2016年10月28日

米大統領選にみるアメリカの民主主義の陰と光

アメリカ大統領選挙が目前に迫った。
 
2016
年の大統領選は、私がアメリカで観察する5回目の選挙となる。毎回選挙の度に感じてきたのは、一見公明正大に行われている米大統領選に垣間見る、アメリカの民主主義の根幹にある陰と光である。今回ほど、それを顕著に感じる選挙はない。
 
米大統領選といえば、従来は「リベラル・民主党」対「保守・共和党」という構図が支配的であった。ところが、今年は予備選が始まった当初から、「エスタブリッシュメント*」対「反エスタブリッシュメント」という構図が明確となった。

*
エスタブリッシュメント: 二大政党、スーパーPAC(政治資金団体)、PACに莫大な政治資金を寄付する巨大企業、金融資本、軍需産業、大手メディアなどで構成される広義の権力機構をさす
 
長丁場の選挙戦、候補者の暴言やスキャンダルの応酬に辟易し、目を逸らせてしまう有権者も多いかもしれない。しかし、「エスタブリッシュメントが押すクリントン」対「反エスタブリッシュメントが押すトランプ」の闘いの本質を考えると、今回の選挙はアメリカ現代史上前代未聞の、ある意味革命的な選挙戦だといっていい。そして、この動きは、今回限りでは終わらないかも知れない。
 
民主党予備選で、バーニー・サンダースがヒラリー・クリントンを追い詰めたことや、全く本命視されていたなかったドナルド・トランプが共和党予備選を勝ちあがり、本選を互角に戦う事態となったのは、有権者の多くがエスタブリッシュメントが支配する既存の政治システムに諸悪の根源があることに気付いたからだった。
 
これまで二大政党政治が、いかに1%の特権階級を優遇し、99%の国民の利益を奪ってきたかに気付き、既成の政治にNOを突きつけたからだった。二大政党政治は、民主・共和のどちらが政権を担っても、エスタブリッシュメントが操る国家の根幹システムと世界の軍事戦略には大きな違いがないということに、米国民の多くが気付き怒りの声を上げた、そういう意味で革命的な選挙戦である。
 
ただし、これが既存の政治システムを打ち破る真の革命になるのか、それは定かではない。先行きはいまだ混沌としている。
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2016年04月06日

エスタブリッシュメントが描く国家戦略とアメリカ国民の覚醒

アメリカ大統領予備選が始まって約2ヶ月、共和党ではドナルド・トランプ氏が依然トップを走り、民主党はバーニー・サンダース氏がヒラリー・クリントン氏との差をじわじわと縮めてきている。この予想外の展開に、いったいなぜ、あんな人(トランプ氏)が大統領候補に?サンダース氏ってチャンスあるの?といったよく質問を受ける。


トランプ人気や、トランプ氏と共和党主流派との対立など、すでにニュース解説等もありネット上でも様々な憶測が飛び交っているが、私は「アメリカ国民が、ようやく何かに目覚めアメリカ政治の本質を理解し始めたがゆえの現象ではないだろうか」という思いを抱いている。


今回の記事では、アメリカ国民が何に目覚め始めたのか、アメリカ政治の本質とは何か、いったい今回の大統領予備選で何が起きているのかを、表題にある”エスタブリッシュメント(後に詳述)”をキーワードに、独自に分析してみた。


■巨大資本が操る大統領選


アメリカは民主国家であり、国民に選ばれた大統領が国民のための政治を行う、ということになっている。


しかし、まず始めに言えることは、アメリカ大統領選挙が行われるシステムも、大統領が行う政治も極めて非民主的であるということだ。

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posted by Oceanlove at 07:18| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月08日

What Snowden has brought to the American Society

In June 2013, Edward Snowden, a former CIA contractor/system administrator, leaked thousands of National Security Agency’s (NSA) classified documents and brought the US government’s spying programs to international attention. Amongst the NSA’s programs uncovered by Snowden’s leak was the mass surveillance data-mining program called Prism. NSA tracks and collects internet and telephone communication of the American people through internet companies including Facebook, Google, Yahoo, and Verizon.

While some call him a traitor who disclosed national security information, others call him a patriot who exposed unconstitutional activities of the government to the public. 

He is facing three federal charges including the violation of the Espionage Act and theft of government property, with a prison sentence up to 30 years. He ended up stranded in Moscow airport for over a month until he was granted temporary asylum by Russia. A year later, in August 2014, his asylum was extended for another three years.

On May 28 2014, NBC’s Brian Williams met Edward Snowden and interviewed him at an unknown location in Moscow for the first time by the American News Media.

"We are not here to judge whether Edward Snowden deserves life in prison, or clemency," Williams told the NBC audience. "We are here to listen for the first time to why he did what he did, and what his concerns were for our society. We are here to learn some of the things our government did in our name. In the end, perhaps some of us will change our minds. If we don't, at least we will have been informed."

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2014年06月16日

スノーデン事件に見る米国民の自由(=Liberty)を護る闘い その(2)

この記事は、

スノーデン事件に見る米国民の自由(=Liberty)を護る闘い その(1) 

の続きです。

🎨機密情報の漏えいについて

スノーデンは、機密文書の公開と告発の手法として、情報を第3者のジャーナリストに託し公表させる方法を選んだ。2013年5月、スノーデンはあらかじめ計画していた通り、機密情報が保存された4台のパソコンを渡航先の香港で、アメリカ人の法律家で英ガーディアン紙のジャーナリストだったグレン・グリーンウォルトと、ベルリン在住のアメリカ人映画監督のローラ・ポイトラスに手渡している。この二人を選んだのには理由がある。

ポイトラスは、数々の社会派ドキュメンタリー映画を作成し成功を収めている映画監督だ。2012年にも、元NSAの職員ウイリアム・ビニーによる内部告発をドキュメンタリーに描いている。2006年には、米軍占領下にあるイラクの人々を描いた作品“My Country, My Country”がアカデミー賞にノミネートされた。しかし、その後のポイトラスの活動は米国土安全保障省による監視の対象となり、出入国時の不自由やパソコンや携帯電話の捜索等、不当な扱いを受けてきた。ポイトラスに加えられた言論・表現の自由への圧力・侵害についての記事をガーディアン紙に書いたのがグレン・グリーンウォルトだった。

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posted by Oceanlove at 13:52| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スノーデン事件に見る米国民の自由(=Liberty)を護る闘い その(1)

エドワード・スノーデンが、アメリカの国家機密情報を漏えいし、NSA(米国家安全保障局)の情報収集プログラムを告発したのは、ちょうど一年前のことだ。若干29歳の若者の告発によって、911同時多発テロをきっかけに、「テロとの闘い」の名の下にアメリカ政府が始めたこの情報収集プログラムの違法性が白昼のもとに晒されることとなった。

米政府は、スノーデンを指名手配中だが、スノーデンは昨年5月に香港で情報をリークした後、モスクワに飛び、期限付きで亡命を受け入れたロシアに現在も滞在の身だ。スノーデン事件はアメリカのみならず世界各国の諜報機関に衝撃を走らせ、諜報活動のあり方とプライバシーの保護、言論のを自由をめぐり、激しい論争を巻き起こした。スノーデンは「ヒーローか反逆者か」というスキャンダラスな論議もメディアを大きく賑わせている。

これまで、幾度か外国のメディアに登場したスノーデンだが、最近アメリカのテレビ局として初めてNBCニュースのブライアン・ウイリアムスとのインタビューに応じ、去る5月28日、Inside Mind of Edward Snowden という番組で放映された。インタービューで自らの行動の動機、スパイや売国奴と呼ばれることへの反論、愛国心などについて語るスノーデンの声を聴き、改めてアメリカという国の根底を流れる「自由」を重んじる思想と、それを護ろうとするアメリカ国民の力強い闘いを見たように思う。 「Inside Mind of Edward Snowden」 ←こちらをクリックすると、ビデオクリップをご覧になれます。

今回のブログでは、インタビューをかいつまんでご紹介・解説しながら、スノーデン事件の本質について迫ってみたい。

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2013年12月23日

イランの核問題とは? その(2)アメリカの中東政策の崩壊

第二次世界大戦後、超大国となったアメリカの中東政策の目的は、大きく二つありました。ひとつは、中東の石油市場をコントロールすること。そしてもうひとつは、イスラエルとパレスチナの間にくすぶり続ける対立の火種を抑え続けること、つまり、火種が本格的に燃えあ上がり、第4次中東戦争とも言うべきアラブ対イスラエルの戦争に発展することのないように、アラブの支配層を味方につけておくことです。

イスラエルを取り巻く国々−サウジアラビア、エジプト、ヨルダン、そしてペルシャ湾岸のクウェート、バーレーン、カタール、アラブ首長国連邦、オマーンなどアラブ諸国は、国王や大統領が実権を握る独裁国家です。またこれらの国々は軒並み親米国家であり、いずれの国にも米軍基地がおかれています(バーレーンに配置された航空母艦アメリカ第五艦隊は、湾岸地域におけるイランの武力行使を想定した抑止力としての役目を負っています)。イラン以外の中東の国々には、イスラエルに対する憎悪と政治的確執を抱きながらも、支配層が基本的にアメリカに従属する長期独裁体制がしかれている・・・これこそまさに、欧米を中心とする世界秩序を維持するためのアメリカの戦略です。Continue to read....
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2013年12月13日

イランの核問題とは?  〜アメリカ・イスラエルとの関係を読み取る〜


皆さんは、「スケープゴート」という言葉の意味をご存知でしょうか。
ヘブライ聖書に、古代ユダヤの儀式「スケープゴート」について記されています。贖罪の日に、人々の苦難や行った罪をヤギの頭に載せて悪魔のいる荒野に放すというものです。

スケープゴートとは、宗教的な意味合いから転じて、ある集団の不満や問題の責任を、直接責任のない特定の個人やグループに転嫁し、身代わり・犠牲にすることで、それらの問題の解消や収拾を図ろうとする場合に使われる表現です。

政治の場面においても、小集団や社会的に立場の弱い人々をスケープゴートとして排除・犠牲にすることで、大集団やより力のあるグループの都合を優先したり利益を押し通すための手法として使われることがあります。しかし、それでは根本的な問題が解決されることはなく、憐れなヤギが犠牲になるだけなのです。

          *     *     *     *     *     *

11月25日ジュネーブにて、イランと主要6カ国(国連安保理事国5カ国+ドイツ、いわゆるP5+1)で行われていた核協議が、暫定合意に達しました。国際社会が求めていた、イランが核開発に歯止めをかけることを条件に、各国がイランに対し課していた経済制裁を一部解除するというものです。

オバマ大統領を始めとする各国政府は、「歴史的な合意」として支持する姿勢を見せる一方、イスラエルのネタニヤフ首相は、「世界で最も危険な政治体制が、最も危険な兵器の獲得に向けて極めて重要な一歩を踏み出した」と語気を荒立て、イラン敵視をこれまで以上に強めています。Continue to read....
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2012年11月02日

アメリカ大統領選における非民主的システムと不公正さと・・・ そして見えてきた希望の光

アメリカ大統領選挙が目前に迫りました。

今回の記事は、大統領選挙に関わる内容ですが、オバマ、ロムニー両候補の選挙戦についてでも、彼らの政策についてでもありません。それらについては、日本のマスコミ報道でもある程度伝えられているので、今さら書くまでもないでしょう。私が書きたいのは、日本のマスコミはもちろん、アメリカの主要メディアでもほとんど取り上げられていない民主主義の根本に関わる問題、「アメリカ大統領選挙の非民主的システムと不公正さについて」です。

私はアメリカに居住を始めて13年になります。アメリカ市民ではないので、選挙権はないものの、大学院で政治学を専攻していた2000年から、4年毎の大統領選挙の模様をじっくり観察し、肌で感じながら、アメリカ政治の理解と分析に努めてきました。私が観察する4回目の選挙となる今回、最も実感していること、それが、一見公明正大に行われているように見える大統領選が、実はいかに不公正で非民主的であるかということです。

そのことをブログでぜひ伝えなければならないと感じ、選挙直前のタイミングとなってしまいましたが、この記事を書き始めました。以下の三つに焦点を当てて分析をしていきます。

1)    二大政党による独占的選挙システムと第三政党
2)    選挙人制度とマジックナンバー270
3)    大統領選テレビ討論会の実態

今回の記事は、選挙を通してアメリカ政治に存在する不公正や民主主義の欠陥をえぐり出す作業であり、それ自体は楽しい作業ではなかったのですが、結論から言えば、この記事を書くためにリサーチをしているうちに、私にはある希望の光が見えてきました。それを最後に記しましたが、ぜひ、皆さんにも知っていただきたいことです。長い記事になりますが、最後までお付き合い下さい。

その(1) 二大政党による独占的選挙システムと第三政党

アートオバマとロムニー以外の大統領候補者

アメリカ大統領選の選挙戦といえば、もっぱら二大政党である民主党と共和党の候補者の対決として報道されます。今回は、現職バラク・オバマ大統領とミット・ロムニー候補、そしてそのランニングメイトであるジョー・バイデン副大統領とポール・ライアン候補です。しかし、2012年の大統領選挙には、いわゆる第三政党(民主・共和党以外の党の俗称)からの候補者やいずれの党にも属さない無党派の候補者が大勢いることをご存知でしょうか?

実は、以下に列記した18の党からの候補者(18名)と、無党派の候補者(5名)を合わせて、23名が立候補しています。党に所属する候補者は各党の予備選で選出され、無党派の候補者は連邦選挙委員会に届出を出すなどし、何れも大統領選挙への立候補を正式に表明した候補者です。

 Libertarian Party, Green Party, Constitution Party, Justice Party, Party for Socialism and Liberation, American Independent Party, Peace and Freedom Party, Reform Party USA, America’s Party,  Objectivist Party,  Socialist Workers Party, Socialist Party USA, American Third Position Party, Grassroots Party, Socialist Equality Party,  Freedom Socialist Party, Modern Whig Party, Prohibition Party

アメリカには、民主党と共和党以外にもこんなにたくさん党があったのかと、そして、こんなに大勢立候補していたのか、と驚いた方もいるのではないでしょうか。

アメリカでは、個人が選挙を通じて政治的考えを表現する自由は、言論の自由などとともに、合衆国憲法修正第一条により、全ての国民に保障されています。これには、投票する権利、国政および地方選挙に立候補する権利、政党を結成する権利、他の大政党と同等の待遇を受ける権利などが含まれます。そして、大統領の被選挙権は、35歳以上であること、合衆国市民であること、14年以上合衆国内に住んでいること、が憲法上の要件です。

ですから、大統領候補が民主党と共和党の2党の候補者しかいないというのはむしろ不自然で、上記のような様々な党から大統領選に出馬する候補者がいて当然なのです。

しかし、現実には二大政党に圧倒的に有利な独占的選挙システムにより、上記の23名の無党派の候補者や第三政党の候補者たちの権利は不当に踏みにじられています。彼らが選挙を通じて政治的考えを表現する自由と機会は奪われ、有権者たちには23名の候補者の名前はおろか、立候補していることすら知られていない状況です。今回の選挙のみならず、アメリカ大統領選挙では毎回このような事態が生じています。

無党派や第三政党の候補者の苦戦の理由はいろいろ考えられます。第三政党は知名度が格段に低いこと、規模が小さく資金力が乏しいのでテレビキャンペーンを張ることが困難であること、新聞や主要テレビ局に軽視され取り上げられないため有権者に情報が届かないこと、などが挙げられるでしょう。

しかし、それらは、どの国の選挙であっても、小政党が抱える困難であり、勢力を拡大するためには何とかして乗り越えていかなければならない試練でしょう。

それ以前の問題として、アメリカ大統領選挙に特徴的なのは、第三政党を不利な立場におとしめている不公正な選挙制度です。その制度のために、多くの州では上記の23名の候補者のうち、実際の投票用紙に候補者として名前が記載されるのはたった4名か、それ以下にすぎません。いったいどういうことでしょうか?

アート立ちはだかる「候補者アクセス」の壁

アメリカの国政選挙において、候補者が立候補の条件を満たし、候補者として正式に認められ、投票用紙に候補者として氏名が記載されることを、「候補者アクセス(Ballot Access)」と呼びます。候補者アクセスを得る要件は各州の法律で定められています。要件の主なものは、一定数の有権者の請願署名や、過去の選挙におけるその党の得票の割合などで、州によりその規定は様々です。候補者たちは、定められた要件を満たし候補者アクセスを得なければ、正式に候補者としては認められず、投票用紙に候補者名が記載されない仕組みになっています。(Wikipedia: Ballot Accessより) 

例えば、アリゾナ州の規定によれば、大統領選挙の候補者が候補者アクセスを得るためには、まず登録有権者2万人分の署名を集めなければなりません。そして、候補者アクセスを維持するためには、実際の選挙で少なくとも5%の得票数を得るか、もしくは、その党への登録有権者数が全有権者の少なくとも1%をあることが要求されます。

いうまでもなく、民主党と共和党は実際の選挙で常に5%以上の得票数を得ていますから、候補者アクセスは毎回自動的に与えられます。しかし、5%の得票に満たない第三政党は、全有権者の1%以上の数の自党への登録者を集めなければなりません。アリゾナ州の登録有権者数は約310万人ですから、3万1000人です。それができなければ2年ごとに2万人分の署名を集めなければなりません。

アリゾナ州では、民主党と共和党以外では、先に述べた18の第三政党のうち、リバタリアンパーティー、グリーンパーティーなど4党が要件を満たし、候補者アクセスを得ています。しかし、その他の党の候補者と無党派の候補者は、要件を満たすことができず候補者アクセスがありません。したがって、投票用紙に候補者として名前が記載されないのです。

また、例えばカリフォルニア州における候補者アクセスの要件は、前回の選挙における党の得票数が全体の2%以上であること、もしくは前回の大統領選挙における全投票数の1%以上の数の有権者による、その党への支持署名を提出すること、と定められています。

カリフォルニアの全有権者数はおよそ2,370万人で、そのうち実際に投票するのは72.3%の登録有権者1720万人です。実際の選挙で、第三政党が全体の2%にあたる34万4000票以上を得票できれば、次回の選挙ではその党に候補者アクセスが認められます。得票数がそれを下回れば、全体の1%にあたる17万2,000以上という数の署名を集めなければなりません。

必要な署名の数は州によって異なり、少ない州ではミネソタ州2千人やケンタッキー州の5千人などから、多い州ではノースカロライナ州4万3600人、メリーランド州6万9500人と大きなばらつきがあります。カリフォルニア州は署名の要求数が最大の州です。(Presidential Ballot Access Requirement for Independent Candidate

このような候補者アクセスの要件の規定は、選挙への立候補に高いハードルを設け、候補者の乱立や冷やかし半分の立候補の出現を防ぐ意図があると考えられています。確かにある程度のレベルのハードルは必要でしょう。しかし、小規模な第三政党や無党派の立候補者にとっては、まずはこの何千、何万人分の登録署名を集めることが大きな関門となります。それだけの署名を集めるためには、大変な時間と人手と資金が必要です。さらには、実際の選挙で、民主党と共和党に食い込んで、州全体の数パーセントを得票し実績として残さなければ、次回の選挙でも署名集めからやり直さなければなりません。

しかも、候補者アクセスはあくまでも州ごとに認められるので、全米で候補者アクセスを獲得するためには、50州全州においてそれぞれの要件を満たさなければなりません。仮にある第三政党の立候補者が、署名の収集により全ての州で候補者アクセスを獲得しようとしたら、全米でおよそ67万5,000人分という膨大な数の署名を集めることが要求されるのです。

アート候補者、有権者どちらにも不公正な「候補者アクセス」規定

2012年の大統領選挙において、先に記した23名の無党派または第三政党の候補者たちの中には、全50州での候補者アクセスがある候補は誰もいません。最大の候補者アクセスがあるのは、リバタリアンパーティーの候補者ゲイリー・ジョンソンの48州です。二番目に多いのが、グリーンパーティーのジル・スタインで47州、続いてコンスティテューションパーティーのバーギル・グッドが42州、ジャスティスパーティーのロッキー・アンダーソンが36州となっています。

他の19名の候補者は、多くの州で候補者アクセスを獲得することができず、それらの州では投票用紙に候補者として名前が記載されません。つまり、候補者と見なされないということなのです。

この候補者アクセスの既定の下では、知名度の低い人物が候補者になることや新党を立ち上げて候補者を擁立するというようなことは、ほぼ不可能といっていいでしょう。「当選することがほぼ不可能」なら話は分かりますが、「立候補すること自体がほぼ不可能」なのです。つまり、アメリカの大統領選挙制度は、州ごとに異なる「候補者アクセス」の要件という、第三政党に一方的に不利となる法的手続きを組み込むことにより第三政党や無党派の候補者による出馬の道を阻む、二大政党による独占的選挙システムです。「候補者アクセス」の規定は、第三政党を事実上選挙のシステムから排除する不公正な制度なのです。

この規定は、候補者のみならず、有権者にとっても同様に不公正な制度です。なぜなら、自分の住んでいる州により、大統領候補者の顔ぶれが異なり、選択肢が狭められるという大きな不公正を生むからです。

例えば、ある有権者がコロラド州かニューメキシコ州に住んでいるとしましょう。仮に今回の選挙では、民主党にも共和党にも投票したくないという場合、他の選択肢としてコンスティテューションパーティーのバーギル・グッドや、リバタリアンパーティーのゲイリー・ジョンソンなどに投票することができます。しかし、隣のオクラホマ州に住んでいる有権者にはその選択肢がありません。なぜなら、オクラホマ州ではこれら第三政党の候補者は候補者アクセスがなく、名前は投票用紙に記載されていないからです。

このように、州によって有権者に与えられる選択肢の格差は大きく、ジョージア州は、1912年以来、二大政党以外の候補者の名前が投票用紙に載ったことがないという、最も閉ざされた州のひとつです。一方、候補者アクセスの要件が緩和なことで知られるコロラド州では、すでに5つの政党(二大政党と3つの第三政党)の候補者がアクセスを得ていますが、さらに小規模の第三政党の候補者も、出馬の意思表明書を提出し、500ドルを州に支払うことで投票用紙に名を連ねることができます。コロラド州では2008年の選挙に続き、二大政党・第三政党・無党派合わせて計16名(アメリカ選挙史上最多)の候補者名が記載されることになります。(Ballot Access News

民主主義の根幹である大統領選挙で、全米の全ての有権者に、平等に候補者の選択肢が与えられていないという、不公正がまかり通っているのです。これはまさに、アメリカの民主主義に巣食っている致命的な欠陥といえるのではないでしょうか。

このような不平等な状況に対し、かつてリバタリンパーティーから大統領選に出馬したロン・ポール連邦下院議員は、現行の規定が、「候補者たちが様々な政策を自由に有権者に訴える機会を著しく奪っている」とし、候補者アクセスの規定の廃止・改善を訴えました。そして、州ごとに要件が異なり、無党派や第三政党および有権者にとって不平等な規定を廃止し、全国一律な公正な基準を設けることを盛り込んだ法案「Voter Freedom Act」を提出しましたが、法制化には至らず、改善されないまま現在に至っています。

かつて共和党に属し、現在はコンスティテューションパーティーの副大統領候補のジム・クライマーは、「選挙は、自由で公平でなければならない。しかし、投票用紙に名前を載せるのにこれほどたくさんのハードルを越えなければならないシステムは自由でも公平もない」と訴えています。

そして、「もし、共和党に留まっていたら、いずれかの選挙で当選し、世に言う“成功”をしていたかもしれない。だが、それは、私が自分の信念を捨て去り、不公正な問題に加担することでしかない」「私の活動は、後世に続くものたちのための基盤づくりだ」と語っています。(For third-party candidates, playing field is uneven by state)
 
その(2) 選挙人制度とマジックナンバー270

さてここで、無党派・第三政党からの候補者23名のうち、多くの州で候補者アクセスを獲得し、二大政党制への挑戦を果敢に続け、全米でも支持が拡大し認知度が高まっている、4名の候補者に注目してみたいと思います。(名前をクリックすると、各候補のホームページへ)

・ゲイリー・ジョンソン/リバタリアンパーティー (Libertarian PartyGary Johnson)
・ジル・スタイン/グリーンパーティー (Green PartyJill Stein)
・バージル・グッド/コンスティテューションパーティー (Constitution PartyVirgil Goode 
・ロッキー・アンダーソン/ジャスティスパーティー (Justice PartyRocky Anderson

この4人の候補者に注目したい理由は、ひとつには、この4名は、大統領選挙で当選するために必要な制度上の条件である「選挙人のマジックナンバー270」を獲得する可能性がある、からです。そして、もうひとつは、実際に270以上を獲得することはなくとも、彼らは二大政党から票を奪って様々な影響を与える可能性のある候補者であるからです。これについて説明するためには、まずアメリカ大統領選挙における「選挙人制度」とマジックナンバー270について解説しなければなりません。

アート選挙人制度のしくみ

アメリカの大統領選挙が、「選挙人制度」(Electoral College)と呼ばれる制度で行われることは、ご存知でしょう。一般的には、アメリカ大統領選挙は、有権者が自分の選ぶ候補者に投票する直接選挙だということになっています。しかし、この選挙人制度の下では、一般投票で得票数の多い候補者が大統領に選ばれるとは限りません。一般の得票数で負けても、選挙人の獲得数で勝った候補が大統領に選出される可能性があるのです。

選挙人制度とは、簡単に言うと、「一般投票による得票数が州ごとに集計され、得票数の多かった候補者がその州の選挙人をすべて獲得し、そして、全体でより多くの選挙人を獲得した候補が正式に大統領として選出されるという制度」です。これだけでは分かりにくいと思いますので、この選挙人制度と、選挙の流れについて、もう少し詳しく説明しましょう。

アメリカ大統領選挙の本選は以下のような手順で行われます。

1)まず、大統領選挙の何ヶ月も前、各党は州の党大会などで、その州に割り当てられた数の選挙人を選びます。選挙人というのは、その党の党員で、これまで政党活動を行ってきた人、党への貢献度が大きかった人などを基準に、指名や選挙で選ばれます。ただし、知事など特定の公職についている党員は対象外となります。

各州に割り当てられた選挙人の数は、「その州が選出する連邦上院議員と連邦下院議員の合計と同数」と定められています。つまり、各州の州人口に基づいた人数になっています。たとえば、ニューヨーク州では下院議員29名上院議員2名、合計31名ですから、選挙人も31名です。そこで、ニューヨーク州では、各党がそれぞれ31人ずつの選挙人を選びます。

選挙人の数が最大なのはカリフォルニア州の55人、最小はモンタナ州、アラスカ州などの3人です。州ではない首都ワシントンDCに割り当てられた3人を合わせ、選挙人は全国で538人と決められています。

2)11月の大統領選挙日、有権者による一般投票が行われ、各候補の得票数が州ごとに集計されます。各州で一番得票数の多かった候補者がその州の勝者となります。

3)各州において、勝者の党があらかじめ選んでおいた選挙人全員が、その州を代表して、12月の中旬に行われる選挙人投票を行い、正式に大統領を選出します。このとき、各州の負けた方の党の選挙人たちは出番はありません。この選挙人投票で、全体(538人)の過半数である270名以上を得票した候補が大統領に選出されます。マジックナンバーの270はこれを意味します。

選挙人たちは、もともとそれぞれが所属する党から選ばれているので、自党の候補に投票することが決まっています。その州で勝った党が、その州に割り当てられた数の選挙人をごっそりさらっていくので、勝者総取りと言われます。ただし、選挙人投票はあくまで形式的なものに過ぎません。12月を待つまでもなく、11月の一般投票で、それぞれの州でどの党が勝つかで、各党の選挙人の総合獲得数が決定され、どちらが大統領になるか判明するのです。

アートPopular Vote(一般得票数) とElectoral Vote(選挙人獲得数)

選挙人制度は、憲法で定められた決まりごとであり、毎回選挙はこの制度のもとに粛々と行われてゆきますが、選挙人制度そのものについて疑問を呈する声はあまり聴かれません。ただ、大手のマスメディアが声高に取り上げないというだけのことであって、この制度に対する批判や、改正すべきだという声は常に存在してきました。

選挙人制度の下では、一般投票の得票数(Popular Vote)で負けても、選挙人の獲得数(Electoral Vote)で勝って、大統領に当選する可能性があることはすでに述べました。過去には、第6代ジョン・クインシー・アダムズ、第19代ラザフォード・ヘイズ、第23代ベンジャミン・ハリソン大統領の例があり、そして最も最近では2000年のジョージ・・W・ブッシュ大統領がそうでした。なぜこういうことが起きるのでしょうか?

各州の選挙人の数にはばらつきがあり、勝った方がその州の選挙人を一挙に持ち去るわけですが、例えば、たまたま選挙人の多い大票田の州でA候補が僅差で勝ち、選挙人の少ない他の多くの州ではB 候補が大差で勝ち続けた場合、一般得票数の総計ではB候補が勝っても、選挙人の多い州を制したA候補が当選することがあり得るのです。

アートブッシュ対ゴア事件

民主党のアル・ゴア候補と共和党のジョージ・W・ブッシュ候補が接戦を繰り広げた2000年の大統領選では、一般投票では、ゴアが5099万9897票、ブッシュが5045万6002票と、ゴア候補が勝っていましたが、選挙人投票では、ゴア266票、ブッシュ271票と、わずか5票の差でブッシュが勝ち、大統領に選ばれました。

実は、この選挙では、フロリダ州を除くすべての州の一般投票の結果が出た時点では、選挙人の総獲得数はゴア(266票)に対し、ブッシュ(246票)とゴアが勝っていました。残るは大票田のフロリダのみ。フロリダ州の選挙人は25人ですから、ここで勝てば、ブッシュが逆転勝利をするという事態にアメリカ中が緊迫していました。

ところが、フロリダ州における一般投票の集計に問題が生じ、一部の投票用紙が集計に加えられず、手作業による再集計も中止されるという事態に発展しました。ブッシュ側の不正の疑惑が取りざたされ、ゴア候補への票が正しくカウントされなかったとして訴訟にまで持ち込まれました。結局、州の州務長官はフロリダ州の一般投票ではブッシュが537票差でゴアに勝利したとする最終確定結果を発表し、ゴア候補は敗北を認めるざるを得なかったのでした。

後味の悪い結果となったこの選挙、ブッシュがフロリダの選挙人25人を全て獲得して計271人とし、選挙人の数で勝負をひっくり返して当選したのでした。(ブッシュ対ゴア事件)     

少し話題がそれましたが、この選挙人制度というのは、一人一票を持つ有権者の意志が正確に反映されない制度であるということです。たとえ州の一般投票の結果が51%対49%であっても、51%で勝った党が選挙人を全て獲得し、その州の意思を代表することになります。つまり、その州の49%の有権者の意志はまったく反映されないということになるのです。ですから厳密には、アメリカの大統領選挙は、よく言われているような有権者が大統領を選ぶ直接選挙ではなく、一般投票で選ばれた選挙人が大統領を選ぶ間接選挙ということになります。

アート選挙人270のマジックナンバー

話を少し戻しますが、先ほど挙げた第三政党の4名の候補者は、大統領選挙で当選するために必要な制度上の条件−選挙人のマジックナンバー270−を獲得する可能性がある、と書きました。

ここで、候補者アクセス(Ballot Access)の話を思い出してください。各候補は、候補者アクセスを得ている州でのみ投票用紙に名前が記載され得票数がカウントされる決まりでした。もし、第三政党の候補者が州の得票数で一位になった場合、ルールにのっとり第三政党がその州の選挙人を全て獲得します。その可能性は小さいとしても、ゼロではないわけです。仮に、同様のことが複数の州で起こり、獲得した選挙人の数の合計が270を超えれば、その第三政党の候補者が大統領に当選します。

というわけで、アメリカ大統領選挙において、第三政党の候補者は、候補者アクセスがある州の選挙人の合計数が270を超えた場合、ルール上、初めて意味のある候補者の一人として見なされるわけです。それが、第三政党の候補者の位置づけであり、そのマジックナンバー270を超えているのが、上記の4人なのです。

あらためて、4人の候補者を簡単に紹介しましょう(カッコ内は、候補者アクセスのある州と、選挙人の合計数)。

【ゲイリー・ジョンソン/Libertarian Party(49州515人)】 実業家、前ニュー・メキシコ州知事でリバタリアン主義者。財政的保守主義(政府予算を最小限度に抑える)、外交政策は他国への不干渉主義をとり、また政府は個人に対する干渉をすべきでないとする立場を明確にしている。

【ジル・スタイン/Green Party(47州447人)】 マサチューセッツ州出身の内科医で、大統領候補者中で一番リベラル。再生可能エネルギーや環境問題への取り組みによる雇用増進を軸にした、グリーン・ニューディール政策を掲げ、軍事費の30%削減、海外派兵アメリカ軍の撤退、キャピタルゲインや高額不動産への増税、医療を平等に受ける権利などを訴えている。

【バーギル・グッドConstitution Party(42州369人)】 元バージニア州選出連邦下院議員。どちらかというと保守派。アメリカ国民の雇用を第一とし、労働者としての移民の受け入れ反対を明言(ヒスパニック票を失う恐れから、オバマ、ロムニー共に避けている政策)。

【ロッキー・アンダーソンJustice Party(36州271人)】 元ソルトレイク市長。弁護士として、国内外で環境、反戦、人権問題等に取り組んできた。昨年まで民主党員だったが、ドナー企業の圧力に屈して政策を曲げる民主党に失望し、新党からの出馬となった。

アート“スポイラー(Spoiler)”という第三政党への言いがかり

この4人の候補者たちは、現実的には、オバマ大統領やロムニー候補にとっての脅威とは言えないでしょう。しかし、第三政党は得票率がたとえ全体の数%程度に過ぎなくても、二大政党の一角に食い込み、票を奪うことにより、各州で民主・共和の勝敗を左右する可能性があるという意味で、決して侮れない影響力を持っています。特に、今回の選挙戦のように民主・共和がきわどい接戦を繰り広げている選挙においては、第三政党に流れるたった1%の票が、民主・共和の何れかに致命的な打撃を与える可能性があるのです。

そんな事情から、第三政党は時に、妨害政党(Spoiler)だというような言われ方をされてきました。つまり、勝つ見込みのない第三政党の候補者への投票は無駄票であるばかりか、民主・共和の得票の行方をかく乱し、妨害するという意味です。特に、民主党支持者の中でも左よりの人々はグリーンパーティーに、また共和党支持者の中の右よりの人々はリバタリアンパーティーに傾倒する傾向があることから、民主・共和両党は第三政党の動きを常にけん制しています。

先ほど、2000年の大統領選挙におけるブッシュ・ゴア事件では、民主党のアル・ゴア候補が537票の僅差でジョージ・ブッシュに破れ、後一歩のところで大統領の座を逃したことを取り上げました。このとき、敗れた民主党支持者たちの不満と憤りの矛先がグリーンパーティーに向けられたのは記憶に鮮明です。彼らの言い分は、民主vs共和の接戦州のフロリダで、グリーンパーティーの候補者ラルフ・ネーダーが97,421票(全体の1.6%)と予想外に得票を伸ばしたために、ネーダーがいなければゴアに投じられていたであろう票が失われ、その結果民主は敗北したという理屈です。

2004年の大統領選では、民主支持者たちからネーダーの立候補をなじる声さえあがりました。これに対し、ネーダーは
「有権者が、自分の選んだ候補者に自由に投票することは合衆国憲法に定められた国民の権利だ。私に立候補をするなという民主党は、私に投票しようとする有権者の権利を否定するものである。」という声明を出し、最再度の立候補を決めたのでした。

ちなみに、ラルフ・ネーダーは(私がもっとも尊敬する人物の一人です)、弁護士、政治活動家であり、70年代からアメリカの環境問題や消費者問題、政治の民主化の先頭に立ち続けてきました。非営利団体のPublic Citizenを設立し、連邦政府や業界に対する批評活動を展開。その活動は、市民の意識改革をもたらし、医療・環境・経済など多分野にわたる市民運動を巻き起こし、アメリカ社会に絶大な影響力をもたらしました。1992年に民主、1996年と2000年には緑の党から、2004年と2008年には無党派で大統領選に立候補しました。

2000年の選挙では、全体で288万3105票(2.74%)を獲得しました。目標としていた5%(次回の選挙で公的選挙資金が提供されるレベル)には届きませんでしたが、多くの州において次期選挙におけるグリーンパーティー選出候補者の認定(Ballot Access)を確実のものとしました。アメリカ史上最も偉大な人物のひとりとも評されています。                                                                                                                                                                                                                                                                                       

その(3) 大統領選テレビ討論会の実態

さて、2012年の大統領選挙。第三政党の候補者の苦戦をよそに、大手マスコミが報道してきたのは、もっぱら民主オバマと共和ロムニーの激戦の様子です。9月頃の各種世論調査の支持率では、オバマが10ポイントほどの差をつけてリードしていましたが、10月に入ってからロムニーが勢いを伸ばし、一時逆転。そして、10月後半以降はほぼ互角の支持率で接戦だと報道されています。

この世論調査の支持率に影響を及ぼし、この一ヶ月ほどマスコミを賑わせてきたのが、全米テレビ生中継で行われる大統領選候補者による公開討論会です。討論会は、以下のような日程で行われました。

第一回目:10月3日。大統領候補の一回目の討論。国内政策中心。
第二回目:10月11日。副大統領候補による討論。外交および国内政策。
第三回目:10月16日。大統領候補による2回目の討論。タウンミーティング形式(*)。外交および国内政策。
第四回目:10月22日。大統領候補による3回目の討論。外交政策中心。

*タウンミーティング形式:態度を決めかねている有権者の代表が、両候補に直接質問をする形式

一回90分間、全部で4回の討論会は、全米11の大手テレビ局を通じて生中継され、毎回およそ6000万〜7000万人の人々が視聴したとされています。
大統候補による討論は、討論後の各テレビ局による視聴者調査などで、どちらの候補者が雄弁だったか、どちらの候補の政策や国の将来像に共感が持てるか、どちらの人物がリーダーとしてふさわしいかなど様々な観点から評価され、勝敗が分析されます。討論会の様子は、連日テレビや新聞各紙を賑わし、そちらが優勢だったか、票の行方は、といった評が延々と続くのです。

しかし問題はここからです。この討論会で激論を交わしたのは、オバマ対ロムニー、そして副大統領候補のジョー・バイデン対ポール・ライアンだけです。他の第三政党の候補は参加していません。正確に言えば、参加していない、のではなく、彼らは「招待されなかった」のです。これはいったい、どういうことなのでしょうか?

アートテレビ討論会を主催するCPD(Commission on Presidential Debates)

アメリカ大統領選におけるテレビ討論会というのは、実は連邦選挙法などによって定められた公式な行事ではなく大統領選討論会実行委員会(仮称)、
CPDCommission on Presidential Debatesという民間団体が主催し、大統領候補を招待して開催しているイベントなのです。CPD主催によるこの討論会は1988年より4年ごとに開催され、CPDは討論の司会や広報活動を行ってきました。

大統領選候補者によるテレビ討論会がはじめて行われたのは1960年、ジョン・F・ケネディ大統領とリチャード・ニクソンが対決した選挙です。当時は、アメリカの三大テレビネットワークが共同で主催し、全米のおよそ6600万人がテレビ中継を視聴したといわれています。しかし、テレビ局が討論会のスポンサーとなることには法律上の問題があり、その後3回の大統領選挙ではテレビ討論は行われませんでした。

その後、1976年のジェラルド・フォード対ジミー・カーターの選挙時、League of Women Votersという無党派の非営利団体の主催により、討論会が再開されました。League of Women Votersは、続く80年と84年にも3回連続で主催を行いましたが、1988年の討論会では突然主催を辞退します。

その理由は、当時の大統領候補である共和党のジョージ・ハワード・ブッシュと民主党マイケル・デュカキスの両陣営が、秘密裏に討論会に関する覚書に同意していたことが明らかとなったからでした。覚書には、討論会に参加できる候補者の参加資格、司会や質問をするパネリストの選出、そして演台の高さなど、本来主催者が決定するべき事項が含まれており、それらは決定事項となって主催者側に伝えられたのです。League of Women Votersは「両選挙陣営による要求は、有権者に対する詐欺行為である」として抗議し、討論会の開催を拒否するに至ったのでした。(League refuses to help perpetrate a fraud”

そこに登場したのが、CPDです。実はこのCPDという団体は、表向きは民間の非営利団体、いわゆるNPOですが、その母体となっているのは民主党と共和党の全国委員会で、両党の息のかかった企業や団体がスポンサーとなっています。つまり、実質的に民主・共和両党が運営する団体なのです。CPDの当時の議長は、両党それぞれの全国委員会の委員長だったポール・カークとフランク・ファーレンコフです。取締役会はすべて両党の有力者で占められ、開催日程、場所、ルール、司会者、参加資格などすべてがCPDによって決定されました。

League of Women Votersが主催を拒否した1988年の討論会は、CPDがのっとる形で開催され、それ以来、4年ごとの大統領選討論会はCPDによって開催されてきました。当時、両党の全国委員会は合同会見で、「両党の合同スポンサーにより討論会を開催することは、選挙人によりよい教育と情報機会を提供し、選挙プロセスにおける政党の役割を強化し、そして何よりも討論会をより統一的で恒常的な選挙運動の一部として制度化するという我々政党の責務である」と述べています。(Two Party Debates

要するに、CPDによるテレビ討論会は、民主・共和の両党が、両党による独占的選挙システムを強化する狙いで設けた、両党のためのイベントなのです。二大政党以外の候補者が招かれないのは、そういう理由だからです。

テレビ討論会に招待された唯一の二大政党以外の候補者は、1992年の大統領選挙に立候補し、高い世論支持を得た無党派のロス・ペロー氏です。ペロー氏はこの年の選挙で、一般得票で19%という驚異的支持を集めました。しかし、次の1996年の選挙では、「ペロー氏には現実的に当選する見込みがない」というCPDによる一方的な判断により、討論会への参加が認められませんでした。ペロー氏は、「憲法上の権利の侵害である」として、裁判に持ち込みましたが、不服は認められませんでした。

この一件で世論の批判を浴びたCPDは、この後の2000年、討論会への参加資格の客観的基準として、「全国世論調査で15%の支持がある」というルールを設定しました。第三政党にとって15%の世論支持を得ることはほぼ不可能であることから、このルールにより、第3政党からの候補者は、討論会から一方的に排除されることになったわけです。(Commission on Presidential Debates

アートテレビ討論会への批判と抗議運動

テレビ討論会は、候補者が多くの視聴者に直接政策を訴えアピールできる絶好の機会であることは間違いありません。すべての候補者に平等にチャンスが与えられるべきであるという、少なからぬ世論、批判の声は当初から上がっていました。CPDが設けた15%の基準に対しても、第三政党からの猛烈な反発が相次ぎ、街頭での抗議デモや訴訟などが頻繁に起こされてきました。 


2004年には、グリーンパーティーの大統領候補者デイビッド・コブとリバタリアンパーティーの候補者のマイケル・バドナリックが、ミズーリ州セントルイスで開かれていた討論会の会場付近で、第三政党を除外したことに対する抗議デモを行い、警察隊の隊列を破ったとして逮捕される事態も発生しています。これは、まれな例ではなく、ついこの間の第一回目のオバマ対ロムニーの討論会当日にも、グリーンパーティーの大統領候補と副大統領候補の二人が、抗議デモの最中に逮捕され8時間拘束されるという事件が起きていたのです。

2000年の大統領選で、テレビ討論会への参加を阻止されたグリーンパーティーの候補者ラルフ・ネーダーは、「世論調査で15%の支持という基準は、第三政党を討論会から排除し、第三政党からの声を抹殺するために設けられた基準である」「民間企業がスポンサーとなっている討論会は連邦選挙運動法に違反する」として、連邦裁判所に裁判を起こしました。

 これに対し、ワシントン巡回裁判所は2005年、連邦議会は連邦選挙委員会(FEC)に相当の裁量権を与えており、裁判所はFECの認識を覆すことはないと最終判断を下し、ネーダーを退けました。FECの認識とは、「第三政党は、CPDが民主党選挙委員会と共和党選挙委員会に監督されている確たる証拠を提示できていない」、また、「CPDは第三政党の候補者が討論会に参加すべきでない理由を提供している」というものです。その理由とは、第三政党の候補者や支持者によるキャンペーンや抗議が過熱し、ライブで行われる討論会を混乱させる恐れがある、というものでした。(United States Court of Appeals For the District of Columbia Circuit Argued May 9, 2005

今年もやはり、テレビ討論をめぐって裁判が起こされました。リバタリアンパーティーのゲイリー・ジョンソンが、今年9月CPDを相手取り、二大政党による馴れ合いの討論会は独占禁止法に違反すると訴えたのです。独占禁止法という、新たな角度で法律違反を訴える作戦です。法廷の決断は下されておらず、結局討論会への参加はできませんでした。

アメリカ国内には、こういった裁判は無意味だ、という冷ややかな視線があることも確かです。討論会の開催は、民主・共和両党を支持する民間団体が主催しているもので、両党の候補者同士による討論会を行うのは全く彼らの自由である、その計画に第三政党の候補者を入れるか入れないか、参加の基準を決めるのも彼らの自由であるという考え方です。

第三政党側もそのことはよくわかっていて、裁判を起こしても有利な判決が出るとは期待しているわけではないようです。むしろ、裁判に訴えることは話題づくりであり、第三政党の存在を世間にアピールする機会と捉えた彼らの選挙戦略という見方もできるでしょう。

しかし、テレビ討論会からの締め出しに対する批判は、年々高まっているようです。今回初めて、これまでCPDへの献金を行っていた二つの企業・団体が、スポンサーを撤退するという決断を行いました。第三政党のトップを走るジョンソン支持者や選挙監視市民グループなどからの抗議のメールなどが殺到したためです。これらの抗議行動は、少なくとも二つのスポンサーに影響力を与えることができたのです。(Two Sponsors Pull Out From Debates Over Exclusion Of Gary Johnson

アート第三政党候補による討論会

そんな中、10月23日、従来のテレビ討論会の不公正に不満を抱き、より開かれた自由で民主的な選挙を実現させようとする市民グループらが、第三政党の候補者4名による討論会を実現させました。過去に前例のない画期的な企画です。

討論会は、
Free and Equal Election Foundation というNPOが主催し、元CNNのキャスターであるラリー・キング氏が司会を務めました。討論会は、CSPAN(主に議会活動や公共関連の報道を行っている民間の非営利テレビ局)によって中継されると同時に、インターネットで配信されました。オバマ対ロムニーの討論会を中継する大手テレビ局はどこも中継しないどころか、ニュースにさえなりませんでした。

討論会では、オバマやロムニーがまったく取り上げなかった様々な分野にわたる政策が論じられました。中でも、保守かリベラルかに関わらず第三政党の4候補に共通している政策が、イラクやアフガニスタンの米軍の即時撤退と軍事費の大幅縮小です。コンスティテューションパーティーのグッドが「アメリカは世界の警察ではない」と述べると、スタインは民間人の犠牲者を多数出しているドローン(無線操縦機)等による爆撃の禁止を訴えました。

また、気候変動と環境に関する政策にも、大統領選で初めて注目が集まりました。グリーンパーティーのスタインは、旗印のグリーンニューディール政策で環境保護、再生エネルギー業界の振興で2500万人の雇用を生み出すとしたのに対し、ジャスティスパーティーのアンダーソンはアメリカとって長期的な脅威はテロリズムよりも気候変動であるという見解を示しました。

さらには、

・二大政党システムの解体による自由で真に民主的な政治の実現
・候補者アクセス要件の改定を含む選挙制度の改革
・大企業による政治献金で絶大な影響力を振るうPACPolitical Action Committee)の廃止
・市民権の侵害である愛国法(Patriotic Act)の撤廃
・連邦予算の赤字の大幅削減
・富裕層に有利な税制の廃止
・マリファナの合法化や同性婚の合法化の是非
・平等に医療を受ける権利・・・

など、何れも国家的危機であり、国民の生活が直面する課題でありながら、オバマ・ロムニーが一切触れなかったか、なるたけ避けている政策が、次々に議題にあがりました。この討論会の様子は次のサイトから視聴できます。(→Third Party Presidential Debate

アートようやく見えた希望の光

4人の候補がもたらした多様な視点、既成の政治体制や巨大企業に媚びない自由で大胆な発想、そして政治的主義の異なる4人が繰り広げた自由闊達な政策討論を、なんと表現したらよいでしょうか。

オバマ対ロムニーによる、意図的に狭められ硬直したネガキャンの応酬に辟易していたアメリカの有権者たちにとって、それは、まさに重苦しく停滞した大地に吹き渡った清涼なる風ではなかったでしょうか。そして、彼ら第三政党の存在こそ、将来のアメリカを公正で真の民主主義国家へと導く、希望の光と感じられる討論会だったと思うのです。

確かに、これら4名の候補者は、民主党、共和党それぞれからいくらかの票を奪う可能性はあるにしても、二大政党を脅かすようなことにはならないでしょう。支持率でリードしているリバタリアンパーティーでさえ、目標は一般投票で全体の5%の得票に過ぎません(5%は、2016年の大統領選で公的資金が提供される得票率)。しかし、資金規模の壁、知名度の壁に加え、署名や登録者数など候補者アクセスの要件の壁、選挙人制度の壁、大企業スポンサーや主流メディアの偏重の壁・・・様々な壁を乗り越えて、ここまで選挙戦を戦ってきた第三政党の候補者たちに精一杯のエールを送りたい気持ちです。

第三政党から立候補するということ、第三政党を支持するということ、それは二大政党政治への挑戦という途方もないチャレンジです。二大政党政治とは、別の言葉で言えば、アメリカ政治を支配するいわゆるエスタブリッシュメント(既成の権力機構)であり、どちらが政権を担っても、民主主義の根本にかかわる部分、そして、世界における政治的・軍事的プレゼンスでは大きな違いがないことはすでに明白です。

そして、このブログで指摘したように、二大政党政治が、それを現状維持・拡大するための手段として、国政選挙の制度には、第三政党の台頭の可能性を排除する二重三重の不公正な仕組みが組み込まれているのです。残念ながら、多くの有権者はこのことに盲目です。オバマ・ロムニーの接戦に盛り上がる人々は、実は真の民主主義を自ら捨て去り、国民の利益ではなく、企業利益や軍事利益のために機能する二大政党政治システムに、無意識のうちに加担しているといっても過言ではないでしょう。

2012年の大統領選、果たしてどれほどの数の人々が、第三政党を支持する意志を示すのでしょうか?

アメリカの全有権者数はおよそ2億1300万人、実際の投票数は1億4000万票程度になると見られています。第三政党の得票率が、4人合わせて仮に全体の1%だとしても、140万人というおびただしい数の有権者たちが二大政党政治への挑戦を意思表示すことになります。ここに、私はアメリカの希望の光を見るのです。

最後になりましたが、第三政党候補者による二回目の討論会が、選挙の前日の11月5日に開催される予定です。第一回目の討論後の視聴者評で選ばれたグリーンパーティーのスタインと、リバタリアンパーティーのジョンソンが討論に臨みます。超リベラルのスタインと、超保守のジョンソンが、どんな意見をぶつけ合い、互いに第三政党のプレゼンスを高め合うことができるか、興味深く見守りたいと思います。 

posted by Oceanlove at 17:25| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月20日

アメリカの医療政策−代替医療をめぐる政治的攻防

前回の記事「米大統領予備選−ロン・ポールの目指す医療政策」では、共和党予備選候補者のロン・ポール氏が提唱する医療政策について、「マネージドケアの功罪」という側面から取り上げました。マネージドケアの現場では、医療に関する様々な駆け引きが、保険会社、医療機関、医師、連邦政府、そして法律をコントロールする連邦議員など、複数のステークホルダーたちによって行われており、そして、その駆け引きをめぐっては、各ステークホルダーを代表するロビイストたちが奔走していることに触れました。

今回と次回の二度にわたるブログでは、医師であり、リバタリアン思想を持つ政治家ポール氏の掲げる医療政策について、「アメリカにおける代替医療の現状」、「製薬業界とサプリメント業界の攻防」、そして、「医療ロビー活動がもたらす影響力」をテーマに、さらに踏み込んでいきたいと思います。まずは、過去に行われたポール氏の演説から見てみましょう。

We dont have enough competition. There is a doctor monopoly out there. We need alternative health care freely available to the people. They ought to be able to make their own choices and not controlled by the FDA preventing them to use some of the medications.

Source: 2007 GOP Presidential Forum at Morgan State University , Sep 27, 2007

(医療に)十分な自由競争がないのです。医療は独占市場になってしまっています。しかし、例えば代替治療も患者に自由に提供されるべきなのです。患者は薬や治療法について、様々な選択肢の中から自ら選べるべきであり、FDAによってその選択肢をコントロールされるべきではないのです。(筆者仮訳)

You don’t have to throw anybody out in the street, but long term you have move toward the marketplace. You cannot expect socialized medicine of the Hillary brand to work. And you cant expect the managed care system that we have today to work, because it promotes and rewards the corporations. It is the drug companies & the HMOs & even the AMA that lobbies us for this managed care, and that is why the prices are high. It is only in medicine that technology has raised prices rather than lowering prices.   

Source: 2007 GOP primary debate in Orlando, Florida, Oct 21, 2007

 今すぐ既存の医療システムを放棄して患者を見放せといっているわけではありませんが、長期的には医療を自由市場へと移行するべきです。ヒラリー議員が提唱したような公的皆保険制度は機能しないでしょう。また、現状のマネージドケア医療も機能していません。なぜなら、企業が儲かる仕組みになっているからです。製薬会社やHMO(マネージドケア組織)やアメリカ医師会までが、マネージドケア医療の維持のためにロビー活動をしているのです。だから医療費が高くなるのです。技術革新と共に価格競争が行われないのは医療だけです。(筆者仮訳)


アートアメリカにおける代替医療について
このスピーチに集約されているポイントの一つは、代替医療(
Alternative Medicine) または補完代替医療(Complementary and Alternative Medicine)の選択が患者に広く提供されていない状況への危惧と批判です。

代替医療とは、西洋医学に基づいた医療(以下、通常医療)の代わりに、あるいは通常医療と補完的に用いられる医療のことです。代替医療と一言で言いますが、東洋医学やアーユルベーダのようにきちんとした理論体系があり実践の歴史と伝統がある医療、カイロプラクティックや鍼灸のような身体の一部を介する手技的療法、サプリメントやハーブなどの薬草を用いる民間療法など、いくつかに分類されています。

これらの代替医療は、健康増進、特定の疾患の予防や治療に効果があるとされ、近年その恩恵が知られるようになって来ました。
アメリカでは、1980年代後半ごろから一部の層(特に高学歴、高収入、知識人層など)を中心に、健康志向が高まり、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸、漢方薬、ハーブ薬など(以後総じてサプリメント)による民間療法が、健康増進のみならず、特定の疾患の予防や治療に効果的であるという、代替医療への関心が高まっていきました。サプリメントを含む健康食品市場は、1992年から1998年の間に15%の成長をみせるなど、急激に拡大していきました。

しかし、アメリカではこれらの代替医療は、通常医療との共存というよりは通常医療に「対抗する」もの、時に通常医療のあり方を批判し、「通常医療のあり方を見直していこうとする医療」として捉えられる傾向があります。

逆に、西洋医学の立場からは、代替医療は科学的根拠に乏しく、医学的効果が証明されていない不確かな方法だとして、通常医療への影響を歓迎しない、もしくはできるだけ排除しようとする傾向があり、両者は科学的な見地から対立軸の中に置かれてきました。サプリメントの疾患予防や治療効果についても、医学界においては“根拠に基づいた医療(
Evidence-Based Medicine)”によって認知されていません。代替医療は、日常の医療の中に取り入れられてはおらず、医療現場でも代替医療が患者への治療の選択肢として提供されることはまずありません。

診療の現場では、例えば、食生活を改善し、サプリメントや適切な自然薬を使用しながら病気の根本原因を取り去り回復を試みるという方法は取られずに、健康保険が下りる医薬品がすぐさま処方されるのが日常の光景となっています。そして、患者側も、他に代替医療という選択肢があるかもしれないことをよく知りませんから、処方薬を服用するのが当然と思ってしまっています。また医療保険の適用は、西洋医学における診療と治療に基づいているため、サプリメントを含め、これらの代替医療による治療のほとんどが保険の適用外とされています(カイロプラクティックは、近年、保険プランによって選択できるようになってきています)。

アートHealth Freedom-医療の自由を求める運動
しかし1990年代以降、通常医療と代替医療の攻防は、科学的な見地のみならず、むしろ政治的な見地からも激しさを増してきました。その先駆けともなったのが、1992年に設置された国立衛生研究所(NIHNational Institute of Health)の国立補完代替医療センター(NCCAMNational Center for Complementary and Alternative Medicineです。

民主党上院議員トム・ハーキン氏の強力なリーダーシップのもとに実現した代替医療センターは、当初年200万ドルの予算がつけられ、
NIH
が管轄する27の専門研究機関のひとつとして、アメリカにおける代替医療研究と教育の中核となりました。代替医療センターのミッションは、「厳密な科学的研究により代替医療の有効性と安全性を検証し、健康増進とよりよき医療のため、代替医療の役割を定義付けること」と謳われています。

なぜ、これが政治的攻防の先駆けともなったかというと、NIHという最も権威あるアメリカ政府の医療研究機関に、代替医療センターが設けられたことで、代替医療が“科学的研究”を通して通常医療の聖域に公明正大に食い込んでいくことを可能にすると同時に、代替医療やサプリメントを推進するHealth Freedom Movementを強力に後押ししていったからです。Health Freedom Movementとは、サプリメントの恩恵を享受する自由、必要なサプリメントを自由に入手する権利、そして自分の健康や病気の治療に関して、通常医療だけでなく、代替医療を含めたあらゆる可能性を追求する自由を求めて広がった市民運動です。

Health Freedom Movement による政治的働きかけやロビー活動の成果を反映し、代替医療センターの年間予算は年々増加していきました。1998年には、代替医療センターは、全米の研究機関と連携し研究予算を提供するなど、アメリカにおける代替医療に関する研究を全て統括するため、予算枠を5000万ドルへと拡大し、さらに2009年には1億2200万ドルまで増加していきました。代替医療に関する研究は、NIHNational Cancer Institute(国立がん研究所)でも行われ、独自に1億2200万ドルの予算を持っていますから、NIHの年間予算290億ドルのうち、およそ1%に当たる3億ドル弱が代替医療分野の研究に当てられていることになります。

アート製薬業界とサプリメント業界の攻防
このHealth Freedom Movementが背景にあるものとして見逃せないのが、医薬品市場に割って入ろうとするサプリメント業界と、既存の認可医薬品市場を守ろうとする製薬業界による政治的攻防です。90年代のサプリメント産業の急速な市場拡大の契機ともなったのは、1994年、クリントン政権時代に制定された「栄養補助食品健康教育法」(DSHEADietary Supplement Health and Education Act of 1994) (以下、略称でサプリメント法)です。それまでにもサプリメントは市場に出回っていましたが、その効用の表示や過大広告をめぐり、規制に乗り出す米食品医薬品局(
FDA)と、消費者世論の摩擦が長年続いていました。

この法律により、ビタミン類、ミネラル類、アミノ酸、ハーブなどの植物は、Dietary Supplement、いわゆるサプリメントとして定義され、医薬品としてではなく食品として区分されました。通常の医薬品はFDAの厳格な基準を満たし承認されなければ販売はできないのに対し、サプリメントは医薬品ではないのでその基準を満たさずとも、一定のプロセスを踏むことで販売が可能になりました。一定のプロセスとは、製造者が、かかるサプリメントの原材料や成分内容、人体に無害であること、製造過程で安全性が保たれていること等の報告とともに、FDAに販売許可の申請・審査を経ること等で、90日後には販売が可能となります。通常の医薬品の承認に際して義務付けられる治療効果を立証する臨床試験データや、副作用に関するデータ等の提出は義務付けられていません。

ただし、これらのサプリメントの販売は、個々のサプリメントが「病気を治療する」「予防する」と直接的な宣伝をしないことが条件となりました。つまり、この法律(DSHEA)は、サプリメントの効用について直接表示しない限り、監督省庁であるFDAの監視を最小限に留め、自由に市場に流通させることを可能にしたのです。ただし、かかるサプリメントがもたらしうる効果を間接的に宣伝することは許されています。例えば、「グルコサミンは関節炎に効きます」ではなく、「グルコサミンは関節の健康な機能をサポートします」といった文句です。(参照 Wikipedia: Dietary Supplement) 

サプリメント法(DSHEA)を契機として、一般の消費者は、健康維持や特定の疾患予防や治療に役立つと考えられるサプリメントを、自由に入手することができるようになりました。その種類も豊富になり、今日アメリカの市場に出回っている製品は実に56,000種類に上ります。サプリメント市場は急激に拡大し、年6%近い成長を続け、現在では250億ドル規模の産業に成長しました。アメリカ全体の経済成長率は(景気が急落した2008年から2010年を除いても)せいぜい年2〜3%台を推移していますが、サプリメント産業の成長率は2011〜15年にかけては9%前後の成長を続けるであろうと予測されています。サプリメント産業はこれまで製薬会社が独占していた健康・医療関連商品市場の一角を取り崩し始めたのです。

しかし、サプリメント法(DSHEA)によるサプリメントの自由化、サプリメント市場の急成長には、様々な波紋も投げかけられています。医薬品と異なり、サプリメントの製造業者には、試験データに基づいたサプリメントの有効性や安全性の立証責任が定められていません。また、品質が一元的に管理されていないことから、従来よりその安全性や製品ごとの有効成分のばらつきなども指摘されてきました。

有効性が疑わしいサプリメントがあった場合には、それらを市場から撤去するためには、実際にそれらのサプリメントのリスクを実害を基に立証しなければなりません。しかし、その立証責任は製造者にはなく、FDAの責務とされることが法に定められています。これまでに、実際に市場から撤去させられたサプリメントはたった一種類に過ぎません(*)。サプリメント(DSHEA)は、サプリメント業界の強力なロビー活動の影響をうけて成立していることもあり、サプリメント業界にとって有利な面のある法律となっています。
Ephedra
(麻黄)が、2004年に販売禁止されました。

しかし、この法律のおかげで、効果の立証されていない、品質の保証のないサプリメントが市場に出回り消費者を困惑させているという批判は、主に製薬業界から根強く、品質の保証問題は、製薬業界がサプリメント業界にダメージを与えるための格好の材料となってきました。科学的とはいえない方法でサプリメントの効果を否定したり、サプリメントのリスクをむやみに強調して消費者の購買意欲を削ぐようなネガティブ・キャンペーンが張られたりしてきました。

アート実は、
Win-Winの産物だったサプリメント法(DSHEA
しかし、このサプリメント法(
DSHEA)は、必ずしもサプリメント業界にとってのみ有利で、製薬業界にとって不利な法律というわけではなかったのです。むしろ、恩恵があったとも言えるくらいです。それはなぜかと言うと・・・。

ひとつの医薬品を世に送り出すまでには、開発、製品化、数々の臨床試験を通って承認されるまで、通常10年程度の長い年月がかかります。一万種もの化合物が特定疾患の処方薬の候補となり、研究開発され最終的に承認されて商品化されるのはたった一つという、極めて狭き門です。しかも、承認されても採算が取れる売り上げが見込める医薬品は20のうち3つといわれています。ひとつの新薬の開発にかかるコストは、およそ13億ドルと見積もられています。アメリカでは、過去10年間にFDAに承認された新薬は、年平均で23種類でした。

製薬会社は、新薬が商標登録されると、一定期間(約20年)はブランド薬として独占的に販売することができます。この期間は、ジェネリックと呼ばれる同成分・同効果のノーブランドの医薬品は市場参入できませんので、この間に、製薬会社は、開発コストを回収しさらに、それを上回る利益を上げようとする、そういった仕組みになっています。

さて、先に述べた1994年のサプリメント法(DSHEA)は、病気の予防や治療に利くという表記をしないという条件付ではありましたが、サプリメントの自由化をもたらしまし、それは、一見サプリメント業界のロビー活動の勝利であったかに見えます。しかし、それは同時に、製薬業界にとってもまた大きな意義のある法律でもあったのです。つまり、上記のような、長く厳しいプロセスを通って
FDAに承認される医薬品を扱う製薬業界にとって、サプリメントが特定の疾患予防や治療に利くという宣伝を禁じられる条件は、“サプリメントも医薬品と同列”という意識を消費者に植え付けることを回避するうえで極めて重要だったのです。

わざわざ医者に行かなくても、ドラッグストアでサプリメントを買えばいい、という意識が患者(消費者)に広まってしまったら、医薬品の販売にとって大打撃となります。ですから、サプリメント法(DSHEA)は、サプリメントの自由化を計るサプリメント業界と、これまでの医薬品の聖域を守りたい製薬業界との間の、ある意味Win-Winの関係、別の言い方をすれば交換条件での決着だったと受け止めることができます。

しかし、これで、両者の攻防に決着がついたわけではありません。そもそも、年間の売り上げ2890億ドルを誇る製薬業界に比べて、サプリメント業界は250億ドルと産業規模は比べ物になりません。いくら代替医療やサプリメントなどへの関心が高まっているとはいえ、このような関心を持つ層というのは人口全体から見ればまだ少数派で、サプリメント業界が製薬業界を脅かす、というような状態にあるわけではありません。大多数の人々にとっては通常医療が医療であり、サプリメントなど他の方法による病気の予防や治療が選択肢としてあるという認識は、一般には広まっていないのが現状です。

製薬会社にとっては、この現状が続くことが望ましい状態であるということなのでしょうが、医療の自由やサプリメントの自由−
Health Freedom-を追求する人々は、サプリメント法(DSHEA)は一つの通過点だと見ているようです。サプリメント商品のラベルに病気の予防・治療効果を表記することが禁じられている現状が、正しい知識の広まりを阻んでいるとし、サプリメント法の改革を視野に入れた次なるHealth Freedom Movement はすでに始まっています。次回は、製薬業界とサプリメント業界の攻防の行方、そして、医療分野におけるロビー活動の影響力について考察していきます。

次回につづく・・・

posted by Oceanlove at 14:24| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月23日

米共和党予備選−ロン・ポールの目指す医療政策

前回の記事、米共和党予備選とオバマ・ケアの行方で、アメリカの直面する医療問題とオバマ・ケア、共和党を中心とするオバマ・ケア撤廃の動き、そして各共和党予備選候補者の医療政策を見てきました。さて、ではもう一人の候補者、このブログで数回にわたり注目してきたロン・ポール氏は、どのような医療政策を掲げているのでしょうか?

ポール氏もオバマ・ケアを撤廃すべきと考えています。「オバマ・ケアは絵に描いた餅である」点も、「オバマ・ケアは合衆国憲法違反である」点も、そこまでは他の3人の候補者と同様の意見です。しかし、ポール氏の主張をさらに掘り下げてみていくと、他の候補者たちと最終目標が根本的に異なることが分かります。ポール氏の最終目標は、メディケア、メディケイドを含めた全ての公的医療保険制度とマネージドケア医療(後に説明します)の廃止、政府による様々な医療の認可制度の廃止、そして医療の完全民営化です。この、かなり大胆な、非現実的とも思われる政策の裏にはいったいどんな考えがあるのでしょうか?

ポール氏は、周知の通り、産婦人科の医師として4000人を超える赤ちゃんの誕生に立ち会ってきました。命は、受精の瞬間に誕生するというPro-Lifeの考え方を持ち続け、何よりも命を大切にし、一人ひとりの患者に最良の医療を提供することを目指してきました。そんな、ドクター・ポールだからこそ、どんな医療改革を行い、どんな医療を目指そうとしているのか、その大胆な訴えに耳を傾ける価値があると思うのです。まず、ポール氏の選挙キャンペーンのウエブ上に載せられた文章を見てみましょう(参照)。
“DO NO HARM”
Dr. Ron Paul spent his entire career in the medical profession working to uphold this simple principle by ensuring his patients received the best care he could give them, even if they could not afford it.Dr. Paul understands the key to effective and efficient medical care is the doctor-patient relationship. 

Yet, federal bureaucrats continue to believe that their one-size-fits-all policies will lower costs, increase access, and cure an ailing industry.
Instead, excessive regulation, immoral mandates, and short-sighted incentives have created a system where no one is happy, doctors pass quickly from one patient to the next, insurance is expensive to get and difficult to maintain, and politicians place corporate interests ahead of their constituents.

「害することなかれ」

ポール博士は、医師としてのキャリアを通しこの基本的な教えを守り、全ての患者に、たとえ支払いが困難な患者に対しても、最良の治療を提供することを志してきました。ポール博士は、効果のある効率的な医療のカギは、医師と患者の人間関係であると考えています。かたや政府は、全ての人を一律のルールに当てはめて医療を提供する政策が医療コストを下げ、より多くの人に医療を提供でき、この病んだアメリカの医療を改善できると考えています。

ところが、その医療政策は、規則でがんじがらめになり、良心に反する義務が押し付けられ(筆者注:これについては後に説明します)、目の前の利益ばかり追求する医療システムを作り出しました。そして、このシステムの中では、誰も安心して医療を受けられず、医師は患者とじっくり向き合う余裕はなく、医療保険は高額で加入できず、政治家たちは国民の利益よりも大企業の利益を優先させているのです。(筆者仮訳)

First Do No Harm”は、ご存知古代ギリシャのヒポクラテスの誓いに由来するフレーズで、「何よりも害をなすなかれ」、つまり「患者に利する治療を行い、害となる治療はしない」という意味です。医学の道を志す医学生たちがまず始めに学ぶ基本的な姿勢であると言われています。
ポール氏は、現在のアメリカにおける医療は、コスト抑制を重視した管理型医療であると同時に、特定の利益集団によって政策が決定され、医療を提供するものの基本姿勢である“Do No Harm”に反する歪んだものであると主張しているのです。そこへ、オバマケアの導入により全ての国民に医療保険への加入を義務化しても、医療の改善に繋がるどころか、この病んだ医療システムをさらに悪化させるだけだというのです。

このポール氏の主張を、

1)
マネージドケアの功罪
2) 医療を取り巻く、政・官・業の三角関係

の2つの観点から、2回にわたり解説していきます。

1)マネージドケアの功罪

アートマネージドケア医療とは

近年、アメリカの医療は、基本的にマネージドケアと呼ばれる管理型医療システムで成り立っています。そのシステムを担っているのが、HMOHealth Maintenance Organization)に代表されるマネージドケア組織です。

HMOとは、医療保険会社が、提携する病院や医師たちをひとつのネットワークに取り込んだ会員制医療組織です。このマネージドケア組織は、治療内容や保険適用に関する独自のガイドラインをつくり、加入者に対し、比較的低額な保険料で医療サービスを提供しています。マネージドケア組織には、全米に550を超えるHMO組織(加入者数およそ5600万人)の他、PPOやPOSという組織が存在します(PPO、POSについては後に説明)。

アメリカで民間の医療保険に加入するということは、このHMOなどのマネージド組織が提供する医療保険プランに加入するということを指します。加入者は、選んだプランに応じて保険料を支払い、実際に医療にかかるときには、加入している医療保険プランが指定するネットワーク内の病院のプライマリーケア・ドクター(家庭医)に診療を受ける形になります。熱を出しても外傷を負っても、とりあえず家庭医が診療し、そこで対応できるものは対応します。さらなる治療や専門医による診療が必要な場合は、紹介を受けてこれまたネットワーク内の指定の専門医に行くことになります。

つまり、まずは家庭医でふるいにかけ、高額な医療費のかかる専門医にいく患者の数を制限することで、全体の医療コスト(保険会社が支払う診療報酬)を抑える仕組みとなっています。このマネージドケア医療の仕組みは、1973年にHMO法(Health Maintenance Organization Act)により、従業員25人以上の企業に対しHMOへの加入を義務づけた頃から広まっていきました。

マネージドケア医療の大きな特徴として、医療費の定額払い制があります。アメリカ政府は、レーガン政権時代の1982年、医療費の抑制を目的として、医療保険制度をそれまでの出来高払いから定額払いへと転換してゆきました。出来高払い制においては、保険に加入している患者は自由に医師や病院を選ぶことができ、(保険会社のガイドラインに沿ってではなく)医師の判断で治療が行われます。患者は自己負担額を払い、残りは医療保険から支払われるしくみです。日本の医療は従来は出来高払い制でしたが、最近では定額払いも導入されてきているようです。

しかし、この出来高払い制には、高齢化や医療の高度化に伴って医療費が膨張してしまうという弱点があります。80年代のアメリカは、医療費の高騰が進み、メディケアへの財政支出額が、1965年のメディケア制度発足から17年間で当初の60倍に跳ね上がるという事態に直面していました。また民間保険会社も医療機関への支払いがかさむ分を保険料として上乗せするので、保険料は次第に高額化し、高騰していったのです。

一方、定額払いによる医療保険制度は、マネージドケア医療の中核となる仕組みです。保険会社によって、あらかじめ疾患ごとに治療内容、医療費の支払い上限、入院日数などのガイドラインが細かく定められ、治療はそのガイドラインにしたがって行われ、それに対して定額の医療保険が支払われます。ガイドラインに定められた以上の治療に対しては医療保険は支払われなかったり、患者の自己負担や医療機関の損失になったりします。したがって、医師は治療に関する判断を自由に行うことはできず、ガイドライン内で治療を収めることが奨励されるわけです。定額払い制のマネージドケア医療は、医療費を抑制することに貢献し、80年代後半から90年代にかけて急速に拡大していきました。

ちなみに、今日、マネージドケア組織にはHMOをはじめ、PPOPreferred Provider Organization)、POSPoint of Service)という3つのタイプが存在します。比較的保険料が低額で自己負担額も少ないHMOでは、このガイドラインがより厳しく、患者の治療に関する選択の自由は著しく制限されています。一方、PPOは保険料は割高になりますが、HMOに比べて制限は緩やかで、家庭医を通さず専門医に直接行くことができますし、ネットワーク以外の病院や医師にかかる場合も保険が利きます。ただし、その場合には自己負担率が著しく増え、もともとの保険料が高額なので経済的に余裕がなければ加入できません。POSHMOPPOの中間タイプの保険プランです。

アートマネージドケアの弊害

マネージドケアは、医療コストを抑えた効率性の高い医療である一方で、様々な問題点も指摘されてきました。

まず、
保険のプランや払う保険料によって、患者が医療機関や医師を選択する権利、受けられる治療やサービスが制限されます。病気の治療内容や処方薬などに関する決定も、もはや患者と医師が主体的に行うことはできず、第三者である保険会社によってそのガイドラインが決定されていくことになります。コスト管理が優先され、医師が患者にとって本当に必要と思う治療が必ずしも提供できないという不満や批判が生まれてきました。

公的医療保険であるメディケアやメディケイドも例外ではありません。民間のマネージドケア組織がガイドラインを定めるのと同じように、メディケアなどの場合はHHS(米保健社会福祉省)が医療サービスのガイドラインを作成し、診療報酬を決定します。すでに述べたように、メディケアなどへの支出増加で連邦予算は逼迫していますから、政府としてはガイドラインを厳しくし、いかに医療コストを抑制するかに躍起になっています。

そんな、マネージドケア医療のあり方は、医療の現場に様々なひずみを生んでいます。例えばこんな事例があります。

ある病院で、患者のより早期の完全な回復を助けるため、抗生物質の投与の仕方や服用期間を含む規定を変えたことろ、病院の経営は著しく悪化していきました。調べてみるとその原因は、診療報酬の支払い規定にかかわっていたのです。メディケアに加入している患者が肺炎にかかり人工呼吸器を使用した場合には、メディケアからの診療報酬は実際にかかった治療費に800ドル加算され、同じ患者が肺炎にかからず短期間の診療ですんだ場合には、メディケアからの支払いは実際の治療費より逆に800ドル少なかったのです。患者にとって利益となる診療をしたにもかかわらず、病院は経営不振となってしまった、つまりメディケアの支払いのガイドラインは、患者が肺炎にかかり人工呼吸器を使用する方が病院はより儲かる仕組みなっていたということです。(Waste in health care? For some, it’s profit


病院側は、病院経営のためにより診療報酬の多い医療行為を行おうとする一方、保険会社(またはメディケア)側は、患者の肺炎の治療を行わない方が医療コスト(支払い)が少なく済むので、治療内容と保険適用のガイドラインを操作することで、病院や医師に対して肺炎を防ぐための、あるいは高額な治療を回避するためのインセンティブを与えようとします。それに対し、医師側はガイドラインに縛られて診療の自由を奪われること、またガイドラインに忠実であるか否かが医師としての評価と報酬につながるシステムに
反発します。

同じマネージドケア組織内で、それぞれの利害が対立し思惑が渦巻いています。そして、組織の運営やガイドラインの策定、診療報酬獲得をめぐる熾烈な駆け引きが、複数のステークホルダーたち(保険会社、医療機関、医師団、公的医療保険を運営するHHS、そして法律を決定する連邦議員など)を巻き込んで行われているのです。そして、次回さらに詳しく取り上げますが、その駆け引きには、それぞれの利益を代表するロビイストたちが奔走し、巨額のロビー費が継ぎこまれているのです。

アート患者を常に第一に考える視点

ポール氏は、臨床医としての長年の経験から、ガイドラインに縛られた公的医療保険を含むマネージドケア医療に一貫して反対し、このシステムの中で一番忘れられた存在なのが患者であるということを訴え続けてきました。その信念ゆえに、現役の医師時代にはメディケアからの診療報酬は受け取らず、低額の料金で患者を診察してきたことでも知られています。そして、ポール氏は、マネージドケア医療は、患者の選択の自由を奪い、医師の士気を下げ、医療コスト全体を押し上げ、医療の質を確実に低下させると警告してきたのです。そして、今まさに、アメリカの医療はそれらが複層した大きな課題を抱えています。

ポール氏が目指す医療政策のひとつ、「マネージケア医療の廃止」はここから導かれ、医師がガイドラインに縛られることなく、患者にとって本当に必要な医療を自由に提供することができる「自由診療医療」を目指すべきだと訴えているのです。オバマ・ケアの廃止を求めている点では他の共和党候補者たちと同じですが、その背景にある考え方には大きな相違があります。他の3人の共和党候補者たち医療政策が現状の医療システムの枝葉をいじることでしかないのに対し、ポール氏はその医療システムの問題の根幹に鋭くメスを入れようとしているといえるでしょう。

確かに、患者にとって本当に必要な最良の治療を、というのは言うは安くで、限られた医療資源をどのように配分するのかという問題は、アメリカに限らず多くの国が直面している極めて難しい問題です。公的医療保険にしろ民間の医療保険にしろ、コストコントロールが重要であることは言うまでもありませんが、医療費抑制を重視するマネージドケア医療が、患者の受ける医療の質や、時には命をも左右することになるという視点を、ドクター・ポールは常に忘れないのです。

次回に続く・・・
 
posted by Oceanlove at 05:34| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月22日

米共和党予備選とオバマ・ケアの行方


過去2回のブログで、アメリカ大統領選共和党予備選の候補者であるロン・ポール氏について取り上げてきました。ポール氏の“真実に迫る”興味深い発言や、その政治思想の根底にあるリバタリアニズム、個人の自由と社会的責任に基づいた理想的社会の実現に向けた政治政策について、いくつかご紹介しました。

今回は、アメリカの医療問題に焦点を縛り、ポール氏の政策提言を吟味していきたいと思います。2012年米大統領選挙における医療分野の争点は、オバマ政権が2010年に成立させた包括的な医療保険制度改革法−通称“オバマ・ケア”です。国民皆保険を目指したオバマ政権が何とかこぎつけたこの医療改革ですが、選挙結果いかんでは実現されない可能性があるのです。この争点について話を始める前に、まずアメリカの医療問題について、簡単に触れておきたいと思います。

アート アメリカの医療問題

アメリカには公的な医療保険制度として、メディケア(65歳以上の高齢者・障害者向け医療保険)とメディケイド(低所得者・子供向け医療保険)、また、連邦職員と軍人・退役軍人用の公的医療保険制度があり、合わせておよそ9700万人(国民の約30%)が受益者となっています。一方、それ以外の国民は、雇用者を通じてもしくは個人で民間の医療保険に加入しなければなりません。民間の医療保険は保険料が高額なこともあり、およそ4600万人、国民のおよそ6人に一人が無保険の状態です。医療費は極めて高額で、保険のない人は医者にかかれないのが現実です。

医療保険加入状況
 
U.S. Census Bureau. 2008 *民間医療保険と公的医療保険の両方に加入している人が一部重複しています)

68.2%・・・民間医療保険加入(雇用者を通じた団体契約59.3%+個人契約8.9%) 

27.8%・・・公的医療保険加入(メディケア、メディケイド、連邦職員、軍人・退役軍人用保険)
 

15.3%・・・無保険

その結果、無保険者が救急医療に殺到(救急医療では誰に対しても診療拒否ができないことが法で定められています)したり、その無保険者の医療コストをカバーするために正規加入者の保険料が吊り上げられたり、また既往症のある人が保険への加入を拒否されたり、重病になった患者の家族が借金で家を手放さなければならない、などということが実際に起きています。

公的医療保険のメディケアやメディケイドに加入していれば安心かと言うと、そうも言えません。実際、公的医療保険メディケアはすでに2008年から赤字経営となり、2011年の保険料収入は支出の57%に留まっています。このままでは、今後数年間で破綻するとも言われる状況です。おりしも、アメリカの連邦予算は債務上限に達しており、メディケアとメディケイド合わせて6000億ドル(2011年度)、連邦予算の21%近くを占める医療保険をこれ以上膨らませるわけにはいかず、コスト削減が緊急課題となっています。


アメリカにおける医療費は、高齢者人口の増加と共に年々増加し続け、2009年にかかった総医療費は2.5兆ドル(国民一人あたり8,047ドル)、
GDPの17.3%を占めました。WHOによると、一人当たりの医療費は国連加盟国191ヶ国中最高でありながら、国民の総合的健康状態は72位にランクされています。医療費の高騰、無保険者問題、近い将来に予測されているメディケアの破綻など、アメリカの医療は、国民の健康と命、そして国家の財政にとって極めて深刻な状態におかれています。(Health care in the United States) 

アート 医療保険制度改革法−オバマ・ケア

この問題を改善し、全ての国民が安心して医療を受けられるような社会を実現するという使命感のもと、オバマ政権は2010年3月、医療保険制度改革法(Patient Protection and Affordable Care Act)、通称オバマ・ケアを成立させました。オバマ・ケアはワンフレーズで言うと、「全ての国民に対し、公的医療保険もしくは民間医療保険いずれかの医療保険への加入を義務化することにより、無保険者をなくそうとする改革」です(国による公的皆保険制度ではありません)。

低所得者には、保険加入に当たって税控除や様々な政府の支援が可能になると同時に、加入しない個人や企業には罰金が科せられることが定められました。またこれまでは、既往症がある患者は民間の保険会社から加入を拒否されてきましたが、保険会社はこのような拒否をしてはならないという条項も加えられました。この法律は、段階的に施行され、2014年度から本格導入される予定です。

2000ページ以上に及ぶ法の内容は極めて複雑で分かりにくいという評判ですが、以下に挙げたものが、医療保険制度改革法の主な中身です。(Wikipedia: Patient Protection and Affordable Care Actより)

・3200万人が新たに医療保険に加入することにより、国民の95%がカバーされる。

・保険会社は、既往症を理由に保険加入を拒否したり、加入者の発病を理由に契約解除したりできない。
・保険会社の医療費支払いの上限を撤廃する。
・子供は26歳になるまで親の医療保険でカバーできる。
・メディケア加入者は、自己負担の50%まで国の補助が出る。
・低所得者に対し、医療費負担が所得の15%を超えないような補助の制度を作る。
従業員50人以下の中小企業は、従業員用医療保険料負担の最大50%の税控除を受けることができる。
・従業員50人以上の企業は、全ての従業員用医療保険の負担が義務となり、違反には罰金が科される。
・全ての医療保険は、避妊薬や堕胎に伴う処方箋にも適用されなければならない。
・民間の高額医療保険への加入者に対し、保険料に40%の税金を課す。
・製薬会社と医療機器業者への計470億ドルの増税をおこなう。 
 

 アート オバマ・ケアヘの批判
 


さて、鳴り物入りで成立した医療保険制度改革法ですが、もともとこの法案には共和党を中心に反対派が多く、連邦議会での賛否は真っ二つに分れ、1年以上にわたる大論戦の末にようやく法案可決に漕ぎ着けました。しかし、法律にはなったものの、いまだ改正や廃止の声が上がり続けており、予定通り2014年から本格的に施行されるのかどうか、先行きが分からない状態です。

改革法に関する一般の世論調査も、支持しないが50%、支持するが42%と、評価は二分しています(12年2月27日、ワシントンポスト紙)。11月の本選では、医療保険改革法を守り貫きたいオバマ大統領とオバマ・ケアの廃止を目指す共和党との激しい戦いとなるのは間違いないでしょう。

国民皆保険制度に慣れている日本人から見れば、国民の命や健康を守り、安心して医療にかかれる制度を作ることは政府の義務であると思われるかもしれません。なぜアメリカの世論の半数近くが改革法に反対しているのか、不思議に思われるでしょう。また、オバマ・ケアを潰すなどというのは、国民の健康や福祉よりも自由主義経済や金儲けばかり重視する共和党の典型的な言い分だと思われるかもしれません。

実際のところ、アメリカ国内でも、「共和党は無保険者のことなど本気で考えてはいないのだ」、「高額な民間医療保険に加入して高度な医療を受けられる富裕層は、現状を変えたくないのだ」、「政治家やその家族は、政府の公的医療保険に加入しているくせに、これ以上加入者が増加するとメディケアは経営破たんするなどといって、低所得者たちを締め出そうとしている」・・・そんな巷の声も響いています。

しかし、相変わらずオバマ・ケアへの風当たりは強く、共和党予備選における医療問題はオバマ・ケアへの批判で一色です。ちなみに、オバマ・ケア(Obama Care)という呼び方は初めからあったわけではありません。医療保険制度改革法を指し示す用語としては以前はHealth Care Billとか Health Care Reformなどが使われていました。それが、法律の成立後、同法律反対派が、「医療改革は必要だが、オバマ改革には反対である」ということで、オバマ・ケアと呼ぶようになったのです。ですから、オバマ・ケアという言い方には少々批判的な意味が込められています。

では、いったい反対派は医療保険改革法の何を批判しているのでしょうか?主な点をまとめると以下のようになります。

・総合的に、10年間で約5000億ドルの増税になる。
・製薬会社等への増税により医療コストは上昇する。
・医療費支払い上限の撤廃により、保険会社の出費が増大し、保険料も上昇する。
・3000万人以上が新たに加入しても、それでもなお数百万人が未加入状態のままになると予測される。
・メディケア・アドバンテージを利用する高齢者(メディケアのオプションで、民間の保険も選択できる)の半数は、保険料の自己負担が増加するためこの制度が使えなくなる。
・避妊薬や堕胎に伴う処方箋への保険適用の義務化は、堕胎に反対する宗教法人の運営する病院やクリニックに、その主義に反するサービスを強いるもの、つまり道徳心に背かせる義務(Anti-Conscience Mandate)であり、容認できない。
・One Size Fits All(保険適用の一律のルールを全ての人に押し付けること)は、個人の自由と宗教の自由に違反する

参照:What is the Patient Protection and Affordable Care Act of 2010?
参照:Top Ten things Obama never told you about Obamacare
参照:The Impact of Obama Care
参照:Obama care Anti-Conscience mandate: An Assault on the Constitution

まとめると、オバマ・ケア反対派の主張は大きく2つに絞られます。

一つ目は、一言で言えば、オバマ・ケアは絵に描いた餅ということです。つまり、オバマ政権は、無保険者が保険に加入できるようにし、医療費を抑制することを目指し、財政赤字を増加させずに医療システムを改善する・・・と謳っているが、そんな都合のいい話はない。実際には、様々な形の税や手数料や規則で盛り込まれ、向こう10年で5000億ドルの増税となる。3000万人が新たに保険に加入することによって医療コストそのものは膨張し、保険料はつり上がり個人負担は増える。アメリカの医療問題は解決せず、事態は悪化するというものです。

二つ目は、「政府が個人に対し医療保険への加入を義務付けること」とは、それは言い換えれば、「政府が個人に対し特定のサービスを強制的に購入させること」であり、個人の選択の自由を定めた合衆国憲法に違反するという主張です。先の世論調査でも、個人への医療保険加入の義務付けは憲法違反だと考えている人の割合は76%に上っています(12年2月27日、ワシントンポスト紙)。

アート 共和党予備選候補者、それぞれの主張

さて、共和党予備選候補者は4名全員が、オバマ・ケアへの反対を表明しており、医療保険加入の義務は合衆国憲法違反であるという見方で一致しています。各候補の医療保険問題の考え方や政策には多少のばらつきは見られますが・・・

実は、先頭を走るミッド・ロムニー氏は2006年マサチューセッツ州知事時代に、州政府による公的保険制度いわゆるロムニー・ケアを導入しました。州民への医療保険加入の義務付けや罰則など、オバマ・ケアと類似した制度です。ロムニー・ケアの導入に当たり、保険加入義務への賛否両論はあったものの、「全ての州民に医療保険を提供する」という大目標を成し遂げるためのトレード・オフと理解され、民主・共和両党の協力により鳴り物入りで歓迎されました。

導入からおよそ5年が経過した現在のロムニー・ケアについての評価ですが、州財政への負担が当初の予想よりも重くなっていることや、中小企業経営者の従業員への保険料負担が増加していることへの不満がある一方、現在医療保険に加入している州住民は全体の98%を達成しています。マサチューセッツ州の世論調査では62%の住民がロムニー・ケアを支持していると答え、ロムニー・ケアはおおむね成功しているという評価が上がっています。Poll finds vast majority of Massachusetts residents like Romneycare

このような経緯のため、ロムニー候補はオバマ・ケアへの対応に微妙な立場に立たされています。政府による医療保険加入の義務化は合衆国憲法違反だと口を揃えてはいますが、自身がマサチューセッツ州で導入した医療保険制度の業績は正当化しているのに、オバマ・ケアを否定するのは自己矛盾だと批判される余地は否定できません。ロムニー氏は、基本的な考え方として、医療保険制度は連邦政府ではなく州政府によって運営されるべきであるとしています。ロムニー氏が、オバマ大統領と対峙する共和党候補としてふさわしいと認められるか否か、ロムニー・ケアはその行方に大きくかかわっていきそうです。
参考までに、ロムニー氏、ギングリッチ氏、サントーラム氏、それぞれが主張する医療政策を簡単にまとめて見ました。

【ロムニー氏】
・メディケアの拡充、プランを多様化する
・保険会社が既往症のある患者の加入を拒否できないとする規則は、条件付で撤廃する
・ヘルス・セービング・アカウント(*)を奨励する
・医療訴訟の賠償額に上限を設け、医療全体のコストダウンを図る
・民間医療保険を州をまたいで自由に購入できるようにする
・民間保険への個人加入者に対し、税控除を適用する

(*)ヘルス・セービング・アカウント(HSA)とは
医療費や保険料の支払いなど、医療に関係する使途のために自由に使える銀行預金口座。一定条件の医療保険に加入していれば開設可能で、この口座への預金は所得から控除することができ、連邦所得税や利子への連邦税もかからない。税控除により、医療目的の貯蓄を支援・奨励する仕組み。

【ギングリッチ氏】キャンペーン・オフィシャルサイトより
・メディケアを拡充し、民間保険の選択を含めプランを多様化する
・メディケイドを改正し、州ごとに患者のニーズに応じたサービスが提供できるようにする
・ヘルス・セービング・アカウントを奨励し、患者の医療負担を支援する
・保険会社に対し、加入者の発病を理由とした契約解除や保険料の増額を禁止する
・保険料や医療費に対する税控除を行う仕組みを作る
・医療訴訟を減らし、医療全体のコストダウンを図る
・医療の自由競争を促し、サービスの効率化とコストダウンを図る
・治療に関する選択肢を広げ、患者が医療情報や自由にアクセスできる仕組みを作る

【サントーラム氏】 (キャンペーンオフィシャルサイトより)
・メディケアを含む公的医療保険の拡充には反対
・ヘルス・セービング・アカウントを奨励し、患者の医療負担を支援する
・医療の自由競争を促し、サービスの効率化とコストダウンを図る
・民間保険への個人加入者に対し、税控除を適用する
・民間医療保険を州をまたいで自由に購入できるようにする。

(参照:GOP Presidential Hopefuls: Where They Stand on Health Care

ロムニー氏、ギングリッチ氏は、メディケアなどの公的医療保険を拡充し、サントーラム氏は医療の自由競争をより重視していますが、オバマケアに盛り込まれた「保険会社は既往症のある患者の保険への加入拒否できない」とする規則には3氏とも基本的に反対し、保険業界を擁護する立場です。サントーラム氏は、疾患を抱えている人がより高い保険料を払うのは当然であるとも明言しています。(参照

3氏とも一様に、オバマケアは医療問題を解決しないとしその撤廃を求めていますが、ではその代案は何かと言えば、ヘルス・セービング・アカウントの奨励、保険料に対する税控除、サービスの効率化によるコストダウンなどといった政策であり、あまり抜本的な改革とは言えないと私は感じています。要するに、彼らが主張しているのは、大枠ではアメリカの医療システムの現状維持であり、そこへ仕組みの変更を多少加えて問題に対処しようとしているだけであり、アメリカの医療問題の核心部にはまったくメスは入れられていないというのが、私の印象です。

次回は、もう一人の共和党候補者ロン・ポール氏の医療政策について、見ていきたいと思います。

posted by Oceanlove at 04:52| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月03日

米大統領予備選候補者ロン・ポール その政治思想と政策


前回のブログでは、2012年大統領選挙の共和党予備選の立候補者ロン・ポール氏について、私の目には候補者の中でただ一人、耳を傾けるに値し真実に迫ることのできる政治家であると書きました。そして、そう思う理由について、前回の大統領選挙(2007−08年)当時の、テレビ討論会の発言を引用しながら、ご紹介しました。ポール氏は、アメリカの連邦議会議員であり、2008年の大統領選挙共和党予備選候補者としてただ一人、911のテロ事件に関連して「彼らは我々が自由で豊かだから攻撃したのではない。我々が中東に介入したから攻撃してきたのだ」と、アメリカの中東への介入政策を見直すべきだと訴えた人物でもあります。

今回は、そのポール氏の政治思想とは何か、またその思想は国家のどんな政策に反映されているのか、見ていきたいと思います。

アートロン・ポール氏の経歴
まず、ロン・ポール氏の経歴について簡単に触れておきます。(ウキペディア:Ron Paul より

ポール氏は、1935年ペンシルバニア州ピッツバーグ生まれで、父親が乳製品業を営む家庭で育ちました。高校時代は陸上競技200メートルの州チャンピオンでした。大学で生物学を学んだ後、デューク大学医学部に進み、1961年に医師免許を取得しました。1963〜68年まで陸軍と空軍で軍医を務めた後、テキサスに拠点を移し、産婦人科医として開業します。妻キャロルとの間に5人の子供がいます(3番目のランド・ポールは、2010年ケンタッキー州から連邦議会上院議員に選出されました)。

初立候補は1974年。初当選は1976年、テキサス州共和党下院議員に選出されました。1976〜77年、79〜85年、そして1997年から現在にわたり、計10期下院議員を務めています。下院では、外交および金融サービス委員会に属し、「通貨政策とテクノロジーに関する金融サービス小委員会」の委員長です。1986年にはリバタリアン・パーティーから、また2008年は共和党から大統領選挙に立候補しており、2012年の大統領選挙は3度目の立候補です。リバタリアンの政治思想に傾倒していることを表明しており、2008年には共和党候補でありながら、党の方針と対立する数々の政策を打ち出し、その異色の存在が注目を集めました。しかし、主流のメディアからは異端視され、共和党候補の本命と見なされることはありませんでした。

2008年の共和党予備選から撤退したのちも、国民にとって真に益となる政治政策や独自のアイデアを広めるための活動を精力的に展開してきました。その活動のひとつが、 “
Campaign for Liberty”(自由のためのキャンペーン)という政治活動団体の創設です。その目的は、「合衆国憲法に根ざした小さな政府のメッセージを広めると同時に、草の根レベルの組織を作って、効果的な選挙キャンペーンを行い国政・地方選挙で勝てる活動家を育成すること」であるとしています。

オバマ政権がいばらの道を歩き始めた2009年、共和党保守の中からティーパーティー運動が沸き起こったのはご存知の方も多いでしょう。実はこのとき、小さな政府、他国への不介入主義、個人の自由、といったポール氏の政治思想が、図らずもティーパーティー運動をバックアップする構図が生まれました。その何十年もぶれのない主張が共和党保守派に新たな高揚感と共感とを呼び起こし、若い支持者たちからは信奉を得るようにさえなりました。

この頃から、共和党の異端児から、時の人へと、メディアの取り扱われ方も変わってゆきます。今回の共和党予備選では、獲得代議員数では現在4番手ながら、そのキャンペーンは熱気を帯びており、メディアへの登場数も他の候補者に引けをとらない活躍を見せています。


アートリバタリアニズムとは
次に、ポール氏の政治思想について見てみましょう。現在ポール氏は共和党の政治家ですが、かつてはリバタリアン・パーティーに所属していた経歴にもあるとおり、ポール氏の政治家としての心髄にあるのは、リバタリアニズムという思想です。いったい、リバタリアニズムとはどんなものなのでしょうか。ウキペディアにはこう書いてあります。(ウキペディア:リバタリアニズムより

自由主義思想の中でも個人的な自由、経済的な自由の双方を重視する政治的イデオロギーである。リバタリアニズムは他者の権利を侵害しない限り、各個人の自由を最大限尊重すべきだと考える。」 

リバタリアニズムの根幹は、この「個人の自由の理念」、すなわち、人はみな、他人に害を及ぼさない限り、自分の選択した生き方をする権利がある、というとてもシンプルな理念です。個人の自由にも身体的自由、信教の自由、財産所有の自由など様々な自由がありますが、リバタリアニズムにおいて最も重要な自由の指標とされているのが、私的財産権の自由です。個人の財産が政府や他のものによって侵害されることは、個人の自由の制限ひいては破壊に繋がると考えるのです。この考え方は、経済・財政政策に大きく反映し、例えば、政府が一方的に様々な税を徴収する仕組みに対しても異論を唱えています(このことについては後でまた触れます)。

リバタリアニズムは「自由主義」ではないのかと思われるかもしれませんが、それは違います。自由主義は、「リベラリズム」の訳語です。ここで、リバタリアニズムとリベラリズムの違いをはっきりさせておかなければなりません。

リベラリズムも、身体的自由、信教の自由、財産所有の自由など個人の自由を尊重します。しかし、リベラリズムはその前提として社会的公正を重んじ、社会的公正のために個人の自由を制限することを認めている点で決定的に異なります。ですから、国民から税金を徴収し、税金で社会福祉や教育など幅広い公共政策を行うことや、弱者や貧困の解消のために法的に富の再配分を行うことは、リベラリズムにおいては正しく、現代の多くの先進国の政治はリベラリズムの理念に基づいています。

これに対し、リバタリアニズムは完全自由主義、自由至上主義であり、公共の福祉のためであれ、使い道が何であれ、政府が税という形で私有財産の一部を強制的に取り上げることは、公権力による個人の自由の侵害であるという点で、基本理念に反するとしています。

これだけですと、血も涙もない思想のように聞こえますが、リバタリアニズムでは、社会的弱者の支援や貧困の解消などに必要な援助などは、徴収した税金で政府が行うものではなく、個人の自由な意思による寄付で行われるべきものである、と主張します。そして、リバタリアニズムの理想とする社会においては、そのような寄付行為は、

富めるもの当たり前の社会的責任として認識される」「努力した者が経済的に報われることは全くもって正しい事であり、成功者が正しく報われることによってこそ人々に努力のインセンティブを与え、市場経済全体が底上げされ


としています。(ウキペディア:リバタリアニズムより

また、リバタリアニズムの考え方によれば、個人の自由には、自分の行動や選択の結果に対する責任が伴うとされています。この自己責任の原理が、人をして正しい行動や選択を行い、成功へ導くモチベーションになると考えられています。また、そこまでの自由が保障されることによってこそ、多様性というものも尊重される社会になるとも考えられています。したがって、リバタリアニズムの考え方においては、国家は法によって個人の自由を“制限”してはならず、国家(=連邦政府)の究極の役割とは、「個人の生命、自由、財産を保護すること」に尽きると考えます。国家の法律で制限されるべきものは、殺人や盗みなどの犯罪に限られ、他人に害を及ぼさないいかなる個人の行動も制限されるべきではない、と主張するのです。


アート国政政策への反映
さて、「国家の役割とは、個人の生命、自由、財産を保護すること」が、リバタリアニズムの政治理念であるということを述べてきました。この理念がポール氏の政治家としての根底にあり、「自由のための新たな運動」の先駆者として、ポール氏は長年にわたり様々なメッセージを発信し続けてきました。では、ポール氏はこの理念を、アメリカの国政の場でどのような具体的な政策に反映しようとしているのでしょうか?ここからは、今、現在進行形で繰り広げられている共和党予備選で、ポール陣営が展開している政策提案や公約を、財政、経済、国防、エネルギーの分野を例に、まずは簡単に見ていくことにします。 


【財政政策】 
Ron Paul 2012 Restore America Now より

減税を提唱。税の徴収は、基本的に、個人・企業の財力を削ぎ、生産性を低下させ、創造力を蝕み、投資欲を損ない、中間層や貧困層の生活を蝕むと考えます。逆に言えば、減税によって個人資産は増え、消費が伸び、学費が賄え、企業の投資が高まるというのが基本的なスタンスです。

ポール氏は、憲法改正により連邦所得税、相続税、キャピタルゲイン税、年金所得への課税を廃止することを公約に掲げています。この大幅減税は、小さな政府の実現、つまり財政支出のカットと車の両輪であり、海外援助、海外派兵、企業への補助金等の中止、5つの省庁の削減により1兆ドルの支出削減を行うとしています(
参照)。

【経済政策】 
Ron Paul 2012 Restore America Now “Economy より


自由主義経済を徹底する。政府による企業への税控除や補助金、規制等の介入を一切撤廃するとしています。政府による市場介入は、公正な競争を妨げ、利益誘導や汚職を招き、物価を上昇させ、結果的に経済に悪影響を及ぼすというのが基本的な考え方です。

金融危機に際し、債務超過に陥った銀行を破綻させずに救済し、政府予算の拠出をさらに拡大しました。これは、政府が政府の規制や権限によって特定の企業や銀行をてこ入れするという、大元の構造的問題を再びなぞっただけであり、根本的な問題解決にはなっていないとも主張しています。具体策を以下にあげます。

         適正財政に合致しない(歳入と歳出がアンバランスな)予算案を阻止する。
        
財政赤字の上限の引き上げを阻止し、歳出を削減させる。
        
FRB(連邦準備制度システム)の徹底した監査を要求し、最終的にはFRBを撤廃する。FRBはドルの価値を減少させ、ドルを増刷しては赤字を埋め合わせるという愚考を繰り返してきた。
         巨大企業によるホワイトハウス占拠(ロビー活動)を止めさせる。
        
高速道路燃料税の廃止、天然ガス仕様の車両への税控除をおこなう。

*経済・金融政策、とりわけFBRについて、次回以降ブログの続編で詳しく検討する予定です。



【国防政策】 
Ron Paul 2012 Restore America Now “National Defense より


国防は、合衆国憲法が定めた連邦政府の最も重要な責務であるとしながらも、世界135カ国に展開する米軍のミッションは往々にして不明確で、何が勝利なのか定義も曖昧であると指摘しています。他国の政治や選挙に干渉したり、他国の特定の指導者を擁立したり、爆撃によって罪のない市民を巻き添えにする行為が、逆にアメリカへの敵対意識を生み、国内外でのテロ行動を誘発させているという見解を持っています。また、このような世界の警察のような振舞いや国家建設(他国への干渉)などの外交政策は、国内財政を逼迫させ、国力を弱体化させていると主張します。

アメリカの自由にとって大きな脅威であるテロリズムへの対処するためには、まずアメリカの外交政策を見直さなければならないとし、「不介入主義」、「平和主義」、「自由貿易」を3本柱とする外交政策を提唱しています。具体策として以下のようなものがあります。

         国境警備を国防の最優先課題とする。
        
長期にわたる他国への派兵や介入は中止し、軍事作戦はアメリカを標的とするテロリストの逮捕に焦点を絞る。
        
戦争の開始は、憲法の定めに従い連邦議会が宣言しなければならない(議会の宣言なしに戦争を開始することは違憲である)。
        
縮小整理で軍事予算を削減し、21世紀型の活力ある軍事力を備える。
         アメリカ国民の血税で他国の為政者や独裁者を肥やすだけの対外援助(
ODA等)は中止する。

【エネルギー政策】 Ron Paul 2012 Restore America Now “Energy より


自由市場主義に徹する。連邦政府による各種の規制、特定業界への補助金、エネルギーへの高い課税が、末端の消費者を圧迫していると指摘します。環境保護団体や業界団体などの圧力により作られる政府のエネルギー政策(炭素税や
CAPTradeなど)や規制は、消費者を特定のエネルギーや電力へと誘導し、その市場拡大を狙った作為的なものであるため、エネルギー市場の自由競争が捻じ曲げられ、その結果、石油、炭素、天然ガスなどの従来の生産は打撃を受けるばかりでなく、新しいエネルギー技術開発の模索や公正な開発競争も妨げられる。したがって、消費者は高い電力コストを支払い続けることを強いられていると主張します。具体策として次のようなものがあります。

         アメリカ海岸沖での原油採掘を奨励し、輸入への依存を減らす。
        
ガソリン税を廃止し、一ガロン当たり18セント価格を引き下げる。
        
石炭と原子力発電を妨げている規制を廃止する。
        
DOE(環境省)やEPA(連邦環境保護局)を廃止する。企業の環境汚染に対しては連邦政府が関与する必要はなく、環境を汚染した業者は、裁判を通じて被害者に対し直接的な責任を負うべきである。
         代替エネルギーの生産や購入には税控除で酬いる。


アート原子力エネルギーについて
ちなみに、原子力エネルギーについては、技術面・安全面の可能性は否定していません。むしろ、米原子力潜水艦の実績から、原子力エネルギーの技術や安全性について認める発言も行ったり、政府による規制で原発が妨げられるべきではないとも主張しています。これだけでは一見、原発擁護派のように見えますが、ポール氏が原発エネルギーを支持するのか否か、それを見分けるためには、原発云々以前のポール氏の最も原理的な考え方を理解する必要があります。

ポール氏は、上記の具体策にあるように、エネルギー分野を管轄している米環境省(
DOE)を廃止し、エネルギーを完全に自由市場経済の下に晒そうという、突拍子もない提案を行っています。これはどういうことかというと、原発に限って言えば、環境省がなくなるということは、国による様々な規制や安全管理の規定が無くなる代わりに、原発産業への多額の開発補助金もなくなり、原発の管理・運営は完全な企業責任となるということです。また、事故の際には一定以上の補償を政府に転嫁(税金で補償)できるとした「プライス・アンダーソン法」も無効となります。開発から事故処理、廃棄物管理まで一切企業責任で行わなければならないということです。そうなると、それらにかかる一切のコストが電力の小売価格に反映されていくため、公正な自由市場競争では他のエネルギーに勝てないであろうことが示唆されるのです。

つまり、ポール氏の言い分は、ビジネスは自由ですよ、原発の開発も安全性もリスクも全て自己責任で行い、それでも消費者に魅力的な価格で提供できるならおやりなさい、国はそれを妨げる立場にはありません、ということなのでしょう。裏を返せば、政府と業界の癒着、多額の補助金、事故時の責任の転嫁によって成り立っている現在のアメリカの原発産業は、自由競争では勝てないということです。

これは、消費者はモノやサービスが安全で安ければ買うし、そうでなければ買わないという市場原理を徹底的に追求した考え方です。安全管理は国の規制によってではなく、消費者の厳しい目に晒すことによって行われるべきで、リスクが高く価格も高いものは自然と淘汰されてゆく、原子力エネルギーもそれに任せましょうというのが、ポール氏の主張なのです。個人や企業の自由と自己責任、自由市場主義という、まさにリバタリアンの政治理念が反映された政策といえるでしょう。


その他、以下のような政策を提言しています。いづれも、「個人の自由の保護」と、「政府の不介入」という基本理念に基づいています。

・銃規制の撤廃。銃規制は、合衆国憲法修正第2条に記された自己防衛権の侵害に当たる。現在の銃規制が、銃犯罪の撲滅には寄与していないことは明らかである。
・麻薬の合法化。麻薬売買の規制は、当局による取締りと犯罪のいたちごっこを助長するだけである。規制によって、闇の麻薬市場を拡大させ、密輸組織による組織的犯罪を悪化させる要因となっている。
・同性婚については中立(?)。個人的には婚姻は男女間で行われるべきと考えるとした上で、その考えを社会に強要するべきではないとする。そもそも、婚姻とは個人の宗教観価値観に基づくもので、連邦政府が規定したり、法制化すべきものではないと指摘。結果的に、同性婚の合法化に賛成なのか反対なのか、有権者にとっては、判断のつきかねない態度となっている。
・小さな政府を実現するために、連邦政府の役割を縮小し、社会福祉、教育、各種の規制、年金・医療等を各州の自治の下に置くべきである。

さて、ここまで、ポール氏の主張する税制、経済、国防、エネルギー政策について、基本的考え方を見てきました。次回は、医療政策について、詳しく見てみたいと思います。


posted by Oceanlove at 18:44| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月10日

ロン・ポール、最も注目したい米大統領選共和党候補

🎨2012年、熱気を帯びる共和党予備選
今年の11月に行われる米大統領選挙。再選を目指す民主党のオバマ大統領と一騎打ちとなる候補を選ぶ共和党の予備選挙が、1月3日のアイオワ州を皮切りに本格的に始まりました。予備選とは、党の大統領候補を選ぶために州ごとに開かれる党員集会を指します。その振出しとなるのがアイオワ州で、最も注目を集める集会のひとつです。3月6日はスーパーチューズデーと呼ばれ、マサチューセッツ州、バージニア州など全米10州で一斉の党員集会が行われます。そして6月5日、モンタナ州、ニューメキシコ州、サウス・ダコタ州で行われる最終日まで、5ヶ月間かけて全ての州で行われます。

各州の党員集会では、党員たちは各候補者に直接投票するのではなく、8月の党大会で実際に候補者に直接投票する代議員を選出します。これらの代議員は、あらかじめ党大会でどの候補に投票するか宣言しているので、各州の党員集会では、候補者たちは自分を支持してくれる代議員をより多く獲得することを目指します。最終的に、党大会の代議員による投票で、過半数を獲得した候補が、正式に大統領候補として指名されるというわけです。

現在、共和党予備選のレースを走っている主な候補者は、ミット・ロムニー氏(元マサチューセッツ州知事)、リック・サントーラム氏(元ペンシルバニア州選出上院議員)、ニュート・ギングリッチ氏(元連邦議会下院議長)、そしてロン・ポール氏(テキサス州選出下院議員)の4名です。他にも、特定の州だけで予備選に参加する候補者も数名いますが、獲得代議員数が少ないので、有力な候補とは見なされていません。

すでに行われた党員集会では、ニュー・ハンプシャー州、ネバダ州、フロリダ州ではロムニー氏、ミズーリ州、コロラド州、ミネソタ州、アイオワ州ではサントーラム氏、サウス・カロライナ州ではギングリッチ氏が、それぞれ代議員の獲得数で一位となり勝利しています。

それぞれの代議員獲得数は、2月8日の時点で、ロムニー氏(112人)、サントーラム氏(72人)、ギングリッチ氏(32人)、ポール氏(9人)となっています。党大会で指名を勝ち取るには1144人の代議員を獲得しなければなりませんので、まだ勝敗の行方は分かりません。

さて、4名の候補者の中で、まだ一度も勝利をしていない候補がロン・ポール氏です。ミネソタ州やニューハンプシャー州では得票数2位、アイオワ州、コロラド州などでは3位につけています。獲得代議員数は少ないのですが、他の3人の有力候補の勝るとも劣らぬ精力的な選挙戦を繰り広げています。

そんな4番手のポール氏について、なぜ書こうと思ったのかといえば、それは、私個人にとっては4人の候補の中でただ一人耳を傾けるに値する人物だからであり、そして、アメリカの国政の場で活躍する政治家の中で私の知る限りただ一人、真実に迫ることのできる政治家だからです。

今回のブログでは、その「真実に迫ることができる政治家」とはどういうことか、これまでの政治家としての歩み、政治思想など、ロン・ポール氏の魅力について満載した記事を書いていきたいと思います。

🎨2008年の共和党予備選
私がポール議員に注目するようになったきっかけは、今から約5年前にさかのぼります。2008年の大統領選挙に向けて2007〜08年に行われていた、共和党予備選の各候補者による討論会です。

実は、ポール氏はこれまでにも過去にに二度、大統領選挙に立候補しており、今回の立候補は3度目になります。1986年にはリバタリアン・パーティーから、2008年には共和党から立候補しました。

2008年の共和党予備選には、ポール氏の他、ジョン・マケイン氏、マイク・ハカビー氏、ミット・ロムニー氏、元ニューヨ−ク市長ジュリアーニ氏などが立候補していました。予備選は、圧倒的な優位に立つマケイン氏とそれを追うハカビー氏の争いとなり、2008年3月までには他の候補者は全て撤退していきました。ポール氏は、最初の党員集会であるアイオワ州で7%の票を獲得して第5位発進し、その後の各州における党員選挙で2〜5位をキープしました。ネバダ州予備選ではマケイン候補を抑えて第2位という健闘も見せました。

覚えておられる読者の皆さんも多いと思いますが、前回の大統領選挙では、2期にわたるブッシュ政権が強行して泥沼に陥り財政をひっ迫させていたイラク戦争と、外交・軍事政策が大きな争点の一つとなっていました。「イラク戦争で大きな犠牲を払いアメリカ経済は困窮している」という激しい世論の批判に対し、各候補者たちは、ブッシュ政権の政策を必死に防護していました。2008年1月24日の討論会において、マケイン候補は、次のように述べ、アメリカの軍事政策を肯定しています。

We are succeeding in Iraq, and every indicator is that, and we will reduce casualties and gradually eliminate them. Anybody who doesn't understand that it's not American presence, it's American casualties. We have American troops all over the world today and nobody complains about it because we're defending freedom. (2008年1月24日New York Times)

「我々はイラク戦争に勝利しつつあります。犠牲者の数は減っていくと予想され、また徐々に無くしていかなければなりません。懸念すべきは犠牲者の問題であり、アメリカの軍事政策の問題ではないのです。今日アメリカ軍は世界中に展開していますが、それに不満も持つアメリカ人はいないでしょう。なぜなら、我々は自由を守っているからです」(筆者仮訳)


🎨イラク戦争は正しかったのか?「イラク戦争は正しかったのか。犠牲の血と予算に見合う価値があったか?」

討論会では、核心をつく質問が出されていました。ポール氏を除く全ての候補が、軒並み「正しかった。その価値はあった。なぜなら、われわれの自由と民主主義を脅かすテロリストたちに勝利しなければならないからだ」というような解答に終始していました。

その中で、ただ一人、イラク戦争は間違っていたと断言したのがポール氏です。その発言を見てみましょう。

It was a very bad idea, and it wasn't worth it. (Cheers, applause.) The al Qaeda wasn't there then; they're there now. There were no weapons of mass destruction. Had nothing to do with 9/11. There was no aggression. This decision on policy was made in 1998 under the previous administration because they called for the removal of Saddam Hussein. It wasn't worth it, and it's a sad story because we started that war and we should never be a country that starts war needlessly.

「イラク戦争は大きな間違いでした。その価値はありませんでした(会場から拍手)。もともとアルカイダはイラクにいたわけではないのです。大量破壊兵器も存在しませんでした。第一、イラクは911とは何の関連性もないことです。イラクによる侵略行為があったのでもありません。イラク攻撃は、1998年に当時の政権によって作られた政策−つまり、サダム・フセインを失脚させること―に基づいているのです。無意味な戦争でした。我々は必要もない戦争を始めるべきではなかったのです。だが、はじめてしまったのだから遺憾としか言いようがありません。」(筆者仮訳)


🎨真実に迫ること=絶対的タブー
アメリカ政治においては、外交・軍事政策を声高らかに批判することが難しいという現実があります。アメリカが最強の軍事力を保持し、世界中に基地を保有し、世界の警察の役割を担っているのは、国家の防衛であると同時に、自由と民主主義を守るためであり、その自由と民主主義を脅かすいかなる力に対しても容赦はしない、それがいわばアメリカの外交・軍事政策の大義名分です。それに異を唱えるということは、国家への忠誠心がないということ、自由と民主主義への反逆であると見なされてしまうのです。

特に911以降は、テロ対策の強化が図られ、「国家への忠誠」が「言論の自由」を凌駕し、うっかり外交・軍事政策への批判を口にすることすらはばかられるような風潮が広がりました。911はアルカイダによる自由と民主主義への挑戦であり、テロ行為への報復は当然である、これは自由と民主主義のための正義の戦争であるというのがアメリカ政府の揺るがぬ根幹です。

それ故、当然浮かんできてよさそうな疑問−つまり、何が、彼らをしてテロ行為を起こさせたのか?その原因は何だったのか?ということについての議論は、不思議なことにほとんどといってよいほど聞かれなかったのです。主流メディアでもそのような議論を取り上げることはほとんどなかったと記憶しています。

一方のアメリカを除く国際社会では、「アメリカの外交政策、特に中東への介入政策が、中東における反米感情を招いてきたのではないか、だからアメリカは自らの外交政策を見直すべきではないか」という論評も少なからず見られましたし、そういう率直な感想を抱いた人もアメリカ以外の国々には多かったのではないでしょうか。

いずれにしても、相手に攻撃された理由について冷静に客観的に分析し検討すること−つまり“真実に迫ること”−は、国家として、政治家として、国民として、あらゆるレベルで行われて当然のことのはずです。

しかし、アメリカでは、この“真実について迫ること”は、自国の政策がテロ攻撃を誘発した結果、911で何千人もの犠牲者を生んだという見方に繋がるためか、暗黙のうちに絶対的タブーとされました。うっかり口にしようものなら、すぐさま非国民のレッテルを貼られてしまうような風潮が渦まいたのです。そして、目には目をで、テロとの戦いは「自由と民主主義を守るためのテロとの戦い」が国是となり、主流メディアもこぞって対テロ戦争を持ち上げました。誰も政府の軍事政策を批判をする者はなく、ましてや、政治家がそのような発言をすることは政治的自殺行為に等しかったわけです。

🎨タブーを打ち破ったロン・ポール
そんな中、タブーを打ち破り、たった一人、平然と「我々が中東への介入が、反感を買ったのだ」と言い放った政治家がポール氏でした。2007年5月15日にサウスカロライナ州で行われた共和党予備選候補者によるテレビ討論会での発言から見てみましょう。(前文を読みたい方はこちらをご覧ください。Republican Debate Transcript, South Carolina)

Non-intervention was a major contributing factor. Have you ever read the reasons they attacked us? They attacked us because we've been over there; we've been bombing Iraq for 10 years. We've been in the Middle East.

「不介入政策は、(国防に)大きく寄与してきたのです。テロリストたちがわれわれを攻撃した理由(声明文)を読んだことがありますか?彼らが攻撃してきた理由は、アメリカが彼らの国へ介入し、イラクを10年間も攻撃してきたからなのです。つまり、中東におけるアメリカの介入政策ゆえなのです。」(筆者仮訳)


討論中の対話の一部を抜粋したため、分かりにくいところがありますので少し解説を加えます。ポール氏は、アメリカ歴代の共和党保守派は、外交では不介入政策をとってきたことを指摘し、不介入政策は合衆国憲法の精神に基づくよい政策であり、国防に貢献してきたのだと言っています。それが、いつの頃からか共和党は自ずからの理念を喪失してしまい、中東や世界中の国々や地域の問題に首を突っ込むようになってしまった。1990年代のイラク攻撃で何万人もの民間人を犠牲にしたことも含め、それらの介入が反米感情を生み出し敵を作ってしまったのだと。今こそ憲法の精神に立ち返り他国への介入を止めるべきである、と主張したのです。

討論会で、ポール氏のこの発言を隣で聞いていたルディ・ジュリアーニ候補が、信じられないという表情で反発しました。911のテロ攻撃を受けて陣頭指揮をとった元ニューヨーク市長として、アメリカの外交政策が911を招いたなどというのは尋常ではない発言だ、撤回すべきだと激しい不快感を示したのです。それに対し、ポール氏は毅然とした態度を崩さすに、次のように述べました。

If we think that we can do what we want around the world and not incite hatred, then we have a problem. They don't come here to attack us because we're rich and we're free. They come and they attack us because we're over there. I mean, what would we think if we were –if other foreign countries were doing that to us?"

「もし我々が、世界中でやりたい放題のことをやっても反感を買うことはないなどと考えるなら、我々の方に問題があります。彼らは、我々が豊かで自由だから攻撃してきたのではないのです。我々が、彼らの国に介入していたから攻撃してきたのです。もし、他の国が我々に同じことをしたらどう思うでしょうか?」(筆者仮訳)


アメリカ人の中にも、他国への介入政策、とりわけイスラエルに肩入れした中東政策が、アメリカへの反発を招いており、それが911に繋がったのではと考える人々は少なからずいましたが、これまで誰も表立って言えなかったことを、国政の政治家、しかも共和党の大統領予備選候補者という立場の人間が堂々と言い放ったことは、アメリカ社会にとってショッキングな出来事だったと言えるでしょう。

ご想像の通り、ポール氏のこの発言は、アメリカ中で物議を醸しました。「なんとけしからん政治家か」「共和党の考え方を逸脱している」「愛国心のない政治家に大統領候補の資格はない」といった誹謗中傷と、まったく逆の「よくぞ言ってくれた」「真実を語る政治家は彼だけだ」と賞賛する声とが入り交ざっていました。いえ、おそらく前者のほうが多かったでしょう。

ちなみに、討論会では、ポール氏の共和党への忠誠心についても次のような質疑応答が交わされています。

質問者:「共和党支持者たちの中には、あなたには党への忠誠心がないのではないか、つまり、いづれ共和党を離党して第3政党から立候補し、共和党に不利となる活動を行うのではないかという懸念がありますがいかがですか?」

ポール氏:「私の最大の懸念は、そのようなことをいう人々は、共和党の理念に対する忠誠心がないのではないかということです。つまり、保守であり、適正財政であり、小さな政府であり、個人の自由という理念です。私は第3政党から立候補するつもりはありません。今の共和党は、共和党らしく振舞っていないことが問題なのです」


共和党予備選は、2008年3月には事実上マケイン氏の勝利が固まり他の候補者たちが撤退していく中、ポール氏は6月までキャンペーンを張り続けました。そのときに、ポール氏は次のように述べています。

「もし、票を集めるためだけにキャンペーンを続けるなら、それもひとつだが、国の将来のためにアイデアと影響力を広めるためにキャンペーンを続けるなら、それに終わりはない」。


主流メディアは、共和党政治家としては極めて異色のポール氏を異端児扱いし続け、大統領候補でありながら本気で取り扱われることはありませんでした。やがてメディアの注目は、共和マケイン対民主オバマの決戦に移っていったわけですが、今から5年も前の2007年にポール氏がアメリカ社会に投げかけた小さな波紋は、以後少しずつ広がっていったのです。

次回につづく・・・
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2011年12月21日

ウォール街占拠運動が暴くアメリカ支配の姿 その(2)

🎨金で買われるアメリカの民主主義

前回の記事で、1%の人々に富が集中していることへの不満と抗議の運動であるウォール街占拠とその背景について述べました。この先に広がっているのは、1%の彼らがその財力で何人の連邦議員を確保できるかという問題、つまり、経済における支配の問題ではなく、政治における支配の問題です。ここからは、アメリカにおける金と政治権力の関係について、解説していきます。

まず上位1%の特権階級による政治支配の目的は何かと言えば、自分達の利益や富を維持・拡大するための政策を実行することであり、彼らは、そのための税制改革や、自由貿易推進といった政策の実行に尽力してくれる議員に対し、政治献金を提供します。選挙に多額の資金を要するアメリカでは、政治家は多くの献金に頼らなければ当選できません。したがって、献金を受けた政治家は、選挙区の住民の意思ではなく、献金を提供してくれた個人・企業・団体の意志を反映させた政策を実行することになります。

ハーバード大学ロースクール教授で、政治と金の問題に厳しい発言で知られるローレンス・レーシッグ氏は、アメリカ政界における金の影響力について、示唆に富んだ発言を行っています。

「選挙に最高額を貢献したものが一番の力を持つということは、暗黙の了解となっている」
「われわれの議会を構成する議員は、30〜70%の時間を再選のための資金集めに費やしている。そして、ますます政治献金に頼るようになってきている。」
「もし、一部人間たちだけでなく、全ての有権者が何らかの方法で資金協力をすることで、選挙資金を賄えるようなシステムがあったとしたら、巨大な影響力を持つ人物や団体から解き放たれた自立した議会を臨むことができるだろう。」(10月22日NPRニュースより

はっきりしていることは、アメリカでは政治が金によって動かされていること、そして、政治への金の影響力を排除しなければ、国民の声を政治に反映する真の民主主義は実現できないことを、当の政治家たちも自認しているということです。

レーシッグ教授は、個人献金の最高額を提供できるドナーというのは人口の約0.05%でしかなく、したがってウォール街占拠運動のスローガンは、99%の庶民ではなく、「99.95%の庶民」と言い換えなければならないと言い切っています。金の大きさが言論の自由の大きさとなり、金のない人の言論の自由はあってないに等しい、それが現在のアメリカの姿です。

🎨アメリカにおける政治献金規制の歩み

では、アメリカでは政治資金はどのように扱われ、どのような規制が敷かれているのでしょうか?

アメリカにおける政治資金規正の試みが始まったのは1800年代にさかのぼりますが、はじめての全国規模の法令が適用されたのは1972年の連邦選挙運動法です。1974年には、連邦選挙委員会が設立され、個人・企業・団体からの献金額の上限が1000ドル程度と定められ、献金の情報開示が義務づけられました。この連邦選挙運動法によって管理された政治献金はハードマネーと呼ばれます

しかし、これとは別に、アメリカには政治資金を調達するための仕組みが存在してきました。PAC(Political Action Committee)と呼ばれる、企業や労働組合、ロビーグループなどが作る政治献金組織です。規模は様々ですが、大小合わせて4千から5千にも上るとされています。PACは、連邦選挙運動法によって、合法的に献金を集め、それぞれのPACが理念や政策を共有する政治家たちに対して献金を行っています。例えば、銃業界のPACには「全米ライフル協会」というのがあり、武器メーカーから潤沢に資金提供を受けています。そして、合衆国憲法修正条項第2条に定められた「武器を所持する権利」を保護するために、銃規制に反対する議員に対し政治献金を行っています。

PACから候補者への直接献金は一回の選挙あたり5000ドルと一定の上限はあるものの、PACが独自に行う間接的な政治活動やテレビ広告は、定められた条件(「〇〇候補に投票しよう」などの表現を使わない、など)を満たしている限り、規制の対象になってきませんでした。したがって、企業や団体はPACを通すことで、特定の候補者の選挙運動を、法に抵触せずに金銭的に支援することが可能なのです。こちらの政治献金をソフトマネーといい、これがアメリカにおける政治献金の抜け道となっています。(Wikipedia: Political Action Committee) 

ハードマネーとソフトマネー。法の規制をくぐってほぼ無制限の政治献金ができる制度のおかげで、巨額の選挙費用が賄われるなど、政治に対する金の影響力は強まり、金権政治の横行は常態化していきます。

ハードマネー関する規制では過去10年ほどの間に、興味深い動きがありました。きっかけは2001年、大手エネルギー会社のエンロンが巨額の不正経理・不正取引により破綻した事件です。エンロンの不透明な政治献金の流れは政治スキャンダルとして大きく騒がれ、同社から巨額の政治献金を受けていたブッシュ前大統領に対する批判が沸き起こります。

政治献金規制を強化する機運がいよいよ高まり、2002年、共和党マケイン議員と民主党のファインゴールド議員が超党派で推し進めていた選挙資金改革法、「マケイン・ファインゴールド法」が成立しました。これによって、個人を除く、企業・団体からの政党への献金が全面的に禁止されたのです。その代わりに、候補者や議員に対する直接的な個人献金は認められ、その上限は一回の選挙あたり2400ドルに引き上げられ、州や選挙区の党支部への献金の上限は1万ドルと定められました。

これらの規制が及んだのはハードマネーのみですが、少なくとも、企業・団体献金による直接献金は違法となり、個人の政治献金も連邦選挙委員会の下に厳しく管理されることとなったのです。

ところが、2010年1月、政治と金の問題をめぐるある判決がアメリカ国内を騒然とさせました。

連邦最高裁判所が、企業・団体の政治献金を禁じた「マケイン・ファインゴールド法」は違憲であるする判決を下したのです。この判決の基になったのは、「政治資金の提供は、政治的言論の自由の一形態として、合衆国憲法修正1条が保障している表現の自由の問題として保護されるべきだ」という考え方です。政治資金の提供を規制することは、企業の表現権の侵害であると判断され、これまで個人にしか認められていなかった「表現の自由」が、企業にも認められることとなったのです。これにより、これまでも行われていたPACを通じた政治献金(ソフトマネー)と共に、企業・団体からの特定の政治家への献金(ハードマネー)が可能となり、企業・団体は複数のルートから事実上ほぼ無制限に政治献金を提供することが可能になったのでした。この判決は、いわば、アメリカ政治が企業・団体に乗っ取られた瞬間でした。

🎨ノースカロライナの衝撃

さて、話は、この最高裁判決から一年を待たずに行われた2010年の中間選挙に移ります。これまで圧倒的な民主党の基盤だったノースカロライナ州で、共和党が大躍進し、州議会の過半数を獲得するという衝撃的なニュースが流れていました。2011年10月、雑誌「The New Yorker」に掲載された記事「State For Sale」を、以下にご紹介します。(筆者要約)

選挙期間中、州議会上院議員を3期務めていた民主党保守派のジョン・スノウ議員は、過去に例を見ないネガティブキャンペーンの嵐に巻き込まれました。対戦相手は、ティーパーティーの支援を受けた共和党のジム・デイビス候補です。デイビス候補は新人で政治経験も浅く、当初スノウ議員の勝利は確実視されていました。ところが、ふたを開けてみると、デイビス陣営にはどこからか底なしの選挙資金が注ぎ込まれ、テレビコマーシャルや郵便物などあらゆる広告を利用して、スノウ氏のこれまでの政治活動の揚げ足を取るようなネガティブキャンペーン(相手を中傷する選挙広告)が繰り広げられたのです。

例えば、スノウ氏は2009年に州議会で人種差別禁止法案に賛成票を投じていました。この新法は、判決が陪審員の犯人への人種差別意識によって左右されたと認められた場合には、裁判官が死刑判決を再考することを可能にする法律です。死刑判決において、人種間の著しい不公平な現状を改善するための州法でした。しかし、これに賛成したことを逆手に取られ、ネガティブキャンペーンでは、「スノウ候補のおかげで、もうすぐ死刑囚が解き放たれるであろう」というメッセージが、黒人犯人の顔写真入でばら撒かれたのでした。

事実の歪曲や意図的に誤解を生ませるような中傷攻撃が容赦なく続き、選挙結果は200票の僅差でスノウ氏の敗北に終わりました。選挙後の調査で、ある二つの政治団体が、州議会の一選挙区を争うキャンペーンとは思えない額の数十万ドルの広告費を注ぎ込んでいたことが分かりました。この政治団体とは、地元の企業オーナー・資産家のアート・ポープ氏の出資で設立されたPAC(政治献金組織)、「Real Job NC」と「Civitas Action」です。ポープ氏からデイビス陣営への政治献金は、州が規定する個人献金の限度額4000ドルのハードマネーのほかに、ポープ氏所有の複数の系列企業から、合計で20万ドル(約1400万円)におよぶソフトマネーが「Real Job NC」を通して提供されていました。デイビス候補を支援するこれらの団体は、テレビ広告などで徹底的なネガ・キャンを張り、スノウ候補を敗北に追い込んだのです。

ポープ系列PACのネガキャンの標的となって議席を落とした候補者は他にも多数いました。地元弁護士で選挙改革に積極的だったクリス・ヘガティー氏、7年間州議会下院議員を務め上院議員を目指していたマーガレット・ディクソン元議員など、地元のコミュニティーやビジネスの支援を受けていた民主党候補たちが軒並み落選しました。

最終的に、2010年のノースカロライナ州議会選挙では、ポープ攻撃の対象となった22選挙区のうち、18区で共和党候補が勝利し、1870年以来初めて、州議会上・下両院で共和党が与野党が逆転を成し遂げたのでした。ポープ系列の企業・団体がこの選挙で費やした資金は、総額220万ドル(1億5400万円)に上りました。敗れたクリス・ヘガティー氏は、「個人の資金力がこれほど巨大化することは脅威だ。ノースカロライナの政治は金で買われている」とコメントを残しています。


🎨スーパーPACの出現

このような現象はノースカロライナに限ったことではありませんでした。企業・団体の政治献金を認めるれ連邦最高裁判決後の初の選挙となった2010年の中間選挙では、財力を持った人物や大企業をバックにした候補が、潤沢な資金でテレビコマーシャルを駆使し、選挙を有利に戦うという選挙戦が、アメリカ全土で繰り広げられました。

政治献金は選挙の勝敗を左右しますが、同時に当選した議員の投票行動をも巧みに左右します。選出区の有権者の代表のはずの議員が、しばしば地元の有権者の意向と異なる投票行動をするのはなぜか。その背景にある驚くべき現実に注目してみたいと思います。

それは、議員が受け取っている政治献金総額に占める、出身州の選出区以外の大企業や有力なドナーなどから受け取っている献金の割合の高さです。各議員がどのようなタイミングで、個人、企業、各種団体などのドナーからどれだけの政治献金を受け取っているかは、情報開示義務によって、有権者である国民につまびらかにされています。ある政治系シンクタンクによると、連邦議会下院議員では、選出区外から受け取った献金の献金総額に対する割合は、平均で79%に上っています。中には9割以上の献金を選挙区外のドナーに頼っている議員もいます。

例えば、債務上限問題で赤字削減策をまとめるスーパーコミッティーのメンバーである、カリフォルニア州選出の民主党下院議員ザビア・ベセラ氏と、ミシガン州選出の共和党下院議員デイブ・ケンプ氏が2009〜2011年の2年間に受け取った献金について見ました。

ザビア・ベセラ議員 (参照
• 総額 147万589ドル
• 選挙区外のドナーからの献金額 144万3998ドル(99.1%)
• 内およそ3分の1の54万ドルは、ワシントンDCを拠点とするドナーからの献金

デイブ・キャンプ議員 (参照
• 総額 389万7600ドル
• 選挙区外のドナーからの献金額 169万3038ドル(94%)

多くの議員たちが受け取っている選挙区外・州外からの政治献金の多くは、政治献金組織PACから提供されています。すでに述べたように、PACは大小あわせて数千もありますが、例の2010年の判決の後、複数のPACが寄り集まった組織、「スーパーPAC」なる巨大組織が出現し始めました。個人、企業、団体等からの無制限の献金を集め、それぞれの理念や利益を追求するために働いてくれる議員たちに無制限の支援活動を行っているのです。現在84のスーパーPACが存在し、2010年度には総額6500万ドルの活動費を支出しています。

例えば、ワシントンDCに拠点を置くスーパーPAC「Club for Growth Action」。もともとは1999年に結成された保守系PACでしたが、現在では527の関連組織・団体が結集し、減税、小さな政府、歳出削減、自由貿易などを政策目標に掲げ、保守派議員の活動を全面的に支援しています。2010−11年度にはおよそ500万ドル(約4億円)を集め、そのうちおよそ500万ドルを選挙キャンペーンに費やしました。(Club for Growth Action Independent Expenditures

守系の組織ばかりではありません。やはりワシントンDCに本部のある「NEA Advocacy Fund」は、National Education Association(全米教育協会)を母体とした労働組合・リベラル系のスーパーPACです。2010年には、420万ドルの献金を集め、教育費の削減や教員数の削減を阻止するためのキャンペーン活動を展開しています。(NEA Advocacy Fund Independent Expenditures

特記すべきは、支出の内訳です。「Club for Growth Action」では、共和党保守系議員への支援キャンペーンは59万ドル(全体の約12%)に留まり、対立する民主党候補へのネガティブキャンペーンには410万ドル(約82%)が使われました。「NEA Advocacy Fund」の支出は、民主党議員への支援キャンペーンはわずか1000ドルに対し、ほぼ全額の419万9000ドルが共和党議員へのネガティブキャンペーンに支出されています。(参照

ノースカロライナの例のように、2010年の中間選挙で当選を果たした共和党の新人議員たちの多くは、ネガキャンの嵐の中、ティーパーティー運動の波に乗って浮上してきました。その全米各地のティーパーティー運動の資金源となっているのも、無数の地元の保守系PACであり、そして各地のPACが緩やかに繋がって最強の力を持つようになったスーパーPACなのです。

テキサス州ワコのティーパーティーの代表であるトビー・マリー・ウォーカ氏が、興味深い発言をしています。「選挙区以外または州外から提供される寄付金の限度額を定める法律などできれば、選挙において地元の有権者の意思がより反映されるであろう。」(NPRニュース

小さな政府を目指し容赦のない戦略展開を見せているティーパーティーでさえも、政治に及ぼされる金の影響力について懸念を持っているとは、なんとも皮肉なものです。

🎨アメリカ政治の真の支配者

「政治献金は、政治的な言論の自由の一形態」であるとし、企業にも政治献金の権利を認めた最高裁判決は、このスーパーPACを誕生させ、アメリカの民主主義を根底から崩壊させ始めています。議員たちはもはや、選挙区の有権者の代表などではなく、選挙区から何百、何千マイルも遠く離れたワシントンDCで、法の抜け道すら探すことなく公明正大に金をばら撒き采配を揮う、スーパーPACのロボットと化しているのです。

2012年の大統領選の予備選がいよいよ熱を帯びてきました。それぞれの候補者に対し、支持者からの直接の政治献金(ハードマネー)と共に、スーパーPACを通じて個人、企業、団体から選挙資金(ソフトマネー)が続々と集められています。

共和党大統領有力候補の一人ミット・ロムニー候補のもとには、2011年の第二期(3ヶ月間)に、50名の大口ドナーから、まずは個人献金の上限である一人2500ドル、計12万5千ドルが寄せられました。この50名は、ロムニー候補のスーパーPACである「Restore Our Future」を通じて、さらに一人あたり10万ドル〜100万ドル、総額640万ドルもの献金をしています。オバマ大統領も例外ではありません。再選を目指すオバマ陣営のスーパーPAC「Priorities USA Action」には、同時期に9名の大口ドナーから260万ドルの選挙資金が集められました。この資金こそが大統領選の行方をも決定していくのです。("We are the 99%," but the 1% Buy Elections, Reports Show) 

「アメリカ政治の真の支配者とは?」という問いの答えは、スーパーPACを通して大口献金をすることができ、巨額の資金で醜悪極まりないネガキャンを張り、選挙キャンペーンを背後から操作している人々であり、政治献金で議員の投票行動を思うままにコントロールするスーパーPACとそのドナーたちであるといえるでしょう。彼らはみな、そのような形で政治を操る仕組みを勝ち取ったまさに所得上位1%、いえ、0.05%の一握りのアメリカ人たちなのです。

一見、自由や平等や民主主義が当然と思われている今日のアメリカ。しかし、現実はアメリカ政治は金で買われており、アメリカの民主主義はうわべだけのものに過ぎない・・・。富の集中する1%による経済と政治の支配の現実を日の下に晒し、差別と不公平に怒りの声をぶつけるウォール街占拠運動。クリスマスも、年が明けても続ける覚悟だという彼らの運動は、2012年、どのような形になっていくのでしょうか。
posted by Oceanlove at 09:59| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月12日

ウォール街占拠運動が暴くアメリカ支配の姿


ニューヨークで、“Occupy Wall Street”、ウォール街占拠運動がはじまったのは9月半ばのことでした。彼らのスローガンは「1%の金持ちと99%の庶民」。この占拠を一言で表せば、アメリカを覆う不況の中、巨大な富が所得上位1%の人々に集中していることへ抗議と是正を求める運動です。ソーシャルネットワーキングを通じて集まった数百人の若者のデモから始まったこの運動は、瞬く間に全米各地に飛び火し、3ヶ月わたり数万人規模によるデモ行動が繰り広げられてきました。大統領選を来年に控えた今、このデモ行動が意味しているものは何か、そしてこの運動に現れた庶民のエネルギーはどこに向かおうとしているのでしょうか。

今年最後となるこのブログでは、2011年末のアメリカ社会の現状を、ウォール街占拠運動とその背景にある政治課題をテーマに2回にわたってまとめてみたいと思います。


🎨ウォール街占拠運動とは

今回のデモ行動は、10月1日、イースト・リバーにかかるブルックリン橋の上で700人以上のデモ隊が逮捕されたことが大きく報道され、全米の注目が集まりました。占拠運動の拠点ともなっているニューヨーク市の私有地ズコッティ公園には、テントが設営され、メディアステーションやフードスタンドが立ち並び、日々様々な集会やイベントが開かれています。さながら、ひとつの自治村が出来上がった感じです。占拠運動は、ワシントンDC、ロサンゼルス、サンフランシスコ、フィラデルフィア、ボストンなどにも広がり、長期戦の構えを見せています。

11月はじめ、カリフォルニア州オークランド市でも、公立学校の教師や医療従事者、カリフォルニア大学バークレー校の学生たちなど5000人を超えるデモが起きました。高い失業率、不動産を奪う金融機関や、行政サービスのカットに抗議し、オークランド港を封鎖する事態にまで発展しました。

全米第5番目の規模のオークランド港は、カリフォルニアから輸出される農産物や、アジア諸国から輸入されてくる商工業製品などの物流拠点となっています。グローバル経済の象徴であるこれらの「資本」を一時的にストップさせることによって、行き過ぎた市場経済主義への抗議を示したものでした。

そして、11月15日未明には、治安や衛生環境の悪化への危惧を理由に、デモ隊が泊り込むズコッティ公園にニューヨーク市警察が突入しました。設営されていたテントを撤去したり、警官隊がデモ参加者たちをトラックに押し込むなどして、強制排除するという行動に出たのです。それでも座り込みを続けたデモ隊に対して、警官がペッパスプレーを吹き付けるなどの騒動がありました。

警官隊との小競り合い、衛生と治安の問題が指摘されながらも、比較的平和に組織的に行われてきたデ
モ運動。しかし、彼らの不満・怒り・エネルギーは収束する様子はなく、妥協を許さない徹底抗戦が展開されています。

🎨占拠運動支持者たちは何を訴え 求めているのか?

参加者の多くが無職の若者というイメージを持たれているかもしれませんが、占拠運動支持者の全体像を見てみると、実はそれは正しくありません。あるネット調査によれば、支持者の半数はフルタイム、20%はパートタイムの職についており、無職は13%という結果が出ています。平均年齢は33歳、モスリム、ユダヤ教徒、キリスト教徒など宗教色も多様で、支持政党では民主党支持者は27.3%、共和党支持者は2.4%、その他は無党派層でした。

また、デモ支持者が訴えているものは、単なる所得の格差への不満でも、雇用創出といった単一の要求でもありません。

ある民間団体(OWS-POP:Occupy Wall Street-Public Opinion Project)が、ニューヨーク、ボストン、ワシントンDCの3都市で、参加者たちに直接アンケートをとり集計した調査結果によると、「もしアメリカの社会問題をひとつ取り上げるとしたらそれは何ですか?」という質問に対する回答は以下のように多岐にわたっています。

・企業の政治への影響力を無くす、または減らすこと。
・税制改革で、高所得者への課税を増やし、低所得者の負担を減らすこと。
・雇用の創出。法人税を減らし、企業の活性化と雇用増大につなげること。
・公的医療保険制度の導入。
・石油依存からの脱却と代替エネルギーへの転換。
・戦争を終焉させること。

しかし、この一見バラバラで焦点が欠けて見えるデモ支持者たちの問題意識は、より深く手繰っていくと一本に繋がった問題の根幹に突き当たります。その根幹が、彼らの叫ぶ「1%の金持ちと99%の庶民」というスローガンに凝縮されているのです。

9%台で続く失業率、全米各都市に1300万人の失業者があふれ、ローン返済不能で差し押さえとなった住宅が虫食いのように散らばった郊外型宅地。州財政危機で削れられる教育費や行政サービスに加えて、いよいよ年金やメディケア(高齢者向け公的医療保険制度)まで削減対象とせざるを得ない・・・。経済も財政も過去にない窮地に立たされ、アメリカ社会にこれまでにない重苦しい空気が漂っています。

そんな中、人々の将来への不安と、このような社会状況を生み出した政治への不満と怒りが一気に表面に噴出したのが、この占拠運動です。その矛先は、99%の庶民から富を吸い上げて資産を増やし続けている上位1%、およそ140万世帯のアメリカ人支配層に向けられています。それは、その1%の人々が富の支配のみならず、政治や経済までも支配することへの、99%の強い怒りであり、批判なのです

🎨上位1%に集中する富

では、いったいどれくらいの富が上位1%に集中しているのでしょうか?最近のニュース記事には以下のような様々な数字が踊っています。

・1979〜2007年の間に上位1%の所得は275%増加したのに対し、中間層の60%の所得増加は40%に留まっている。 (10月25日 New York Times)
・国民の総所得に占める上位1%の所得は、1979年には8%だったのが、2007年には17%を占めるようになった。(同上)
・所得上位400人についてみると、1992年から2007年にかけて税引き前の所得は392%あがり、対する課税額は平均で37%減少している。(Mother Jones Politics
・2008年以降の不況で、平均世帯の資産は36.1%も落ち込んだのに対し、上位1%の人々の資産の減少は11.1%に留まっている。(同上)
・2009年の上位1%の年平均所得は96万ドル(およそ7千万円)、最低でも34万4000ドル(およそ2280万円)。(10月29日CNN

2008年の住宅ローンの焦げ付きと金融危機以降、平均世帯の資産の落ち込みは特に激しくなっています。個人資産に占める不動産の割合は、所得上位1%では10%であるのに対し、下位60%では65%を占めています。したがって、平均的世帯では住宅ローンが支払えなくなり、差し押さえられるという住宅ローン問題がより重くのしかかっているのです。

最も分かりやすいのは、以下のような富の配分でしょう。2007年には、上位1%が34.6%、その次の19%の人々が50.5%を保有している、つまり、上位20%の人々が全体の85%の富を保有しているのです。

所得   資産の割合(2007年)
上位1%   34.6%
上位19%  50.5%
上位20%  85.1%
下位80%  14.9%

ちなみに、2007年の世界同時不況以降、上位1%のシェアは34.6%から37.1%へ、上位20%のシェアは85%から87.7%へとさらに増加しています。(Occupy Wall Street and the Rhetoric of Equality

🎨富の不公正な再配分はなぜ起きたか

上位1%の人々に富が集中するようになった背景には様々な要因が考えられます。この富の集中が緩やかに起きた要因には、過去20-30年間の経済のグローバル化(低賃金労働力を求めて雇用が開発途上国に流出)、テクノロジーの高度化(アメリカ国内には専門性の高い職種が残り、単純労働は海外へと流出)、そして慢性的な貿易赤字などがあります。これらはみな、アメリカ経済の低迷や失業率の上昇に貢献してきました。しかし、過去10年ほどの間に急激に起きた富の集中には、別の原因があります。その最たるものが「ブッシュ減税」です。

2000年代初め、ITバブルの崩壊に伴い経済成長が低迷していたブッシュ政権時代、景気刺激策として大型減税策が導入されました。まず、2001年に個人所得税率の低減を中心とする総額1兆500億ドル、さらに2003年には法人税やキャピタルゲインの減税などを含む3200億ドルの減税がそれぞれ施行されました。

所得税の最高税率(年収37万4000ドル:およそ2600万円以上の層)は39.6%から35%へ、最低税率(年収1万7000ドル:およそ120万円以下の層)は15%から10%へと引き下げられました。それと同時に、キャピタルゲインは20%から15%へ、配当課税も所得税率と同率から一律15%へ、また、相続税も段階的に0%まで引き下げられたのです

大多数のアメリカ人にとって、所得の80%は給与所得です。しかし、年収20万ドル(約1400万円)を超える高額所得者になると、総所得に対する給与所得の占める割合は激減し、年収100万ドルを超える億万長者になると給与所得の占める割合は25%以下と低くなります。その分、キャピタルゲインや配当、相続などによる所得が75%以上を占めることになります。この部分にかけられる税率を15%以下まで大幅に下げたブッシュ減税は、極めつきの高額所得者優遇税制だったのです。(参照

これにより、金融資産に限って言えば、上位1%の人々が所有する資産は全体の42.7%、次の19%の所有は50.3%、つまり上位20%の人々が金融資産全体の93%を占有するという現状が生まれました。総じて言えば、ブッシュ政権時代の2002年から2007年の間に増加した総国民所得の66%は、上位1%に再配分されるという事態がもたらされたのです。(Distribution of Wealth: Wikipedia) 

所得    金融資産の割合 (2007年)
上位1%    42.7%
上位19%   50.3%
上位20%   93%

このような不公正な富の再配分は、高額所得者優遇税制、すなわち連邦議会とIRSが決定するに税率、ゼロ金利政策、インフレの原因となったドルの市場供給、物価上昇など、政府が決定してきた複数の経済政策によってもたらされてきました。ブッシュ減税は、庶民にとっても所得税減税ではありましたが、ゼロ金利策と物価上昇で減税分が相殺され、99%の人々の懐から失なわれたなけなしの富は、1%の人々の金融資産の上乗せという形で再配分されていったのです。

ウォール街占運動のスローガン「1%の金持ちと99%の庶民」は、言い換えれば「1%の金持ちによる99%からの富の搾取」ということになるでしょう。

🎨アメリカの債務危機問題

ところで、今まさにアメリカが直面している国家の債務危機問題も、ブッシュ政権時代の政策に起因しています。

先ほどのブッシュ減税は、短期的には景気回復に貢献し、2001年には1.08%だった経済成長率は2003年までに2.49%まで回復していました。しかしながら、減税による税収の落ち込みと、対テロ戦争のための国防費の大幅な増加により、経常収支は、2380億ドルの黒字だった2001年を最後に赤字に転落してゆきます。

2001〜2009年の間に、税収は対GDP比で19.5%から14.8%へと減少する一方(4.7%減)、財政支出は対GDP比で18.2%から24.7%へと増加(6.5%増)しました。財政支出の増加は、

・メディケア/メディケイド(高齢者・低所得者向け医療保険)(対GDP比で1.7%増)
・国防(同1.6%増)
・年金(同0.6%増)
・フードスタンプ(低所得者向け給付金)や失業保険(同1.4%増)

など、削ることの難しい国防と社会保障分野にまたがっています。テロ戦争への巨額の出費のみならず、退職期に入ったベビーブーマー世代への年金支給や高齢者医療費の増大、失業率の増加などが、政府の財政を押し上げています。

2001年当初、ブッシュ政権は、クリントン、ブッシュ・シニア、更にその前のレーガン時代からの累積債務5.7兆ドルを引き継いでいましたが、それ以後毎年5000億ドル前後もの債務が積み重ねられ、政権末期の2008年には過去最高の10.7兆ドルまで増大しました。

オバマ政権になってからは、リーマンショック後の税収の落ち込みと、AIG救済に850億ドルの融資、金融安定化法による7000億ドルの公的資金の注入などが追い討ちをかけてゆきます。国家債務は、2008年には1兆ドル、2009年には1.9兆ドル、2010年には1.7兆ドルそれぞれ増加し、2011年の今年、債務上限の14兆2000億円まで膨れ上がってしまったのです。

🎨機能しなかったスーパーコミッティー

米国の債務は、国債発行や借入金の金額の上限が14兆2940ドルと法律で定められています。上限の引き上げが行われなければ、債務不履行(デフォルト)となる状況で、今年7月、連邦議会が緊迫していました。引き上げに必要なある前提条件で、上下両院が何とか合意を果たし、ぎりぎりの段階で債務不履行を回避したのでした。

その前提条件とは、第一段階として今後10年間で約1兆ドルの歳出削減を行い、債務の上限を9000億ドル引き上げること、第二段階として、超党派の上下両院の議員12名で構成する特別委員会、いわゆるスーパーコミッティーを設置して、10年間で1.5兆ドルの追加歳出削減を協議し対策案を打ち出すことでした。

11月23日までに削減案を提出し、その一ヵ月後の12月23日までに議会を通過・発行されなければ、自動的・強制的な1.2兆ドルの歳出削減(国防費と非国防費で等分)が行われることが合意されていました。自動的削減には、国防費4920億ドル、非国防費(医療、教育、麻薬取締り、国立公園維持管理、メディケア、農業など)4920億ドルが含まれています。

赤字削減の方法は、当然のことながら、歳出削減か、増税か、またはその組み合わせのどれかです。

歳出削減を求める共和党は、連邦予算の中で最も大きな歳出のひとつである年金とメディケアを削減対象とすることを主張してきました。いわゆる「聖域」とされてきた年金・メディケアも削減の対象とせざるを得ないというのが共和党の主張です。

しかし、聖域に手をつけることはには、国民からの激しい反発が予想されるのみならず、より手厚い政策をモットーとしている民主党にとって政治的に致命傷となります。よって、民主党は歳出の削減よりも増税、つまり、ブッシュ時代に導入された「ブッシュ減税の中止」による税収の増加を訴えてきました。

それに対し共和党は、不況の中での増税はますます経済を悪化させる、従来の減税策は継続し、政府の歳出を削減すべきだと反論し、堂々巡りが続きました。

「政府の歳出カットなしに、増税はありえない」とする共和党と、「増税なしに、政府の歳出カットはありえない」とする民主党。結局、スーパーコミッティーは、6対6で真っ向から対立したまま、期限切れとなりました。事態の打開へ期待を託されてきた委員会の働きは失敗に終わり、このまま行けば、自動的な1.2兆ドルの歳出削減で、国防費や社会保障費が削減される見通しです。米政界の憤慨と落胆、国民の政治への不信と失望が国中を覆っています。

🎨「建国の父の思想」のレトリック

しかし、スーパーコミッティーが何も結論を出せなかったことは、まったく不思議ではありません。ある意味、「共和党は小さな政府を目指し、民主党は大きな政府を目指す」という、アメリカ政治における古典的な対立の延長にすぎません。

政府・マスコミの論調も、突き詰めていくと政府の役割とは何か、というところに帰着しています。つまり、政府の役割とは、「ゆりかごから墓場まで」の社会保障を提供していくことなのか、それとも、安全保障、司法、セイフティーネットとしての最低限の社会保障の提供に限るべきなのか、という二者択一の、これまでも繰り返されてきた議論です。

この種の議論になると、必ずといってよいほど保守派の政治家の口から飛び出すのが、Founding Father「建国の父」という言葉です。

保守派といえば、特にオバマ政権となって以来、政治的保守の考え方が一段と強まり、ティーパーティーという古くて新しい運動を盛り立てててきました。ティーパーティー運動とは、2009年ごろからアメリカ政界で始まった「増税なき小さな政府」を掲げた保守派の市民運動です。自由主義、市場経済主義が色濃く、反オバマ、反政府介入で一大勢力を形成し、去る2010年中間選挙では共和党の大躍進、連邦議会下院の与野党逆転をもたらしました。

その共和党保守やティーパーティーの支持者たちは、好んで「建国の父」という言葉を使い、建国の父たちの考え方への回帰を訴えます。

彼らは、建国の父たちの言ったところの「平等」について考えなければならないと言います。そして、「政府の仕事とは、人々に職を提供することでも、人々に平等に富を分け与えることでもなく、自由や富を追求する権利を平等に提供することである」と主張します。たとえ、その権利が不平等な財産の所有に繋がったとしても、自由や富を追求する権利がまずはじめに与えられなければならない、というのが彼らの保守派の主張なのです。

🎨アメリカ独立宣言の欠陥

私は、前回のブログ「TPP交渉と国民の思想」で、アメリカ独立宣言に記された「生命・自由および幸福追求の権利」について触れました。アメリカ人にとって「自由と幸福追求の権利」は、イギリスの植民地から立ち上がり、自由を手にした人々が獲得した独立の原点であると同時に、「普遍の命題」として今日の社会全体で共有されている価値観でもあると述べました。確かに、それはアメリカ社会で暮らす私自身が感じていることでもありました。

しかし、この観点には実は大きな欠陥があります。

1776年の独立宣言には、「すべての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由、および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」と記されています。しかし、「全ての人間」とは誰のことを指していたでしょうか?

独立宣言を起草し、奴隷制度廃止論者だったトーマス・ジェファーソンでさえ、自ら奴隷を所有していた時代でした。同時代の人々に、その「全ての人間は平等」という表現と、奴隷制度の間にギャップに疑問を抱いた人がどれくらいいたか知る由もありません。しかし、黒人の人々の苦悩は、1865年の南北戦争後の奴隷制度廃止、20世紀初頭の人種分離の合法化、1950年代から始まった公民権運動を経て、1964年の公民権獲得と社会的差別の撤廃まで、延々と続いていくのです。

現実には、建国の父たちのいう平等とは、「白人の移民と英国人の対等」という意味であり、彼らの目指した自由とは英国王ジョージ3世の圧制からの自由でした。独立宣言の「自由と幸福の追求権」は、実は白人移民という限定的な人々に与えられた不可侵の権利であり、その限定されたエリート階級の人々によって政府が樹立され、彼らの意思によって国家は運営されてきたのでした。

今日のアメリカ社会では、独立宣言は広く普遍で名誉なものとして理解され、宣言がかつてそのような欠陥を含んでいた事実は歴史の中に埋まってしまったかのようです。建国の父たちの思想は、その輝ける功績がゆえに、国家がよって立つ頑強な土台としての地位を獲得し、現代においても、小さな政府を目指す保守系の政治家やティーパーティー運動の中に脈々と受け継がれています。

しかし、2011年の今日、保守系政治家やティーパーティー支持者たちが「建国の父の思想」を大義名分に、自由や権利について語るとき、それが彼ら特権階級の富と権力の維持のためのレトリックに過ぎないことに、99%の我々は気づき始めています。政府の介入を排除し、金持ち優遇税制を敷き、市場至上主義政策を推し進める彼ら「上位1%」は、独立宣言の自由と平等条項から非白人を除外した当時のエリート白人の姿と重なって見えるのです。

そして、彼ら1%の支配する政治、経済、金融の仕組みによって、われわれ99%の庶民は不公正に富を奪われている・・・ここに、ウォール街占拠運動の核心があると言えるでしょう。

次回に続く・・・
posted by Oceanlove at 18:34| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月27日

衰退へ向かうアメリカ その(2)  オバマ政策と2012年度予算案


この記事は、前回の衰退へ向かうアメリカ その(1) 大統領演説と「丘の上の町」の続きです。

前回の記事では、17世紀の清教徒ジョン・ウィンスロップによる「全ての人々の目が注がれる丘の上の町」、ジョン・F・ケネディとロナルド・レーガンによって引用された「輝ける丘の上の町」、そして、今年1月オバマ大統領の一般教書演説で使われた「世界の光」という言葉を紹介しました。これらは、アメリカ建国の精神であり、「進歩と自由と民主主義」の象徴として現代に生き続ける国民的信仰とも言えるものだということを述べました。

筆者は、オバマ大統領が使った「世界の光」という言葉に強く引っかかっています。今日アメリカは様々な国内・外交問題を抱えています。景気回復の兆しはあるものの高い失業率と過去最大の財政赤字、中国やインドなど新興国の台頭、中東・アラブ地域における民主化の動き・・・覇権国アメリカの地位を揺るがすような大きな変動が、今まさに起きています。そんな中、オバマ大統領はアメリカが「世界の光」であり続けられるかどうかは、我々の手にかかっている、つまり、いわゆるねじれ状態の連邦議会にあって、どこまで民主・共和両党が協力して法案を通過させ、政策を実行し、苦難を乗り越えていくことができるかにかかっていると言っているのです。

「世界の光」という言葉は、いったいどのような意図をもって使われたのでしょうか?世界最強の大国の地位を保ち続けるということなのでしょうか?今回は、アメリカがどのような方向に向かおうとしているのか、どのような政策を実行しようとしているのかを探ってみました。具体的には、オバマ大統領の一般教書演説で掲げられた政策目標(オバマ政策)と、その実行のため予算が、現在連邦議会で議論が進行中の2012年度連邦予算案にどのように反映されているのかを中心に見ていきたいと思います。

🎨現代版スプートニク
オバマ大統領は、一般教書演説の中で、冷戦時代の敵は旧ソビエトだったが、今日の敵は中国やインドなどの新興国であり、これまでのやり方では競争に勝てなくなってきているとして、アメリカの経済大国としての地位が揺るがされている現状に大きな危機感を示しました。そして、“ゲームの途中でルールがすっかり変更になって戸惑っている”多くのアメリカ人に対し、歴史を振り返り、アメリカはこれまでも数々の困難を乗り越え未来を切り開いてきたという精神を説いています。

そこで取り上げられたのが、約半世紀前、旧ソビエトがスプートニクという名の世界初の人工衛星の打ち上げに成功し、宇宙開発競争で宿敵に遅れをとった苦い出来事です。当時、NASAはまだ立ち上げられておらず、どうやってソビエトに追いつき追い越すか、暗中模索でした。当時のケネディ大統領は、「10年以内に人類初の月面着陸を成功させる」という大目標を掲げ、宇宙開発事業の国家的プロジェクトを立ち上げ、その研究と技術開発に大規模な投資を行いました。

その結果、アメリカは旧ソビエトを凌ぎ、1969年〜1972年の6回のミッションで人類初の月面着陸に成功し、大目標を達成したのです。そればかりではなく、そのプロジェクトは新たな大規模産業と多大なる雇用をももたらしました。オバマ大統領は、新興国と経済大国の座を争う現在の状況を、かつての宇宙開発競争に例えて、現在我々は「現代版スプートニクの瞬間」にいると述べたのです。

オバマ大統領のスピーチは、アメリカ国民に今一度「建国の精神」を呼び起こさせて勇気づけ、共にがんばって自らの手で将来を勝ち取ろうという、いかにも一国のリーダーらしいメッセージでした。では、現代版スプートニクの瞬間にいるアメリカに課せられた課題とはいったいなんでしょうか?いわゆるオバマ政策は、演説中の次の一文に凝縮されていました。

We need to out-innovate, out-educate, and out-build the rest of the world. 
我々は、革新競争に勝ち、教育で勝ち、建設競争で世界に勝ち抜いていかねばならない。


すなわち、オバマ政策とは、
•  クリーンエネルギー分野の技術革新
•  教育改革
•  道路整備や鉄道建設事業における雇用拡大

の3つを柱とする政策です。その上でオバマ大統領は、Win the Future(未来を勝ち取ろうではないか)という言葉を演説中で11回も使い、これらの政策の実現が、アメリカの再生と輝かしい未来に繋がることを強調しました。

オバマ政策の目玉ともいえる「クリーンエネルギー分野の技術革新」と「道路・鉄道整備事業」とはどんなものか、また、それらが2012年度予算案の中でどのような位置づけとなっているか、以下に簡単にまとめてみました。

🎨クリーンエネルギー分野の技術革新 
オバマ大統領が掲げた「80%をクリーンエネルギーに」 は、2035年までに、国内で消費する電力の80%を太陽光、風力、原子力、天然ガスなどを含むクリーンエネルギーでまかなうという大胆なエネルギー政策です。この実現を目指すため、エネルギー省予算案は、現状より12%増加の295億ドルが提案されました。そのうち、クリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費用には、129億ドルが当てられています。

クリーンエネルギー政策の最大の鍵といわれているのが、「電力貯蓄技術」と「スマートグリッド(費用対効果にも優れた電力の安定供給システム)の開発」で、世界の研究者たちが研究開発に凌ぎをけずっています。オバマ政策には、研究者たちがチームワークで技術革新に取り組めるように、国内のクリーンエネルギー技術開発の「ハブ」(拠点)を、現在の3箇所から6箇所に増やす計画が盛り込まれ、そのための予算として、省全体の予算のうち1億4600億ドルが当てられています(参照)。

エネルギー省では、既にクリーンエネルギーの技術革新のためのハブ構想に既にいくつか着手しています。例えば、ウィスコンシン州マディソンのウィスコンシン大学に設置されたバイオエネルギー研究センターは、政府主導で推進された施設で、ミシガン州やアイオワ州の大学と共同でバイオエネルギー研究が進められています。このような「ハブ」は、電力貯蓄やスマートグリッドの技術革新プロジェクトに、大学だけではなく地元の技術関連企業や国立の研究機関が共同で取り組む大規模な構想で、オバマ大統領は、これを「現代のアポロ計画」と呼んでいます。

また、クリーンエネルギー政策の一環として、原子力発電関連予算を現状の185億ドルから約2倍の360億ドルに引き上げました。連邦政府のローンなどと合わせ、新たな発電所を6〜8基建設することが見込まれています。

🎨百万台の電気自動車
オバマ大統領は、「2015年までにアメリカで世界に先駆け百万台の電気自動車を走らせる」という目標を宣言しました。この目標達成のために提案されたのが、電気自動車を購入すると7500ドルのリベート(払い戻し)が得られる仕組みです。これまでは電気自動車を購入すると税控除が得られる仕組みでしたが、リベートは購入時点で還元されるので、消費者にとってより大きなインセンティブになります。

「2015年までに電気自動車百万台」は、現実的には様々な面でハードルは高いのが現状です。例えば、価格面でハイブリッドのプリウスが23,000ドルに対して、電気自動車のVolt(GM)は40,280ドル、Leaf(日産)は32,780ドルです。アメリカにおける電気自動車市場は昨年スタートしたばかりで、合計で700台あまりを販売したに過ぎません。

オバマ政権は、これまでも電気自動車の研究開発・製造・市場整備に意欲的に取り組み、財政投入と共に燃費基準の引き上げなどの改革を行ってきました。2009年から施行されている景気刺激策にも具体的な支援が含まれています。例えば、全国3箇所の電気自動車製造工場の建設費として24億ドルを貸し付け、電気自動車用バッテリーやモーターなどの部品の複数の製造工場に計20億ドルを交付してきました。これらの工場では、今年度中に5万個、2014年までには50万個のバッテリーの製造を予定しています。

また、7500ドルのリベートのほかに、自治体へのインセンティブとして、電気自動車の利用を促進する30都市に対し、都市整備やパワーステーション拡充のための補助として各1000万ドル、計3億ドルを支給することも計画されています。

クリーンエネルギー政策への重点的な財政投入に当たり、エネルギー省予算案では、その財源として、これまで続けてきた石油産業界への462億ドルに上る税優遇措置の廃止、無駄の削減、費用対効果の薄い政府の助成金制度などの廃止を提案しています。しかし、共和党を中心に、「石油会社への税優遇措置を廃止すると、ガソリン価格に跳ね上がって消費者の首を絞めることとなる」などとしてこの措置に反対しています。

🎨道路・鉄道整備事業による雇用拡大
さて、もう一つのオバマ政権の目玉政策が、道路や鉄道などの整備事業、つまり公共事業による雇用の拡大です。オバマ大統領は、「将来を勝ち取る」ためには、文字通り「アメリカを建て直さなければならない」と訴えました。つまり、アメリカ経済を立て直すためには、人やモノや情報の移動のための最速で最も安全な手段―つまり高速鉄道や高速インターネットが必要だというわけです。ヨーロッパ諸国や中国では世界最速・最新の鉄道建設が進む中、アメリカでは修理や整備の遅延が続く高速道路や橋、不便極まりない鉄道システムには何十年も手が入っていない状態です。しかも、建設業に従事する人々の4分の一が失業しているのが現状です。

オバマ大統領は、壊れかけた道路や橋を修復する仕事にもっと多くの人々を雇い、給与や民間投資を保証するなど、アメリカの衰退した建設業界に数千数万規模の雇用を生み出す21世紀型公共事業を倍増していく事を明言しました。更に、今後25年間で、80%のアメリカ人が高速鉄道を利用できるようにするという目標も掲げました。

そのために、道路・橋・公共交通機関および鉄道の整備事業に、6年計画で総額5560億ドルという過去最大の予算が提案されました。通常、国土交通整備事業は5年計画で予算が組まれ実施されますが、前回の予算(5年間で2850億ドル)が2009年で期限切れとなって以来、長期計画の予算は承認されてきませんでした。新たな6年計画では、初年度の2012年度に1280億ドルが見込まれ、州や自治体に配分して、すぐにも建設事業に着手できるように計画されています。530億ドルは高速鉄道の建設、また、300億ドルは交通整備事業銀行の設立基金に当てられ、高速鉄道建設事業に民間の投資家を呼び込む考えです。

🎨「アポロ計画」に匹敵する国家プロジェクト?
さて、オバマ政策の目玉である「クリーンエネルギーの技術革新」と「道路・鉄道整備事業」、そしてそこに投入された予算案をごく大雑把に見てみました。しかし、これら何億ドルという数字だけ見てみても、この財政投入額が果たして妥当なものなのか、多いのか少ないのか、筆者には分かりかねます。

例えば、クリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費用129億ドルというのは、果たしてクリーンエネルギー分野でグローバル競争に勝つために、十分な投資額なのでしょうか?また、1280億ドルの公共事業投資は、十分な雇用を確保し、アメリカ経済を立て直し経済大国の地位を保っていくために妥当な額なのでしょうか?また、これらの予算は、連邦予算全体から見て、どのくらいの割合を占めるものなのでしょうか?

そこで筆者は、オバマ政策とその予算案がどの程度の規模なのかを把握するために、過去の国家的プロジェクトへの投資額と簡単な比較をしてみました。敵に遅れをとり「現代版スプートニクの瞬間」にいるアメリカが、これから世界を相手を勝ち抜いていくための投資という筋書きにおいて、一つの指標となるのが、他でもないオバマ大統領が持ち出したNASAによる国家的プロジェクト「アポロ計画」です。

NASAは、1961−1972年の宇宙開発事業アポロ計画に総額250億ドル、2007年のドル価値に換算すると1360億ドルを費やしました。3万4000人のNASA職員に加え、関連企業や大学研究機関からの37万5000人に及ぶ人々が雇用される巨大プロジェクトでした。1966年のNASA全体の年間予算は最高額の59億3300万ドル(現在の価値で321億ドル)に達し、この年の連邦予算の4.41%という驚異的な割合を占めました。ただし、NASAが連邦予算の2%以上を費やしたのは1963年から69年までの7年間で、月面着陸成功以降は、対連邦予算比は僅かずつ減り続け、2000年以降は0.6−0.7%前後を推移してきました。2006年度の予算は151億ドル、対連邦予算比では0.57%とアポロ計画以降最小を記録しました(参照)。

さて、2012年度の連邦予算総額(オバマ予算案)は3兆7750億ドルです。ですから、エネルギー省全体の予算案295億ドルは、連邦予算全体の0.78%、クリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費予算案129億ドルは全体の0.34%ということになります。この投資額を大きいと見るか小さいと見るか。国家的プロジェクトと銘打っておきながら、あまり大きな額ではないのではないか、という印象があるかも知れません。しかし、先ほどのアポロ計画との比較では、NASA全体の予算が2000年以降は0.6−0.7%前後だったことを加味すると、クリーンエネルギーの新プロジェクトにかける予算配分はそれほど小さくはないのかもしれません。

一方、公共事業費のための予算案1280億ドルは、連邦予算総額の3.39%に当たり、これはかなりの巨額といえます。数字だけ比較すれば、1960年代半ばの最盛期のNASA最盛期の予算に匹敵する額です。アポロ計画は12年間で1360億ドル(2007年のドル価値換算)を費やしていますから、6年間で1280億ドルはその2倍の額です。国土交通関係の公共事業はもともと巨額の歳出ですが、2012年度予算は、前年の765億ドルに比べても68%増加しており、オバマ政権の強い意気込みが感じられます。

「クリーンエネルギー分野の技術革新」と「道路・鉄道整備事業」にかける予算は、アポロ計画との予算比較において、オバマ大統領自身が言うように「相当額の投資」であり、「アポロ計画」に匹敵する国家的プロジェクトと言ってよいのかもしれません。

🎨過去最大の財政赤字
しかしながら、オバマ大統領の果敢な予算案の前には、過去最大の財政赤字と議会の厚い壁が立ちはだかっています。オバマ予算案では、2012年度の財政赤字は、当初の予想だった1兆4800億ドルを上回る1兆6000億ドルと過去最大に達しています。背景には、昨年12月に期間延長された減税政策により税収増が見込めないこと、失業保険の支給増加や、退職を迎えたベビーブーマー世代の年金や医療が財政を圧迫し始めていることなどが大きな原因としてあります。

オバマ予算案はギリギリまでの歳出削減と一定の増税で、何もしなければ10年後には8兆ドルに膨れ上がる財政赤字を、14%減らすことができるとしています。これにより、来年度の財政赤字は1兆1000億ドルまで削減できるとしていますが、このうち4000億ドルは5年間の「裁量的予算」(この後説明)の削減によるものです。これによって、各種低所得者向け補助制度(約半分の25億ドルに減額)、コミュニティーサービスのための補助金制度(3億ドルの減額)や、州への下水処理・環境・森林事業への補助金カット、農家への助成金カット、大学院生向けローンの利子の増額など、国民の生活に直接影響を及ぼす様々なサービスが減額や廃止に追い込まれています。財政赤字の削減と、財政投資の両方が求められる中、2012年度予算案審議は、極めて難しい折衝となっています。

🎨天下の分かれ目の予算決議
ところで、少し横道にそれますが、アメリカの連邦政府予算の内訳について触れておきます。これを頭に入れておくと、各分野の予算の大きさがより把握しやすくなるかと思います。アメリカの連邦政府予算は大きく「必須予算」「国防予算」「裁量的予算」に分けられますが、総額3兆7750億ドルの内訳は以下のようになっています。

・必須予算(年金、社会保障、国債の利子など)・・・2兆6000億ドル(68.9%)
・国防予算・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・7380億ドル(19.5%)
・裁量的予算(必須予算と国防予算を除いた全て)・・・・4370億ドル(11.6%)

必須予算のうち、Entitlement Programと呼ばれる年金・社会保障関連の予算は政府が個人への支払い義務を負うもので、それだけで2兆ドル、連邦予算の約60%を占めており、この部分は基本的に動かすことはできません。国防予算は、本来裁量的予算のうちに入るのですが、安全保障目的という性格上、議論を待たずに他の分野に優先される傾向を持ち、しかもその予算は断トツに大きいのでここではあえて分けました。従って、毎年の予算編成で大統領と議会が増額や減額を検討する余地があるのは、文字どうり「裁量的予算」の部分だけということになります。その額は4370億ドル、割合にして僅か11.6%です。その中に、医療(連邦予算の1.7%)、国土交通(1.6%)、教育(0.98%)、農業(0.52%)、商業、外交、・・・など全ての省庁の予算が含まれています。

大統領が、国家の将来をかけて投資するのに動かせるお金は、3兆7750億ドルの中の僅か11.6パーセント。それも提案をしても、議会で反対されれば妥協せざるを得ないというしくみの中で、一国のリーダーとしてどれだけの交渉や采配ができるかが問われているのです。こうした限られたパイをめぐる折衝という観点から見ると、先ほどの、連邦予算全体の0.34%を占めるクリーンエネルギー関連のR&D(研究開発)費予算案129億ドルや、道路・鉄道整備事業への投資額1280億ドルは、極めて大胆な投資額と言えると思います。

しかし、このオバマ予算案がそのまま議会を通ることはまずほとんどありえないといっていいでしょう。現在、この小さなパイをめぐって、財政赤字削減のための予算カットとオバマ政策への財政投資がせめぎ合い、民主・共和両党が激突する形となっています(共和党は、政府主導の財政投資には強い反対を示しています)。

3月4日の決議までに、各予算について両党の合意形成ができなければ、予算が議会を通過できない可能性が十分にあります。上院下院ともに民主党が多数を占めていた昨年の予算でさえ合意できずに、継続決議という形となりました。もし、決議できない場合は、連邦政府は運営費を失い多くの行政サービスが停止に陥ることになります。

さて、はじめに戻りますが、筆者はオバマ大統領の「世界の光」という言葉に引っかかり、これからアメリカはどんな方向に向かおうとしているのか、そのためにオバマ政権はどんな政策を実行しようとしているのかを見てきました。オバマ政策を一文で言えば、“We need to out-innovate, out-educate, and out-build the rest of the world” でした。予算案の話などは面白くなかったかもしれませんが、いかに感動的なスピーチで国民を励まし、自らの手で未来を勝ち取ろうと鼓舞したところで、予算がつかないことには何も実現しません。どんな政策も予算なしには絵に描いた餅でしかないということです。その意味で、2012年の予算決議は、オバマ政権にとって、そしてアメリカにとって、天下の分かれ目ともいえます。

次回へ続く・・・



posted by Oceanlove at 19:31| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年02月20日

衰退へ向かうアメリカ その(1)大統領演説と「丘の上の町」


Wee shall be as a Citty upon a Hill, the eies of all people are uppon us” - John Winthrop, “A model of Christian Charity”, 1630.

「我々は、全ての人々の目が注がれる丘の上の町とならなければならない」−ジョン・ウィンスロップによる「キリスト者の慈善の模範」(1630年)より


1月25日、オバマ大統領の一般教書演説が行われました。「予算教書」「大統領経済報告」と合わせて三大教書と呼ばれる一般教書演説は、通常1月の最終火曜日に行われ、連邦議会議員と国民に向けて、国の現状についての大統領の見解や主要な政治課題について伝えるものです。約一時間に及ぶ演説の中で、各政治課題への具体的な提言とともに、時の政権が目指す大きな目標や大局的スロ−ガンが語られます。この、アメリカをどのような方向に導いていくのかという理念や大統領の抱負は、しばしば具体的な政策提言以上に重要でシンボリックな意味をもち、聴衆の耳を引き立てます。

大統領演説では、アメリカ歴代の大統領によって、その時々の時代背景や政治情勢を反映させた歴史に残る名スピーチが行われてきました。その大統領演説の中に、古くは建国の時代から今日に至るまで、脈々と受け継がれてきたものがあります。それが、冒頭のジョン・ウィンスロップによる有名な「全ての人々の目が注がれる丘の上の町」という象徴的なフレーズです。「丘の上の町」は、イギリスにおける国家的宗教弾圧を逃れて新大陸アメリカに渡った清教徒たちがつくろうとしていた「自由で公正な神の国」を表す比喩として用いられています。今回の記事では、「丘の上の町」をテーマに17世紀に遡る清教徒たちの(アメリカ建国以前の)建国の精神が、現代にどのように繋がっているかを見ていこうと思います。

🎨ジョン・ウィンスロップの「丘の上の町」
ジョン・ウィンスロップ(1587−1649年)は、清教徒の牧師で1620年から1640年の間にアメリカにわたったおよそ2万人の一人です。裕福な土地所有者で、初期の植民地マサチューセッツ湾岸州の初代総督に選ばれたのを含め以後も総督に12回選出されるなどリーダーシップを発揮しました。1630年、ウィンスロップは新大陸上陸前のアルベラ号上で「A Model of Christian Charity」と題する説教を行いました。その中で、「我々の目的は、神に対しいっそうの奉仕をし、キリストによる恵みと繁栄が与えられ、キリストによる救いを全うするという神との間の盟約に基づいて、神聖なる共同体を建設することである」と、新大陸における彼ら清教徒のビジョンを明確に述べました。

清教徒たちが求めていたものは、必ずしもイギリスの圧制からの開放だけではないと言われています。(参考:Gavin Finley, John Winthrop and “A City upon A Hill” )。彼らは、イギリスと袂を分かつのではなく、新天地アメリカで本国の手本となるような理想的な教会組織を建設しようとしていました。これによって、腐敗に満ちたイギリス社会を贖い、改革し、どちらの地においても、よきイギリスの復興をかなえることができると考えていたのです。つまり、全ての人々の手本となるような理想的で公正な社会を築くことを目指していたのです。ウィンスロップは、それを「これから築く新しい共同体は、世界中の目が注がれる丘の上の町である」と表現しました。その部分を、以下に引用してみます。(全文はこちらを参照)

wee shall finde that the God of Israell is among us, when tenn of us shall be able to resist a thousand of our enemies, when hee shall make us a prayse and glory, that men shall say of succeeding plantacions: the lord make it like that of New England: for wee must Consider that wee shall be as a Citty upon a Hill, the eies of all people are uppon us.

私たち10名が1000名の敵に対抗するとき、また神が私たちを誉れと栄光のものとし、後に人々がこれから建設される植民地について「主がニューイングランド(新しき英国)の植民地のようにつくられた」と言うようになるとき、イスラエルの神が私たちの間におられることを知るであろう。そのために我々は、全ての人々の目が注がれる「丘の上の町」とならなければならない(筆者仮訳)。


🎨新約聖書に語られる「世の光」
「丘の上の町」は、大元はというと、新約聖書の「マタイによる福音書」に記されたイエス・キリストの言葉です。キリストは、有名な山上の説教で聴衆に対してこう語りました。

You are the light of the world. A city on a hill cannot be hidden. Matthew 5:14
あなた方は世の光である。山の上にある町は隠れることができない。−新約聖書「マタイによる福音書」5章14節

キリストの言葉は以下のように続きます。
また、ともし火をともして升の下に置くものはいない。燭台の上に置く。そうすれば、家の中のもの全てを照らすのである。そのようにあなた方の光を人々の前に輝かしなさい。人々が、あなた方の立派な行いを見て、あなた方の天の父をあがめるようになるためである。」

ここには、世に暗闇があること、キリストの教えにそぐわない行いをしている人々がまわりにいることが示唆され、「あなたが光となって立派な行いをしなさい。山の上にある町には、人々の目が注がれていて逃げ隠れすることはできないのだから、他の人々の手本になるような生き方をしなさい」と語っていると解釈できます。

ウィンスロップの時代の暗闇とは、イギリスの圧制であり社会の廃退であり宗教弾圧でした。だからこそ、自分たちが世の光となり、新しい土地で真に神聖で公正なる神の国、すなわち「山の上の町」をつくり、全ての人々の手本となって神の栄光を世に示そうとしたのです。ここに示された清教徒たちの信仰は、犯した罪と、キリストによる罪の贖(あがな)いと、神の国の栄光、というキリスト教の真髄とも言えるものでした。

🎨現代アメリカにおける「丘の上の町」
ウィンスロップにとっての「丘の上の町」は、こうした絶対的なキリスト教信仰に基づいた「神聖な神の国」でした。しかし、独立戦争以降20世紀にかけて、「丘の上の町」というフレーズは次第に宗教的概念から解き放たれ、より普遍的な「アメリカ建国の精神」に引き上げられていきました。つまり、「丘の上の町」は、「神聖な神の国」から「進歩と自由と民主主義の理想的国家」へと呼び名を変え、しかもただの「丘の上の町」ではなく「輝ける丘の上の町」へと進化し、アメリカという国家の象徴、国民的信仰とも呼べるべきものとなっていったのです。

ウィンスロップの説教から400年近い年月を経た今日も、清教徒たちの目指した建国の理想は、アメリカ社会に生き続け、社会を動かす大きな原動力となっています。連邦政府や州の議会から、各種メディアから、キリスト教会の壇上から・・・政治の様々な舞台で、清教徒たちが目指していたものと同様のビジョンを持つ人々の声が響き続けています。ウィンスロップの「丘の上の町」のフレーズは、歴史に残る大統領演説にも繰り返し引用されてきました。

例えば、1961年1月9日、大統領選挙で勝利したジョン・F・ケネディは、就任前の演説で次のように述べています。

Today the eyes of all people are truly upon us−and our governments, in every branch, at every level, national, state and local, must be as a city upon a hill ‐constructed and inhabited by men aware of their great trust and their great responsibilities. For we are setting out upon a voyage in 1961 no less hazardous than that undertaken by the Arbella in 1630.

今日、全ての人々の目はまさに私たちに注がれている。政府の全ての機関は、連邦、州、各自治体の全てのレベルにおいて「丘の上の町」とならなければならない。その町を構成しそこに住む者は、大いなる信頼と大いなる責任を備えていなければならない。なぜなら、我々が船出しようとする1961年の航海は、かつてのアルベラ号(ウィンスロップが乗っていた船)による1630年の航海に劣らない厳しいものだからである(筆者仮訳)。


また、1989年1月、ロナルド・レーガンは、大統領として最後の演説で、こう語っています。

I've spoken of the shining city all my political life, but I don't know if I ever quite communicated what I saw when I said it. But in my mind it was a tall proud city built on rocks stronger than oceans, wind-swept, God-blessed, and teeming with people of all kinds living in harmony and peace, a city with free ports that hummed with commerce and creativity, and if there had to be city walls, the walls had doors and the doors were open to anyone with the will and the heart to get here.

And how stands the city on this winter night? More prosperous, more secure, and happier than it was 8 years ago. But more than that: After 200 years, two centuries, she still stands strong and true on the granite ridge, and her glow has held steady no matter what storm. And she's still a beacon, still a magnet for all who must have freedom, for all the pilgrims from all the lost places who are hurtling through the darkness, toward home.(スピーチ全文はこちらを参照)

「輝ける(丘の上の)町」について、私は政治家として生涯にわたり語ってきたが、私が見たものは何だったか果たしてしっかりと伝えることができただろうか。私の心の中に見たそれは、海の荒々しい波にも吹きすさぶ風にも揺るがない堅固な岩の上に建てられた堂々とそびえ立つ町である。その町は神に祝福され、あらゆる人々が調和を保って平和に暮らしている。町の開かれた港は貿易や創造的な活動で賑わい、もし町に塀に囲まれているのならその塀には門があり、その門は入る意思と希望を持った者にならば誰にでも開かれている。

この冬の今宵、その町はどのように立っているだろうか。8年前より豊かで、安全で、幸福である。それ以上に、(独立から)200年、2世紀のを経た今も、この国は力強く真に堅固な岩の上に立ち、そしていかなる嵐の中にあっても町は輝き続けている。そして、この町は今も自由を求める人々の灯台であり、失われた場所の暗闇の中から安住の地を求める全ての旅人たちを惹きつけてやまないのである(筆者仮訳)。


🎨オバマ大統領の「世の光」
そして、2011年1月25日、オバマ大統領の一般教書演説の中にも、国民的信仰の最新バージョンが盛り込まれていました。「輝ける丘の上の町」の代わりに、「世界の光」“Light to the World”という言葉が用いられていました。演説の導入部では、共和党が下院で多数を占める難しい状況にあることを踏まえ、次のように切り出しています。

今夜ここに集まった民主・共和両党議員の間に意見の対立があることは明らかである。論戦では、それぞれの主張を訴えて激しく戦ってきた。それは、良きことである。活力ある民主主義そのものであり、それこそアメリカが他国と異なるところである。

しかし、タクソンの悲劇(今年1月8日、アリゾナ州タクソンで起きた銃撃事件)に、我々は考えさせられている。政治討論の熱戦や嫌悪の真っ最中にあって、誰でも、どこの出身であろうと、我々は党派の違いや政治的信条の違いを超えた偉大なるものの一部なのだということを、タクソンは思い出させてくれている。我々はみなアメリカン・ファミリーの一部だ。我々は、この国には様々な人種、信仰、価値観が共存しながらも、人々が一つに結ばれていること、共通の希望と信条を持っていること、あのタクソンの少女(銃撃で犠牲になった9歳の少女)が抱いていた夢は我々の子供たちが描いている夢と大きく違わないこと、そして、全ての人々にチャンスが与えられるべきことを信じている。それもまた、アメリカが他の国と異なるところである(筆者要約)。


そして、現在アメリカが直面している大きな困難に立ち向かっていくためには、党派を超えた協力が必要であり、それが有権者から託された責務であると述べました。その上で、アメリカが「世界の光」であり続けられるかどうかが私たちの手にかかっている、と続けました。この部分の英文を引用してみます。

“New laws will only pass with support from Democrats and Republicans. We will move forward together, or not at all -- for the challenges we face are bigger than party, and bigger than politics.” “At stake is whether new jobs and industries take root in this country, or somewhere else. It's whether the hard work and industry of our people is rewarded. It's whether we sustain the leadership that has made America not just a place on a map, but the light to the world.”

「民主・共和両党の協力がなければいかなる新しい法案も通りません。この国が前進できるかどうかは、両党が共に協力できるかどうかにかかっています。我々が直面している試練は、党利や政治的駆け引きを超えた大きなものなのです。」「アメリカに新たな雇用や産業がこの国に根付くのか、それとも国外に流出してしまうのか。働く人々の一生懸命さや勤勉さが報われるか否か。そして、アメリカが世界のリーダーシップを摂り続け、単なる地図上の国でなく、「世界の光」であり続けられるかどうか、そのすべてが我々の手にかかっているのです。」(筆者仮訳)



さて、オバマ大統領が使った「世界の光」のという言葉。これまでにも政治の舞台で引用されてきた「丘の上の町」や「輝ける灯台」といった国民的信仰や伝統のようなものを継承したセリフだと、受け止めればそれで済むのかもしれません。しかし、現在の世界情勢の中で、アメリカがどのような位置に立っているかを考えたとき、「世界の光」という表現はふさわしいでしょうか?そこだけ何か浮いてしまったような、決まりの悪い印象を受けたのは筆者だけでしょうか?次回の記事では、オバマ大統領の抱負と政権が直面する課題について、詳しく見ていきたいと思います。
posted by Oceanlove at 04:26| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月24日

メキシコの麻薬戦争とマリファナ解禁のゆくえ

🎨メキシコの麻薬戦争(War on Drug)
前回の記事「カリフォルニア州の財政危機とマリファナ解禁法案」で、アメリカの中間選挙と同時に行われたカリフォルニア州の住民投票で「マリファナ解禁法案Prop19」が54対46で否決されたことについて書きました。そのProp19を、通過の期待を持って見守っていた国があります。メキシコです。メキシコは、麻薬のアメリカへの最大の供給国であり、アメリカ国内で消費される麻薬類の90%がメキシコから流入しています。アメリカ司法省麻薬調査局(National Drug Intelligence Center)によると、メキシコの麻薬組織は、アメリカのおよそ230都市で取引されるコカインの90%、マリファナ、メタ・アンフェタミン、ヘロインのほとんどをコントロールしています。

1980年代頃までは、メキシコとアメリカの国境あたりで行われていたマリファナやヘロインの密売は比較的小規模なものでした。しかし、状況が大きく変わったのは、クリントン政権時代、一定の成功を収めた麻薬取り締まり政策によって、コロンビアからアメリカへのコカインの空の密輸ルートが閉ざされた後のことです。コロンビア産のコカインはメキシコ経由の陸ルートで運び込まれるようになり、密輸組織の規模は一気に拡大してゆきました。いまや、メキシコの麻薬組織は、1980〜90年代に暗躍していたコロンビアやドミニカ共和国の麻薬組織に取って代わっているのです。アメリカに密輸される麻薬は、コカイン、ヘロイン、メタ・アンフェタミン、マリファナなど何種類もあります。コカインの90%はコロンビアを中心とした中南米で生産され、メキシコに運ばれてきます。メタ・アンフェタミンはアジアの生産地からメキシコの港に運びこまれます。そして、それらはメキシコ国内で生産されているヘロインやメタ・アンフェタミンと共に北部アメリカ国境へと密輸されていくのです。

アメリカとメキシコとの国境は、総距離は3,169キロメートル。世界一往来が激しく、年間2億5千万人、一日平均69万人が行き来しています。国境を接するアメリカの州は西から、カリフォルニア州、アリゾナ州、ニュー・メキシコ州、テキサス州の4州です。麻薬組織の主な拠点となっているのが、カリフォルニア州サンディエゴに近いティワナ、メキシコ湾岸のテキサス州ブラウンズビルに近いマタモロスです。この拠点地域が、2006年から2010年までの4年間でおよそ2万8千人が殺害される「麻薬戦争」の舞台となってきました。

これらの地域では、闇の麻薬市場で利益を奪い合う組織間抗争が激化しています。殺害の8割は、武装したギャング同士の殺し合いです。その他に、取り締まりにあたっていた警察官、政治家や自治体の長、その家族、そして銃撃に巻き込まれた一般市民たちも多数犠牲になっています。昨年には各地で何人もの市長たちが殺害されました。いまや、密輸組織は警察を見方につけ、麻薬取引の邪魔となる人物の殺害を行っているといいます。アメリカとの国境に近いティワナでは、市民たちはギャングの暴行におののき、夜間の外出は控えるなど、日常生活に深刻な影を落としています。

🎨カルデロン大統領の戦い
2006年12月、メキシコ大統領に就任したフェリペ・カルデロンは、この麻薬戦争を戦うことを宣言しました。4万5千人の陸軍を麻薬組織の摘発に投入、ロケットミサイル、催涙弾、機関銃、狙撃銃などの武器を使用を含め、年間90億ドルの予算を支出してきました。2008年には、組織犯罪対策を強化するための警察組織と司法組織の大改革を行いました。それまで国と州、各自治体で異なっていた採用、訓練、昇進、業務などを統一した他、連邦警察の人員を9千人から2万6千人に増員、検察官も増員するなどし、最初の2年間に、70トンのコカイン、2億6千万ドルの現金、3万を越える武器、5万8千人の検挙などを達成しています。

しかし、武装化した麻薬組織の広がりに、政府や警察が太刀打ちできない状況は続いています。大統領の格闘空しく、最初の2年間で800人以上の警察官が殺害されました。4年間で2万8千人、平均しすると一ヶ月600人が殺害されるという非常事態が続いているのです。これまでのところ、一般の人々が狙われているのではなく、異なる組織間の抗争による殺し合いが多いのですが、取締りにあたった軍人や警察官が犠牲になったケースも全体の約7%に上ります。これは、本当の戦争です。

さらにことを難しくしているのは、メキシコ全体を覆っている賄賂の横行や政治的腐敗です。警察の麻薬取り締まりの特別部隊が麻薬組織グループに逆に取り込まれ、寝返って組織に加担しているという事態まで起きています。司法長官管轄の麻薬組織を取り締まり官が、月45万ドルに及ぶ賄賂を受け取って、密輸組織に情報を流していた容疑で検挙される事件も発生しました(The Economist)。

🎨麻薬消費国・武器提供国アメリカ
2006年ごろから始まった麻薬戦争の脅威は、メキシコ全土を凌駕し、いまやアメリカとの国境を越えて雪崩れ込む勢いです。2007年、当時のブッシュ政権は、麻薬犯罪の対策費用としてメキシコ政府に3年間で14億ドルの資金協力を約束しました(Melida Initiative)。麻薬押収や密売業者の摘発などへの物的および人的貢献をするものです。取り締まりに当たる警察官の訓練や夜間業務遂行を可能にする装備、金属探知機といった機材の提供も含まれています。しかし、国境付近で麻薬に絡んでアメリカ人が殺害される事件も増え続け、2008年には56人、2009年には79人、2010年の前半だけで、47人のアメリカ人が犠牲となっています。

この麻薬戦争の事実が広くアメリカ人に知れ渡ることとなったのは、2009年2月に司法省麻薬取り締まり局(Drug Enforcement Administration)が全国一斉に麻薬捜査を行い、750人の検挙、12,000キログラムのコカイン、500キロのメタ・アンフェタミン、160以上の武器の押収が明らかになった頃です。それら全てがメキシコの麻薬組織と関わっていました。つい最近の11月、カリフォルニア州オテイ・メサとメキシコのティワナにある倉庫を結ぶ約540メートルに及ぶトンネルが発見されました。市場価格2千万ドルに及ぶ30トンのマリファナが押収されたのです。

2009年1月大統領に就任したオバマ氏にとっても、メキシコの麻薬戦争は、政権の最重要課題の一つとなってきました。それもそのはず、麻薬戦争を誘発しているのはアメリカ、つまり、国内では麻薬は違法でありながら、ゆるい規制のもとに需要の絶えることのないアメリカの巨大麻薬市場なのです。コカイン、マリファナ、ヘロイン、メタ・アンフェタミンをすべて合わせた年間の取引額はおよそ600億ドルに上ると見られており、その売上金の180〜390億ドルはアメリカからメキシコへと流れています(3月26日 ワシントン・ポスト紙)。2009年4月、オバマ大統領は、就任後初めてのメキシコを訪問した折、カルデロン大統領と共に麻薬戦争への取り組みにおいて2国間協力を更に強化することを宣言しました。今年3月に、ホワイトハウスの麻薬対策室はアメリカ国内での麻薬の需要を減らすためのキャンペーン予算を増加することを決めました。麻薬防止キャンペーンには13%増、中毒患者の治療に4%を盛り込んでいます。

🎨こう着状態のアメリカの銃規制
もう一つ、両国を悩ませているのが、麻薬と逆向きに、アメリカからメキシコに流れている銃や武器類です。麻薬組織が所有する銃や自動小銃などの武器は、その多くがアメリカの銃マーケットで販売され、メキシコに持ち込まれているという実態です。アメリカではライフルなど殺傷性の高い武器の2004年まで販売が規制されていましたが、現在はそれが解かれ、ガン・ショップで合法的に購入することが可能です。メキシコで押収されたこれらの武器の90%はアメリカで販売されたものであるとも言われています。

カルデロン大統領は、アメリカに対し銃規制への取り組みを迫りましたが、オバマ大統領は「できる限り努力をする」と述べたに留まりました。銃規制は、アメリカ国内では、政府が個人の銃所持を制限することへの反対世論が根強い上に、保守層や銃の業界団体などからの強力な政治的圧力があり、難しい政治問題のひとつです。反対派は、「メキシコの麻薬組織の武器の90%がアメリカで販売されているというが、それらは押収された武器のうち、製造番号等で販売元の特定が可能なものだけに絞った数字であり、実際には、中南米、ロシア、中国などから密輸された武器も大量に出回っている。アメリカ産の武器の実質的割合は17%程度だ」「アメリカでの銃の販売に歯止めがかかっても、麻薬組織の犯罪防止に効果は期待できない」と指摘しています(Obama positioning for back door gun control)。

憲法に記された「銃を所持する権利」と「犯罪組織による悪用阻止」の狭間で、難しい状況に立たされる中、オバマ大統領は、武器の違法製造と売買を防止する地域間協力会議(CIFTA:Inter-American Convention Against the Illicit Manufacturing of and Trafficking in Firearms, Ammunition, Explosives, and Other Related Materials)への批准を連邦議会に提案しました。これは、1997年に立ち上げられた武器の製造と売買に規制を設ける地域間協力の仕組みで、既に33カ国が批准しています。アメリカでもクリントン政権時代から批准を試みているものですが、これも実質的な銃規制だとして、業界と議会の強硬な反対でいまだ実現に至っていません。

🎨麻薬戦争に勝つための麻薬合法化論
麻薬消費を抑えることも銃規制もできないアメリカ。アメリカとメキシコ2国間で膨れ上がる闇市場。潤沢な資金で高度に武装化する麻薬組織。メキシコに蔓延る政治汚職と麻薬組織に取り込まれる警察。歯止めのかからない凶悪犯罪や殺人・・・。100億ドル、国家予算の5%を麻薬対策に費やしながらも、この巨大な犯罪構造にメスを入れられないメキシコ政府。メキシコでの世論調査によると、59%の人々が麻薬組織がこの戦争に勝ちつつあると考えています(5月28日、ワシントン・ポスト紙)。がんじがらめになっている麻薬戦争に勝つにはいったいどうしたらよいのか。犠牲者を減らすためにはどうしたらよいのか。

現状の対策が功を奏していないこと、麻薬を法律で禁止することでは需要を消し去ることも市場を消し去ることもできないことは火を見るよりも明らかです。そんな中、「麻薬を合法化して管理した方が犯罪は減る」という発想に基づいて進められてきたのが、麻薬の合法化推進の議論です。カリフォルニア州でマリファナ解禁法案Prop19が住民投票にかけられた背景には、合法化によって国境付近の「麻薬組織による犯罪を減らす」という目的と期待があったのです。

仮に、マリファナを合法化して他の農産物と同様に課税すると、いずれマリファナは需要と供給のバランスを満たす形で、現在より低い市場価格に落ち着いていくだろうと考えられます。すると、麻薬ディーラーたちはこれまでのように利潤を得ることができなくなってゆき、次第にブラックマーケットは縮小、衰退していくと予測できるのではないか、ということです。歴史を振り返ってみれば、アメリカではアルコール類を法律で禁じることには失敗しています。闇の業者や密輸組織、そして犯罪を拡大させた苦い経験があります。メキシコの麻薬組織は、ブラックマーケットでの取引で得る莫大な利益を、組織の拡大、武器の購入、賄賂などに潤沢にまわしています。その利益を減少させ、闇市場で潤沢に回っている資金を収縮させることが、犯罪の減少に繋がるというのが、麻薬合法化支持者たちの主張なのです。

🎨メキシコでも高まるマリファナ合法化の声
マリファナ解禁法案がカリフォルニア州で住民投票にかけられたのを受けて、この夏、メキシコでもマリファナの合法化を求める声が高まりました。麻薬は、より高価格で取引できるアメリカへ密輸されているため、メキシコで合法化しても、アメリカでも同様に合法化の措置をとらない限り、効果は期待できません。従って、メキシコにおけるマリファナ解禁の議論は、アメリカで合法化の動きが出てくる最近になるまでお預け状態でした。8月、カルデロン大統領は、「(マリファナの合法化は)本質的な問題であり、賛成意見、反対意見の両方を注意深く分析しなければならない」と延べ、国内議論を巻き起こしました(9月5日 ワシントン・ポスト紙)。

メキシコの人々は、個人的なマリファナの使用を求めて合法化を叫んでいるのではありません。そもそも、麻薬の消費量はメキシコではそれほど多くはなく、アメリカでは47%の人々がマリファナを試したことがあるのに対し、メキシコでは僅か6%、メキシコ国内での消費量は、流通量全体のおよそ20%程度と見られています。合法化の声は、あくまでも、麻薬による凶悪犯罪や殺人を少しでも減らしたい、麻薬組織の力を何とか縮小させなければならない、という悲痛な叫びです。カソリック教徒の国、保守的なメキシコ人々が、マリファナの解禁を求めるという、つい最近まで考えられなかった大きな世論の転換が起きています。

🎨ポスト「麻薬撲滅」−麻薬対策の新アプローチ
近年、国際的な麻薬対策のアプローチは、「法律による禁止と刑罰」よりも、麻薬に関する知識の普及や中毒症状の治療など、「健康への害を最小限度に留めること」に重点を置くようになってきました。

1998年、国連の常任理事会は、人類の健康と麻薬および麻薬犯罪への取り組み(Drug Control)を重要課題の一つに掲げ、10年間で麻薬の生産と消費を大幅に削減することを目指し、加盟国に積極的な対策を採ることを促しました。しかし、それから、10年以上たった現在も世界全体の麻薬生産・消費状況はほとんど変わっていません。2008年、国連常任理事会は、麻薬問題に関して次のような見解を示しました。

世界の麻薬問題は一定状態にあると言える。1990年代後半から2008年にかけて、世界の15歳から64歳までの人口に占める麻薬消費者の割合は4.7〜5%と、およそ10年間安定している。種類別に見ると、マリファナでは3.9%、コカインは0.4%、ヘロインは0.3%、アンフェタミン類は0.8%という数字である。深刻な麻薬中毒者の割合は0.5%、およそ2千5百万人以下であり、麻薬問題の非常事態は収まっている。http://www.unodc.org/documents/wdr/WDR_2008/Executive%20Summary.pdf
しかしながら、現在の状態は不安定で、永久的な麻薬撲滅に向かっているわけではない。継続的な麻薬コントロールのために、麻薬の知識や危険性について広めることと中毒患者の治療により重点を置く必要がある。これは、かつての麻薬撲滅という理想論ではなく、「麻薬問題は健康問題および社会問題である」という観点を重視した麻薬コントロールの新たなアプローチである。


この見解に見られる、もっとも重要で画期的なことは、国際社会の麻薬対策は既に、「麻薬のない世界」を目標とはしていないということです。麻薬撲滅は不可能であるという現実的判断の下に、麻薬コントロールの焦点は、「法と犯罪」の分野から「健康と公衆衛生」の分野へと移りつつあるということです。これまで見てきたように、アメリカでは、年間400億ドルもの経費を麻薬取り締まりに使い、150万人もの人々を逮捕していますが、麻薬消費者は一向に減っていません。国連のアプローチは、これまでの「法律による禁止、取締りと罰則」というやり方では効果がないことを認めたものです。

🎨受け入れられつつあるマリファナ
最近、マリファナ合法化を後押しするかのような、もう一つの画期的判断がアメリカ医学界でも下されました。11月10日、アメリカ医師会(AMA)は、72年間保持してきた「マリファナは医学的効用のない物質」であるという立場を転換し、マリファナには痛みの緩和や治癒力を高める働きがあることを認め、更なる検証と研究を進める考えを示しました(Executive Summary: Use of Cannabis for Medicinal Purposes) 。

短期的な臨床試験では、マリファナの使用により、神経痛の緩和、食欲の増進、多発性硬化症の患者の痛みや痙攣の緩和などの結果が見られているといいます。それに先立ち、2008年には、アメリカでAMAに次ぐ医師団体American College of Physician (ACP)が「マリファナの医学的効用の有無とその種別の再定義すべきか否か、臨床試験に基づいて検証すべき」という声明を出しています(Supporting Research into the Therapeutic Role of Marijuana)。

医師会の方針転換は、医学的には驚くほどのことではないかもしれませんが、政治的には重大な意味をもっています。この判断は、10月にオバマ政権が法務省に対し医療用マリファナの使用には寛大であるべきだという態度を示したことの流れをくんでいるとみられています。この流れはあくまでも、医療用マリファナの合法化を後押しするものですが、既に合法化されている13州以外の州でも近い将来医療用マリファナが合法化される可能性が高まってきました。そうなると、需要は増大する一方、医療用マリファナとレクリエーション用(嗜好目的)マリファナの区別はつけるのは困難で、マーケットをさらに拡大させることになるでしょう。そのことはカリフォルニア州で既に証明済みです。法による取り締まりには限度があることから、カリフォルニア州では、シュワルツネッガー知事が、28グラム以下の所持であれば罪に咎めず罰金で済ませる法案にサインをしたのは耳に新しいところです。

近年、ヨーロッパやラテンアメリカのいくつかの国々でも、麻薬の売買や使用を犯罪として処罰するのではなく、嗜好品として個人的に少量使用するであれば良しとする、あるいは罰金程度にする、という考え方が広がりつつあります。例えば、オランダ、スペイン、ペルー、メキシコなどでは、少量のマリファナの個人使用は刑罰の対象とならず、スウェーデン、ノルウェー、ロシアなどでは少量のマリファナの個人使用は罰金を課して済ませる形です(Legality of Cannabis by Country)。

しかし、これらの国々でもマリファナを合法化したわけではありません。麻薬が違法である限り、ブラックマーケットは存在し続け、そこで利潤を得る麻薬組織は暗躍し続け、組織的犯罪は永遠になくなることはないでしょう。

🎨マリファナ合法化への課題
では、話をマリファナ解禁に戻します。合法化は、深刻な組織犯罪が政治的重要課題であるメキシコでは受け入れられやすいが、逆に消費国であるアメリカでは、賛否両論が渦巻いていて、合意形成は極めて困難であろうというのが筆者の印象です。緊迫したカリフォルニアの財政事情が後押ししたマリファナ解禁法案Prop19は世論を大きく盛り上げましたが、いくら「麻薬戦争に勝つため」あるいは「麻薬コントロールの新アプローチ」とは言え、合法化が難題であることには変わりはありません。2年後の大統領選挙で、再び有権者に問われることになりそうなマリファナの解禁について、見えている課題をまとめてみました。

1) マリファナだけ合法化するのでは、他の麻薬がより多く密売されることになるだけでしょう。ですから、「麻薬を合法化して、管理した方が、犯罪は減る」という論理が成り立つためには、全ての麻薬を合法化する必要があります。ただ、メキシコの麻薬組織の利益の60%はマリファナによるものであることから、当面はマリファナを、最終的には他の麻薬も段階を追って合法化すべきではないかという意見もあります。

2) カリフォルニア州だけで合法化しても、他州での取引が違法であればどれほどの効果が期待できるのか、また、アメリカ全体の麻薬取引にどのような変化が起こるか予測し難い部分もあります。やはり、アメリカの全ての州で同様に合法化し、裏取引の抜け道を残さないようにしなければ、効果は期待できないかもしれません。

3) 合法化によって、マリファナの需要と供給がどのように変わるか、それによる税収がどれくらい期待できるかを正確に予測することは困難です。もし、安全で合法的なマリファナが今より安価に入手できるようになれば、消費人口は増加し、麻薬が社会に蔓延するのではないかという危惧もあります。そのことを加味して、マリファナの税込販売価格を、一般消費者には「高くて手が出にくい値段」かつ「闇市場が成り立たない安い値段」という微妙なラインで設定することが重要となってくるでしょう。

4) マリファナ解禁についてのアメリカ国内の温度差をどう克服するのか。カリフォルニア州ではマリファナ解禁への世論は拮抗しつつあっても、中西部など保守層の多い州ではまだ反対派が圧倒的です。マリファナを吸わない人々の主張や麻薬に対する嫌悪感を覆すのは相当難しいでしょう。子供たちが麻薬に手を出す可能性が高まるのを不安がる親たちは、麻薬の解禁などとんでもないと考えるでしょう。麻薬中毒の危険性について知識を普及させるキャンペーンや、中毒患者への治療を軸にした政策を、もっと徹底すべきでしょう。マリファナより依存性の強い麻薬について危険性や害などを知らしめることによって、より害の少ないものの方へと消費者を誘導できる可能性もあります。

5) アメリカの有権者たちの中には、アメリカ国内さえ安全ならいいと、麻薬が犯罪組織の手を渡り、多くの犠牲者を出していることを省みない人々もいます。マリファナの使用者でさえも、合法化に賛成と葉限りません。「現状でも麻薬が入手できるのだし、多少高価でも、どうしても吸いたい人は吸えばいい。しかし、違法としておいた方が一般には蔓延しにくいので、今のままの方がいいのではないか・・・」という身勝手な発想です。麻薬戦争は、アメリカを含む先進国での需要と消費が、メキシコを含む生産地・発展途上国での犯罪や汚職を誘発している事実を、有権者たちはもっと知る必要があるのではないでしょうか。

マリファナ合法化は、最良の策とは言えないでしょう。しかし、麻薬犯罪をこれ以上深刻化させないために、臭いものには蓋ではなく、逆に明るみに出すことによって生まれる効果に期待する時に来ているのかもしれません。
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2010年11月10日

カリフォルニア州の財政危機とマリファナ解禁法案


🎨否決されたマリファナ解禁法案Prop19
11月2日に行われたアメリカ中間選挙で、カリフォルニア州で住民投票にかけられたマリファナ解禁法案、いわゆる「Prop19」が、反対56%賛成46%で否決されました。住民投票にかけられた数多くの法案の中でも、Prop19は最も注目を集めたものの一つで、否決はされたものの、州内のみならずアメリカ全土で物議を醸しました。否決された法案について、今回の記事で取り上げようと思ったのは、この法案は、否決されたのでおしまいなのではなく、2012年の選挙でより強力になって蘇り再び住民投票にかけられて、勝利することを予感させるものだったからです。この法案が目指すものは何か、そしてアメリカにおけるマリファナ事情について解説します。

まず初めに、Prop19の概要ですが、カリフォルニア州において、21歳以上の成人に対し、マリファナの所持(1オンス、約28グラムまで)と使用、個人所有地で2.25平方メートル以内での栽培を認めるというものです。そして、州政府は商業用の栽培、輸送、販売に対して規制と課税の対象とすることが提案されています。この法案の最大の目的は、マリファナの解禁によって、州の税収を上げ赤字財政を解消することにあります。解禁となれば、マリファナ市場はカリフォルニア州において140億ドルもの規模、そこから得られる税収は20億ドルとも予想されているのです。

🎨カリフォルニア州の財政事情
少し横道にそれますが、ここで、悪化の著しいカリフォルニア州の財政事情について解説します。今年、州議会は、2010−11年度の予算を通過させるのに10ヶ月もの時間を費やしました。カリフォルニア州は、7月1日が新年度の始まりです。予算は、通常は1月頃に新年度の予算案が議会に提出され、審議を経て5月ごろまでに通過させなければなりません。ところが、今年は199億ドルもの財政赤字を抱えており、増税や分野別の予算カットなど、予算のやりくりや埋め合わせに民主・共和両党の折り合いがなかなかつかず、時間が経過してしまったのです。予算が通らないまま新年度に突入し、100日を経過した10月8日、シュワルツネッガー知事がようやく866億ドルの予算にサインをするという事態にまでなりました。200億ドル近い予算不足は、教育・医療・社会保障費の総額85億ドルの削減(予算全体の約10%)と、連邦政府からの借金53億ドル(そのうち承認されているのは10億ドル程度)、その他州政府の建物売却益や特別枠の予算の移動など52億ドルで補うことが可決されました。

財政赤字の足を大きく引っ張っているのが、12.4%に及ぶ州の失業率です。人口にして250万人に上ります。州が負担する失業手当が110億ドルに膨らんでいるのに対し、予算枠は45億ドル程度です。足りない分は連邦政府からの借り入れですが、今年度の利息だけで5億ドルにもなると見られ、このままでは2011年度までに、失業手当だけで200億ドルの赤字に達すると予想されています(参照)。

カリフォルニア州の財政赤字は2002年から始まり、2007年の不動産バブルがはじけたあたりから著しく悪化、2008年の金融危機以降は危機的状況が続いています。前年同様の規模の赤字を補うために、州政府は様々な政策を採ってきました。その一部には、
• 公務員6万人の解雇(2009−10年度)
• 23万5千人の州公務員に月3日の無給休暇を義務化し、13億ドルを削減。平均給与カットは14%(2009−10年度)。
• 州内の消費税の1%アップ
• 車両免許にかかる料金の値上げ(0.65%から1.15%へ)
• 教育・社会保障費のカット
• 景気回復を見込んだ翌年の予算からの借り入れ
などがあります。その影響で、州立大学の学部・学科が減らされる、小中学校で音楽、理科などの授業が減らされる、公立図書館が閉鎖される、公的医療サービスの適用範囲が縮小するなど、失業とあいまって人々の生活をギリギリのところまで追い詰めています。地価や法人税の高いカリフォルニア州から企業が流出し、失業率をさらに押し上げるという悪循環が続いています。

140億ドル規模、20億ドルの税収が見込まれるマリファナ市場。財政難にあえぐカリフォルニア州にとって、これほど魅力的なものはありません。マリファナ合法化による恩恵は税収だけではありません。現在、マリファナ関連の違法行為(違法栽培や違法所持)で、年間実に7万4千人(2007年の数字)が逮捕されています(参照)。この取締りにかかっていた膨大な人件費や経費を減らし、その分を他のもっと悪質な犯罪の取締りに向けることが可能です。また、これまでに収監されたマリファナ関連犯罪人たちを刑務所から出すことで、年間10万ドル程度の経費削減が可能となるとの数字もあります。

刑務所関連予算は教育予算についで2番目に大きな州の負担です。ギリギリまでカットされた教育や公的サービス予算を、これ以上犠牲にできないという危機感が広まる中、たいした害のないマリファナ所有者などを刑務所に入れるのは止めにして、無駄を省き、マリファナ・ビジネスによってもたらされる税収で赤字を埋めあわせ、財政再建につなげようではないか、という考え方は、次第に大きな支持を集めるようになりました。既に、州議会議員や労働組合、市民権運動の団体など、多くの個人・団体が、マリファナの合法化に賛成の立場を表明しています。住民投票の結果、全体としては54対46で反対票が多かったのですが、州内の複数の自治体では、住民投票の結果、マリファナ・ビジネスに対して課税する条例が通りました。サクラメント市やサンノゼ市の有権者は、市内のマリファナ・ビジネスから10%課税する条例に賛成したのです(参照)。

🎨アメリカにおけるマリファナ事情
さて、いくら財政再建に期待がかかるといっても、ことはマリファナという麻薬に類するものです。これまで違法だったものを180度ひっくり返して合法とし、誰にでも簡単に買ったり使ったりできるようになるというのは、当然懸念の声もあります。気になるのは、世の中の人のどれぐらいが懸念しているかということですが、住民投票結果は反対54、賛成46ですから、有権者の意見はおよそ半々です。もっとも支持率の高かったサンフランシスコでは賛成65%、反対35%でと3分の2が賛成しています。州全体では投票数にすると反対434万人、賛成370万人と差はあるものの、マリファナ解禁を是とする世論はかなり浸透し、両者は拮抗しはじめているようです。マリファナ解禁に懸念があっても、深刻な財政危機に比べて、マリファナ解禁による弊害は少ないだろうと消極的に賛成する人々と、州の財政危機に関係なくマリファナを解禁すべきだと考えるマリファナ愛好家など積極的に賛成する人々を合わせると約半数を占めるということです。衝撃的なのは、この背景にはアメリカでは多くの人々がマリファナを嗜好目的で使っており、社会はそれを黙認しているという現実があることです。アメリカには、既にマリファナが半分容認されているのです。

タイム誌の記事によると、ある調査でアメリカ人の42%が少なくとも一回はマリファナを試したことがあるという結果が出ています。フランス、スペイン、メキシコ、南アフリカなど調査に参加した16カ国の中でもマリファナの経験率が最も高かったのはアメリカです。また、15歳までにマリファナを試したことがあると答えたアメリカ人は20%、21歳までに試したことがあるのは54%と、比較的若い時期に試す傾向があることが分かります。

実際、マリファナ常用者がどれくらいいるか、正確な数を割り出すことは難しいでしょう。National Institute On Drug Abuseによる2007年の調査では、12歳以上のアメリカ人の1440万人が、過去一ヶ月の間に最低一回服用したというデータもあります。また、アメリカ保健省の薬物中毒・精神健康局(The US Department of Health & Human Services' Substance Abuse & Mental Health Administration)による「麻薬の使用と健康に関する全国調査」によると、過去一年間にマリファナを使用した12歳以上のアメリカ人は10%、毎月使用している人は6%となっています。毎月使用する人々の15%は常用者です。

マリファナの使用が、社会に広まっている理由として考えられているのが、他国と比べてマリファナを嗜好物として服用するだけの経済的余裕がある層が大きいこと、マリファナはアルコールやタバコに比べて弊害が少ないという認識が広まっていること、さらに、70年代から80年代のヒッピー文化がアメリカ社会に息づき、彼らが社会の中核を担う世代となった90年代以降も、彼らのトレードマークだったマリファナの服用が大衆文化の一つの形として形成されていったとも考えられます。

ちなみに、前出の調査の比較では、毎月飲酒をしている人は52%、毎月タバコを吸っている人は28%とあり、他の嗜好品と比べマリファナ常習者はそれほど多いというわけではありません。しかし、巷を見てみると、知り合いの中に吸っている人も何人かいますし、話を聞けばあの人もこの人も、という感じで、それほど珍しいことではないというのが、アメリカで生活する筆者の実感です。特に若者たちの間では一種のCoolなことなっているようです。大統領選挙運期間中に、オバマ大統領も学生時代に試したことがあると公言していました。

面白いことに、アメリカでは、タバコの喫煙は「意志が弱い」「教育を受けていない」「ブルーカラー」というようなマイナスの印象で受け止められるのに対して、マリファナの服用は、必ずしもそのような受け止め方はされていません。むしろ、教育を受けたホワイトカラーの人々の間でも当たり前のように見られる現象です。タバコは吸わないけれど、マリファナを吸うという人々が数多く見られるのが特徴でしょう。もちろん、公的な場所で吸うことはありませんし、吸っていることを公言することもないでしょう。通常、雇用条件にはマリファナ使用者は雇用できないことになっていますし、職場での健康診断に麻薬を使用しているか否かの検査項目もあり、違法行為が明らかになれば、解雇の可能性もあります。少なくとも表向きはまだ違法なのです。

🎨既に存在するマリファナ市場
それでは、現法律では禁止されているにもかかわらず、それだけのアメリカ人の需要を満たすマリファナはどこで生産され、人々はどのような経路で入手しているのでしょうか?実は、カリフォルニア州では、1996年、全米に先立ち、医療用のマリファナを合法化する法案が住民投票で56%の賛成を得て成立しました。これは、ガンやエイズ、てんかん、多発性硬化症、慢性神経痛など特定の病気の医師の診断を受けた患者に対し、症状緩和を目的として量を制限した上で所持や使用を認めるものです。それに続いて、アラスカ州、オレゴン州、ワシントン州などでも同様の州法が成立し、現在14州で医療用マリファナが認められました(参照)。

カリフォルニア州では、その医療目的の純度の高い有機栽培のマリファナを生産・販売することが合法化されています。この州法の下に、州のマリファナ産業は大きく成長しました。北カリフォルニアにある3つの郡にまたがった農地や山林は「エメラルド・トライアングル」と呼ばれ、アメリカにおけるマリファナ生産のメッカとなっています。その一つ、メンドシーノ郡だけで産業規模はおよそ10億ドル規模、地元産業の3分の2を占めるといわれ、地元経済を大きく潤しています。しかしながら、州全体に統一した生産者規制や販売規定は無く、取り締まりや罰則も各自治体によって異なっているなど、管理体制は非常にずさんであると言わざるを得ません。医療用マリファナ生産者と医療用でない「レクリエーション用」のマリファナ生産者の区別はつきにくく、医療用マリファナと称して大量に生産し、レクリエーション目的の消費者に闇市場で売りさばくような業者が後を絶たず、取り締まりは後手後手に回っています。ジョージ・メイソン大学教授のジョン・ゲットマン博士による研究「アメリカにおけるマリファナ生産」では、マリファナの国内生産は、年間およそ6500万株、一万トンという数字が算出されています。そのうち、違法業者によるマリファナが取締りで押収されるケースは年々増え続け、その量は2008年に約800万株、660トンに達しています(参照)。

🎨マリファナ合法化に向けた駆け引き
今回のProp19は、住民投票で賛成が多かったとしても、経済的側面や法的側面で不確定な部分が多くあり、社会状況がマリファナ解禁を受け入れる段階にはまだない、という見方も多くありました。連邦政府の薬物取締り局では、マリファナは危険な指定薬物であり、その販売や使用は禁止されています。カリフォルニア州で合法化されても、連邦政府の立場は変わらなければ法律が施行されない可能性があることや、他州の法律との一貫性が無く、狙った効果が得られないなどの理由で今回は反対に回った、という有権者もいます。

また、実はProp19に反対した主なグループは、州内で合法的にビジネスを行っている100以上の北カリフォルニアの医療用マリファナ生産者たちでした。というのは、マリファナ一回当たりの使用量は0.5−1.0グラムで、市場価格は5ドルー20ドル(入手先、品物の質などによって価格にばらつきがあります)と、タバコ一本と比べてはるかに高く設定されています。もし合法化すれば、マリファナはもっとも換金価値の高い農産物となり、現在使われていないアボカドやブドウ等の畑が新たにマリファナ栽培地として開墾されるでしょう。市場が開放されれば、多くの人々がマリファナ業界に参入し価格も下がり、現在の独占状況が一変することになるからです。そのため、医療用マリファナ生産者や製造に関わる労働者たちの雇用や社会保障を求める動きも出始めました。例えば、オークランド市では、比較的規模の大きい医療用マリファナ製造会社の従業員を大手の労働組合のメンバーとして受け入れるなど、マリファナ業界を擁護する方針です。

一方で、ワシントン州、オレゴン州、アラスカ州、コロラド州、ネバダ州などでもマリファナ解禁の世論は巻き起こっており、マリファナ解禁を容認するムードはアメリカ社会のあちらこちらに見えています。カリフォルニアでは、今年9月にシュワルツネッガー知事が28.5グラム未満の所持に対しては、法廷に立つ必要のない100ドルの罰金を科す法律に署名をしました。同様に、多くの州で、少量のマリファナの所持であれば、交通違反同様の過失として扱われ、実刑ではなく、罰金とするなどの州法が可決されています。財政事情と麻薬取締りにかかる費用とのバランスが、多くの有権者にとって不合理に見える状況となっていることが、大きく後押しをしているのです。それと、聞こえてくるのが、「いいんじゃないの?少しくらいは。害はないんだし・・・」という巷の声です。

今回の住民投票は、近い将来のマリファナ解禁へ向けた前哨戦だったと見られています。Prop 19の支持者たちの今後の目標は、マリファナ合法化に向けた世論を他州にも拡大させ、2年後の選挙で、複数の州で住民投票にかけることです。若い世代ほど解禁には賛成派が多く、シニアの世代ほど反対派が多いことを加味すると、住民投票の結果、賛成派が多数を占めるのは時間の問題とも言えるでしょう。
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2010年05月05日

オバマの忍耐論と返り咲くサラ・ペイリン

4回シリーズの
「アメリカに急拡大するティーパーティー運動」
「アメリカに急拡大するティーパーティー運動 その(2)」
「高まるオバマ政権への批判−オバマ支持者たちはどこへ?−」
に続く最終記事です。

オバマの反論と忍耐論
そんな中で、オバマ大統領が、国民に向かって繰り返して訴えていることは、「大統領就任時に引き継いだのは、ブッシュ時代に膨らんだ1兆3千億ドルの財政赤字、泥沼のイラク戦争、世界的不況という負の遺産である」ということです。つまり、今ある財政赤字はオバマ政権が生んだものではなく、最悪の経済状況の中、これだけの負の遺産を元手に国家運営をするのだから、物事を好転させるまでには時間がかかる、もっと忍耐が必要である、ということを訴えているわけです。さらには、「人種差別や過激な人々の発言は、対話を阻害し、民主主義や自由の精神と逆行する。泥仕合はやめて、国のために一丸となって政策を実現していかなければならない」とも述べています(Obama defends priorities, makes plea for civility)。それはもっともだと思う読者の皆さんも多いのではないでしょうか。

つまり、こういうことです。予算を増やさずに、景気対策も、医療制度改革も実現することはできない。予算を増やせば財政赤字の膨張を批判されることになるが、批判は承知の上で、公約に掲げたことを一つ一つ実現していかなくてはならない。すべての人のニーズを満たすことなどできはしないのだから、限りある財と選択肢の中で、優先順位をつけ、システムの効率化を計りながら、一つ一つ対処するしかない。自分たちが選んだオバマ大統領を信頼して、もう少し長期的な視点で政策の実現を見守っていくべきではないか、と。

私個人としては、これは極めて論理的で冷静な態度に見えます。しかし、そのような目でオバマ大統領を支援し続けているアメリカ人は、いったいどれほどいるのでしょうか。私が見る限り、その様な「忍耐をもって見守る」という捉え方や見方は、アメリカという国ではあまり一般的ではないという気がします。。「忍耐を持って見守る」という状況は、日本ではよく遭遇することですし、一般に肯定的に受け止められる姿勢でしょう。しかし、アメリカでは「忍耐を持って見守る姿勢」は、「問題があるのに我慢するだけで解決に乗り出さない消極的な姿勢」とみなされることが往々にしてあります。積極でないものの見方はあまり魅力的ではなく、ニュース性もなく、ニュースで取り上げられないことは広まらないので世論の主流にはなっていきません。ゆえに、忍耐を持ってオバマ氏を見守りたいというアメリカ人がいたとしても、表面的にはわからず、その声はかき消されてしまっているというのが現状です。

ちなみに、なぜ、「忍耐を持って見守る」という姿勢がなぜ一般的でないかというと、これはあくまで私的な意見ですが、アメリカは、「忍耐」ということにあまり価値を置く国ではないからです。誤解を招く言い方かもしれませんが、政治問題に限らず、日常的・個人的なレベルでも、「不満があっても忍耐する」よりも「自分の意見を堂々と言う」「個人の自由を尊重する」といったことに重きが置かれているという実感があるからです。現状の問題点に対して意見を言い合ったり、その解決のために積極的に行動したりすることが求められる一方、「厳しい状況でも忍耐力と地道な努力で乗り越える」という選択肢はあまり人気がないようです。

有権者心理を利用する政治の駆け引き
これは、アメリカ社会の特徴というより、現代社会の特徴のひとつかもしれませんが、人々は欲しいものはすぐに手に入れたいし、我慢しながらただ待っているなどというのは嫌なわけです。政治の世界でも、同じことです。政権や党の支持率などは、せっかちな有権者の欲望をどれだけすばやく満たせるか、あるいは、満たされていない有権者たちをどのような甘い言葉で勧誘できるかに大きくかかっていると言えます。政治家たちは常に、有権者たちを納得させ喜ばせることが必要で、困難な政策でも、支持者たちの“Patience“つまり忍耐の尾が切れる前に、回答を出すことが情け容赦なく求められているのです。

4年に一度の大統領選挙と、その中間で行われる中間選挙のタイムラインは設定されています。中間選挙での勝敗は、政権一年目でどれだけの結果が出せるか、つまり、どれだけ有権者たちを満足させられるかにかかっています。アメリカン・ポリティクスはその意味で大変シビアです。アメリカの2大政党政治における優劣は、極論すれば、そのような有権者心理を巧みに利用し、メディアを総動員して世論を形成することにかかっているといっても過言ではないでしょう。

返り咲くサラ・ペイリンと中間選挙を見据えた攻防さて、その政治の駆け引きは、早くも今年11月の中間選挙が焦点となっています。中でも最も注目を集めている人物の一人が、前アラスカ州知事で2008年選挙の副大統領候補だったサラ・ペイリンです。共和党が敗れた後、しばらく沈黙していたペイリンですが、ティーパーティー運動の波に乗るように、政治の表舞台に返り咲こうとしています。中間選挙の共和党候補者の応援で各地を駆け回り、行く先々で何千人もの聴衆を集め集会を開いています。

今年4月7日、最も名の知れた共和党女性議員二人が、ミネソタ州ミネアポリスで開かれた大規模な集会に姿を現しました。ミシェル・バックマン(ミネソタ州下院議員、3選を目指す)とサラ・ペイリンです。共に知名度のある共和党のセレブ的存在なだけあって、数千人の聴衆が会場に詰めかけました。二人は、ティーパーティーの組織からも絶大な支持を得ています。集会では、核軍縮や非核化を推進する外交政策や、拘束したテロリストに「ミランダの権利(事件の容疑者に、黙秘権や弁護士と話す権利について伝えること)」を適用することなどの批判を連ね、オバマ政権を軟弱だと徹底攻撃しました。「オバマ政権は一期で終わる。次期大統領には、最も勇敢で、憲法を遵守する保守派の史上最強の大統領を選出する。」といった強気の発言に、聴衆は歓喜の声を挙げています。この夜に開かれたパーティーでは150万ドルを集めたそうです。

集まる群集を前に、様々な政策に莫大な国家予算をつぎ込むオバマ政策を批判し、有権者たちの不満をあぶりだします。「我々のものは、我々のもの。政府には、個人の財を税という形で取り上げて貧しいものに与える権利はない。公平や平等という言葉は、社会主義と同格である。オバマの目指しているものは、社会主義だ」「だから、オバマ政権を打倒しよう、みなで力をあわせて戦おう」と。

そしてせっかちな有権者たちに、「共和党が政権を取れば、あなたたちの不満は解消されるでしょう。そして、あなたたちの欲しいものが手に入る(すなわち政策が実現する)でしょう」と訴えているのです。巨大メディアとティーパーティーを巻き込み、有権者たちの不満を共和党支持のエネルギーに変換・拡大する作業、いわゆる選挙キャンペーンが、今まさに進行中です。2年ほど前、不満を抱えた有権者たちがオバマ支持の草の根キャンペーンで熱狂していたのと全く同じ構図です。

オバマ大統領は有権者の忍耐を引き出せるか
ワシントンポスト紙のコラムニスト、デイビッド・ブローダーは、「オバマ政権の進める改革のスピードに天運がかかっている」と書いています( Obama and the challenge of slow change
「欲しいものはすぐに手に入れなければ満足できないこの国と人々の風潮の中で、結果を出すまでに時間のかかる政治手法は、受け入れがたい面がある」と。以下、要約です。

「大統領が、自身の任期を越えた長期的なビジョンで政策を実行していることは賛成だが、それらが実現する以前に、有権者の支持離れが広がり政権を維持できなくなる恐れがある」
「もし、世論の不満がさらに募り、共和党の逆襲を助け、中間選挙で予想以上の敗北となれば、医療制度改革にしても外交問題にしても、見直しや廃止を迫られることになるだろう。」
「しかし、オバマ大統領は、(子供程度の我慢しかできない)有権者を速やかに喜ばす政策を善しとしないのなら、彼らに大人並みの我慢強さを植え付けるような努力も怠ってはならない。


政策実現のスピードが、2大政党間の綱引きの材料として使われるアメリカン・ポリティクス。中間選挙まであと5ヶ月。共和党はどこまで優勢に立ち、オバマ民主党はどこまで有権者を引き止められるか、予断を許さないといった雰囲気です。


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2010年05月03日

高まるオバマ政権への批判−オバマ支持者たちはどこへ?−

今回の記事は、前回の「アメリカに急拡大するティーパーティー運動」に続く記事です。

高まるオバマ政権への批判
ティーパーティー運動は、一言で表現すれば、「保守派の人々や団体が、オバマ政権への批判を旗印に集まり連携し、一大勢力を形成した運動」と言えるだろうと述べました。ティーパーティー運動の拡大に伴い、オバマ政権への批判の世論が次第に高まっていることが、各種世論調査の数字にも表れています。
以下の数字は、2010年4月のCBSテレビによる世論調査の結果です。http://www.cbsnews.com/8301-503544_162-20001629-503544.html

• 大統領支持率・・・・・「支持する」44% 「支持しない」41%
• 医療制度改革に関する評価・・・・・「評価する」34% 「評価しない」は55%
• 経済政策に関する評価・・・・・「評価する」42% 「評価しない」50%
• 失業問題・・・・「不安がある」59% 「不安はない」41%

オバマ大統領の支持率は、最高値だった2009年4月の68%から次第に下降し、2010年4月には44%と最低値となりました。この数字は3月の医療制度改革法案の可決以前の49%より5ポイント下がっており、医療制度改革の実現は支持率の回復につながっていません。「不支持率」は、2009年4月の23%から現在の41%へと増加しています。また、経済状況が依然厳しいと感じている人は84%という数字も出ています。

オバマ支持者たちはどこへ?
このような、オバマ政権に厳しい最近の世論と、ティーパーティー・ブームを目の当たりにするにつけ、まずはじめに私の頭に浮かぶのは、一年半前の大統領選であれだけ熱狂的にオバマ氏を支持し、史上初のアフリカ系大統領の誕生させ歴史的な一歩を踏み出した、あのアメリカ人たちはいったいどこに行ってしまったのだろう、という疑問符です。

「変革」を目指したオバマ氏を支持し、アメリカ全土で繰り広げられた選挙キャンペーンは、まだまだ記憶に新しい出来事のはずではないでしょうか。タウンホール・ミーティングと呼ばれる小さな集会があちらこちらで開かれ、インターネットを通じて集められた小口の献金は莫大な額となって草の根の選挙運動を盛り上げました。今まで選挙運動に参加したことがなかった人、投票所に行ったことすらなかった人々が、オバマ氏を熱狂的に支持し、民主党を大勝利へと導いたのは、ほんの1年半前のことです。

オバマ氏は、イリノイ州選出の上院議員になってからわずか4年という過去に例のない速さで大統領まで上り詰めました。私は、大統領選を終えた後の感想で、「政治・経済・軍事すべてに行き詰まり、どうしようもない閉塞感に覆われた社会が、変革を求めていた。そこへ、突如救世主のように現れたスーパースター・オバマ氏が諸手で受け入れられた。」と書きましたが、オバマ氏は、支持者たちにとってまさに救世主のよう存在だったのです。彼らには、自分たちの手で救世主のオバマ大統領を誕生させたという自負もあったでしょうし、「我らの見方のオバマ大統領なら、低所得者やマイノリティーなど社会的弱者のための政策を実行してくれる」という絶対的な信頼感が膨れ上がっていました。

しかし、大統領選でのオバマ氏勝利が、あまりにも劇的で熱狂的な出来事だったがゆえに、人々は草の根のパワーが政治を変えられるという過度な期待、ある種の幻想を抱いてしまったかもしれません。超スピード出世したのと同じくらいの勢いで、次々と問題を解決し、政策を打ち立ててくれるはずだと、人々は浮れ気味だったように思います。

期待と現実のギャップに気づいた人々
そのスーパースターのオバマ氏も、大統領就任以来の政策の実現では、苦戦を強いられています。実際の政策実現のスピードは、人々が抱いていた非現実的な予想や期待よりはるかに遅く、人々は幻想と現実のギャップに気づき始め、人々のフラストレーションが高まっていきました。

例えば、10年間で9380億ドルの予算を必要とする医療制度改革では、将来に更なる財政赤字をもたらすとして逆風は強く、実現に約一年かかりました。改革法の中身の多くは、適用開始が2014年とあと3年も待たなければなりません。核のない世界を目指すと宣言した2009年4月のプラハでのスピーチから、今年4月のワシントンでの核サミット開催までも約一年かかりました。また、2008年のサブプライム・ローンに始まった金融危機を受けて、その再発を防ぎ、納税者を将来の金融機関救済から守るための金融規制法案の審議も、やっと4月ぎりぎりに上院での採決にこぎつけたところです。教育、エネルギー、環境、国家財政など、順番待ちの政策は山ほどあります。

7870億ドルの景気刺激策にしても、その恩恵はいまだ実感できず、いまだ景気回復には向かっていません。2008年に5.82%だった失業率は、2009年に9.28%、2010年は9.41%と、依然として高い失業率にも人々の不満が反映されています。

信頼を失う連邦政府
PEWによる世論調査(2010年4月18日)では、連邦政府を信頼しているとこたえた有権者は22%と、50年間で最悪でした。人々の不満と怒りの原因は、やはり、最悪の経済状況、そして党派間の抗争にあがいている各議員への不満です。連邦政府がポジティブな影響力を持っていると考えている人の割合は38%、ネガティブな影響力を持っているとしたのは43%でした。97年当時の調査では、それぞれ50%と31%だったのに比べると、連邦政府に対するイメージや信頼はがた落ちの結果となっています。

ティーパーティー運動の中心勢力が共和党支持者たちであることは間違いありませんが、こうした連邦政府への信頼の失墜と、オバマ政権に失望しつつある元オバマ支持者たちのフラストレーションとが、見境なく相まって、ティーパーティー運動に油を注いでいる状況だといえるでしょう。


・・・次回、「オバマの反論と忍耐論」および「返り咲くサラ・ペイリンと中間選挙の攻防」へ続く・・・




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2010年04月21日

アメリカに急拡大する「ティーパーティー運動」 その(2)

ティーパーティーの主張
ティーパーティーの公式ホームページによると、ティーパーティーの基本理念・政治思想として、

• 財政責任(Fiscal Responsibility)
• 合憲的な小さな政府(Constitutionaly Limited Government)
• 市場主義経済(Free Market)

の3点が謳われています。そして運動の目的は、これらの思想を市民に広め、教育し、民意を動かすことで、これらの理念を政策に反映させていくこととしています。

ティーパーティー運動の中心勢力は、参加者の7割を占める共和党支持者と言われていますが、民主党支持者や無党派層、リベタリアンなどの人々も参加しています。その意味で、この運動は党派を超えて、自由主義(Libertatianism)や保守主義(Conservatism)の考え方が、「より少ない予算」と「小さな政府」という共通項によって混ざり合っているといってもよさそうです。

何れにしても、ティーパーティー運動は、本来は少しずつ違った目標を持つ保守派の人々や団体が、オバマ政権への批判を旗印に集まり連携し、一大勢力を形成した運動、とでも言ったらよいでしょうか。具体的には、景気刺激策への反対、金融機関の救済への抗議、赤字財政への抗議、医療制度改革法への反対などをこれまで訴えてきました。

ところで、ティーパーティーを形成する主だった組織には以下のようなものがあります。

ティーパーティー・パトリオット(愛国者)http://teapartypatriots.ning.com/)は、1000を超える支部と、13万人の会員を擁する全国組織です。2010年4月15日の「税の日」には全国で560に及ぶさまざまなイベントを展開しました。共和党の前院内総務(Majority Leader)ディック・アーミーが率いる保守派の非営利団体「フリーダム・ワークス」と連携し、早くも11月の中間選挙に照準を合わせ、民主党議員を落選させるための選挙キャンペーンを展開しています。

ティーーパーティー・エクスプレスhttp://www.teapartyexpress.org/ )は、オバマ政権の赤字財政や増税、巨大化する連邦政府に抗議しながら、全国30〜40都市を回るバスツアーを行っています。このツアーは保守系組織「Our Country Deserves Better」によって運営されていますが、この組織は、サクラメントの共和党系コンサルタント会社Russo, Marsh, and Associatesによって創設され、バックアップを受けているといわれています。

ティーパーティー・ネイションhttp://www.teapartynation.com/)は、自身のホームページに次のように書かれています。「建国の父によって書かれている『神によって個人の自由が与えられている』という考え方に賛同する人々の集まりです。私たちは、小さな政府、言論の自由、憲法修正第2条(市民の武器の所持の権利)、アメリカ軍、そして国家と国境の安全保障を信条としています」。2010年2月に開催された全国大会では、2008年大統領選挙の副大統領候補だったサラ・ペイリンがメインスピーカーでした。大会の参加費用は549ドルと高額で、ペイリンは10万ドルという報酬を受け取ったことで批判の対象となりましたが、その後、受け取った金は保守派の活動のために寄付すると発表しています。

過激派を巻き込むティーパーティー運動
しかし、ティーパーティー集会の参加者の中には、あからさまなオバマ敵視・侮辱をしている人々もいます。例えば、アフリカライオンがホワイトハウスにいる絵とか、白人の顔をしたオバマの顔が描かれたプラカードを手にする人々。トーマス・ジェファーソンの「自由の木は、時には愛国者と専制君主の血を注がれなければならない」という言葉が書かれたTシャツを着て、「時には、暴力も必要だ」と訴えている人々です。

さらに、ネオ・ナチと呼ばれる過激グループまでが加わり、銃規制に反対するため銃を掲げてのデモを起こそうとしています。白人至上主義団体として有名な「ストーム・フロント」も、ティーパーティーに参加しています。黒人、同性愛者、ユダヤ人などを排斥する運動を続けているこの団体は、14万人の会員を集め、ティーパーティー集会では、白人の共和党政治家や候補者を支持する姿勢を打ち出しています。

このような人種差別主義者や極右主義者、過激派の団体など、少数派の政治的に異端視されているグループが、ティーパーティー運動に多数紛れ込んでいるのが実情です。彼らは、ティーパーティー運動に便乗する形で、ネットやツイッターなどを通して議論を交わし、集会などにも公然と姿を現し、その活動の場を広げています。

非営利団体「サウザーン・ポバティー・ロー・センター」によると、いわゆる過激派グループ(Extremist Group)の数は、2008年の1248団体から、2010年の1753団体へと実に40%も増加しているといいます。さらに、過激派の運動は、より大きな愛国者運動(Patriot Movement)の動きとも連動しており、2009年には363の愛国者を名乗る新団体が設立されています。

愛国主義、過激派、極右主義の主張
愛国主義、過激派、極右主義などに傾倒している諸グループには、人種差別主義(Racism)、市民軍(Militia:市民の武装する権利を主張するグループ)、反ユダヤ主義(Anti-Semitism)、陰謀論(Conspiracy theory)、課税反対(Tax Protest)、など様々な主義・主張があります。

市民軍の考え方や、税金に反対するグループは、「我々は、神によりこの地を与えられた独立市民であり、誰にも(政府にも)市民に干渉する権利はなく、税の徴収をする権利もない。従って、連邦政府税は違憲であり、我々市民には独自に武装する自由がある」と主張します。

また、白人優位を主張する根拠にあるのは、「神はアメリカをこの地を白人に手渡した。白人以外の人々は憲法修正第14条によって市民権を与えられた人々であり、従って黒人やヒスパニック系の移民は我々と同列ではない」というものです。1980−90年代の人種差別主義運動もここから発しており、現在もヒスパニック系の移民を排除したり移民に対する権利を制限するべきだと主張しています。

主義主張は様々でも、こういったグループは、概して政府の権限の拡大を極度に嫌い、牽制する傾向があります。オバマ政権が、2010年1月、連邦政府と州政府の連携を強め国内における軍事機能を高めるために10州の州知事で成り立つ知事会議を立ち上げた時には、「オバマ政権はマーシャル法(軍が民事政権に取って代わること)を制定しようとしている」といった憶測が飛び交い、オバマ政権への攻撃を一段と強めました。

1990年代、クリントン政権時代にも反政府の旗を掲げた愛国者運動が巻き起こっていますが、今の状況が当時と異なるのは、政府のリーダーシップをとっているのが黒人大統領であるということです。愛国者たちにとって今回の運動は、「アメリカはもはや白人が支配する国ではなくなってしまった」という社会の変貌への抵抗、反発、嘆きのように見えます。そして、その愛国者運動は、「人種差別の側面」、「巨大化する政府の権限と財政赤字に対する抗議」、「アメリカ人から自由を奪う敵としての政府への抗議」など、複数の考え方と混沌と混ざり合い、ティーパーティーという一大勢力に吸収・統合されるようになったと考えられます。

極右的発言をする政治家たち
通常は、過激派や極右主義の人々の動向がメディアに取り上げられたり、注目されることはほとんどないといっていいでしょう。しかし、最近の傾向の特徴は、共和党議員や右よりの政治家たちの中に、過激派かと見紛うような発言が相次いでいるということです。

例えば、ミネソタ州選出の下院議員ミシェル・バックマンです。2009年4月、地元ミネソタのラジオ番組に出演し、「オバマは密かに若者向けの再教育プログラムを主催して、若者たちを再教育し政府の思想やプロパガンダを教え込み、働かせようとしている。このままでは、アメリカから自由が奪われ、政府がすべてをコントロールする社会主義国家となってしまう」といった発言をしました。

若者の再教育プログラムとは、「ケネディ・サーブ・アメリカ法(The Kennedy Serve America Act)」という超党派の政府主催のコミュニティー・サービス・プログラムのことです。オバマ政権発足後、採用枠を75,000人から250,000人に拡大する法案が上・下院を通過したこと受けてのコメントでした。バックマンの話を聴いて素直に真実だと信じこんでしまうラジオ視聴者たちも大勢いたことでしょう。その一方で、これは若者によるボランティア活動を推進するプラグラムなのに、彼女のコメントには誇張がある、事実が歪曲されている、非常識な見解だという抗議も殺到し、メディアを賑わせていました。他の政治家たちはこのようなコメントをあえて批判したがらないため、黙秘する形になり、かえって状況を助長しています。

コロラド州出身の元下院議員トム・タンクレドは、2010年2月4日のティーパーティー大会のスピーチで、「オバマは社会主義者だ。オバマが選挙に勝ったのは、無能な者たちが投票したからだ。必要なのは、識字テストだ」などという、暴言を放ちました。(http://www.cbsnews.com/8301-503544_162-6177125-503544.html)。黒人たちに選挙権を与えないために、識字テストを課した歴史の暗部を持ち出し、黒人大統領を皮肉り、暗に批判したのです。タンクレドは、ティーパーティー運動を、「左方向(社会主義方向)へと向かっているこの国を元に戻す逆変革の運動である」と位置づけています。

ティーパーティーを加熱させるメディア報道
こういった物議をかもす発言は、政治家だけでなくテレビメディアからも多発しています。オバマ政権への批判や陰謀論などを自身の番組で盛んに広めているのが、保守派メディアの代表格であるフォックスニュースの人気司会者で、挑発的な発言で知られるグレン・ベックです。世間を騒がせたのが、2009年3月に3回シリーズで放映されたFEMA疑惑です。FEMA(Federal Emergency Management Agency)とは、災害やテロなどが起きた際に緊急出動し救援などに当たる政府機関で、国土安全保障省の一部です。FEMA疑惑とは、オバマ政権に反対する人々を収容するために、FEMAに極秘に収容所を建設したのではないかというものです。

この疑惑の発端は、2009年2月に成立した、さまざまな公共事業への財政支出を決めた総額7870億ドルのいわゆる景気刺激対策法(The American Recovery and Reinvestment Act)の予算の使い道です。FEMAに割り当てられた予算の一部が、そのような収容所の建設に使われているのではないかと、それらしい証拠写真を見せながら解説しました。話の筋書きは、人気映画「X−ファイル」(1998年)のストーリーに酷似していて、「オバマ政権によってマーシャル法が宣言され、緊急部隊が出動し、大量の反政府派がFEMAの収容所に送られる」などというものでした。番組では、最終的に「その事実は確認されなかった」という結末になりましたが、番組を視た3百万人とも言われる視聴者に、疑惑を信じ込ませるような絶大な影響力を持っていました。政府に対する人々の懐疑心や不安を煽ったことは間違いありません。(http://glennbeck.blogs.foxnews.com/2009/04/06/debunking-fema-camp-myths/

次回へ続く・・・
posted by Oceanlove at 03:25| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年04月18日

アメリカに急拡大する「ティーパーティー運動」

医療改革法の対立から「ティーパーティー」へ

2010年3月、アメリカの民間の世論調査会社Harris Pollによる調査で、以下に示すような驚くべき数字が発表されました。http://news.yahoo.com/s/dailybeast/20100323/ts_dailybeast/7269_scarynewgoppoll
• オバマ大統領を社会主義者だと考えている人の割合・・・共和党支持者の67%(アメリカ人全体では40%)
• オバマ大統領はイスラム教徒だと考えている人の割合・・・共和党支持者57%(全体では32%)
• オバマ大統領はアメリカ生まれではなく、したがって大統領になる資格はないと信じている人の割合・・・共和党支持者45%(全体では25%)
• オバマ大統領はヒトラーがしたようなことをしていると考えている人の割合、共和党支持者38%(全体では20%)
• オバマ大統領は反キリスト者だと考えている人の割合・・・共和党支持者24%(全体では14%)

この調査は、医療制度改革法案の審議が大詰めを迎えた2010年2月頃に行われました。およそ一年近い論戦が繰り広げられた末、法案は、2009年12月に上院で、2010年3月に下院で修正案が可決され、3月23日にオバマ大統領が署名、法律化されたばかりです。これによって、現在約3000万人いるといわれる無保険者の人々が新たに保険に加入できることになりました。

この法案をめぐっては、共和党と民主党が両極に割れるのみならず、民主党内でも最後まで対立が続き、一般市民の間にも大きな論争を巻き起こしました。法案への賛成派・反対派の対決は、次第にオバマ政権の支持派と反対派へと発展し、世論を真っ二つに引き離していったのです。

共和党支持者を中心とする反対派の主な主張は、今後10年間で9380億ドルの予算をつぎ込むこの改革は、「アメリカの保険制度や医療経済の行方を政府がコントロールするのみならず、人の健康や命に関してまでも政府が関与することとなり、これは人々から自由を搾取する社会主義のやり方である」というものでした。オバマ大統領が社会主義者であるという考え方は、医療制度改革の論争に、その一端を発していると言っていいでしょう。この論争のあらましについては、2009年11月の記事をご参考ください。(http://ocean-love.seesaa.net/archives/200911-1.html

上記の世論調査の数字に見られるように、オバマ大統領に対する誤解や誹謗はメディアによって吹聴され、オバマ政権への批判や抗議の声はますます増大しています。11月に中間控えた今、反政府勢力は、共和党を主軸としながら他のさまざまなグループや団体を巻き込み、巨大な一大勢力となって、アメリカの社会を揺るがし始めています。その一大勢力を総称で「ティーパーティー」と呼びます。今回は、いまや、その名をテレビやラジオで聴かない日はないほど、勢力を増したアメリカのティーパーティーについて、解説していきます。そして、ティーパーティーの動きを通して、現在のアメリカ社会の動向を探ってみようと思います。

ティーパーティーとは

ティーパーティーは、オバマ政権による景気刺激策としての財政出動や金融機関の救済への抗議をきっかけとして、課税・増税に反対を唱える保守勢力が結集して2009年始めごろから始まった政治運動です。ティーパーティーという名は、アメリカ独立以前の1773年、植民地の移民たちが、参政権がないのに本国イギリス政府から課税されることに抗議して起こした歴史的ボストン・ティーパーティーに由来します。その運動は、後に独立戦争へと繋がっていったのですが、今回のティーパーティー運動も、時代を超えて現オバマ政権への抗議という形で、アメリカの歴史の再現を彷彿とさせています。

アメリカ政治において、増税への反対や赤字財政に対する抗議は目新しいことではありません。特に、リバタリアン(自由主義者)や保守層にとって、かつてのボストン・ティーパーティーは、課税・増税への反対運動の象徴でした。最近では、共和党のロン・ポール下院議員が、2008年の大統領選挙の前哨戦キャンペーンで、自身の財政緊縮政策をアピールするのに、「ティーパーティー」を持ち出したりしています。

ちなみに、現代版の「ティーパーティー」という言葉が定着する以前は、政府の財政政策批判の代名詞は、「ティー」ではなく「ポーク・バレル(豚の樽)」でした。「ポーク・バレル」は、南北戦争以前、樽に入った燻製の豚肉を黒人奴隷に配ったことに由来しますが、転じて、政治家が、選挙区で有利になるように、地域開発事業などに政府の補助金を出させる、利益誘導型の政治を指します。景気刺激策や金融機関の救済は、ポーク・バレル、つまり税金の無駄遣い、いわゆるばら撒き方の政策だという風に使われていました。

現代版ティーパーティーの誕生

今回のティーパーティー運動の発端は、7870億ドルに上る景気刺激対策法案(Stimulus Bill)への反発です。オバマ政権発足後間もない2009年1月、法案が下院に提出されるやいなや、共和党の政治家、保守派のメディアのコメンテーター、緊縮財政を支持する保守派運動家などが法案反対で意気投合していきます。この法案は、あまりにも支出が大きすぎ将来に大きな付けを残すとして、共和党議員は下院では全員反対、上院でも3名を除き全員反対でしたが、民主党の数の力で2月13日に成立しました。

これに呼応して、各地で新政権への批判の声が上がります。2009年2月10日、オバマ政権発足後初めて、フロリダ州のフォート・マイヤーズで開催された反対集会が、ティーパーティー運動の先駆けとも言われています。また、ニューヨークタイムズ紙によると、2月16日の大統領記念日の祝日にシアトルで開催された反対集会の主催者である保守派運動家ケリー・キャレンダーを、最初のティーパーティー運動の主催者だとしています。キャレンダーによると、保守派メディアや政治家、シンクタンクなどに働きかけた結果、最初の集会で集まったのは120人。その後、著名人のブログを通して宣伝するなどして運動は急速に盛り上がり、4月15日「税の日」の集会には1200人を集めるまでになりました。

一方、中西部シカゴでは、2月19日にCNBCテレビのビジネス番組でエディターのリック・サンテリが、政府による「焦げ付いた住宅ローンの再融資(借り替え)計画」を批判して「支払能力のない人々の借金を返すのにどうして我々の税金を使うのか」と激怒し、シカゴ・ティーパーティーに奮起を呼びかけました(http://www.cbsnews.com/stories/2009/03/04/opinion/main4843055.shtml)。そのテレビ番組の映像はYoutubeなどでネット上を駆け巡り、呼びかけに応えたシカゴ・ティーパーティーが抗議運動に乗り出します。2月20日にはFacebookが開設され、瞬くうちにテキサス、ニューヨーク、LAをはじめ、全国40都市に抗議の輪は広まっていったのです。そして、2009年2月27日、シカゴでティーパーティーとしての初めての全国一斉の抗議行動が起こされたのです。

・・・次回に続く

posted by Oceanlove at 22:39| アメリカ政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月29日

アメリカ医療改革制度についての所感

今回は、医療保険制度改革の11月現在のあらましについて、まとめてみました。公的保険制度を一つの選択肢として導入しようとしているオバマ民主党に対し、保険業界、製薬業界、その支援を受けた共和党議員(中には民主党議員も)が猛反発し、半年以上にわたって激しい論戦が繰り広げられています。メディアが様々な憶測を煽り立て、各地で改革案支持派と反対派のデモが衝突するなど、目も当てられない状況になっています。経済危機の中、失業者の増大に伴って、医療保険に加入していない人口が急増していることもあり、議論が過熱しているわけですが、90年代のクリントン政権時代に改革案が流れたときには、3500万と言われていたこの未加入者人口は、現在4600万、今後さらに増え続けていくでしょう。

でも今回の医療制度改革は、未加入者たちを救済するためだけのものではありません。民間保険に加入してはいても、安心や満足とは程遠く、保険料や医療費そのものの高さに怒りと不満が渦巻いています。対GDP比の医療支出は、他のどの先進国よりも多いのに、個人の受けるサービスには雲泥の差があります。アメリカの医療保険制度はもう飽和状態、ほとんど崩壊していると言っても言い過ぎではないでしょう。

例えば、一度がんにかかった人は、職を失えば、もう2度と医療保険には加入できないでしょう。一般の民間の保険では、病歴のある人に高額治療費を保障する保険はほとんどありませんし、保険料が高額すぎて、全額負担するのは非常に困難です。病歴の無い健康な人が加入する場合でも、多くの保険プランに、生涯支払い限度額が設定されています。保険料の高いプランでも、最先端の癌治療にかかる費用は75%程度しか保障しなかったりします。仮に放射線治療に年間2000万円かかった場合、25%の負担は500万です。

現行の医療制度のおかげで、甘い汁を吸ってきたのは保険業界と製薬業界です。私たちが支払う保険料には、保険会社の事務費やマーケティング費用、キャンペーン費用、さらにはロビーストたちを雇う人件費、政治家への献金などが転嫁されており、保険料収入の最大47%は医療費以外の目的に使われていると言われています。そのお陰で、保険料はここ10年で右肩上がりに伸び、民間医療保険に加入するアメリカ人は現在、1世帯当たり年間8000ドルの保険料を支払っていますが、大統領経済諮問委員会によれば、25年までにはそれが2万5000ドルまで増加するといいます。

ここで、強調したいのは、民間医療保険への加入がどれくらい高額かということです。個人で医療保険に加入するのは非常に困難なため、普通は雇用者が参加している民間保険にグループで入ります(グループ保険)。保険料は雇用者と従業員で50/50とか80/20という割合で分担します。各保険会社や住んでいる州、加入するプラン、家族構成などによって保険料も適用内容も様々ですが、一応安心できるレベルの保険に加入している我が家の例を挙げますと、4人家族で保険料は月額1700ドル、年間20400ドルです。もし夫が会社勤めなら、その2−5割程度の負担となりますが、うちは自営業で夫が事業主なので全額払っています。失業してしまった人ならとても払える金額ではありません。

我が家の例は少し高めの数字ですが、全国平均では、4人家族が費やしている保険料は年額13375ドルとあります。巷には月額150ドルとか、いろいろ安い保険もありますが、歯科・眼科は含まれていない、受診時に窓口で払う自己負担(Deductible)が高い、支払い限度額(Cap)が決まっている、と条件が悪く、とても安心できる代物ではありません。誰もが悲鳴を上げている状態です。

さて、オバマ大統領は、「すべての国民、患者、医療従事者、労働組合、事業経営者、コミュニティーグループ、あらゆる立場の人々が改革を望んでいる。すべてのアメリカ人が、現実的に購入可能なコストで質の良い医療サービスを受けられるようすべきだ」と訴えていますが・・・。

改革案の賛成派の主な主張です。
・失業者を含め、誰でも一定の保険料を支払うことで医療サービスが受けられる。
・公的保険・民間保険を選択できるようになる。
・公的保険の下では、既成のグループ医療保険の枠を超えてサービスが受けられる(病院や医師も自由に選択できる)。
・加入者数のプールが圧倒的に多くなり、医薬品の大量供給、システムの一元化等で、様々なコスト削減が可能となる。
現状では、例えば救急外来で保険未加入者の患者に提供されるサービスの付けは、加入者の保険料アップとなって跳ね返ってくるが、公的保険制度の下では、すべての人に加入が義務付けられているので、こうしたアンバランスは起きない。
・公と民の医療保険との間に競争が生まれ、医療のコストダウンとサービス向上が期待できる。

しかし、果たしてこれで、すべての人々が何れかの保険に加入し、質の良い医療サービスが受けられるようになるかというと、そう簡単にはいきません。

改革案によると、2013年までにすべての人が公・民含め何らかの保険に加入することが義務付けられています。低所得者向けには年収400万円程度(家族4人では880万円)を上限として政府からの補助が出されます。補助は税控除の形で直接その人の希望する保険会社へ支払われ、最低所得者(年収約140万円未満、家族4人では290万円未満)では、個人の保険料負担が年収の3%を超えない程度となっています。しかし、年収650万の4人家族の世帯が公的保険を選んだ場合、保険料負担は年収の13%(月額7万円)となり、現在この所得層の人々が支出している民間の医療保険料を超えるレベルとなります。つまり、公的保険を選んだからと言って必ずしも、手ごろな価格で加入できるとは限らないのです。

他に反対派の主張はざっとこんな感じです。
• 皆保険制度導入後10年間は、年間1000億ドルの経費が予想される(これは対イラク戦争に費やした年間費用と同程度)が、このための新たな増税が不可欠となる。
• 保険料支払いのために政府が支出する補助金は、現在未加入の人口4600万人のすべてをカバーするわけではないので、結局自己負担となり加入できない人々が残るのは必須である。
• 未加入者に対しては年額1500〜3800ドルの罰金が科されるが、その上医療サービスが受けられないままでは元も子もない。
• 従業員のための保険料負担をこれ以上増やすことは、特に中小・零細企業の雇用者にとって重過ぎる。負担軽減のための税控除が必要である。
• 公的保険制度の下では、サービスが悪くなり、待ち時間が長く、一定限度の医療しか受けられなくなる。
• 多くの国民が、公的医療保険を選択することになると、民間の保険会社は競争に敗れ衰退し、究極的には政府が医療制度をコントロールするSocialized Medicine へと進んでいく。

「政府が運営する制度は信用できない」という例として、よく引き合いに出されるのが、現在、税金で賄われているMedicare/MedicaidおよびSocial Security制度です。経済不況、資金運用の失敗、高齢者人口の増加とあいまって、それ自体パンク寸前です。アメリカ社会一般に、政府への信用がとても虚弱というか、例のGMの再建のために公的資金をつぎ込んだとき、政府が自動車会社を「経営」することになったと、大騒ぎしたの一緒です。政府がどんな大丈夫だと言ったところで、とても公的医療保険など任せられないといった雰囲気が支配的です。

大きな論点の一つは、公的保険制度を導入することにより、「公と民の競争で、サービス向上とコスト低下に繋がる」のか、「公が民を食いつくし、政府が医療を運営する社会医療制度となり、医療の質やサービスは低下する」のか、という点です。学識者やアナリストたちの話を聞いても、意見は二つに分かれています。

連邦予算委員会の予測では、公的保険に加入するのは1200万人程度になるだろうと見積もられており、民間保険への加入者が激減するようなことは無く、逆に増加するだろうとして、公と民の共存の可能性を示唆しています。

逆に、製薬業界は、当然、公と民の共存はありえないと反論しています。言い分はこうです。「過去数十年にわたり、医薬品開発の競争はアメリカ経済を支えてきた。製薬関連とバイオテクノロジー産業は将来的に渡って大きな成長が可能な分野である。高額の利益があるからこそ、新薬の開発に惜しみなく資金を注ぐことができる。公的保険制度導入により、低価格競争が始まると、開発競争にブレーキがかかり、画期的開発が遅れ、企業利益は低下し、利益が出ない以上、投資する意味が無いから、ベンチャー企業も去り、業界全体の衰退につながる。」

本当にそうなるのでしょうか。それとも、それらしいことを言っているだけでしょうか。

自由競争を重んじるアメリカ人は、政府が医療をコントロールするというのは、イメージするだけで体質的に受け付けないというか、社会主義を連想してかなり脅威に感じるようです。一部の熱狂的な反オバマ主義者たちは、このアメリカ人体質を利用して、オバマは社会主義者だとか、Death Panels (誰をどこまで治療するかを政府が決定する、つまり政府が死の宣告もできる)だとかいう極端なキャンペーンをはり、うまく世論を扇動しています。それを大衆メディアが格好のニュースネタにしています。

でも、こういう動向も意外と軽視できません。公的医療保険が適用されると利用者の減る民間保険業界と高額の利潤で潤ってきた製薬業界は、プライムタイムの莫大なテレビ放映権を買い、共和党議員に政治資金を流し込み、あらゆる手を使って改革の阻止をしようとしています。例えば、NBCニュースでも、世論調査の結果として、公的医療保険制度が導入されると、
55%−不法滞在の移民にも適用されると思う人の割合
50%−妊婦の堕胎にも適用されると思う人の割合
45%−高齢者への治療を中止する時期を政府が決定すると思っている人の割合
54%−政府が医療制度をコントロールするようになると思っている人々の割合
などと、改革案にはまったく書かれていない虚構を、まるでそうなる可能性が大きいかのようにプライムタイムのニュースで流しています。すると、浅はかな視聴者たちは、国民の半分がそう思っているのか・・・本当にそうなったらまずい・・・やっぱり改革案は良くないなどと単純になびくのです。こういう風に視聴者たちを洗脳し、都合のいい世論を形成していくためのキャンペーンに、私たちの保険料の一部が使われているかと思うと、実に腹が立ちます。

もう一つの論点は、やはり財源です。オバマ大統領は、この改革案を多数派の民主だけで成立しようとはしておらず、両党一致での成立にこだわっています。そのために、不可欠なのは、公的医療保険導入に伴う様々な名目のお金、つまり、
• 新たな増税
• 保険料収入 
• 低所得者層への補助金のための予算
• 雇用者の従業員の保険料の負担増
• 中小企業の負担を補うための税控除
など、政府、個人、企業の各ポケットを複雑に出入りするお金の収支計算で、両党が納得することです。しかし、そんな計算見せられても、素人にはああそうですか、としか言えないし、政治家だってきっとわかってないですよ。どちらに加担しているかで、数字はいくらでも変えられるでしょうし。いづれにしても、両党が納得するためには、かなりの部分で妥協しなくてはならず、この複雑なお金の出入りで、つじつまを合わせようと画策しているように見受けられます。結果、妥協案は当初の盛り込んであった公的医療保険の根本がかなり骨抜きになってしまう可能性もあります。

仮に予算上で決着がつき、妥協案が通ったとしても、問題の本質―オバマ大統領が目指し、多くの国民が望んでいる、「すべてのアメリカ人が、現実的に購入可能なコストで質の良い医療サービスを受けられる制度」からは、だいぶ遠いような気がします。ゆくゆく、我が家でも公的保険を選択すれば保険料負担は経るかもしれませんが、それでも現在と同じ医療サービスが期待できるのでしょうか?10年、20年後、アメリカの医療現場ではコスト削減とサービス向上が実現できているのでしょうか?トンネルの先に明かりは見えていません。今はとりあえず、自分の身は自分で守るために、月額1700ドルの保険料を払い続けるしかなさそうです。











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