アメリカの安全保障政策、日米同盟関係、そして日本の平和憲法などをテーマに、日米の専門家・一般市民にインタビューを行い、シリーズで掲載します。様々な立場の人々の意見に耳を傾けることで、この問題に関する知識と理解を深め、自らの安全保障問題を考える際の材料としていただければ幸いです。
♦ウェス・ヴァンビューレン(50代): 中学校教師。作家。英語、数学、社会、科学の全教科を教えるマルチタレント教師。リベラル派。民主党支持。
♦米軍は、経済を循環させるための巨大産業と化している
筆者: 今日は、アメリカの安全保障政策、アジアや中東における軍事戦略、日米同盟など、多岐にわたってお話を伺います。
はじめに、現在米軍は世界150カ国以上に拠点を持っており、合わせて約15万人の米国軍人が派兵されています。アメリカの国民の中には、「アメリカは他国への干渉を止めるべきだ。なぜ、アメリカ国民の税金を使って他国の国民、特に先進国である日本やドイツを保護しなければならないのか。外国から軍を撤退させるべきだ」という人々も少なからずいます。このような意見について、どう思いますか?
ヴァンビューレン: 米軍の世界への派兵が多すぎないかということですが、その通りだと思います。これは、1950年代半ばにまで遡りますが、まさに当時のアイゼンハワー大統領が国民に警告した通りです。いわゆる “軍産複合体(筆者注:Industrial Military Complex 軍需産業に関わる民間企業と軍と政府機関が形成する政治的・経済的・軍事的な勢力の連合体)”の問題です。つまり、軍はビジネスを活性化し、経済を循環させるための巨大産業と化してしまっているのです。軍が進出すれば、武器や施設やインフラなど軍にかかわるあらゆる需要が増しアメリカ経済を押し上げるからです。
ジョージ・ブッシュ前大統領の時代にもそれが顕著でした。副大統領のディック・チェイニーは軍需大手企業ハリバートンのトップだった人物です。だから、それだけの税金を費やして海外派兵を続けているのです。軍需産業中心に作り出されたシステムは、アメリカ経済の恒常的な推進力としての役割を担っています。そして、そのような側面は、米軍の派兵は国益を守るためだという大義名分によって覆い隠されているのです。特に中東においては、そのシステムが石油産業を深く結びついていて、アメリカ経済を支えてきました。
だから、中東から撤退したいと思っても、経済への打撃なしには撤退するわけにもいきません。このような巨大システムを変えたいと思っても、それは必ず自分たちに跳ね返ってくるのです。実に難しい問題です。
筆者: 現在4万人を越える米軍が日本に駐留していますが、その目的は日本を防衛することではなく、アジア・太平洋地域におけるアメリカの安全保障戦略の一翼を担っているということですよね。
ヴァンビューレン: はい、日本はアメリカの軍事戦略上極めて価値のある国です。ロシアであれ、中国や中東であれ、あらゆる場所に米軍を一飛びで派遣することのできる立地のよさです。これは第二次世界大戦後からずっとそうでした。まさに先ほどの軍需産業を潤し続けることの軍事拠点とも言えるわけです。
筆者: 日本における米軍のプレゼンスというのは、中国や北朝鮮などの脅威に対する抑止力であるというのが一般的な見方ですが。
ヴァンビューレン: アメリカの目標というのは、突き詰めていけばあらゆる地域に民主主義というシステムを広めることなんだと思います。ベトナムや朝鮮半島では失敗もしているわけですが。果たして他国の民主主義を守ることがアメリカの役割と言えるのかどうかはわかりませんが・・・。
筆者: アジアは最も経済成長の著しい地域で、世界のGDPの40%、アメリカの貿易の38%を占めています。アジア太平洋地域の安定性を確保するということが最大の国益なのではないでしょうか?つまり、この地域が、利害対立のある大国に支配されるというシナリオこそ、アメリカにとって最大の脅威なのではないでしょうか?
ヴァンビューレン: そうです、地域の安定化の重要性です。国益の確保という意味では、中国への大量の負債はアメリカの究極的な弱みです。中国はそれを外交の武器として使ってきたしこれからも使ってくるでしょう。しかし、中国が米国の弱みに付け込んで優位に立とうとすれば、アメリカは直ちに輸入を止めるなどの対策を採るでしょう。それにより中国経済は失速し、中国経済もアメリカ経済は同時に打撃を受けます。米中は、相互に人質をとられているようなものなので、両者とも強硬には出ることができないのです。
しかし、米中どちらがどちらがより大きな弱みを握られているかといえば、はるかに多くの人口を抱える中国なのではないでしょうか?中国は、あれだけの人口を満足させておくのは、より困難なのではないでしょうか。
筆者: 中国が南シナ海で人工島を築き軍事施設を建設していますが?
ヴァンビューレン: あれは、国威高揚ですよ。どれだけの国力・軍事力があるかを見せびらかしているのです。それは、アメリカもロシアもやってきたことで、内外に力を知らしめるレトリックです。互いに核を保持しているわけですから、どんなに軍事力を誇張して見せようとも、いわゆる抑止力が機能しているはずであり、そこに安定性があるのです。
筆者: 互いに限度は承知の上だということですね。
ヴァンビューレン: はい、だからこそ、そのような安定性がないという意味で、中東で起こっていることは極めて危険です。テロリストは、それが宗教的な大義名分にせよ何にせよ、破壊を厭わない種類の人々であり、いわゆる抑止力が機能しないからです。
♦米軍を縮小したら世界はより平和になるか?
筆者: 日米同盟について伺います。日米同盟の下においては、アメリカは日本を防衛する義務がありますが、日本にはアメリカの関わる戦争に派兵する義務はありません。これは日本の憲法9条により自衛隊の海外派兵は禁止されていることが理由ですが、これが、不平等ではないかという意見もありますが、どう思いますか?
ヴァンビューレン: 現実問題、もし米軍が日本に駐留していなかったら、中国に武力で占領されるまでどれくらいかかるでしょうか?日中の軍事力の差は明白です。米軍が他国に駐留している状態を好ましいとは思いませんが、現実は理想の世界とは違います。パワーハングリーな勢力というのは消えてなくなることはありません。歴史を見れば明らかなように、放っておけば常に、力で世界の高みを目指そうとする者がいるのです。
そのような独裁的なパワーの出現を防ぐことに、米軍のプレゼンスや、NATOのような軍事同盟の存在意義や役割があるのではないでしょうか。第二次大戦以降、少なくともかつてのヒトラーやムッソリーニのような人物は出現していません。独裁者が現れて、かつての世界大戦のような状態にならないために、人類が悲惨な歴史を繰り返さないために、そういった脅威に対して集団で対処するメカニズム、民主主義国家による軍事プレゼンスは必要なのではないでしょうか。
ロシアがよい例です。プーチンを独裁者と断定はしませんが、民主国家であるウクライナに対してやったことは力の誇示、暴力による侵略以外の何ものでもありません。
難しいバランスです。アメリカが軍備を縮小し世界各地から米軍を撤退させることは、世界をより平和にするでしょうか?それとも、力の空白を生み、そこにパワーハングリーな勢力をなだれ込ませてしまう結果になるでしょうか?私には分かりません。私は一介の教師に過ぎませんから(笑)。
いずれにしても、過去の大戦のような悲劇が起こらないように、世界の統轄役を担う国が必要なのであって、アメリカがその役を引き受けてきたのです。正しいやり方でやっているかと問われれば、必ずしもそうとは言えないでしょう。私個人としては、米軍のあり方に関しては賛成できないことがほとんどです。ただ判っていることは、高い軍事力を維持することによって、世界情勢の悪化を防ぐことができるという側面と、余計に他の反発心や敵対意識を煽ってしまうという側面の両方があるということです。
♦そもそもなぜアラブ諸国はアメリカを敵視するのか?
筆者: テロ対策や中東問題を語るとき欠落しているのが、そもそもなぜアラブ諸国はアメリカを敵視するのか、イスラム過激派はなぜアメリカやその連合国を攻撃するのか、その根本的原因についてです。政治家も大手メディアも誰も触れようとしません。
米独立系シンクタンク “インディペンデント・インスティテュート”の安全保障問題評論家のイバン・エランド氏は、米軍やフランスなどによるシリアへの空爆について次のように言っています。
「残念ながら、このような力ずくのやり方では何も解決できず、事態を悪化させるだけです。本当に必要なのは、イスラム過激派による西側諸国への度重なるテロ攻撃の原因がなんなのかに、正直に目を向けることであり、それがより地道な効果的な対応へと繋がるのです。」
この発言をどう受け止めますか?
ヴァンビューレン: 911同時多発テロ、その前には米海軍艦船へのテロ、歴史を遡れば、我々は何度となくテロ攻撃を受けてきました。なぜ攻撃されるのか?その責任の一部が我々自身にあるのは確かでしょう。彼らの国の中にテロが生まれる土壌を作り出したということです。
テロリズムという手段は、抑圧された人々の唯一の手段です。高度な軍事力と戦うことはできないのですから。
筆者: 現在の中東問題は、歴史を遡れば、第一次世界大戦中に英国とフランスがオスマン帝国を侵略し、中東地域を分断したことに端を発しています。西側はシーア派、スンニ派などの宗派やセクターの違いを考慮せずに分断したのです。そして第二次世界大戦以降は、パワーはアメリカに移行し、世界の覇権国となったアメリカが言わば世界の警察官となってきたわけです。確かに、世界大戦はおきていません。しかし、そのプロセス、アメリカのやり方は決して中東の人々にとって好ましいものだったわけではありません。
ヴァンビューレン: ええ、そうです。全うな外交でもありませんでした。イランを見てください。アメリカは1950年代、当時のモサデク首相(反米的)を失脚させ、親米のモハンマド・レザー・シャー・パーラビを国王に据えたのです。そしてパーラビ王朝は、ついに国民が立ち上がり彼を追放するまで(筆者注:1979年のイラン革命)続いたのです。
フセインだって、アメリカが権力の座に据えたのです。彼がアメリカの言うことを聞いている以上はそれでよかったのに、アメリカに従うことを止めたために失脚したのです。このようなことは、アメリカの一般国民は語ろうとしません。
筆者: アメリカ国民は、そのような事実を知っているのですか?
ヴァンビューレン: それは、教育レベルによるでしょう。
筆者: 学校の歴史の授業ではそういったことを教えていますか?
ヴァンビューレン: 私は教えますよ。授業の中で、機会があるたびにそのようなことは伝えるようにしています。ただ、問題はアメリカの歴史のカリキュラムが、古代や中世に重点が置かれていることです。アメリカの市民戦争や南北戦争といった時代までは十分な時間をかけるのですが、私たちが今直面している様々な問題を理解するために必要な現代の歴史がなおざりにされています。高校2年くらいでわずかにタッチする程度か、まったく学ばない生徒も多いと思います。
残念ながら、近代の歴史と今日の世界との関わりについては、大学に進学し政治学などの分野を専攻しない限り本格的に学ぶ機会がないのが現状です。だからほとんどのアメリカ人は現代史について無知です。うがった見方をすれば、国民がこのようなことに無知のままでいた方が国家にとっては都合がいいのかもしれません。もし教育されれば疑問を持つ人が増えるでしょうから。
政治を見てみてください。例えば、共和党の押す政策は、常に上位1%の人々を優遇しています。その1%の人々がこの国の富を独占し、その他の多大多数の労働がそれを支えているのです。
物事を理解するのには、勉強が必要ですし、自分の立場と同時に相手の立場を理解しようとする姿勢が必要ですが、それを教えるのが教育です。そういう姿勢で議論できる人々もいる一方で、垂れ流されている政治的レトリックを鵜呑みにしてしまう人々もいます。外交にしても経済にしても全てオバマ大統領の責任にしたり、中にはブッシュ前大統領の時代に起きた911に関してオバマ大統領を攻め立てる人さえいます。
アメリカは自由なすばらしい国です。しかし、なぜ自由が保たれているかということを理解し、それを守る努力をしないのなら、その恩恵を受けるに値しません。そういう意味でこの国は危機に瀕していると思います。つまり自由が危機に瀕しているということです。
筆者: 最後に、日本の憲法9条についてお尋ねします。憲法9条は、日本が過去の大戦の過ちから得た教訓であり、戦後、日本の国際社会への復帰と経済発展を可能にした国家の理念ともいうべきものです。そして日本はこの憲法の下、戦後70年間、平和国家として歩んできました。
その理念が、今安倍政権によって覆されようとしていますが、日本の憲法9条の非暴力の理念についてはどう思いますか?
ヴァンビューレン: 日本の人々がその理念を持ち続けようとするなら、それに越したことはないでしょう。ただし、正直、それで誰も攻めてこなければ、ということですが・・・。
第二次世界大戦を振り返ってください。我々はいろんな教訓を得たと思いますが、そのひとつは「我々の過ちはヒトラーの暴政を許したことだ」というものです。ヒトラーが台頭し始めたは1936年くらいのことですが、アメリカは始めは不干渉の立場を取っていました。ようやく米軍が動き出したのは1941年頃になってからです。当時、アメリカはヨーロッパで何が起きているか知っていたのにもかかわらず出兵しなかった、ヨーロッパの惨状を放置したという、国内外からの非難に甘んじてきました。
その反省から、第二次世界大戦後、我々米軍がやってきたことというのは、第二のヒトラーを出現させないようにすること、軍事力を行使してかつてのような状況を再び起こさせない環境を維持することだったのです。しかし、今日ではそれがいわば“習慣”になってしまってい、世界中に干渉し続けている状態が断ち切れない。他国の政府への影響力を行使し、我々の経済や国益やにとって好ましい状況を作るように仕向け、自分たちの欲求を満たし続けている、それが今の米国の姿なのです。
筆者: ありがとうございました。