかもしれない。個人的には、この勇気のある有能な青年の将来が希望のあるものになって欲しいと思う。しかし、注目すべきは、これからスノーデンがどうなるかというスキャンダラスな報道ではない。スノーデン自身も言っているように、彼の役割はすでに終わっている。
注目すべきは、スノーデンが投じた一石の波及効果のゆくえだ。
スノーデン事件とは、国家のNSAの情報収集プログラム(プリズム)が、国民が国家によって監視されない権利(プライバシーの権利)を侵害していることが暴露された事件だ。突き詰めていけば、スノーデン事件は、アメリカにおける「国家権力」と「自由=Liberty」の闘いである。ここで言う自由とは、FreedomではなくLiberty、すなわち、国家権力による監視や圧力や差別などからの解放という意味での自由である。
アメリカ国民にとって「自由=Liberty」とは、合衆国憲法が保障し、それに国がよって立つ言わば最高の法規であり思想である。しかし、国の防衛は、「自由」を含め他のすべてをさしおいて国防を優先させようとする。ゆえに、自由は、国防のための侵害のリスクに常にさらされ続ける。「自由」と「国防」は、一国の中でどこまでも対立を続ける宿命にある。
アメリカのように国防を担う国家権力が強大であればあるほど、その権力の暴走や自由の侵害に歯止めをかけるためのチェックアンドバランスの必要性は大きい。三権分立における”議会と司法による行政のチェック機能”のような制度的メカニズムのことだけを言っているのではない。当然それも存在しているが、アメリカという国家が凄いと思うのは、国民だ。
スノーデンの功績は、スノーデン事件に対するアメリカ国民の反応そのものにある。アメリカという国家が単に政治や諜報や軍事において最強の国家であるというだけではなく、それに匹敵するほどの「自由=Liberty」を守ろうとする意志と行動力を持った国民の国であるということの証明にある。
アメリカでは、個人、市民グループ、人権団体、そして独立メディア(企業広告は一切なく、政府の影響を受けないリベラルなテレビ・ラジオ・インターネットを含むメディア体)が常に国家権力に対峙している。だから、マニングやスノーデンが出現し、彼らを支持する国民がアメリカには大勢いるのだ。独立メディアはもちろんのこと、主要メディアでさえも、スノーデン事件をトップニュースで大きく取り上げるのだ。そして、スノーデンの素顔に迫る一時間のインタビュー番組を放映するのだ。
スノーデン事件の後、国民の自由を守る戦い−政府の情報収集プログラム(プリズム)の違法性を糾弾する戦い−は、アメリカ社会の様々な分野で変化をもたらしている。たとえばこんな具合だ。
・ 2013年12月、連邦裁においてプリズムについて違憲判決がなされたことは既に述べた。
・ オバマ大統領は、2014年1月、収集した情報を政府の手元におかず第三者機関に管理させること、また、外国の盗聴や情報収集に制限を加えることなどを含む、NSAの改革案を発表した(これには、小手先の改革に過ぎず、手ぬるすぎるという批判もある)。
・ 去る5月22日、下院はNSAによる電話の通話記録の収集を中止させる法案(The USA Freedom Act)を、303対121の賛成多数で可決した。 (House passes bill to overhaul NSA Data Collection)
・ 政界でも、NSAの情報収集に対する抗議の声と、スノーデンを擁護する声が上がっている。上院議員のバーニー・サンダースは、「隠されていた重大な問題について議論する機会を得たのもスノーデンの行動のおかげである」と述べた。ジミー・カーター元大統領も、もし自分が現職であったなら、スノーデンに恩赦を与えることを考えるだろうと述べた。また、元下院議員のロン・ポールは、政府に対しスノーデンに恩情のある処遇を求める署名活動を開始した。Ron Paul Starts Petition for Snowden Clemency
・ また、2014年4月14日、スノーデンが提供したNSAの機密情報を暴露したガーディアン紙とワシントン・ポスト紙の報道が、米報道界で最高の栄誉とされるピュリツァー賞(公益部門)を受賞した。
・ スノーデン事件の映画化の動きも本格化している。スノーデンが機密情報を託したグリーンウォルトの著書 “No Place to Hide”は、ソニーピクチャーズエンターテイメントが映画製作権を取得した。また、ガーディアン紙のジャーナリスト、ルーク・ハーディングの著書 “Inside Story of the World’s Most Wanted Man”の映画化は、あのオリバー・ストーン監督が行うことになった。同監督は「われわれの時代で最も素晴らしいストーリーの1つであり、真の挑戦だ」と声明で語っている。 (6月2日 ロイター通信)
スノーデン事件は、アメリカの「国家権力」と「自由=Liberty」の闘いだと書いたが、結論を先に言えば、スノーデンの告発によって、アメリカの国防政策が大きく変わることはないだろう。米政府はあらゆる諜報活動を続けていくであろうし、その機密の活動が憲法に抵触しうることも、人道上の罪を犯しうることも変わらないだろう。
しかし、アメリカ政府はスノーデンが起こした事件を、下っ端のハッカーによるのけしからん告発として揉み潰してしまうことはできなかった。スノーデンが投じた一石は、すでに社会全体を巻き込んだ波及効果を生んでいる。かくして、アメリカにおける「自由」を護ろうとする国民の闘い、「国家権力」と「自由」のせめぎ合いはこれからも続いていく。そして、私は憲法の理念を護ろうとするアメリカ国民の弛まぬ闘いに心より敬意を表するのである。
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